軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 貸す力、剣の力

郡代代官所。

朝の空気は澄んでいた。

秀政は文机に向かい、書状を書いていた。

筆は迷わない。

書き終えると軽く乾かし、声をかける。

「清隆」

すぐに気配が応えた。

「は」

現れたのは、

芋粥家侍大将の浅野五郎兵衛清隆。

「これを持って行け」

秀政は書状を差し出す。

清隆は受け取り、目を通す。

一読したところで、わずかに眉を動かした。

「……秀吉殿の元へ?」

「あぁ」

「それも――

市助、弥平、霧隼。

諜報三名をまとめて貸し出す、と」

「そうだ」

清隆は確認するように言った。

「期間は?」

「切らん」

「制限は?」

「設けん」

「……全面、ですな」

「あぁ。全面だ」

一瞬の沈黙。

「よろしいのですか?」

清隆は率直に聞いた。

「せっかく揃えた裏の戦力です。

今は殿ご自身が最も使うべきでは?」

秀政は湯呑を持ち上げ、ひと口飲む。

「違う」

短く否定した。

「今、強くなるべきは俺じゃない」

清隆が黙る。

「秀吉だ」

秀政は書状の中身を言葉にした。

「浪人中の竹中半兵衛を探せ。

居場所、懐、交友、思想、癖――

全て洗い出せ」

「引き抜きですな」

「“拾わせる”」

清隆はゆっくり頷いた。

「なるほど……」

秀政ははっきりと言った。

「清隆。

これは密命じゃない」

「堂々と俺の名で動け」

清隆が目を上げる。

「芋粥弥八郎の忍びとして?」

「そうだ」

秀政は少しだけ笑う。

「秀吉に分からせろ――

俺は今でもお前の与力だとな」

清隆は息を呑んだ。

「恩を売るのですね?」

「あぁ」

隠しもしない。

「市助には人を洗わせろ。

弥平には土地と流れを見させろ。

霧隼には半兵衛の“生活”に溶け込ませろ」

追うな。

脅すな。

逃げ道を塞ぐな。

困った時に、

“助けてくれる人間がいる”。

そう思わせるだけでいい」

清隆は深く一礼した。

「忍び冥利に尽きる任です」

「命を張れ、とは言わん」

秀政は静かに続ける。

「だが成果は惜しむな」

「市助、弥平、霧隼――

全員、秀吉のために使え」

「はい」

清隆は書状を懐に収めた。

「秀吉殿には何と?」

「竹中半兵衛を手に入れろ。

さもなくばお前は俺の与力だ」

秀政は即答した。

「あと、これも付け加えておけ。

“必要なら何でも貸す”」

「……それは。

本来なかなか言える仲ではありませんな」

「俺とあいつの仲だ。あいつは笑って借りるさ」

清隆は少しだけ笑った。

「秀吉殿、

借り逃げいたしませんか?」

「だからだ」

秀政は机に手をついた。

「逃げられん形で、

貸してやる」

永禄九年、後半。

表向き、秀吉は自力で人を集めているように見える。

だが、その背後では――

芋粥弥八郎秀政が堂々と、力を差し出していた。

与力として。

友として。

そして――

いずれ天下を背負う男の最大の後ろ盾として。

郡代代官所。

千種屋の若衆が肩を落として戻ってきた。

「……秀政様」

「志摩の件か」

秀政は帳面から目を上げない。

「はい。村瀬新九郎ですが……」

若衆は歯切れ悪く続けた。

「酒に溺れております。

朝から飲み、道場も荒れ放題。

剣も振っておらず、

話にならぬかと……。

新陰流と申されましても、

正直、名ばかりかと」

秀政の筆が止まった。

ゆっくりと顔を上げる。

「……そうか」

若衆は安堵したように息をついた。

「では、この件は――」

「もう一度、行け」

低い声だった。

若衆が目を見開く。

「……は?」

「今度は“連れて来い”。

志摩ではない。ここへだ」

秀政は、はっきり言った。

「愛知郡に道場を作る。

村瀬はそこに置く」

若衆は言葉を失う。

「弥八郎様……

あの男は……」

「折れただけだ」

秀政は即答した。

「剣を捨てたわけではない。

それに――

新陰流を甘く見るな」

「……ですが、周囲が納得しませぬ」

秀政は薄く笑った。

「だからだ。剣で黙らせる」

数日後。

酒臭い浪人・村瀬新九郎は、

半ば引きずられる形で芋粥家の庭に立たされていた。

「……なんだ、ここは」

虚ろな目で手は震え、腰も落ちている。

「離せ……

わしはもう……」

秀政が一歩前に出た。

「村瀬新九郎」

その声に村瀬の目が、わずかに焦点を結ぶ。

「お前を――

芋粥家の家臣とする。兵法指南役だ」

家臣たちを取り巻く空気が揺れた。

「……は?」

村瀬は乾いた笑いを浮かべる。

「冗談も休み休み言え……

今のわしが家臣だと?」

「信じている」

秀政は迷いなく言った。

「……なに?」

「お前は折れただけだ――

剣はまだ死んでいない」

村瀬は何も言えなかった。

だが、周囲の視線は冷たい。

「殿、あのような浪人をいきなり家臣とは――」

「だからだ」

秀政は周囲を見回す。

「文句があるなら剣で証明させる。

……余興でいい」

村瀬が低く言った。

「余興だと?!」

「お前に勝てれば一貫の褒美。

場所は――

熱田神宮。

神前試合だ」

空気が凍る。

「これならば腕自慢が集まる」

「十人抜きができるか?

俺はやれると思うているが、村瀬、簡単だろう?」

秀政は横目で見る。

「いいだろう――

二十人抜きだ」

村瀬の目が久しく失っていた光を宿した。

「……上等だ」

数日後。

熱田神宮。

神前。

村瀬新九郎は一本の木刀を手に立っていた。

二十人。

足軽、侍、浪人。

結果は――

誰も、口を開かなかった。

十人目が倒れた時、境内は異様な静寂に包まれていた。

村瀬は多少息が乱れ始めた。

(頃合いか、止めるか。

潰れてもらっても困るからな)

秀政が静かに終幕を告げる。

「この者は新陰流の印加を持つ――

学びたい者は新しく開く道場に来い」

誰もが目を輝かせた。

「村瀬新九郎」

秀政は、はっきりと言った。

「今日より芋粥家家臣、

新陰流兵法指南役を命ずる」

村瀬はゆっくりと膝をついた。

「……命、謹んで承る」

剣は力を取り戻した。

そして――

愛知郡に新陰流の道場が建つことになる。

それはいずれ足軽の戦い方そのものを変える刃となるのだった。