軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 美濃制圧

織田の陣内を、秀政は馬で駆けていた。

だが――

周囲に緊張感がない。

足軽たちは笑い、

槍を地面に立てかけ、

酒の話までしている。

まるで、すでに戦は終わったかのようだった。

(……違う)

秀政は歯噛みする。

(稲葉山が落ちたんだ)

永禄十年。

今年は内政に追われ、

肝心の史実の“節目”を、

完全に失念していた。

秀政は馬を止め、

忍びを警戒しながら、近くの足軽に声をかける。

「俺は愛知郡郡代、芋粥弥八郎だ」

「へ、へい!」

「殿は……稲葉山を落とされたのか?」

「はい!三日前に!」

胸の奥がひやりと冷える。

「……木下藤吉郎殿の陣はどこだ?」

「藤吉郎様ならあちらです!

あの高い一本木の立っとるところで!」

「分かった。邪魔したな」

秀政は再び馬を走らせた。

(確か――

半兵衛が秀吉に組み込まれるのは、

稲葉山落城の前後だったはずだ。

だからこそこの時点で、

半兵衛が仕掛けてくるはずがない。

……なのに、俺の屋敷に“警告”が来た)

歴史は変わっていないように見える。

だが嫌な予感が消えない。

やがて一本木の下に到着する。

聞き覚えのある、やけに大きな声が響いていた。

「はっはっは!

いやぁ、えりゃー働いたでぇ!」

(……秀吉)

秀吉は複数の家臣に囲まれ、

上機嫌で何事かを語っている。

その空気は完全に“勝者”のそれだった。

「秀吉!」

「ん?――おぉ!芋か!」

秀吉が振り返り、ぱっと顔を明るくする。

「なんでここにおるんじゃ?」

「あ、いや……戦勝祝いに、な」

「そうかそうか!

いやぁ、わしはえりゃー活躍したぞ!」

「それはよかった」

秀政は笑顔を作り、一歩距離を詰める。

「……それよりだ」

「ん?」

秀政は秀吉の耳元に口を寄せた。

「俺が貸した忍び――

半兵衛に近づけるな」

秀吉はきょとんとする。

「どういう意味じゃ?」

「説明するのが面倒だ。

とにかく手を引かせろ」

秀吉は一瞬考え、すぐに肩をすくめた。

「あぁ、大丈夫だで」

「……?」

「おみゃーには悪いがな。

あの忍びどもは、最初に半兵衛の居場所を探させたきりじゃ」

「……え?」

「最初に会った時に、すぐ分かったんじゃ」

秀吉はにやりと笑う。

「こりゃぁ忍びじゃ、あかん。

わしが心を使って説得せにゃならん相手だってな」

「……」

「お前も言うとったやろ?

三顧の礼、だで」

秀政は呆然とした。

「あ……あぁ。

それなら……いい」

「なんじゃ?

ならすぐ返せと文句を言うんか?」

秀吉がわざとらしく笑う。

「借りた以上、使い倒すに決まっとるがな!」

「いや、使ってくれて構わん」

「助かったでぇ!」

秀吉は指を折って数え始めた。

「松倉城!

鵜沼城!

猿啄城!」

「ぜぇーんぶ、わしが調略したぞ!

殿も仰山、褒めてくださったわ!」

「……!」

「まぁ、お前の忍びの力もあったがな!」

「……凄いな、秀吉」

「芋、お前はどうなんじゃ?」

「俺か?」

秀政は肩をすくめる。

「家臣団を作るだけで手一杯だ。

手柄らしい手柄はない」

「ふははは!

すぐ与力に戻ってきそうやな!」

「そうだな。

……次の論功が楽しみだな」

秀吉は急に思い出したように言った。

「そうそう」

「お前の忍びを使うて、

“調略せよ”と進言してくれたのはこいつよ」

秀吉が隣に立つ男の肩を叩いた。

見慣れぬ男。

だが、立ち姿が違う。

「竹中半兵衛重治にござる」

静かな声で優雅に答える。

「以後、お見知りおきを」

「……え?」

秀政の思考が一瞬止まる。

「………え?

…………えぇ!?」

完全に雑兵のような驚き方だった。

半兵衛は穏やかに微笑む。

「芋粥弥八郎秀政殿。

お噂は、かねがね」

「……いえ?」

「事実はお噂以上に、優れたお方のようですね」

秀政の背中に、冷たい汗が流れる。

既に調べ上げられている……ということか。

「尾張にも、貴殿のような稀代の軍師がおられるとは」

「……あ、あはは。稀代とは大げさな。

ただの郡代です」

「御謙遜を。

ですが」

半兵衛はにこやかなまま、一言付け足した。

「もう少し。

忍びの扱いにはお気を付けなさるとよろしい」

見抜かれている。

完全に。

「芋」

秀吉が何も気にせず言う。

「忍びは返すぞ。よう役立った。

お前の金で褒美をやってやれ」

「あ、あぁ……」

「何はともあれ、

今後ともよろしゅうお願いします」

半兵衛が軽く頭を下げる。

「切磋琢磨致しましょう。

負けませぬよ、秀政殿」

(……え?

俺、今、半兵衛に……“同格”扱いされた?)

秀政は笑うしかなかった。

静かな知略戦は、すでに一段深みに入っていた。

「おぉ、芋!来ておったか!」

その時、よく知る声が聞こえた。

周りの皆が一斉に傅く。

信長だった。

秀政も振り返ると同時にひざまずいた。

「は、友の戦勝を聞き、居ても立っても居られず」

「そうか。ちょうど良い。

五日後、稲葉山で評定を開く。

お前にも関わる話だ。

呼びに行く手間が省けたわ。

参加せぇ!」

「は!」

そして元々の用件か。

秀吉に語り掛けた。

「猿!」

「は!」

「先に言うておく。

此度の戦、お前の調略は評価しておる」

「ははぁ!」

「だが、侍大将は早い。

今回の論功では感状までだ。

次も励め」

「は……ははあぁぁ」

秀吉は気の抜けた返事をした。

「また一つ大功を立てよ。」

「は!この猿めにお任せあれ」

そこまで言うと信長は立ち去った。

「……。わしは感状をいただけそうじゃ。

おぬしはお叱りでも受けるかの。

慰めてやるから安心せぇ」

「あ、あぁ頼む」

(岐阜改名、天下布武か……。

俺に関わる話?なんだ?)