軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あの時の自分の精神状態が謎すぎる

俺はたぶん、大馬鹿だ。

息の仕方すらも忘れそうな緊迫感の中、そう強く思った。

刺すような緊張と、肌が粟立つような感覚。生物としての本能的な畏怖により逸らすことすら出来ない視線。

“蛇に睨まれた蛙”

まさにそんな表現が相応しい状態の中、呆然と自覚せずにはいられなかった。

見開いた瞳が映すのは……目の前の光景。

深淵(しんえん) を宿した そ(・) れ(・) にそう深く自覚した。

その日は休息日だった。

お仕事での来訪とはいえ、それなりに自由時間は設けられている。しかもリリー嬢たちは夏休みを利用しての同行扱いだしね。

そんなわけで全員まるっと予定も空いていたので、観光がてら 市場(スーク) へと繰り出した。

市場(スーク) は活気に包まれていた。人が行き交う通りは賑やかで、呼び込みの声や様々な香りが混じり合う。それでもアレクサンドラたちの話によれば、この 市場(スーク) は落ち着いている方だという。

「胸ぐら掴んで値下げ交渉なんてこともザラだぞ」と笑う彼は、しょっちゅう宮殿を抜け出しているらしい。

それでいいのか、王子……と思わずにはいられない。

だが、シリウス 曰(いわ) く、「そんなものですよ。お一人でなければまだマシです」とのこと。

なんてこった、まさかの 保護者(オカン) 公認だった!

王族が多すぎて 自由(フリーダム) らしい。そういえば、放浪の旅に出たり、凄腕冒険者として名をはせた王族もいるらしい。ラノベの主人公か!

そんな風にここ最近で耳にした 吃驚(びっくり) な情報を思い起こす。

いやさ?なんかこの頃、やたらとハンゾーたちが情報入手してきてくれんだよね。妙な動きをしてる人間の情報とかも仕入れてきてくれて助かってんだけど……。凄腕冒険者の噂仕入れてくれたのも彼らです。

他国だし、別に隠密活動の指示は出してないのに。

これは 忖度(そんたく) っていうやつなのか……。

指示がなくとも自主的に動いてくれてる的な……?

密かな疑問を抱きつつ、いざお買い物!

なにせベアトリクスたちのお土産を厳選するという、大事な使命がある。

「これとかベアトリクスちゃんに似合いそうじゃない?」

アイリーンが掲げて見せたそれに、周囲はきゃいきゃいと賛成の意を露わにするが……俺とガーネストは無言だ。

いや、可愛い。それは同意する。

ひらりと揺れるそれは、ミントブルーの布地が爽やかな踊り子さん風衣装だった。華やかな装飾の生地はベアトリクスの好みにも一致するだろうし、絶対に似合うし可愛いとも思う。

でも妹のお土産に腹出し衣装はハードル高いわー。ってことでそれとなく辞退すれば「えー!!かわいーのに!!」とマオからブーイングを喰らい、「ならわたくしからのお土産ってことで」とアイリーンがお買い上げした。いや、 何処(どこ) で着るのさ?

綺麗な布地や装飾品だの、 駱駝(ラクダ) を象った硝子の香水瓶だのランプだのあれやこれやと買い込んで、食事や観光も満喫し、ほくほくしながら宮殿に戻ったのが夕方。

楽しい気分が抜けないままに、アイリーンに誘われて彼女の客室で歓談をしていた。

はしゃぎ疲れたのかマオは途中でうとうとと船をこぎ出した。リフが部屋へ連れ帰ろうとしたけれど、みんなと居たかったのかいやいやして、結局ガーネストの膝の上で寝てしまった。

すやすや寝ていたマオの様子が可笑しくなったのはその少し後。小さな呻き声を上げて身を捩る姿に、怖い夢でも見てるのかと揺り起こそうと肩に手を掛けた……その時だった。

パチリと、音がしそうなぐらい唐突に 瞼(まぶた) が開いた。

その途端に一瞬、動きを止めたのはきっと本能だったんだと思う。

誰もが言葉を失った空間で、物言わぬままマオはガーネストの膝から退いた。普通に膝から降りたのではない、マオは棒立ちのまま宙に浮いていた。

まるで放電しているようにバチバチと薄い光が点滅し、一際大きなそれが目の前で爆ぜた途端、部屋が揺れた。ローテブルの上の茶器が割れ、破裂音と短い悲鳴が鳴り響く。

ドアが開かれ、護衛の騎士が部屋へ踏み込み、いつの間にかハンゾーたちも部屋に居た。

全ての者の視線の先に居るのは、真紅の髪を持つ魔人。

一切の表情を削ぎ落した顔は普段のマオとはまるで別人。なにより違うのは、その瞳だった。

虚空(こくう) を見つめる金を帯びた緑がかった金緑色の瞳の妖しい輝き。

同じ 色彩(いろ) の筈なのに、妖しく煌めくそれは深淵のように深く昏い。

本能が警鐘を鳴らす。

それはきっと、生物としての正しい危機感だ。

そうして思った。

大馬鹿だと。

俺の頭はお花畑で、激ニブの鈍感だ。不感症だ。

だって……俺は見た事がある。

過去にも一度、マオの瞳がこの妖しい煌めきを宿したのを。

あれは、そう マオが自分のことを『魔王』だと名乗った時。あの時と同じだった。

気付いてしまえば、当時の呑気極まりない反応に 愕然(がくぜん) とした。

よく「君の名前はマオっていうのかー」なんて、平気で高い高いとかしてたな!

嘘だろ?!俺の危険察知能力ってどうなってんの?

自分こわっ!と意識が逸れまくったことで逆に冷静になれた。

僅かながら平静を取り戻したところで、マオ越しに剣の柄に手を掛けて緊迫した騎士や怯えるメイド、不測の事態に対応できるように構えたハンゾーたちが視界に入った。

「……マオ」

無意識に名を呼んだのは、この場をなんとかしなければとの思いから。そしてそれに、反応があった。

削げ落ちた表情も、瞳の妖しい煌めきもかわらない。けど……。

『カイ、ザーさま』

泣きそうな声で、迷子のような声で。だけど確かに俺にだけ聴こえる声でマオが俺を呼んだ。

その声に、不思議な程にこわばりが解ける。

ああ、これはマオだ。

恐ろしい『魔王』なんかじゃない、可愛い『マオ』。

そっと手を伸ばす。

当然のようにリフに阻まれたが「平気だ」と彼の手をくぐり、マオの元へ。パチパチとした放電が激しい静電気のように痛みを伝えるけど、気にせず両手で小さな身体を捕まえてそっと引き寄せる。

「『マオ』」

名づけは『契約』だとシェヘラザードさんは言っていた。

だから強い意志を込めてその名を呼び掛ける。

「『マオ』やめなさい。約束しただろう?」

じっと、呑みこまれてしまいそうな昏い深淵のような瞳を覗きこんで言い聞かす。

己の力を、感情を制御しろと最初にリフとした約束。

それを言い聞かせればやがて揺れと放電が収まった。「いい子だ」といつものように髪を撫でる。

「どうした?怖い夢でも見た?」

妖しい煌めきが薄まった、だけど未だ虚空を眺めるように意志の光が読み取れない瞳に問いかける。

パチリと一度瞬きをした瞳は瞼をほんの少し下げた。

眠たげな姿は見慣れたそれで、小さく揺するようにその背を抱え込む。肌を刺すような緊迫感はいつしか消えていて、ほっと小さく笑みが漏れた。

「もう少し寝てていいよ。大丈夫。怖い夢を見て 魘(うな) されていたら起こしてあげるから、安心してお休み」

柔らかな目元を親指で撫で、祝福を与えるように小さな額へと口づけを一つ。

唇を離すと同時に瞬いた瞳がとろりと甘く蕩けた。

幼子特有の大きな瞳に浮かぶのは先程までの虚無ではなく、迷子の子供が親を見つけたような、絶対的な安堵と甘えを含んだそれで。

小さな手でぎゅと服を掴み、もぞもぞと胸元へ顔を擦りつけて寝心地のいい体勢に落ち着いたマオは今度こそとろんと瞳を閉じた。すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえる。

丸まった背を起こさぬ程度に撫で、顔を上げれば赤面する面々が居た。

真っ赤な顔で口を押さえるメイド含めた女性陣。

アイリーンまで頬を染めてる姿って結構レア。そしてリリー嬢とエリーゼ、それ鼻じゃない?

ガタイのいい騎士の兄ちゃんが頬染めて口元押さえる姿は見たくなかったぜ……。

そんなことを思いながら、いつまでたっても突き刺さったままの視線に……自分の行動を振り返りハッとした。

「ロリコンじゃないですよ?!」

瞳孔かっぴらいた視線で凝視してくる面々に必死の弁明を試みる。

場に温い空気が広まった。その温度差にますます焦る。

「あれは宥めるためにしただけで、 疚(やま) しい気持ちは一切ないですよ。本当です。幼い子って接触とかで安心するんです。ギャン泣きしすぎて熱出しそうな時とか、ガーネストやベアトリクスもああすると落ち着いてくれたから……」

「なっっ……!!」

流れ弾に、腕で口を覆ったガーネストが茹でだこになった。

ご、ごめん。小っちゃい頃の話とはいえ恥ずかしかったか、と慌てて口を閉じる。しかも弁明のつもりが余計に沈黙が広がった気が……。助けて―。

「お騒がせしたうえ、お部屋を荒らしてしまい大変申し訳ございませんでした。カイザー様。差し出がましいようですが、マオを部屋へ連れて行った方が宜しいかと」

助けを求める俺の視線にバッチリ答えてくれたリフ。 流石(さすが) は相棒!

リフのフォロー(?)に乗っかり早期撤退を決め、改めて謝罪を告げ退出しようとした足を止めた。

マオが落ちないように片手でお尻の下を支え、もう片方の手でハンカチを取り出す。差し出した相手は、割れた茶器の欠片を片付けてくれているメイドだ。

「どうぞ。気を付けてくださいね?手を傷つけては大変ですから」

「わっ、あ、その。あ、ありが……」

声を掛ければ超わたわたされ、逆に怪我をしそうだ。

「……早くその人、どっかやってくれるかしら?」

額を押さえたままアイリーンがかったるそうにリフに告げ、頷いた彼にそのまま回収された。

ちょ、俺の扱い、雑じゃない??

与えられた客室へと戻り、マオを抱えたままリフと話をしていた。なんせ、ベッドに降ろそうにもマオの手が離れないのだ。幼児って握力意外と強い。

しばらくすると腕の中の温かな塊がもぞもぞと動き出した。

起きるのだろう前兆にほんの僅か、緊迫を孕んで未だ閉じられた瞼を見つめる。やがてゆっくりと開いた瞼の下から現れた金緑色の瞳にほっと肩の力を抜いた。

ぐりぐりとマオが額を擦りつけてくるのがくすぐったい。眠気を追い払うことに成功したのか、マオは首を逸らして俺を見上げた。

「お月さま」

確かめるように伸ばされた、もみじのような両手が頬を捉える。

温かな小さな手に手を重ねれば、「マオ」と静かにリフが呼んだ。

先程のことを覚えているか問うリフに、胸元に懐いたマオの身体を抱き上げると反転させて膝の上へと下ろした。

問われたマオはキョトンと首を傾げている。

「怖い夢でも見た?」

なにせ、起きた瞬間にアレで……しかも起きる直前のマオは魘されていた。

まだ赤子だった頃の 癇癪(かんしゃく) やポルターガイスト。最近収まっていた暴走が起こった理由としては一番可能性があるかと問いかけた。

「んっと……マオ、みんなと居たの。でも、真っ暗になっちゃって独りだったの。真っ暗でなにも見えなくて……それでね、 “思い出せ”って“忘れるな”って」

「思い出せ?忘れるな?一体なんのことをです?それを言ったのは誰です?」

「 マオ 」

畳みかけるようにリフが問えば……返ってきた簡潔な答えに俺らは顔を見合わせる。

リフはマオが“魔王種”であることは知らないが、ジストと“魔王”の話をしていた時に同席していた。だから一部の魔族に、生まれながら役割のようなものが本能的にあるのを知っている。

それについて問いかけるも、本人は深く自認はしていないのか首を傾げてしまい詳しいことはわからないまま。

度々そういうことがあるのかと問いかけるリフに、またもマオはふるふると首を振る。俺がおずおずと赤ちゃんの時に一度あの状態になったのを見た事があると申告すれば……めっちゃ怒られた。

「危険があるときはすぐお呼び下さい」とお説教され、しょぼんと首を垂れるしかない。

や、そもそもお花畑すぎて危険を認識してなかったんですー。

言うとお説教伸びるから言わんけど。

ついでにマオが“魔王種”のことも黙ったままだ。 報連相(ホウレンソウ) が大切なのはわかってるんだが……どうしても言えなかった。

「あのね、真っ暗で怖かったけどカイザー様の声がしたの。『マオ』って声がして、お月さまが見えたから真っ暗じゃなくなったの」

嬉しそうにそう言って、ほわほわとマオは笑った。