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作品タイトル不明

第447話 聖魚マクリスの涙

アレンたちが帝都パトランタで戦って1ヶ月ほど過ぎた、12月。

グランヴェル子爵は今年、伯爵となり大貴族の仲間入りをした。

新年には5大陸同盟の会議が初めてラターシュ王国で行われる予定だ。

大貴族として、新年は王都で過ごすことが決まっている。

新年を前に、自らが治めるグランヴェルの街でと、グランヴェル伯爵は王都から地元の街に帰ってきた。

伯爵への陞爵の祝いの言葉を伝えたいと、例年では考えられないほどの人がグランヴェルの館にやってきた。

館で挨拶をした翌日からは、極貧の男爵時代から支えてくれた地元の有力者たちへの挨拶をして周る。

彼ら有力者が支えてくれたからこそ伯爵になったという気持ちを忘れていない。

「おお、ゼノフ団長は男爵になられたのですか! それは素晴らしい!!」

「御当主様のお陰です」

グランヴェル伯爵の横に立つやや小太りの男が、ゼノフ騎士団長にも声をかける。

「うむ。チェスターよ。我も騎士団長を男爵にすることができたのだ」

「それはそれは」

ここはグランヴェルの街の中央にある高級宿だ。

東西南北の大通りに接しており、目の前には街の中央広場もある一等地に建てられた宿だ。

フィオナの父であるチェスターがオーナーの高級宿に、グランヴェル伯爵はゼノフ騎士団長と共に来ていた。

グランヴェル伯爵は、伯爵になった暁に真っ先に長年領内で騎士団長の務めをしてくれたゼノフを騎士職から男爵にした。

大貴族が有する騎士団の騎士団長は、男爵であることが普通だ。

王家ともなると子爵やそれ以上の貴族が、近衛騎士団長を務めることもある。

ゼノフは10年もの長い間、中央大陸北部で人々の命を守るため必死に戦ってきた。

その後は栄えある王家を守る近衛騎士団になる道もあったが栄誉を断り、地元であるグランヴェル領に戻り、騎士団長として領の発展に貢献してきた。

男爵にしたのは、グランヴェル伯爵がゼノフの長い勤めに報いた形だ。

「あの、アレン様たちは来ていないのかしら?」

フィオナが会話の合間にグランヴェル伯爵に思わず尋ねてしまった。

「な!? フィオナ。お前は下がっていなさい」

先ほどからグランヴェル伯爵とチェスターの会話を、上の空で聞いていたフィオナがたまらず口にする。

今日はもしかしたら、アレンたちもやってくるのかと期待をしていた。

「アレン『たち』か。間もなくと聞いたぞ」

フィオナがアレンばかりに目が行っていることはグランヴェル伯爵も知っている。

マーダーガルシュからフィオナを救った折に、あれから食事も喉を通らなくなって大変だと言うチェスターの慌てようを覚えている。

グランヴェル伯爵はもう6年以上昔の話かと懐かしく思った。

その後、ペロムスとの話はチェスターから聞いた。

クレナ村の村長の息子が、結婚を前提に愛娘との交際を求めてきた。

あり得ない条件を吹っかけてやった顔には、どこか期待があるなと感じていた。

無意識にアレンだけでないことを口にしたフィオナの言葉にグランヴェル伯爵は口元が緩んだ。

「え? こちらにいらしているの?」

フィオナの表情が「間もなく」という言葉でパッと明るくなる。

「そうだが、何でも少し準備があるから後から来ると聞いておるな」

グランヴェル伯爵は前日にアレンから渡された台本の通り受け答えをする。

「後から? 準備?」

バタン!!

フィオナが何の話だろうと思ったところで、高級宿の会場の扉が力強く開いた。

そこに立っていたのはペロムスだった。

帝都パトランタにある仕立屋が威信をかけ、バッキバキにかっこよくしたその装いは、とても普段の陰キャには見えない。

「フィオナ、聖魚マクリスの涙を持ってきたよ! だから結婚をしてほしい!!」

ペロムスは、会場の皆に聞こえるように大きな声で叫んだ。

会場にいたグランヴェルの街の有力者たちが何事かと一気に視線が集まる。

「な!? そんなでたらめを言ったら承知しませんわよ!!」

ペロムスの大声のせいで、皆の視線がフィオナとペロムスに集まり、フィオナの顔が真っ赤になる。

「で、でたらめじゃないよ。外に出てきてほしい。フィオナと約束した誰の手にも渡っていない聖魚マクリスの涙を渡すから」

何度練習しても若干噛んでいるセリフを、ペロムスは顔を真っ赤にして大声のまま受け答えする。

併せて「立ち合いたい人も是非外へ!」という言葉も忘れない。

そこまで言うと、ペロムスは会場には入らず、そのまま外に出てしまった。

「ふむ、外だな。ゼノフも付き合うのだ」

「は!」

既に台本を読んでいるグランヴェル伯爵がペロムスの話に付き合うと言う。

グランヴェル伯爵が付き合うならとぞろぞろとほぼ全員が外に出ていく。

お陰でペロムスの雄姿を見守る証人たちが増えていく。

「こ、これは何事だ」

台本を渡されていないチェスターは困惑しながらもグランヴェル伯爵についていく。

フィオナが外に出ると、ペロムスが宿の前にある中央の広場に立っていた。

間もなく夕暮れのグランヴェルの街で、粉雪が広場の地面を雪化粧している。

「ちょ、ちょっと。ペロムス、これはやり過ぎじゃなくて。って、アレン様たちも来てるじゃない?」

フィオナが駆け寄ると中央にはペロムスしかいないが、宿とは反対側の広場の端でアレンやセシルたちが見守っている。

フィオナは何も言わないアレンからペロムスに視線を戻した。

「じゃあ、約束だ。誰の手にも触れられていない聖魚マクリスの涙を渡すから受け取ってほしい」

「まあ、本当に本当ですの?」

プロスティア帝国物語は、知る人ぞ知る物語だ。

しかし、ペロムスと同い年で成人したフィオナは、夢物語であるという分別もあり疑ってしまう。

「本当に本当だ。誰の手にもってことなので、僕も触れなかった」

「え? どういうことですの?」

「だから、マクリス様に来てもらったんだ。今お呼びするから驚かないでね」

「え?」

そこまで言うと、ペロムスはニコニコしながらも無言になった。

しばらくして、何も来ないじゃないと疑問符がフィオナの顔に浮かぶ。

何事だと宿から出てきた見つめる街の有力者たちもザワザワしだす。

カンカン

台本通り、街の住人をあまり驚かせ過ぎないよう警報の鐘をあらかじめ鳴らす。

街のはるか先、遠くからゆっくりと宙を泳ぐ巨大な魚体が現れた。

「いらっしゃってくれました。聖魚マクリス様です」

街のはるか先で待機していた聖魚から召喚獣となったマクリスがゆっくりとペロムスのはるか上空にやってくる。

「ほ、本当に、え? 聖魚マクリス様?」

フィオナが空に現れたマクリスの巨躯に驚愕する。

『ここにペロムスという男がいるのら?』

締まりがない間が伸びた口調だが仕方ない。

「はい、私です」

『正面に立つ者が愛する女性フィオナさんなのら?』

「そうです!!」

『試練を乗り越えた褒美に涙をあげるのら~。フィオナさんは手を出してほしいのら』

「ちょ、ちょっとどういうこと」

「今からフィオナに涙を上げるって。水を掬うように両手を出して」

「え? こ、こう?」

「うん」

フィオナが両手で水を掬うかのように両手を胸元に出した。

マクリスはフィオナが受け取る準備が整ったところで、今一度魚体を街の上空で一回転させて、片目から一滴の涙を零した。

夕焼けに照らされ煌めく中、マクリスの涙はゆっくりと落ちてきて、フィオナの手の中で結晶となる。

『英雄ペロムスとの約束は果たされたのら。ペロムス、フィオナ、永遠の愛をなのら!』

街に響く声量でマクリスが言うと、さらに一回転して遠くに飛んで行った。

「あ、ああ。これが聖魚マクリスの涙。綺麗ね」

フィオナはペロムスに何が起きたのか分からない。

だが、まっすぐ自らを見つめるペロムスの力強さを感じる。

手の中で輝くこの涙を手にするためにどれほど苦労があったのか。

吸い込まれるほどの美しい輝きにフィオナの目からも涙が流れた。

「フィオナ、必ず幸せにする。僕と結婚してほしい」

「はい」

自然とフィオナが返事をした。

「フィオナ!!」

涙を流して喜び微笑んだフィオナにペロムスは歓喜のあまり抱きしめてしまった。

「きゃ!?」

「ご、ごめん、思わず」

(おい、せっかくうまくいったのに台無しになるだろ)

ペロムスの思わずの暴走で、2人の間で気まずい雰囲気となる。

「もう少し優しくしてくださる?」

「うん、愛している。フィオナ」

そう言って目をつぶるフィオナにペロムスが優しく口づけをした。

どうやらペロムスの愛の告白は成功したようだ。

「何とかなったわね。ちょっとぎこちなかったかしら」

2人の口づけを見ながら、若干頬を赤くしたセシルがため息を漏らす。

「まあ、上手くいったな。じゃあ、ロザリナ、『愛の旋律』を」

アレンは背後に体を向け、両手を大きく掲げ、「〇」と後方で待機する者たちに示した。

「『愛の旋律』ね。ここがプロスティア帝国覇者の私の前哨戦ね。皆、練習の成果を示すのよ!」

集団の先頭に立つロザリナが鮮やかなオレンジの髪をなびかせ、さらに後方にいる者たちに声をかけた。

「エルフども、今回は失敗するなよ。せっかくの練習が台無しになるからな」

木製のフルートのような楽器を持ったダークエルフがエルフたちに睨みを利かせる。

「ああ、ダークエルフもな。今日が本番なんだからな」

全く同じフルートのような楽器を持ったエルフも負けじと言葉で応戦する。

「そこのエルフとダークエルフ、ケンカしない! 本番よ!!」

「「はい」」

ロザリナの注意にエルフとダークエルフは分かりましたと返事をした。

ロザリナを先頭に、楽器を持ったあらゆる種族の人たちが高級宿の反対側の広場からぞろぞろと出てくる。

ペロムスの告白がうまくいったので、アレンは「愛の旋律」を選択した。

定位置に着くと愛をテーマにした歌をロザリナが歌い始めた。

その歌に合わせて、プロスティア帝国からやってきた「プロスティア帝国宮廷音楽隊」の魚人たちが、同じく歌を歌い、楽器を奏で、踊り子は歌に合わせて舞うように踊る。

魚人たちの音楽に合わせるように、エルフ、ダークエルフ、獣人、ドワーフ、そしてヘビーユーザー島の住民たちが楽器を奏でていく。

(1ヶ月の練習を発揮する時が来たぞ)

一瞬何が起きたのかとフィオナが困惑する。

ただ、この場を祝福していることはすぐに分かったので、目をつぶりペロムスとの口づけに戻った。

美しい音色が街を包み込む。

高級宿から出てきた人々、街の住人たちが、ペロムスとフィオナを中心に広がる幻想的な光景を見つめる。

「上手くいきましたわね」

水槽から外をのぞき込むようにアレンに話しかけてくる。

「はい。女帝ラプソニル陛下。宮廷音楽隊を貸していただいてありがとうございます」

女帝ラプソニルにペロムスの演出のため態々、本国からプロスティア帝国宮廷音楽隊を出してくれたことにお礼を言う。

「いえ、私たちは自らの帝国を救った英雄ペロムスに少しだけお礼を返したにすぎませんわ」

プロスティア帝国が誇る宮廷音楽隊は、ペロムスの一世一代の愛の告白の演出に惜しみなく協力してくれた。

これはペロムスの愛の告白を彩るためのイベントとしてアレンが考えたことであるのだが、それだけでは話が終わらなかった。

1ヶ月ほど前、アレン軍に今回プロスティア帝国で起きたことの顛末を伝えた。

今回の魔王軍の戦いでペロムスの働きがなければ、アレン軍は半壊では済まなかったことを伝えることも忘れない。

話の全てを聞いたルド将軍から「是非、ペロムスの愛の成就に我らも協力させてほしい」と強い要望を受けた。

何でも獣人の部隊の中には獣王音楽隊に所属していた経験のある者など、音楽の経験者が結構いるらしい。

ルド将軍曰く、ペロムスの命を懸けた行動は、ベクはもちろんのこと、獣人全員の尊厳と誇りを守る行動であったと言う。

ペロムスがいなければ、ベクは種族を超えて魔王軍と戦わないといけないこの大切な時期に内乱を起こした張本人だということになる。

その結果、何もできず魔王軍の手にかかり贄となった愚かな獣人として世界の人々から語られるだろう。

ペロムスの勇気ある行動によって、ベクが命を懸け魔王軍の策謀に一矢を報いたことで彼は英霊となった。

是非ペロムスに礼をしたいという意見がアレン軍の間に広がっていくことになった。

正直に言うと、「じゃあ、それが私の地上を虜にする第一弾ね」と乗り気で了承してくれたロザリナと宮廷音楽隊だけならすぐに、今回のプロポーズ大作戦を進めることができた。

なお、歌姫コンテストが途中で中止になってしまったため、唯一聖魚マクリスの涙を貰ったロザリナが優勝者となった。

さらに言うと、ロザリナは「あんな田舎に帰る気ないわ。世界を虜にするのよ!」とアレンのパーティーの廃ゲーマーに加入済みだ。

獣人がプロポーズ大作戦に参加するならと、アレン軍の全ての種族、ペロムス市長のためにと島の住人も参加したいと言い出す。

音楽隊に配属された経験があるなど、それなりの経験者で構成してみたのだが、それでも演奏の練習が必要となった。

ついでに成功したとき、振られた時のことも考えて、「愛の旋律」「勇気の調」の2パターン練習したので告白が1ヶ月伸びてしまった。

このプロスティア帝国宮廷音楽隊は、プロスティア帝国の誇りそのものという。

歌姫コンテストの優勝者、入賞者など経歴のある魚人が多く在籍し、圧倒的な歌と演奏、踊りの実力者たちだ。

参加したアレン軍、ヘビーユーザー島の住人たちは、彼ら彼女ら魚人たちに合わせるのが精いっぱいだという。

「うむうむ。英雄にはそれ相応の報いが必要だ。これでヘビーユーザー島の市長を支える妻ができたと言うわけか。おめでたいではないか」

一時は消沈していたが、随分気持ちを戻してきたシアも、ペロムスの晴れ舞台に感動しているようだ。

「ダークエルフと一緒に愛を奏でるなんて、有史以来初めてですわ」

一緒に戦ったことはあったが、愛をテーマにエルフとダークエルフが一緒に演奏する日がくるとはと、ソフィーは新たな時代を感じているようだ。

この催しでまた1つ、アレン軍、ヘビーユーザー島の獣人たちの一体感が強くなったようだ。

(ペロムスのキスが終わらない件について、チェスターがやってきたな)

ロザリナが「せっかくだから『勇気の調』も行くわよ!」と、ふられたパターンの歌を歌い始めた。

さすがに公衆の面前で長すぎるとチェスターが慌てて、2人の元にやってきている。

「では、女帝ラプソニル陛下。まもなく王都で5大陸同盟の会議が始まります。ご案内します」

この場に立ち会ってくれた女帝ラプソニルをラターシュ王国の王都まで送らないといけない。

「もちろんです。イグノマス、行きますよ」

「は!」

水槽の下で支えていたイグノマスが、女帝ラプソニルを水槽ごと担ぐ。

(さて、5大陸同盟会議が終わったら、神界を目指さないとな。おっと、その前にそろそろディグラグニと戦うか。会議までまだ日数があるし、先に攻めてしまうか)

「さあ、魔王は一歩先を行くぞ! 俺らも前に進まないとな! 審判の門を目指すぞ!!」

(前世で開けなかった扉も門もないぞ!)

これでプロスティア帝国を中心としたアレンたちの冒険は終わった。

神界に行き、これまで分からなかった真実を解き明かしたい。

仲間たちと共にさらなる強化を図らねばならない。

仲間たちが力強く返事する中、アレンは新たな冒険に思いを馳せるのであった。