軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第781話 攻略準備5日目:帰らぬ者、帰れぬ者

魔王軍へ攻め込むまであと5日目となる日の午後、アレンは原獣の園にある獣神ガルムの神殿へと向かった。

(この辺一帯も自然が溢れたな。まだため池を作って10日も経っていないんだが。さすが命の雫の効果だな)

草木の青葉の香りと若干潤いのある風がアレンに吹き付ける。

原獣の園にはアレンが大精霊神イースレイとの交渉で勝ち取った「命の雫」のため池ができたため、水は乾き、大地が割れた荒涼とした大地から、潤いと生命に溢れた草木が生え始めていた。

この原獣の園にはシアと十英獣でテミを除く9人が修行に励んでいる。

アレンは過去の獣神たちが神殿に続く道の左右に立ち並ぶ像を通り抜け、正門を開けた。

バタン

扉の先の通路を抜けるとすぐにこの神殿で、奥行きも天井も最も広い大広間が現れる。

そこで様々な獣たちが、地面を蹴り上げ、壁を跳ね、舞うように踊るように上下左右に飛び回り絡み合っていた。

全長120センチメートルという人族なら子供ほどの身長で、ヨボヨボの高齢なチンパンジーの姿をした獣神ガルムに、獣化した10体の猛獣たちが犬歯をむき出しにして襲い掛かっている。

『がは!?』

『ぐお!?』

高速で動く十英獣に対して、動体視力が素早さ依存で上がったアレンの目は追いつくことができる。

十英獣の爪獣帝でラーテルの獣人のパズと双剣獣帝で豹の獣人セヌが、空中に飛んだガルムに対して、左右から襲い掛かったのだが長い尻尾を軽く振るわれ、元来た方向に高速で吹き飛ばされる。

(おお! 元気にやってるな!! 尻尾をセシルのために回収したのだが元に戻ってるし)

アレンはリオンを通じて何度も獣神ガルムの神殿を見に来ているのだが、シアたちは相変わらず修行に励んでいると思う。

なお、獣神ガルムの尾はセシルの古代魔法獲得クエストで必要だったため、シアが食い千切って、魔法神イシリスに提供したのだが、今はすっかり元に戻っている。

アレンの思考を他所に、シアと十英獣の修行は続いていく。

『ゲン、合わせろ! ぬおおおおおおおおおおおおお!!』

『おう!!』

パズとセヌが空いた隙間に巨躯の獣化した錘獣帝のホバ将軍が叫びながら飛び上がった。

同時に、弓獣帝のゲンがガルムの両目に目掛けてスキルを使い同時に2本の矢を射る。

とても獣人が敬う獣神の扱いではなかったのだが、心配は杞憂に終わる。

『これこれ名を呼んだら不意打ちにならんじゃろうが……』

ホバはゲンの名を叫び、それに応えた一連の流れにガルムは空中でため息を零す。

キャッチボールをする子供が投げた球を優しく受け止める父のようにガルムは、右手で2本の矢を指の間に受け止めると、左手でホバの振るう錘の打撃面にデコピンをした。

ボンッ

ガルムの右手のデコピンが空気を吹き飛ばし、真空を生んだためか、手りゅう弾か何か爆発するような衝撃音を生じさせる。

『ぬおおお!?』

オリハルコンの槌が明後日の方向に吹き飛ばされるのを両手で必死に止めようとするのだが巨躯ごと十メートル以上後退してしまった。

だが、それもガルムの意識をかく乱させるシアの作戦であった。

二重三重に組んだ連携攻撃の中、ホバの背後から人型タイプに獣神化したシアのナックルが迫る。

『ふん!!』

奥歯に力を籠め、全力で顔面目掛けて振るわれるナックルが何秒も掛けずガルムの顔面に到達しようとする。

アレンの動体視力だとスローモーションでシアが迫る様が見えるが、ガルム自身は何も慌てる様子はなかった。

『まったく、まだまだじゃの。ホイッと』

『ぐは!?』

余裕があるのかシアのナックルに対しても、左手で放ったデコピンが襲う。

アレンはシアの吹き飛ばされる方向に瞬時に移動する。

「よっと。精が出るな」

『ぬ? アレンか』

正面から吹き飛ばされたところを受け止めると、アレンの存在にシアたちがようやく気付いた。

『なんじゃ、今日はアレンが直々に来たのか。アクシリオン様をあごのように使いおって。よし、お前たちも休憩じゃ』

胸でぜぇぜぇと荒い息を整えようとする十英獣たちの様子を見たガルムが休憩を宣言すると、アレンとシアの下へとガルムを含めて全員が集まってくる。

「はい、水分補給を」

「うむ、助かるぞ」

アレンが魔導書の収納から人数分の2リットル近い果実水の入った革袋を配り始めるとシアが獣神化を解除した。

シアも含めて十英獣の皆が革袋を手に取り、蓋部分をとって、一度に無くなる勢いで飲み干していく。

(風神ヴェスも獣神ギランも神殿に来ているな。アルバハル獣王国も獣王化の後継者がシアだけになったからか指導に熱が入るな)

神殿の少し奥には試練に協力するため、ブライセン獣王国で信仰されている獣神ギランと光の神アマンテに仕えていた風神ヴェスが控えている。

今は、獣神ガルム直々に訓練に付き合っているが、リオンが様子を見た際、2柱の神々が試練に協力していることもある。

『ありがとなのじゃ』

「いえいえ、どうぞ」

アレンの思考は他所に獣神ガルムも当たり前のように受け取って水分補給を始めた。

(前世でも器用なチンパンジーがいたな)

アレンは前世で、テレビで見た芸達者なニホンザルやチンパンジーが脳裏に蘇える。

『おぬし、なんだか失礼なことを考えておるの』

「滅相もないです」

思考は読めており、余計なことを考えるとツッコミが入るようだ。

『それで何の用じゃの?』

「えっと、シアとガルム様に用事があって」

だから直接やってきたとアレンは言う。

「獣王になったゼウが何の用だ」

「ぬ? ゼウ様か」

獣神であるガルムに対する用事を先に伝えた方が失礼がなくて良いと思うが、シアが食い気味に聞くので、先に用事を伝える。

先王の獣王親衛隊隊長のホバ将軍が反応する。

獣王の手足として動く獣王親衛隊は、新たな獣王位が即位すると一旦解散し、その後再編されることが一般的だという。

ここにはホバ将軍のようにゼウに従った獣王親衛隊の隊長や、副隊長で剣獣帝の才能を持つ犬の獣人のハチもいる。

ほかにも冒険者であったが獣王にゼウがなったことをきっかけに、既に相談役のテミを除く全員が親衛隊に全員打診されている。

楽獣帝で狐の獣人のレペだけが自由を求めて速攻で断っている状況だ。

「シアがいつ戻ってくるのか確認したい。獣王国を上げて魔王軍討伐に向けた出発式をしたいらしいぞ」

(残り5日しかないけど。10日目当日は魔王軍攻略の日だから実質4日だな)

「いつかだと?」

「そうだ。シアはまだ獣王国に戻っていないだろ。一度清算じゃないけど戻ってきてほしいとゼウさんが心配している」

アレンは皆に聞こえるように説明を始めた。

シアはルバンカと共に獣神ガルムの神殿で試練を受けた。

コンボによる戦いを強いられる中、神殿内で1ヶ月近い日々を過ごした。

その時、ルバンカとシアが一緒になって幼少期のシアの過去に触れるということもあった。

その際、バリオウ獣王国出身の母親のミヤや、シア自らがアルバハル獣王国で受けた仕打ちについて、ルバンカを通じてアレンは記憶を共有されている。

シアは12歳の頃、先獣王であるムザより、テミが占い考えた邪神教の教祖グシャラを捕える試練を受けている。

試練の内容はグシャラを討伐し、それまで、アルバハル獣王国の王城への帰還は許されないというものだ。

アルバハル獣王国の才能のある王侯貴族は誰1人協力するものはなく、元獣王親衛隊隊長で世話役のルド将軍と一緒に2人で王城を追い出されたような仕打ちを受ける。

王都周辺でお金を稼ぎながら、獣王女である血筋と覇道を傭兵や冒険者に語って聞かせて3000人もの討伐隊を結成し、一度はグシャラを討伐することができた。

その後、シアは魔王軍の上位魔神であったグシャラを再度討伐し、海底のプロスティア帝国で魔王軍と戦い、神界では獣神ガルムからの試練を受けているのだが、一度もアルバハル獣王国に戻っていない。

「ふん、このまま余が魔王との戦いで朽ち果てるのはさすがに忍びないか。なんたって余は正式に獣神ガルムの試練を超えた英雄にして、唯一の加護を持つものだからな!」

『加護を与えた本人の前で自慢する話じゃないの……』

獣王ムザは内乱を起こしたベクに獣王化の力を奪われ、ゼウは試練の終わりにシアに獣帝化の力を譲っている

力の代わりに獣王の地位はゼウに譲ったものの、このまま魔王軍との戦いで失っては、獣王家の正当性が民に示しがつかないだろうとシアは犬歯をむき出しにして多少自嘲気味に笑って見せる。

(これまでも何度もアルバハル獣王国へ戻るタイミングがあったんだけどな。踏ん切りがつかないのかな。帰る理由がもっと欲しいと)

「……拳を振り上げて家出した身だから気持ちの整理がつかないから戻りたくないって伝えたら良いか? 魔王を倒した後、凱旋するから準備しておけって」

「なんだと!?」

アレンが心を見透かすようにシアの思いを代弁すると、真横で大きな声で吠えられてしまう。

一緒に話を聞いていたホバが良くお分かりでと言わんばかりに、一息に革袋の果実水を飲み干した後、目を瞑り、深く息を吐きだした。

「言葉どおりだ。シアも魔王との戦いが迫る中、アルバハル獣王国とどう向き合っていくかもう一度よく考えてくれ。イグノマスのように帰りたくても拒否された者もいるからな」

「奴は奴でそういう刑ではないか。余と違ってそれこそ目的は打倒魔王であるわけだ。同じにしてもらっても困るわ」

(ゼウさんも声をかけて早々に戻るなんて思っていないだろうし)

答えの方向性が見えた上にあと5日でどうなる話でもないと、アレンはここで話を打ち切ることにする。

シアを怒らせたこともあって流れでイグノマスに話を移す。

イグノマスはプロスティア帝国の先帝を殺し内乱を起こした罪で、魔王を倒すまでプロスティア帝国の海底の水を吸えないことになっている。

(イグノマスに頼まれてラプソニルに一度会いたいって言ったけど断られたし)

プロスティア帝国の元近衛騎士団の隊長で将軍を兼務するイグノマスは、魔王軍の策略にのって先帝を殺してしまった。

女帝ラプソニルへの思いもあったのだが、それも利用された形だと、イグノマスの話を聞く限り分かった。

そんなイグノマスは魔王軍との戦いに命を懸けるから最後に一度だけラプソニルに会いたいとアレンは相談を持ち掛けられ、その旨女帝に伝えたのだが、はっきりと断られてしまった。

今回の魔王軍との戦いにプロスティア帝国からは格別の協力を得ることになっているが、国家として引けないことはあるという。

(それでもラプソニルがそこまでイグノマスを嫌いな感じもしないのだが)

魚人たちの兵がアレン軍で活動することもあり、将軍たちから聞いた話では、イグノマスとラプソニルの恋仲がプロスティア帝国の宮殿で噂されるほどの関係だったらしい。

「俺は帰る場所がややこしくなくてよかったよ」

「本心が漏れておるぞ。それでそんなことを伝えるためにリオンじゃなくてアレン自身がやってきたのか?」

「そうだ。ちょっとガルム様にも用事があって」

『ほぬ? 儂はついでかの?』

果実水を飲み終わった後の革袋を返される獣神ガルムにアレンはもう1つの用事を伝えることにするのであった。