作品タイトル不明
第600話 ルバンカの過去③
ルバンカは声の主の老人の願いを聞いて、力が欲しいと願った。
老人は承諾すると、ルバンカの引きちぎれた腕の付け根に手を触れた。
メキメキ
『ウグ!? なんだ、腕が生えてくるぞ!!』
『グル!?』
『ヌゴ!?』
オーガエンペラーも2体のオーガキングも驚愕する。
ルバンカの全身の筋肉が大きく揺れるほどの伸縮をしたかと思うと、メキメキと体に対して、不均等な巨大で筋肉質な腕が生えてきた。
(なんだ、この高揚感は。これが神から加護を得るというものか?)
アレンにも、ルバンカの内側から溢れ、蒸せるほどの熱い衝動のようなものを感じる。
オーガキングが全身の筋肉を使って、生えてきた巨大な腕を抑え込もうとする。
しかし、ルバンカの新しい巨大な腕はオーガキングを一度で振り払う。
今度は逆に、2体のオーガが体勢を崩した後、胴体部分をガッツリと掴んだ。
グチャ!!
『!?』『!?』
ルバンカの新しいそれぞれの腕はいとも容易く2体のオーガキングを握りつぶした。
あまりに一瞬のことでオーガキングは叫ぶこともなく内臓を口から噴き出して絶命した。
『うおおおおおおおおおおお!? か、体があああ!』
絶命した2体のオーガキングを投げ捨てたところで、ルバンカの体がメキメキと膨張していく。
何メートルもある巨大な腕がちょうど良いサイズに合わせるように、全長が10メートルほどに達した。
獣人のころの面影をほとんど残さず、自らの体を、上半身が筋骨隆々な、巨大な2足歩行のゴリラへと変えていく。
『なんだ、貴様!? ただの獣人ではなかったのか!!』
オーガエンペラーは動揺しながらも、ルバンカが混乱している今のうちに殺すべきだと考えたようだ。
背中に背負う両手で持つような巨大な斧を握りしめると、未だに膝を地面につけるルバンカの頭めがけて振り下ろした。
メキメキ
ガシッ
『腕が? え?』
肩から肩甲骨あたりにかけて、筋肉が躍動したかと思うと元ある腕よりもさらに太い腕が生え、オーガエンペラーの大斧を野太い腕の片方で受け止めた。
『ぬ? 動かぬ!! お前たち、何をぼうっと見ている!!』
両手でルバンカの顔面に叩き込もうとしたが、当たり前のように受け止められ微動だにしない。
『グホォ!?』
『ヘグァ!?』
向かってくる先に自由に動かせる3本の腕から放たれる凶悪なまでの拳で、オーガたちは吹き飛ばされていく。
オーガたちは殴られた部分を大きく陥没させ、口から内臓をぶちまけて絶命していく。
オーガを粗方吹き飛ばしたところで、両の足をしっかり地面につけ立ち上がった。
ルバンカは3つの拳をオーガエンペラーに向け強く握りしめる。
大斧をお互い握り合った状態であるのだが、ルバンカが一歩距離を詰めると、オーガエンペラーは一歩後ろに後退した。
『待て、悪かった。我の負けだ。ここは身を引こう……』
力の差は圧倒的で、オーガエンペラーは降参の意思を示す。
ルバンカの目が地面に転がる松明の光に当たり、怪しく光ったと思うと、大斧を離し、一気に跳躍した。
『ウオオオオオオオオオ!』
『や、ヤメロオオオ! グアアアアア!!』
とびかかり、オーガエンペラーの体を倒し、馬乗りになったルバンカは自由に動くようになった4本の腕を一気に振り下ろす。
姿を変えたルバンカが滅多打ちで殴り、顔面も頭部もひねりつぶされたオーガエンペラーの手足の抵抗は止まり、絶命した。
『んご!?』
オーガたちがボスであるオーガエンペラーの死に気付き逃げ始めた。
『むん!!』
ルバンカは踵を返し、村に体を向けると、重心を下げて一気に跳躍する。
逃げ出したオーガたちには見向きもしなかった。
今度はオーガエンペラーとの距離を詰めるほどの小さな跳躍ではない数十メートルの跳躍だ。
幅10メートルを超える堀も、高さ10メートルに達する塀も、容易く飛び越えるとそこは惨状が広がっていた。
轟音と共の地面に着地とするとルバンカはすぐに辺りを見回した。
門の手前で武器を持って守りを固めていた獣人たちは、ぼろ雑巾のように打ちのめされ、肉片があちこちに転がっている。
多少武装したところで、ほとんどが才能がない獣人たちであったようで、無数のオーガたちに敵うはずもなかった。
家々は破壊され、中で怯え隠れていた獣人たちは、引きずり出され、惨殺された者も多い。
つぶれた建物の側で、体の半身を失い絶命した村人たちが悲痛な表情を浮かべている。
塀に囲まれた村の中のオーガたちも、オーガエンペラーの死を知っていたようだ。
オーガも塀を飛び越え、ワラワラと村の外に逃げていこうとしていた。
逃げ行くオーガたちを無視して、ルバンカはまっすぐ村の中を走っていく。
中には向かってくるオーガを打ちのめし、または進行方向にいた個体も蹴り上げ、真っ直ぐに自らの家に向かった。
『無事か!!』
ルバンカの心に不安がよぎる。
何年も家族と住んだ家の柱が折れ、屋根が崩れ、拉げてしまっている。
ルバンカは急いで屋根を投げとばし、崩れた木材を払いのけると、床が崩れた建材の重みで潰れている。
慌てて床下収納のふたを開けると、子供を抱き抱える母親も、2人の子供もぐったりとうなだれて動かない。
必死に揺さぶるがピクリとも反応を示さない。
耳を3人に近づけるが何も聞こえない。
すでに心臓も呼吸も止まり、3人は抱き合ったまま息絶えてしまっていた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
3人を抱えて絶叫する。
ルバンカの巨大な咆哮に、オーガの群れはさらに脱兎のごとく逃げていく。
(聖獣ルバンカはこうして誕生したのか。グラハンもそうだが、壮絶な人生だな)
アレンの耳に絶叫が残る中、ルバンカの人としての一生を思う。
少し前に霊Sの召喚獣になったグラハンもそうだが、彼も帝国に捕らえられ、子供も妻も、一族もろともスライムのプールに投げ込まれて殺されている。
今見せられても、何が正しかったのか分からない。
もしかしたら、オーガ村を襲わず、最初から家族そろって遠くに逃げのびていたらどうだっただろうか。
それは結果論に過ぎない。
そう考えてしまうのは、ルバンカが数百年の葛藤と後悔を共有しているからだろうか。
「あ、ありがとうございます……。あなた様はもしや、バルなのですか……」
背後から村長が、ルバンカにおそるおそる声をかけてきた。
どうやら、村人の多くが犠牲になったのだが、無事だった者もかなりいるようだ。
『……そうだ。そうであった』
バルは全てを失ったことを悟った。
家族を救うために聖獣になった。
その家族はみんな死んでしまった。
ルバンカはまだ助かった者がいるかもしれないと、崩れた家の中で一命をとりとめた獣人たちを救い出していく。
『そうじゃの。お前さんは、儂の言葉を聞いて、力を手に入れた。獣人のために尽くすのじゃ』
無心で救助活動をするルバンカに、獣神ガルムは役目について念を押す。
『そうですか……』
ルバンカは虚無のまま返事をする。
正直に言うと、ルバンカとしてはどうでも良かった。
最も大事なものは家族であって、地位も名誉も力もいらなかった。
だが、もっと力を求めていれば、家族は救えたかもしれないという後悔はある。
(こうやって、獣神ガルムと契約したと。ん? 場面が変わっていくな)
ルバンカの見た光景が卒業アルバムを見せられるかのように、ポンポンと変わっていく。
獣人たちが悲しい思いをしなくてもいいように魔獣から守る活動を始めたようだ。
多くの獣人を救い、それは獣神ガルムに頼まれたからだと言う。
(ん? 獣人の家族か)
移り行く場面の移動が止まった。
どうやら、ルバンカの思い入れのある記憶のようだ。
「ありがとうございます。ありがとうございます。もうしわけありません、子供が高熱を出して」
馬車がひっくり返り、車輪が外れ、遠くの方に転がっている。
ルバンカの前で魔獣が拉げて絶命している元に駆け寄り、必死に礼を言う。
獣人の家族は、どうやら幼い子のために薬を求めて旅に出た際に魔獣から襲われたようだ。
ルバンカは幼い子供を持つ家族を救ったことで、失いかけた獣人であった頃のことを思い出している。
『我は獣神ガルム様の使いだ。その感謝は獣神様に言うのだな。……馬車を失ったか。近くの町まで案内してやる。次からはもっと準備をして出かけることだな。ああ、そうだ。この薬草を子供に煎じて飲ませよ』
何度も口にした獣神ガルムの名を使う。
自分の名を語る必要がなくてとても便利だった。
ルバンカはここから1日もしないところに町があるので案内すると言う。
「何から何まで……。あ、あの。お名前を聞いても……」
『……』
「あ、あの! お名前を聞いても!!」
獣人の夫の返事を無視したが、抱きかかえる母からどうしても名を聞きたいと粘られる。
獣人の家族はどうしても救世主の名前が聞きたいようだ。
『……ルバンカだ』
観念したかのようにルバンカは漏らすようにつぶやいた。
人間であったころを捨てたのか、名前をバルからルバンカにこの時変えたようだ。
自らの獣人時代を捨てたかったのかもしれないと、アレンはルバンカが名を捨てた瞬間を思う。
「ルバンカ様」
『忘れよ。……語るべき名でも、誇るべき名でもない』
(こうやって、3獣の1体が誕生したのか。そうか、お前は神に至りたかったんじゃない。終わりたかったんだな)
ルバンカはどうやら時間をかけてゆっくりと聖獣としての道を歩んできたようだ。
マクリスのように、皇子として生まれたわけでもなく、大国のために巨大な海の怪物と戦ったわけでもない。
自らを卑下しながらも、長い年月をかけて獣人たちを救い続け、獣人を救うことだけが、自らの弱さによる罪を洗い流してくれると信じて行動してきたようだ。
過去を見たからルバンカがあんな軽い問答で召喚獣になることを即決してくれた理由を理解する。
聖獣としての生き方に拘りなど最初からなかったようだ。
もしかしたら、聖獣の道を選ばなければ見れる生き方もあるのではと。
望んでいたのか希望なのかとアレンは感じた。
***
「アレン、ちょっと大丈夫なの!!」
「ん? ああ、大丈夫だ」
(どれだけ時間が経ったんだ?)
アレンは意識を取り戻した。
ルバンカの意識にどうやら取り込まれていたようだ。
知力が高いアレンが、意識を奪われその場で無防備になることは少ない。
この世界に生まれ落ちて初めての感覚だが、やるべきことがある。
目の前の丘の上にいた獣神ギランはアレンたちの背後に回っていた。
『……』
アレンが後方に目を向けると
(俺の次の行動を待っているのか。まったく、聖珠ポイントを消費させやがって)
アレンは聖珠ポイントを1ポイント使用する。
覚醒スキル「聖珠生成」でランダムで作成される腕輪の効果は当たり外れがある。
外れ効果が付与された腕輪は全て聖珠ポイントに変えている。
既に100ポイントを超えて溜まっている。
Sランクの召喚獣を生成するには、Sランクの魔石と魔力(霊力でも可)だけでなく、聖珠ポイントが必要だ。
聖殊ポイントはそれぞれのSランクの召喚獣が10日に1回、覚醒スキル「聖殊生成」によって作り出された聖殊を魔導書で聖殊ポイントにすることができる。
聖珠ポイントは、変換した召喚獣の系統と、その召喚獣が生成するのに必要な魔石数に一致するようだ。
今回は獣Sの召喚獣のルバンカなので聖珠ポイントは1ポイントで問題ない。
なお、霊Sの召喚獣のグラハンになると19ポイント必要になる。
『わ、我は……』
アレンは速やかにルバンカを生成し召喚する。
召喚獣になったばかりのルバンカは、この所作に戸惑い覚えているようだ。
獣神ギランに吹き飛ばされた首元をさすりながらも、傷が一切ないことにも驚きを隠せない。
『ほう、それでどうしますか?』
吹き飛ばした相手を当たり前のように召喚しなおしたアレンに対して次の言葉を問う。
「ちょっと、アレン。ギラン様が怒っているわよ」
セシルはいつものように下手に出た方がよいのではと言う。
「アレンよ。ここは獣神様に頭を下げるべきだ」
獣神たちを信仰するシアもセシルの言葉に納得した。
「そうだな」
アレンが納得したことにセシルたちはどこかホッとしたようだ。
アレンの表情に怒りを見たような気がして、獣神との間に波紋を呼びそうだったからだ。
アレンは同意しながらも魔導書の前に添えた手とは反対の利き手で腰に差した剣の柄を握り。
「アレン様、もしかして……」
ソフィーはなんだかそんな気がしたようだ。
『ほう? 私に牙をむきますか』
仲間たちが息を飲む中、アレンは獣神ギランに鞘から抜いた剣を向けたのであった。