軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それを『悪夢』と呼ぶならば

「先行きの見えない……?」

漏れた声は 昏(くら) く、虚ろだった。

腹の底でなにかが、くつり、くつりと静かに沸き立つ。

この感覚を、俺はよく知っている。

「面白いことを仰りますね」

脳裏に浮かぶのは……、

ピクリとも動かない手と、赤に染まった白い毛皮。無様に震える手。

そして_________。

「そもそも未来なんていうのは、先行きが見えないものでしょう。異なる存在?それは種族の話ですか?それとも在り方?考え方?もしも種族という括りの話でないのなら……それは人間同士だって変わらない。同じ人間なんて誰一人いないのだから、異質も異端も至る所に 溢(あふ) れてる」

膨張し、溢れ出る ナ(・) ニ(・) か(・) を留める 術(すべ) を知らない。

身の内で荒れ狂う感情と裏腹に、滑らかに動く唇から零れる声は酷く平坦。

「正常と異常、正気と狂気、そこに明確な違いなど存在しない。線引きをするのはいつだって他人で、たとえ自身が変わらずとも、周囲の評価も立ち位置も 容易(たやす) く変わる。足元に転がる小石一つ、選択肢一つで容易く変わる未来も、変え得ぬモノもある」

俯いた視界に、黒髪が 帳(とばり) の様に世界を覆う。

瞳を閉じれば、世界は闇に沈み……己が 何処(どこ) にいるのかさえも見失いそうだ。

「知らぬだけ、見ようとしないだけだ。足元にあるのが確かな大地か、暗闇の中に張られた細く頼りない綱の上を歩んでるだけかも知れないのに。私たちは何の疑問もなく今日が明日へと続くと思っている。未来なんてモノがそもそも、訪れるかも知れないのに……」

「兄、上……?」

まるで夢から 醒(さ) めるように、困惑を宿した声音に意識が戻った。

思わず無意識に口元を手で押さえる。

なにを、言っていた……?

熱に浮かされたかのように 饒舌(じょうぜつ) に回っていた舌が、ぎこちなくもつれ……集まる視線が居たたまれずに身じろいだ。

めっさ、気まずい!!

顔に熱が集まりそうなのを根性で堪え、落ち着け―落ち着け―、ビークール!と呪文のように唱え平静を取り繕う。

「失礼。ここのところ寝つきが良くないからか、少し本調子でないようだ。他愛のない 戯言(ざれごと) と聞き流して下さい」

笑みを作り、今度こそ席を立つ。心配して来てくれたアイリーンたちには悪いが、部屋へ戻る 旨(むね) を告げて足を踏みだした。

逃げ?上等だ!

逃げてなにが悪い。だって気まずい!

「どのような悪夢を?」

扉に手を掛けたまま、 三度(みたび) の問い掛けに振り返った。

「悪夢……?」

傾げた首筋を髪がするりと滑る。

「寝つきが良くない、と仰られたので。どのような悪夢を?」

わざわざ引き留めてまで聞くようなことか?と思いつつ、射抜くように真っすぐに向けられた濃い藍色の瞳、星が瞬くようなそれから僅かに視線をずらして 虚空(こくう) を眺めた。

脳裏に鮮明に浮かんだのは……昨日見た夢。

そこそこに整然として、そこそこに物が溢れた広くも狭くもないリビング。

テーブルを囲むように置かれたソファ。大型のテレビと、繋がれたゲーム機。

「そもそもなんで弟に乙女ゲームをさせようとすんの?」

「だってぇ、あんたが一番こーいうの得意じゃない」

「ねー、攻略本 要(い) らずだし。私なんてあのルート何周したと思ってんの?」

「それは姉さんの選択肢が可笑しいからじゃん。むしろ恋愛ゲームであれ以外の選択肢がわからない。恋愛下手か」

「ムカつく―!現実の恋の駆け引きとゲームは違うんですぅ」

「このまま裏隠しルートも頑張って!!お小遣い弾むわよ」

「ああ゛~、金欠ですらなければっっ……」

「いーじゃない、女の子の落とし方の勉強だと思って頑張んなさい」

「なんの参考になるんだよ?!こんな 気障(キザ) ったらしい台詞、現実の男がやったら爆笑もんだろ」

ぎゃいぎゃいと賑やかな声。

「お兄ちゃん、来るの少し遅くなるそうよ」

「ええー?あたし、お腹すいたー」

漂う料理の香りと、台所から聞こえる母さんの声。

それはいつかの、なんてことはない日常。

ふっと、唇の端が歪んだ。

それは笑みの様な、泣き笑いのような、僅かな歪み。

「……幸福な、とても優しくて懐かしい夢」

サヴィアスの瞳が 訝(いぶか) しがる様に細められた。

視線の端でそれを捉えつつ、右手へと視線を落とす。

目覚める直前、無意識に伸ばしてしまったその手をぎゅっと強く握り締めた。

「悪夢……、か。確かにその通りかもしれないですね。

目覚めずにいたいと願ってしまうような夢ならば、そう呼ぶのかも知れない」

扉を支えていた手を離した。

「私の生きる現実は“ 此処(ここ) ”なので」

パタン、と閉まる扉と共に響いた声は、自分自身に聞かせた言葉。

日差しの差し込む回廊を足早に歩いていると、忙しない足音が近づきグイッと袖を引かれた。

振り返れば、そこに居るのは切羽詰まった顔をした弟で…………何事かと目を白黒させてしまう。

「兄上っ」

痛みを抑えるような表情に思わず「どっか痛いのっ?!」と全身を素早く見渡す。見える範囲に怪我はなし。

頭、それともお腹痛い??と 若干(じゃっかん) パニックりながらも一先ず部屋へと急いだ。

「よっ、おかえりー。マオ起こしてくる?つか、どした……?」

軽く出迎えてくれたソラが重苦しい雰囲気に言葉を途切れさす。

「ガーネストがお腹か頭が痛そうで……っ」

「違います」

とにかく座って?お医者さん呼ぶ??ってオロオロしながらの発言は端的に遮られた。違ったらしい。

支えていた腕を引かれて、俺もソファへと腰を下ろす。

「俺はっ、カイザー兄上がなにを見てるか、わからない」

くしゃり、と表情を歪めたガーネストの言葉にきょとんとした。

現在進行形ならめっちゃYOUをガン見してますけど?

体調不良を押し隠してるんじゃないかって注視中です、って思ったけどお口はチャック。

空気は読まなきゃね。あとYOUとかテンションオカシイ。

「教えてください。兄上は何を考えて……何を抱え込んでいるんですか。俺にっ、俺になにか出来ることは、兄上の不安や憂いを晴らす為に出来ることはありますか……?」

ぎゅっと俺の裾を掴んで、苦し気な声を放つガーネスト。

端正な男前が切なげに眉を寄せて、縋るような熱い瞳を向けてくる様は……破壊力がハンパない。

これは世の女性たちがイチコロなのではっ?!

こんな顔で 懇願(こんがん) されたらなんでも叶えて貰えそう。

くっ、いつのまにこんな高等技術をっ!!

恐ろしい子っ!!

どんな女性も秒速で落とせそうなその様子に、はっ!?と気づく。

カトリーナ嬢、カトリーナ嬢を今すぐここに呼んだ方がいい??と視線を 彷徨(さまよ) わせればリフとばっちり瞳があった。

コクリ、と力強く頷かれる。

さすが相棒、俺の言いたいことが伝わって……。

「貴方様を 煩(わずら) わせるものは、私たちが排除してみせます」

伝わってなかったーーーー!!!

膝を折ってリフが告げた頼もしくも物騒なお言葉に、心の中で盛大に叫んだ。

隣で同じく跪いたハンゾーも刃のような黒曜石の瞳を真っすぐに向けてくる。

状況が不明なソラがよくわからなそうな表情をしつつも、場の雰囲気を顧みて静観してくれてるのはともかくとして……同じく状況をわかってらっしゃらない筈のランが「敵は排除します」と言わんばかりに戦闘モードになってるのは 何故(なぜ) さ?

そして、今さらに気づいた。

本当にガーネストの体調不良でもなんでもなく、心配の原因は俺自身だと。

そりゃそうか。ぼぉっとしてたと思いきや、いきなりよくわかんない意味深な事を語り出して逃げるように退出したしね。

自分のやらかしに心の中で「あー」と呻く。わりと恥ずかしかった。

「カイザー兄上が抱えてるものを、俺にも背負わせてください」

真っ直ぐに向けられた灼熱の瞳と懇願に、小さく一つ息を吐いた。