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作品タイトル不明

第427話 聖魚マクリス

水晶の種が花柱の側面からポコポコと生まれ、幻想的な光に包まれる中、聖魚マクリスはゆったりと現れた。

(イルカだな。真っ白なやつだ)

生きているときは、醜い豚の王子と呼ばれたマクリスは、全長30メートルに達するほどの姿は白く、そして流線的なその体は、水晶花に照らされて幻想的に輝いていた。

前世の記憶でもいくつかあったイルカの種類を思い出す。

しかし、これまで見てきたどのイルカよりも聖魚マクリスは美しいと思う。

この美しさはマクリスが水の神アクアの眷属になる前から行ってきた、善行からくるものなのか。

「……なんて、美しいんだ」

観覧する貴族の1人が、聖魚マクリスを見て感動を口にする。

きっと毎年のごとく見ているのだろうが、それを忘れるほどの美しさのようだ。

皇子であったとき、その醜さからフードをかぶっていた話など、今この場にいる魚人たちがどれだけ想像できようか。

水晶の種と聖魚マクリスにより織りなす光景は、プロスティア帝国の魚人たちなら誰もが一生に一度は見たいと思うらしい。

今年も多くの魚人たちが帝都パトランタに集まった。

大会に参加も見学もできなかった魚人たちが花柱の下から見つめている。

『わあ、今日もかわい子ちゃんでいっぱいなんだな。でゅふふ』

聖魚マクリスがいやらしくにやけながら、美しく身にまとったコンテストの参加者を流し見していく。

その言葉に心を奪われてしまった大会参加者が固まってしまった。

とんでもなく下品な言葉と、いやらしい目つきを参加者に向けてきたからだ。

「ひい、え? なに? うそ? マクリス様?」

大会参加のために綺麗に装った歌姫たちの中にも、あまりの下品な口ぶりに絶句するものがいる。

マクリスの言葉使いも態度も、変態といっても過言ではなかった。

マクリスは聖魚になっても性格は生前のままだという。

醜かったのは見た目だけではなかったのかもしれないと、ラプソニル皇女から事前に話を聞いていたアレンは感想を心の中に仕舞う。

『では。まずは、イグノマス皇帝陛下によるご挨拶をお願いします!』

ヒトデ面の司会者がスケジュール通り、イグノマスに大会開始の挨拶をお願いする。

『う、うむ。今年より皇帝の座についたグロウデル=ヴァン=イグノマスだ。帝国を守護する聖魚マクリス様に美しい歌を披露するのだ』

若干噛みながらも短めの挨拶をする。

『え? いぐのます? お前はだれなのら?』

聖魚マクリスはそう言って、ゆっくりと王侯貴族席にいるイグノマスに顔を近づける。

そして、その横にいる悲しげな顔をするラプソニル皇女も見る。

「む、お、俺はプロスティア帝国の皇帝だ!」

まだ帝国名を変更していないので、イグノマスはプロスティア帝国の皇帝であることを聖魚マクリスに名乗った。

『ふ~ん』

去年までと別の皇帝が、観覧席に設けられた玉座に座っているため、聖魚マクリスは巨大な目でのぞき込むように新たな皇帝をのぞき込む。

数秒の時間が流れ、イグノマスに緊張が走る。

しかし、だから何をするわけでもなく、花柱の周りの遊泳を再開した。

聖魚マクリスはこの300年、一度もプロスティア帝国の政治には口を出したことはないという。

それでも、今年は口を出してほしかったと思った貴族たちの中には落胆する者も多い。

その落胆ぶりからも、内乱を起こしたイグノマスをこの場で討ってほしいと願っていたように思える。

『皇帝陛下御挨拶ありがとうございました。では、これより、歌姫コンテスト1回戦を開始します!! 皆様準備はよろしいでしょうか? これまでの成果をマクリス様の前で如何なく発揮してください』

ヒトデ面の司会進行役が、歌姫コンテストを始めると言う。

コンテスト参加者たちにも緊張が走る。

1000人ほどの参加者がこの1回戦で5人まで人数を落とすからだ。

一定間隔に距離をとり等間隔に広がった歌姫コンテストの参加者が聖魚マクリスを見つめる。

『では、始め! なのら!!』

宙を一回転した聖魚マクリスが開始の合図を出す。

すると参加者たちは思い思いに歌を歌い始める。

中には踊りを交えるもの、ただただ、大きくはっきりと歌おうとするものなどそれぞれだ。

予選を勝ち抜いた実力をいかんなく発揮する。

大会に参加するために出身元の領主などが、大会に入選すると箔がつくと服や装飾品を提供したり、服や装飾品代とお金をくれたりするところも多い。

おかげで大なり小なり、平民であってもそれなりに高価な服や装飾品を身にまとっている。

(なるほど。マクリスは結構な知力なのか)

聖魚マクリスがゆったりと遊泳しながら参加者たちを品定めするように見つめる中、アレンはこの状況を分析する。

聖魚マクリスはかなり知力が高いようだ。

1000人にもなる参加者がそれぞれ何に合わせることもなく歌い踊る中、評価を一度にできることの意味を理解する。

評価するのに十分な知力があるから全員一斉にやっても大丈夫なのだろう。

これが上位魔神にも匹敵するという聖魚マクリスの力なのかと思う。

『さて、最初に聖珠を手にするのは誰か!? おお! こちらの方はどなたでしょう!? 響き渡る素晴らしい歌声です!!』

そんな中、皆の視線がロザリナに集まった。

圧倒しているという言葉がふさわしいほどの歌と踊りで大会を見学する貴族たちを魅了していく。

(随分奮発したからな。まあ、本人の素質もあったけど)

ロザリナの歌声、1つの詩に、そして踊りの動作に皆が息を飲む。

ロザリナには、金貨20万枚ほどかけて服も装飾品も一新した。

ロザリナと初めて会ったのは魔法屋だが、それには理由がある。

歌を使ったスキルを行使しているのだが、そのスキルは知力に依存する。

だから、ただの宝飾品の店ではなく、ステータスなどが上がる装飾品を取りそろえた魔法屋に大会参加者は殺到する。

スキルの効果や範囲も知力に依存するため、装飾品を買い求めた。

『これは素晴らしいのら。でゅふふ』

圧倒的な歌と踊りに魅了されたマクリスがゆっくりとロザリナの上にやってくる。

そして、ゆっくりと瞼を閉じると目じりに何か輝きが増していく。

『こ、これは最初の1つ目の!!!』

司会者のコミカルな動きも、せわしなく動き最高潮に達する。

とうとう1つ目をマクリスが落とすのかと観覧席にいる人たちも前のめりになる。

マクリスの目元から落とされた涙は輝きながら、ゆっくりとロザリナの元に落ちていく。

ロザリナは腰に用意していたおしゃれにデザインされた道具袋を広げ、直接受け取らないようにして、聖魚マクリスの涙を受け取った。

パチパチパチ

大きな拍手が観覧席から鳴り響く。

皆がロザリナを称えるので、ロザリナは舞うように歌い踊りながら皆からの祝福に応える。

その後残り4人の入賞者にマクリスが時間をかけて涙を零していく。

歌姫コンテスト2回戦に参加できるロザリナを含めた5人が決まった。

『1回戦に参加された歌姫の皆さま、お疲れさまでした!! 少し休憩したら2回戦目が始まります。今年の栄えある優勝者に選ばれるのは誰か!!』

ヒトデ面の司会者がどれだけ練習したのか分からないが、くるっと回って、ビシッ指をさして決めている。

開会式から合わせると1時間ほどにおよんだ歌姫コンテスト1回戦が終わった。

「アレク、約束の涙よ! なんかマクリス様の様子が思った感じと違ったわね!!」

ロザリナが観覧席の隅にいたアレンの元に興奮しながらやってくる。

そして、約束通りペロムスのために手に入れたマクリスの涙を道具袋ごと渡す。

「あ、ああ」

「ん? あれ? あんまり嬉しそうじゃないわね。どうしたの?」

「いや、ちょっとな」

ペロムスがいなくなった。

あと1時間もしないうちに、魚Aの召喚獣の覚醒スキル「擬態」も切れてしまうからだ。

ロザリナには、このまま最高の気分で大会に臨んでもらいたいので、無用な心配はかけたくない。

(それにしても、これを加工すればマクリスの腕輪になるのか)

アレンは道具袋に入っている聖魚マクリスの涙についてもある理解が進んだ。

厳密に言うと以下の2点は大いに違う。

①聖魚マクリスの涙

②マクリスの腕輪

①は聖魚マクリスが涙を流し、結晶になった状態だ。

②は魔法屋の職人により装飾品として加工されたもの。

両方とも聖珠で、女性にプレゼントとして贈るのは①でも②でも良いのだが、身に着けてステータスが上がるのは②の状態だ。

②の状態にするには魔法屋の職人による専門の才能が必要だ。

出来れば加工して、効果がいいものをアレンが欲しいなと考えながらも、それだと職人が触れることになる。

仕方ないなと諦めて聖魚マクリスの涙を収納に収めた。

魔導書を閉じたとき魔導書の表紙部分に目が行く。

先ほどまで、魔族を倒したというログが流れていたが違っていた。

あらたなログが流れている。

「ん?」

(なんだこれ?)

「どうしたのって、さっきからどうしたのよ」

「いや、なんでもない」

そういいながらもアレンは魔導書の表紙に初めて表示されたログをまじまじと見た。

『魚系統の聖珠が収納されました。聖珠ポイントに変換しますか? 変換すると聖珠ポイントが0ポイントから15ポイントになります』

(聖珠を収納に入れるとポイントに変換される? マクリスの聖珠は魚系統? 15ポイント? なるほど、これはふむふむ)

2行にしかならないログには圧倒的な情報量があった。

魔導書が見えないロザリナはアレンの態度が不審だったが、今は貴重な休憩時間だ。

2回戦出場に向けて準備してくると言ってどこかに行ってしまった。

そんな中、アレンは手に入った情報からいくつかの分析をした。

分析1

手に入れた聖獣の系統によって変換できる聖珠ポイントは違う

分析2

魚系統が15ポイントから、これは生成するのに必要な魔石数と一致している

獣系統と虫系統は1ポイント、鳥系統は3ポイント、草系統は5ポイント、石系統は9ポイント、魚系統は15ポイント、霊系統は19ポイント、竜系統は29ポイント

(こんなところか、クレナが獣系統のルバンカの聖珠をもっているからな。それを入れて聖珠ポイントが1なら予想が正しくなるな)

アレンたちパーティーは現在2つの聖珠がはめられた腕輪をもっている。

1つはクレビュール王家からもらったマクリスの聖珠で、もう1つはバスクから奪い取ったルバンカの聖珠だ。

聖珠はその圧倒的な効果から収納に入れようとしたことが一度もなかったことを反省する。

今なお、ペロムスの安否が心配なので、検証は最低限に済ませて何をすべきか考える。

すると1人の騎士が小型の魔導船に乗って花柱の上にやってくる。

すごい慌てた様子で、イグノマスの元に駆けていく。

アレンは、ラプソニル皇女の傍にいる、セシルの服の中に忍ばせた鳥Gの召喚獣から聞き耳を立てる。

「失礼します。すぐにイグノマス陛下にお伝えしたいことがございます!!」

「ば!? なんだ。この大切な場を貴様は分かっているのか?」

「申し訳ございません」

「よい。観覧席にいる者たちも俺のことを見ている。アジレイ宰相よ。あまり騒ぐでないぞ」

イグノマスがアジレイ宰相の態度に釘を刺す。

何があったのか知らないが、あまり騒ぐなということだ。

それで何があったのかと騎士に報告することを視線で許可をする。

「魔獣の軍勢が帝都パトランタに向けてすごい勢いで近づいております!」

「なんだと!!」

イグノマスは目を見開き答えたのであった。