作品タイトル不明
たまーに「お姉さま」って呼ばせてる
「まさかっ……まさかリフやマイエンジェルたちがあっち側にまわるなんて思わなかったっ!!」
両手で顔を覆ってよよよっと嘆く。
「大変だね」
ぺらりとページを捲りながらの淡々とした声。
ラピスの視線は一ミリも本からは動かない。
そりゃあ泣いてないけどさ、ウソ泣きだけどさ。
もうちょっと相手をしてくれてもいいんじゃないかと、両手を離してクールなラピスを恨めし気に見る。
メンタル的に疲れ切った俺は 愚痴(ぐち) を吐き出しに図書室を訪れていた。
カマルはふらっとお散歩中らしく珍しくラピスだけ。
アインハードたちとの話をしていて、おざなりに場がお開きになったあと一直線にここへと向かった。
早急に愚痴りタイムが必要だったのだ!
……たとえ相手が片手間にしか聞いてくれなくとも。
アインハードの言葉は壮絶な反応を齎した。
数秒の沈黙後、両頬に手を当ててなにやら黙り込んでいたベアトリクスが不意に顔をあげて呟いた。
「あり、ですわ」
はいぃぃ?
「アインハード様の仰る通りです。お兄様とマオ、確かに有りです!カイザーお兄様のお相手はお兄様を幸せにできる人でないと認めませんもの。少なくともどこの馬の骨ともわからない女性に、お兄様の隣を許すつもりはありませんわ。」
いや、待って妹。
お兄ちゃん想いなのは嬉しいけど、話が飛躍してない?
あと婚約申し込んで来てるのは貴族女性だから、どこの馬の骨かはわからなくないと思う。
だけどそんな混乱中の当事者を置いてけぼりにベアトリクスに同意する者達が現れた。
「確かに一考の余地はありますね」
「ああ」
「リフっ?!ガーネストまで?!」
顎(あご) に手をやって考え込むリフさんに、重々しく頷くガーネストくん。
日頃からマオを可愛がっている影や使用人たちも、いつの間にか賛成派へとまわっている。
なんてこった?!
こいこいと手招きするベアトリクスにマオがなぁに?と近づいた。
真面目な顔でじっとマオを見つめるベアトリクス。
「マオ、ちょっと“お姉さま”って呼んでごらんなさい」
「ベアちゃん?」
「違うわ。“お姉さま”って呼んでみて」
「……おねー、さま?」
マジ顔で促され、おずおずとマオが復唱すればベアトリクスの頬がバラ色に色づいた。
「有りだわっ!!」
妹が壊れた……。
しかもなんかガーネストまで「じゃ、じゃあ俺のことも“お兄様”って呼んでみろ」とか言い出してるし。
「有りよね」
「有りだな」
二人ともちょっと一回落ち着こうか?
そんな願いも虚しく、ベアトリクスは絶好調だった。
いまでは自分より背の高いマオの肩に手を置いて、言い聞かすように瞳を合わす。
「いいことマオ?マオはもう子どもじゃないの。もしマオが本気でカイザーお兄様と結婚したいなら覚えなきゃいけないことも、身につけなきゃいけないマナーも沢山あるわ。それはすごく大変よ。それでもマオはお兄様と結婚したい?頑張れる?」
頷くマオにベアトリクスは力強く言った。
「なら私と一緒に花嫁修業を頑張りましょう!!」
いや待って!!
誰も結婚するとか言ってないから!!
勝手に決めないで―!!という心の叫びも虚しく、何故か義母上まで「花嫁修業は楽じゃないわよ。二人とも覚悟なさい」とか乗り気だしね。
義母上のなかではマオも娘認識なのだろうか?
しかもリフやマーサたちまでひどくヤル気だ。
「花嫁修業はともかくとしても、大人の姿でカイザー様の側に居るのなら令嬢としてのマナーや振る舞いは必要ですね」
「幼児の姿では許されてたことも許されないもの。淑女教育は必須ですわ」
うん、二人の言うことはもっともなんだけど……。
そしてヤル気満々な一同は、花嫁修業……もとい淑女教育のために部屋を出て行った。
ちょっと……と引き留めようとした片手を中途半端に伸ばしたまま放置された俺はしばし呆然とし、そしてラピスの元へと急いだ。
「意味わかんないんですけど?!花嫁修業ってなに?なんで急にみんなそんな乗り気なの?!特にベアトリクス!!どうしちゃったの??妹みたいに可愛いマオにずっとお姉さまって呼んでほしかったのかな。ガーネストも便乗してるし。二人ともはしゃいじゃって可愛いなこんちくしょう!」
「あんま似てないと思ってたけど、やっぱあなたの弟妹だよね」
叫ぶ俺に本に視線を落としたまま呟くラピス。
つまりあの二人のあの反応は俺の影響だと?
現在カマルは不在だが、結界は機能中らしく防音されているのが大変ありがたいです。だからこそこうして愚痴りにきたのだけれど。
「あと、もしあなたと結婚しても義姉になるのはマオの方」
「冷静なご指摘ありがとう」
こっちのテンションにつられないラピスに愚痴を聞いてもらうのは、クールダウンにも最適だ。
「なぁ、カマルはこれからどうするつもりか知ってるか?」
冷静さを取り戻し、声を落としてそう聞いた。
アインハードの話を聞いてからラピスに聞いてみたかったことだ。
本から顔を上げたラピスは「さぁ?」と小さく首を傾げる。
「特に聞いたことはないよ。どんな生き方を選ぶもカマルが決めることだし」
主語が曖昧な問いにも、敏い彼はちゃんと問い掛けの真意を理解して返事を返した。
冷たいともとれる返答だが、実際のところその通りなのだろう。
魔人であるマオやカマルがどう生きるにしろ、それを最終的に選ぶのは彼ら本人にしか出来ないのだから。
「しばらく放っておけば?」
「放っておけば、ってお前そんな適当な……」
「花嫁修業はともかく、あの従者さんらが言うことは一理あるじゃない」
あの従者ってのはリフのことだろう。
本人らの前では一応名前を呼ぶこともあるが、そうでない場ではラピスはあまり個人名を呼ばない。頭がいいから全員の名前はきっちり把握してんだろうけど。
「知識をつけるのは悪いことじゃないと思うよ。このまま生きるなら必要だし、人間のしきたりや決め事に馴染めないなら、それはそれで生き方を選ぶ切っ掛けになるかもしれない」
「まぁ、それは確かに」
ラピスの言うことはいちいちごもっともだ。
いつものことだがどっちが大人だかわかりゃあしない。
夕食時、食堂で顔をあわせたマオは非常にぐったりしていた。
俺を見つけるとふらふらっと寄ってきてぎゅうっと抱き着く。
「マオ……?」
あまりに元気のない姿に、美女に抱きつかれて照れるよりも心配が勝ってそっと背を支えて覗きこんだ。
「もうっ!マオったら……」
「ううっ~」
腰に手を当てたベアトリクスの声にマオはいっそうぐりぐりと懐いてきた。 若干(じゃっかん) 涙目だ。
「しゅくじょきょーいくキライ!」
姿は大人なのに幼児返りしたような舌足らずな声で呟く様は「にんじんやー!!」っていやいやしてた姿を思い出させた。
淑女教育的に今の状況は大いになしだが、表情を緩めたベアトリクスは仕方がないなとばかりに首を振ると近づいてきてマオの頭を撫でた。
「お兄様。今日はマオ、お勉強を頑張ったんですよ」
こくこく頷くマオの頭を撫でる。
ガーネストたちも「偉いな!」「頑張りましたね」と褒めてあげる中、甘やかしがちな男性陣と違い女性陣は優しくも厳しかった。
「はい、お兄様チャージは終わり。マオ、ご飯よ」
「マオちゃん、ナイフとフォークの正しい使い方はわかるわね?」
「さ、お席にどうぞ」
食卓にはナイフとフォークがたくさん。
いや、俺らはいつもそうなんだけど……幼児だったマオには種類も少なかったシルバーがきちんと席に並べられていた。
どうやら日常での実践も取り入れられるらしい。
本来ならハンゾーらとの「とっくん!」の方が超絶ハードだと思うのだが、マオにとっては淑女教育の方が地獄らしい。