作品タイトル不明
どんだけ居るんだ転生者
口を閉じたリオを前に、コーヒーに手を伸ばす。
すっかり熱を失ったそれに、リフが一瞬視線を寄越すが緩く首を振った。
恐らく「替えを頼みますか?」という意味だろうが、ここで店員を呼んで場の空気を壊したくもない。
僅かな苦みを飲み下し、今しがた聞いた話を 反芻(はんすう) する。
リオのお兄さんの名前はリック。
食品関係の工場で働いている……いや、姿を消しているから働いていたというべきか。
そして姿を消したリックの周辺をうろついていたというタチの悪い連中。
詳しい事情は不明だが、連中は街の顔役的な悪党のギャスターとやらの手下らしく「断る」「帰ってくれっ!」そう男たちに声を荒げるリックの姿を幾度か見かけたそうだ。
その後、恋人が失踪。
その頃からリックはいよいよ塞ぎ込み、そして彼自身も失踪した、と。
そして、一週間ほど前におこったあの爆発事件。
あの場に居合わせたのは偶然で、そして今日、俺を見て逃げ出したのは……一連の事件の黒幕だと思ったからだそうだ。
そう思った理由は簡単。兄が心配でリオは何度か男たちとリックのやり取りを盗み聞いていたらしい。その時に男たちが「悪い話じゃねぇだろう?貴族様から報酬だってたんまり貰える」そう口にしてるのを聞いたそうだ。
そして犯行現場へと姿を現した俺。
どう見ても貴族でしかなく、平民街に似つかわしくない男の姿にリオは確信したそうだ。
コイツだ、と。
うん、冤罪―。
俺さー、よく評価が真逆にわかれるんだよ。優しそうとか冷たそうとかね。
穏やかに微笑み浮かべてると優男にみえるっぽいんだけど、そうじゃないと人形染みたって言われる容姿が冷酷そうに見えるっていうか。
なにが言いたいかっていうと、悪い奴だっていう偏見に基づいてみるとめっちゃ悪役っぽく見えるってことです。
ぶっちゃけ、路地裏で影たちとリオを取り囲んでる時、自分で「悪役そのものだね!」って思ってたしね!
やはりこの圧倒的ダークサイドな出で立ちがその雰囲気に拍車をかけているんだろうか?
「……イメチェンしようかな」
「カイザー様?」
「なんでもない」
思わずぽつりと漏れた言葉は幸運にも聞き取られなかったようだ。 誤魔化(ごまか) すように首を振る。
リオが逃げ出した理由はわかった。
だけど、重要な部分が聞けてない。
「リオ」
呼び掛ければ、小さな肩がびくりと揺れる。
「君は 何故(なぜ) 、お兄さんが先日の爆発に関わっていると思ったんだい?」
「……っ!?」
大きく開かれる瞳と、ぎゅっと握り締められた手。
「し、知らないっ!!大体っ、わ……俺は、兄さんとあの事件が関わってるなんて一つも言ってない!」
逸らされた顔と早口な言葉。リオは随分と嘘が下手らしい。
そもそも何故、ギャスターとやらはリックに目をつけたのか。
爆発現場から真っ青な顔で逃げ去ったというリオは、事件と兄の関連を疑った筈だ。問題は疑った理由。リックの元に訪れたという男たちが口にしてるのを聞いたのか……。
思考に 耽(ふけ) っているとリオの肩がどんどんと丸くなる。
考えごとに集中してただけなんだけど、無言で見られていたリオは追い詰められていると感じたらしい。大きな瞳には涙が滲んで涙目だ。
『……どうしよう……もしバレたら……兄さんだって捕まって…………』
なるほど、事件のことを語ってリックがどうなるかが心配らしい。
でも正直、今はもうそんなこと言ってられる状況じゃない。周囲の人間なんかは身分違いの恋の末の駆け落ちだなんて思ってるみたいだけど、リオの話を聞く限りとてもそうとは思えなかった。
カップを脇によけて、テーブルの上で指を組む。
まだ幼いリオにこんなことを言うのは酷だけど……。
「リオ、聞いてほしい。もしもあの事件に君のお兄さんが関わっているのなら、お兄さんはなんらかの罰を受けることになるだろう」
それはどうしたって免れない。もし脅されていたとしても、情状酌量の余地はあれど無罪放免とはいかないだろう。
「だけどもし君が考えているように、この一件やお兄さんたちの失踪に貴族やギャスターという奴らが関わっているのだとしたら……彼らの身の安全は保障されない」
ヒュっと息を呑む音がこちらまで響いた。
それでも俺は言葉を止めない。止めるわけにはいかなかった。
「それに……もし本当にあの爆発が君のお兄さんの仕業なら、それを明らかにすることは彼らを止めることにもなる筈だ。君もあの爆発を見たんだろう?もし次にあんなことが起これば、被害はもっと大きくなるかもしれない。死者だって出かねない。君のお兄さんは、そんなことを望んでいると思うかい?」
決壊した涙が、頬を伝う。
大きな瞳からボロボロと涙を流し、零れる嗚咽と、ぶんぶんと振られる頭。
完っ璧に、大人が子供をイジメてる図だなと周囲の目線がちょっと痛い。
ハンカチを手にしたリフがリオの目元を拭いてやる。その間も絶えず伝わる『どうしよう』『……兄さんっ』というリオの 葛藤(かっとう) を聞きながら、これは当分喋れそうもないなと、片手を上げて店員さんを呼んだ。
「リンゴジュースとアイスティー、ショートケーキ…………一つ」
これだけ泣いたら喉も渇くだろうと飲み物を注文した。リオのオレンジジュースのグラスはすでに空だしな。
勝手にリンゴにしたけど嫌いだったらどうしよう?あとついでに自分のと、リオに甘いモノでもとケーキを頼んだ所で……隣のテーブルのサスケを見て首を傾げる。ふるふる首を振られた。
他のみんなの手元も見るけど、飲み物が空になってる人は居ないので注文終了。
長居して店側にも悪いからみんな注文していいのにー、なんでも奢っちゃうよ?
漸(ようや) く少し泣き止んだリオにはい、とジュースを差し出す。両手でグラスを抱え込んだリオはストローで一気に半分ほどを飲み干した。
どうやらリンゴは嫌いでなかった模様。よかった、よかった。
「全部、話す。だから……」
『助けて』
縋(すが) るように上目遣いで零された声。
言葉にならなかったその先は、だけど俺だけにはしっかりと聴こえたから。
「助けるよ」
怖がらせないように、怯えさせないように。
怜悧(れいり) に見えがちな顔に柔らかな表情を乗せて、だけど真摯な声でそう告げた。
「お兄さんもお義姉さんも探してあげる。今までよく、一人で頑張ったね」
手を伸ばし、子供特有の細い髪を撫でる。
血色のあまり良くない顔と、目の下の僅かなクマ。まだ子供といっていいこの子が肉親に急に居なくなられ、一人きりで不安に耐えながら生活していたのかと思うと胸が詰まった。
ボロリ、とまた珠のような涙が零れた。
新たに零れた涙に慌てる。 折角(せっかく) 泣き止んでくれたのにっ……、と視線で助けを求めればリフがまたその涙を拭ってくれた。
そしてその横でおろおろとケーキで機嫌を取ろうとする俺。
子供の相手は得意だと自負してたのにっ。
フォークで刺したイチゴを中途半端に差し出す俺まで「落ち着いてください」とリフから宥められる始末です。
だけどそんなちょっと間の抜けた姿を見て、リオの警戒も大分緩んだッぽい。赤くなった瞳をぱちぱちしながら不思議な生き物を見るような目を向けられてます。不本意。
仕方ないじゃん!子供や女性に泣かれるのは苦手なんだよ。
「兄さんは、すごく優しくて、頭も良くて、人当たりだってすごいいい。でも…………」
落ち着いたリオは開いた口を一度閉じ、言葉の続きを探すように細い指が意味もなくストローを弄ぶ。
「時々、わ……俺とは違う世界をみてるんじゃないかって、そう感じる時がある。聞いたことない言葉とか、誰も思いつかない考え方とか。それに……ふっとした時に不思議なことを言ったりするんだ」
「不思議なこと?」
「うん、例えば父さんの話とか。兄さんの仕事の仲間が家に飲みにきたことあんだけど、その中の一人が父親の話をしたことがあって。その時に兄さんも「俺も父さんに同じようなこと言われたことある」って言ったんだ。でも兄さん、赤ちゃんの時に父親亡くしてて……。他にもずっと工場で働いてるのに違う仕事の話をポロってしたり……」
「…………」
口を湿らすようにジュースを一口飲むリオを見ながら、無言で考えていた。
「気になって聞いたことあるんだ。そしたら兄さん言ってた。「夢で見たんだ」って。リックとしてじゃない他の人生を夢でみたことがあるからその記憶がごっちゃになってるんだろうって、誤魔化すみたいに笑ってた。その夢の知識のおかげか兄さん薬品とか……えっと、カガク、反応?とかすごく詳しくて、手先も器用だし工場でも画期的な発明とかでどんどん出世してたし……。俺さ、前に一人でクッキーをつくろうとしたことがあるんだ」
唐突な話題変換に思わず首を傾げる。
そんな俺達に気づいたのかあいまいな表情でリオが笑う。とても重要なことだけど、当人もどう伝えればいいかわからないというように。
「近所のおばさんの手伝いしたことあるし、一人でも出来ると思ったんだ。でも兄さんに一人じゃ危ないからって手伝われた。兄さんってわりと過保護なとこあんだけどさ、その時に言ってたんだ。「火を使うのは危ないし、小麦粉だってそれで爆発をおこすことだってできるんだぞ」って。あんな粉で爆発なんて冗談だと思ってたけど……兄さんは真面目な顔だった。
あの爆発事件の時、そのことを思い出したんだ。もしかしたら兄さんなら爆発物をつくれるんじゃないかって……もし義姉さんを人質に取られたら従わざるを得ないんじゃないかって」
「小麦粉で爆発……?」
半信半疑で驚くリフたちを尻目に俺は 顎(あご) に手をやった。
小麦粉での爆発、それは 粉塵(ふんじん) 爆発のことだろう。
可燃性の粉塵が大気中に浮遊した状態で着火し、爆発を起こす。原理としてはそれだけの話だし、この世界でも知っている者は居るだろう。だけどテレビもネットもないこの世界、ましてや専門知識を学べる機会もない平民の口からおいそれと出てくる発想でもないことは確かだ。
この世界に馴染みのない“爆発”という単語を聞いたときから抱いていた可能性。それはこの世界にやたら多い転生者が関わっているんじゃないかという疑惑だ。
どうやら俺のカンは大当たりっぽい。
夢で見たと誤魔化した他の人生の記憶、聞いたことのない言葉や考え方。
リックはきっと……転生者だ。