軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それは、満月によく似た……

休み明け、というのはどこか落ち着かない。

それは週明けの気怠さもそうだし、ましてや長期休暇明けとなれば尚更だ。休みは長ければ長いほど嬉しいが、同時に日常回帰へのハードルも跳ね上がる。

夏休み明けに登校拒否が増えるのもわかるよ、ほんとに。

そんなヒッキーへの願望を押し殺し、やってきました学園です。

や、「まだ休まれた方が……」って過保護さんたちの反対を押し切って来たの俺だけど。

身体はもう万全だし、教師がズル休みって学生に示しがつかないしね。

ああ、でも超絶 憂鬱(ゆううつ) 。

絶対色々噂になってるだろうし、なによりキレたとこ見られたのが恥ずかしすぎる……あの夜会に居た生徒たちが部分的な記憶喪失になってるといいなぁ、とか無茶な望みをかけてみる。

まぁ、そんな無茶な望みが叶うわけないよね。

馬車から降りた途端に大注目ですよ。

めちゃくちゃ大注目を浴びてるし、足を止めてざわざわとしてる子たちもかなり居る。けどガーネストたちが側で睨みを利かせてくれてることもあって、囲まれたりすることもなく無事学園内に到着した。

あ、ちなみに当然のようにリフさんも同伴です。

多分最低でも一週間ぐらいは着いて来そうな気がする……。

あと過保護……とはまた別物だが、こっちが一時重症だったからか義母上も妙にしおらしくて気遣ってくれるし、屋敷に滞在してるアインハードには「困ったことあったら、ちったぁ相談しろよ」って頭ワシャワシャされた。

気ぃ使われ過ぎるとこっちが調子狂うんですけどぉ~。

廊下を歩いていると長く響く叫びが近づいてきた。

「ガイザァーザマァァァァーーー」

振り返れば、ドドドドドッと廊下を全力疾走してくるメラルドの姿があった。

人の名前をやたら濁音多めに発音しながら突進してくるワンコに、思わず顔を引き攣らせ身構えるも……ワンコもといメラルドは突撃前にガーネストに襟首を掴まれた。

「なんでお前はいつも突進してくるんだっ!?兄上の傷が開いたらどうする!!」

「う゛うぅっ~~」

眉を吊り上げて怒るガーネストに泣き顔のメラルドが呻きを漏らす。

泣きながら走ってきたメラルドの顔はぐしゃぐしゃだった。

「久しぶりメラルド。突進してくるのは、確かにやめて欲しいかな」

苦笑いしながら泣きじゃくるメラルドの頭を撫でる。

ハンカチを差し出して涙を拭いてやれば、えぐえぐしながらチーン!と鼻をかまれた……。

いや、鼻をかんだハンカチ返そうとすんな。

いらねぇよ、もうそれやるから。

抱き着くのはいいけど、服に鼻水つけんなよー。

ちなみにこの間、ずっと襟首は掴まれたままだ。

「心配じましたぁ~~!!」

うわーん!と声をあげる姿は幼児に近い。

そんな姿に呆れると共に、本気で心配してくれたんだなと思わず和む。

「ほら、いい加減泣き止んで」

「け、怪我はっ??右手、平気なんですか?」

「全然平気だよ、ほら」

グーパーグーパーとして見せれば、涙の雫を残したエメラルドが真剣な色を帯びて見上げてくる。

「全然?本当ですか?後遺症とか影響も全然?!」

「ああ」

「じゃ、じゃあ今まで通り剣も振るえるんですね!!また手合わせしてくれますね?!」

「…………」

わーい!と両手を上げるメラルドに「そこかいっ?!」とツッコミを飲み込んだ俺は偉いと思う。

一瞬前の感動を返せコラ。

「カイザー兄上はまだ当分安静だ!!」

「手合わせはまだ駄目ですわ!!」

過保護弟妹の言葉に「ええ~~」と不満の声を漏らすワンコ。

この「ええ~~」には俺も同感だ。目の前のワンコとの手合わせはともかく、そろそろ鍛錬はしたいんだよな……ずっと寝てたから身体が鈍ってそうだし。

昼休み、いつものようにベアトリクスのクラスへと迎えにきた。

「あっ、あのっ」

声を掛けてきたのはナディア嬢だった。だけどナディア嬢の声は、周囲に集まって来た他の生徒たちの声に掻き消されてしまう。

「もう大丈夫ですか?」「心配しました!」ベアトリクスたちのクラスには度々顔を出してることもあって、顔見知りも多いからか口々にそう声をかけてくれる生徒たち。

「お怪我はっ、お身体は大丈夫なんですか?!」

「無理しないでくださいね」

「荷物持ちとか、いつでも言って下さい!」

ぐすぐす泣きながら必死に確認してくるイザベラ嬢、心配してくれるマリア嬢やダイアナ嬢らにもう何度も言い慣れた台詞を繰り返す。

「怪我ももう平気です。ご心配をおかけしました」

「よ、良かったぁ。あれからずっと心配してて……」

「……本当に良かったです」

涙ぐむリリー嬢の横で、微かに微笑みながらもぎこちない表情のナディア嬢の様子に内心首を傾げる。

最初に声を掛けてきた彼女の亜麻色の瞳はどこか必死な色をしていた。大事な用でもあるのだろうか?人前では言いにくいこと??

正直、気になるが……ここで問いかけるべきではないだろう。いかんせん人が多い。

間もなくガーネストやダイヤが合流し食堂へと向かった。

昼食を終え、鳴り響く予鈴を聞きながら 鍵盤(けんばん) の蓋を開けた。休み明け一日目からしっかりと授業開始な学園だが、俺はこの時間は受け持ちがない空き時間だ。

ペダルの位置に椅子を調整し、戯れのように指を滑らす。

特に何の曲を弾こうと決めていたわけではなかった。

だけど幾つかの音を奏でた末に、紡いだ曲は 鎮魂歌(レクイエム) だった。

なんとも感傷的なことだ、と自嘲にも似た苦笑いを浮かべながらそれを弾ききる。

誰に向けたのかもわからぬ 鎮魂歌(レクイエム) を。

本鈴もとっくに鳴り止み、 暫(しばら) くしてから立ち上がった。準備室を覗きリフに一声かけた後で廊下を進む。

心配そうな表情を浮かべながらも、リフはなにも言わずに送り出してくれた。

言いたいことを飲み込んだような苦い笑みが心苦しい。

最近……よく皆が浮かべる表情だ。

聞きたいこと、言いたいことを飲み込む姿。

どこまで踏み込んでいいのか、 躊躇(ためら) いがちに閉ざされる唇と向けられる視線。

ぶっちゃけ、アンジェス絡み 云々(うんぬん) に 於(お) いては積極的に「デマですよ!」発信してるんだけど……「そう言うことになさるのですね」的反応なわけですよ。

そう言うことにするんじゃなくて、本当にそうなんだってばっ!!

母さんの『異能』の隠蔽や、自分の『異能』については触れたくないから、 宣誓(噓発見器) で「俺、アンジェスの皇子じゃないです!無関係です!」って証明するって言ったのも……なんか違う方向に勘違いされてるっぽいんだよね。

「(アンジェスは疾うに滅んだ国だから、たとえこの身にその血が流れていようと)アンジェスとは関係ない」と本気で思ってる……って解釈なんだ。

えーと、伝わるかな??

本気で俺は無関係なんだけど、皆の中ではいらん( )の部分が追加されてるの。

すっごい嫌な例えだと、殺人を犯してもそれを罪と認識してなければ「あなたは罪を犯しましたか?」って問いに「いいえ!私は無罪です」って答えても嘘発見器は反応しないわけですよ。

ほんと嫌だなこの例え……。

つまり事実かどうかじゃなく認識の問題ってことね。

この前、偶然ガーネストの心の声でこの事実が発覚した。

いやいやいやいや!!

「一切関わりを持たないと誓えるよ!」って意味じゃなくて、ガチで無関係なんだってばーー!!と声を大にして叫びたい。

もはや嘘発見器でも信じてもらえないってどうすりゃいいのっ?!

転生者だの、心の声が聴こえるだの隠し事が多いうえに、無駄に意味深発言や行動を取りまくってしまったのが悪いのかも知れないけど……もうどうしたらいいかわからない。

はっ……!?

さっき感傷的に 鎮魂歌(レクイエム) とか弾いちゃったのも、意味深行動の一つじゃねぇ?

リフが困った顔してたのそれでじゃねぇ?俺の馬鹿っ!!

今さら気付いて自分を罵る。

心の中で頭を抱えジタバタしつつ階段を下りた。

扉に掛けた手を止め、一瞬 躊躇(ためら) う。心を落ち着けるように数秒瞳を閉じ、ドアノブに力を込めた。

「久しぶり」

どんな表情を作ればいいかわからなくて、浮かんだのはリフがさっき向けたような曖昧な笑みになっていたと思う。

いつもの定位置に座る彼らに近づく。

今日は珍しくも本は開かれておらず、出迎えるようにこちらを向いたままだった。

どかりとカーペットへと腰を降ろした。

「…………大変だったね」

「まぁ、それなりに?」

「大怪我だったって聞いた。それに毒も」

「出血が多かったから。でも傷は急所を外したし、周りが優秀なお蔭で万全の処置を受けれたから。もう傷痕もないよ」

「……そう」

短い沈黙。

本棚を背に 此方(こちら) を向く 彼(・) と、じっと寄り添う一匹。

ゆっくりと、手を伸ばした。

避けられるような、拒めるようなそんな速度で。

だけど彼は、避けも拒みもせずにただその指を受け入れた。

鮮やかな青い前髪の下に指が潜る。

表情を隠す程に長い前髪をそっと払えば、その下から現れたのは小作りに整った 貌(かお) 。すっとした 顎(あご) に小振りな 鼻梁(びりょう) と唇。

そして、青い睫毛に彩られた 黄金の瞳がそこに在った。

予想はしていたそれに、吐息のように息が漏れた。

「……キレイな 瞳(め) だな」

「貴方も同じ色じゃん」

思わずポツリと呟けば、返された答えに「確かに」と笑う。

鏡の中でしか見たことのない、自分の瞳によく似た満月のような黄金の瞳。

だけど確かに「綺麗だ」ってそう思ったんだ。

「なにから話せばいいのかな」

黄金の瞳が此方を見上げ、小さな唇がそっと開かれた。