軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第422話 海の怪物

「マクリス様は不審に思わせたことを謝罪し、フードを取りました」

「それで、やっぱり、ひいちゃったのかしら」

乙女の顔をしたセシルが、食い気味にラプソニル皇女の話を聞き入る。

こんな時に冗談を言うと、言葉では言い尽くせないとんでもない目にあうことを、アレンは知っている。

「いえ、ディアドラ様は『どうかしたの?』といった具合でした」

ディアドラは容姿に一切の拘りがないといった様子であった。

フードを取ったものの何をそんなに怯えるのかといった具合だ。

その様子にマクリスは驚愕したらしい。

もしかしたら、平民は見た目を気にしないのかと思ったが、そうではなかった。

一緒にマクリスの素顔を見た、酒場の店員も、酒を飲んでいた客も汚物を見るような目で自分を見ていたからだ。

(見た目を気にしない人って本当にいるんだな)

マクリスにとってディアドラはこの時、特別な存在に代わったという。

その時のディアドラの心境について、伝えられているのは、マクリスというのは服装からも血筋の良い高貴な方なんだなくらいに思ったらしい。

「なるほど。では、マクリス様は庶民出の素朴な者が好みであると。あまり、ロザリナという女性とは好みが違うのではないのか?」

シアが、自らの質問に話を戻そうとする。

女子会の恋バナのようになったが、元々はマクリスの愛したディアドラがどういう人物だったのか。

ラプソニル皇女に生前のマクリスについて聞いたところが発端だ。

大会参加を工作しようとするロザリナは、とても素朴な感じではない。

装いも見た目も性格もかなり派手であったように思える。

「たしかに、素朴な方も好みですが、舞踏会であまり良い思い出がないので」

ここで先ほどのマクリスの生前の話が生きてくる。

マクリスは生前、舞踏会で貴族の子女と踊ったことがない。

だから、綺麗に装った女性にも憧れのような感情を抱いているらしい。

マクリスの好みはその生い立ちから、かなり幅が広いとラプソニル皇女は言う。

商人たちもそれが分かっているので、いくつもあるマクリスの好みの中から当たりを探すらしい。

「それで、そのあとマクリス様とディアドラ様はどうなったのかしら」

「そうですわ。思いを遂げることはできたのです?」

シアは問いの答えを得たにも関わらず恋バナの続きが聞きたいと、セシルとソフィーが唐突に荒業に出た。

まだ、身分の違うマクリスとディアドラの出会いの場面しか語られていない。

「皇帝がディアドラとの仲を反対したと聞いております」

「まあ! 2人の恋路の邪魔をするなんて、それは許せませんわね!!」

ソフィーがなぜ反対するのかと憤る。

マクリスにフードを被せた当時の皇帝は敵認定のようだ。

(この辺りは絵本の内容と同じだな)

プロスティア帝国物語の皇帝もマクリスとディアドラの仲を反対した。

ディアドラを正妻にしたいというマクリスの主張は皇帝に完全に否定されたという。

マクリスの皇位継承権は、その容姿から成人するまでに随分下げられていたが、それでも大国の皇子だ。

そんなことは絶対に認められないと皇帝から言われたらしい。

「それでどうしたの? また家出したのかしら?」

「マクリス様が皇位継承権を放棄するという話になったそうです」

絶対にディアドラとの間で思いを添い遂げるとマクリスも一歩も引かなかったらしい。

今まで一切モテなかった男の信念は揺らがなかった。

しかし、こんなことで皇位継承権を放棄など聞いたことがないと、宮殿は揉めに揉めた。

「マクリス様は本気であったのだな。だが、そもそも、ディアドラ様の思いもあったのだろう」

恋バナが続くのでシアも会話に参加する。

「ディアドラ様とは、うまくいったそうです。マクリス様は必死に抜け穴を探してディアドラ様に会いに行ったとか」

皇帝からマクリスに対して外出禁止令が下されたという。

宮殿にあった抜け穴という抜け穴は塞がれ、全ての騎士や役人へマクリスに手を貸したものは厳罰に処すと通告を出し宮殿に閉じ込めようとした。

それでも、こんな穴から抜けるのかという穴を発見しては宮殿から出て、ディアドラに会いに行った。

ディアドラはマクリスの思いが伝わったのか、段々2人の関係は近くなった。

皇帝も、マクリスのあまりの熱意に心が折れかけたという。

ラプソニル皇女の話にセシルが前かがみになって話に聞き入る。

そして、子供のころ読んでいた絵本に登場する「最恐の存在」を思い出した。

「あれ、たしか、このあと」

「はい。海の怪物が目覚め始めたのです。物語の通り、プロスティア帝国は騒然としました。怪物の手によっていくつもの街々が飲み込まれてしまったと聞いています」

『海の怪物? やはり海の怪物はいたのですか?』

その言葉にずっと恋バナ中、静観していたアレンが反応する。

「はい。海の怪物はいます。遥か太古の昔、何千年も何万年も昔から存在する化け物で誰も倒すことができないと言われています」

海の怪物は魚人たちが海底に文明を作る前から存在していると水の神アクア様から聞いたと言う。

『誰も倒すことができないですか。それは、魔神か何かですか?』

アレンは問いを続ける。

従僕をしていたころ、セシルに読まされた「プロスティア帝国物語」の終盤に出てくる怪物でずっと気になっていた。

その物語に出てくるその強さや表現から、今となってはSランクの魔獣や、魔神のように思える。

「水の神アクア様からは魔神や魔獣といった話を聞いたことがありません」

『水の神アクア様はプロスティア家と特別な関係があるのですか?』

随分水の神アクアに詳しく感じる。

「もちろんです。私たちプロスティア家は海の怪物から魚人たちを守る守人の役割がございます」

『なるほど。守人というのは、海の怪物から自らの信者である魚人たちを守るようにということですか?』

「そのとおりです。もちろん、広い海には多くの魔獣がいます。その中でも海の怪物は特別なのです」

『ちなみに、絵本で「海の怪物」と書かれていましたが、実際に名前はありますか?』

「海の怪物と水の神アクア様もおっしゃっていますので、私たちもそう呼ぶようにしていますわ」

『そうなのですね』

(ふむ。名前のない怪物か)

「……」

セシルの大切な恋バナから海の怪物に話が逸らされた。

睨みつけるように鳥Gの召喚獣を見るが、アレンも魔獣討伐モードに入ってしまった。

「先ほどの話に戻しますと、絶対に倒せないとはその言葉のとおりです。『不死の怪物』とアクア様はおっしゃっております」

『不死? 死なないということですか?』

「はい。絶対に死なない不死の怪物。私たちプロスティア家は、それを忘れぬようにしてきました。それがプロスティア帝国物語なのです」

海の怪物が絶対に死なない不死の怪物であることを、プロスティア家を継ぐ者たちに記録を絵本の形で残してきたという。

『記録を残してきたということはプロスティア帝国物語の原版があるのですね』

セシルの家にあったプロスティア帝国物語にはそのようなことが描かれていなかった。

きっと、プロスティア家の中で語り継ぐ話と、人々に伝える話で分けているのだろう。

「はい。宝物庫の中でも私たちプロスティア家にしか入れない場所にあるのです」

(絶対に死なないだと? 倒す条件を満たしていないということか? 強すぎて倒しきれないということか?)

アレンの前世の常識で倒せない敵は存在した。

いわゆる負けイベントなどで、幼少期は絶対に負けるという敵もいた。

強すぎるためオーブを手に入れるなりして、弱体化を図る敵もいた。

強すぎるため死なないのか、倒す条件が何かあって倒せないのか。

4大神の1柱である水の神アクアですら倒せない敵は、魔神以上に強敵のように思える。

アレンが考察する中、ラプソニル皇女が話を続ける。

プロスティア家は海の怪物から魚人たちを守るための鉾となり盾となる役割があるという。

水の神アクアも倒せない海の怪物は、偶に封印が解けて暴れてしまう。

プロスティア家を継ぐものは、水の神アクアの力を借りて、常に封印を維持するのが使命であったという。

『最後の戦いが300年前に起きたということですね』

プロスティア帝国物語はプロスティア家の勤めが描かれた物語であった。

「そうです。その時は、不完全ながらも封印が効いている状態で海の怪物は寝ぼけていたと言われています」

(水の神アクアの力を借りたマクリスによって、再度完全に眠らされている状態か)

この巨大な水晶花の中には海の怪物がいるらしい。

魔獣を寄せ付けない花の大きさが100キロメートルを超える大きさの水晶花の中に海の怪物は倒すこともできず封印された状態であるという。

『ディアドラ様を救うため自らの命と引き換えに、聖魚にということですね』

「はい。この話に嘘偽りはないとお伝えしておきます。マクリス様は、自らを愛したディアドラ様を守るため、水の祭壇に赴き、アクア様と交渉されました」

命と引き換えにしても守りたかった人がマクリスにはいた。

ディアドラを連れて逃げることももしかしたらできたのかもしれない。

しかし、ディアドラと帝都パトランタの全ての人のためにマクリスは動いたという。

不死の怪物を相手に、水の神アクアと契約を交わし、眷属である聖魚となったマクリスの死闘が始まった。

マクリスは全てをかけ、今一度海の怪物を抑え込み、水の神アクアがその場で巨大な水晶花を生やしたそうだ。

それは帝都パトランタの全てを持ち上げるほどの巨大な水晶花となった。

こうして、海の怪物はこの地に封印することができたという。

それもこれもマクリスのお陰であると、水の神アクアは魚人たちに告げたという。

その後、守人としての役目のあるプロスティア家は、海の怪物の眠るこの地から帝都を移動させなかった。

そして、海の怪物を寄せ付けぬ水晶の花は、魔獣も寄せ付けない。

人々は安心と繁栄を謳歌し、この水晶花の上で300年暮らしているという。

「歌姫コンテストですが、1つ皆さんにお伝えしたいことがあります。マクリス様は今なお、私たちのためにあるのです」

しんみりとマクリスの話を聞いているセシルたちにまだ話は終わっていないとラプソニル皇女は言う。

「まだ魚人のために?」

歌姫コンテストがなぜ魚人のためになるのかセシルは分からなかった。

「歌姫コンテストは、水晶花に込められた封印の力が最も弱くなる時に行われるのです」

ラプソニル皇女の話では、海の怪物を封印するために巨大な水晶花は存在する。

この封印の力が最も弱くなるのが、年に1度の水晶の種の放出の日だという。

水晶花も水晶の種も魚人たちにとって欠かせない。

プロスティア帝国の繁栄と水晶花は密接に繋がっている。

水晶の種は加工してアイテムにするだけでなく、植えれば街々の魔獣たちからの魔除けにもなる。

そのために水の神アクアは水晶花から水晶の種を毎年1万個近く生ませているのだが、その時がもっとも水晶花の封印の力が弱くなるという。

この巨大な水晶花によって封印された海の怪物が悪さをしないよう、聖魚マクリスは年に1度だけ帝都パトランタにやってくる。

何かあった時に自らが戦うため、300年もの長い間見守りにやってきていたのだ。

全てはディアドラの子孫と魚人たちの生活を守るためであろう。

(みんなしんみりしてしまったな。まもなくマクリスに会えるな)

マクリスの行動に皆が心を打たれてしんみりしてしまった。

その時だった、階下の方で騒がしさを感じる。

騎士がガチャガチャと鎧がこすれる音をさせながら、この場所にやってくることが分かる。

ドンドン

「申し訳ございません。皇女殿下、イグノマス陛下がいらっしゃっています!!」

離宮にイグノマスが配下の騎士たちを連れてやってきた。

あわただしい状況にセシルたちにも緊張が走った。

「ほう、随分仲が良くなったではないか」

イグノマスが食堂に集合していたラプソニル皇女、カルミン王女、シアたちの様子を見て随分溶け込んだなと思う。

シア、セシル、ソフィーはラプソニル皇女とカルミン王女の前で、守るべく立ちはだかっている。

槍王の才能のあるイグノマスは自らの力に絶対の自信があるようだ。

涼しい顔で警戒するセシルたちを見ている。

「ちょっと、セシルいけません」

「止めないで。ソフィー」

いい話を聞いたこの気持ちを台無しにされたことに腹を立てたのか、セシルがゆっくりと手の中に魔力を込め始めた。

それだとさすがに潜入した全てのことが台無しになるとソフィーが制止する。

「それで何用ですか!」

セシルとソフィーのごたつきの中、ラプソニル皇女は、お呼ばれしていない来客に強い口調で尋ねる。

「そう、まくし立てるな。いい知らせを持ってきた。俺の姫君よ」

「誰が姫君ですか!」

「今度の歌姫コンテストで、ラプソニルよ。俺の皇后になることをお披露目することにした」

「そ、そのようなことをお受けするわけありません!!」

シアたちが警戒をする中、話が進んでいく。

どうやら、プロスティア帝国の帝国臣民が注目する歌姫コンテストで、イグノマスの皇后にラプソニル皇女を指名するようだ。

「まあ、断ってしまってもいいぞ。その時は、それまでということだ」

断れば、プロスティア家もそれまでよとイグノマスはにやりとする。

「脅迫をするつもりですか!」

「賢く生きよということだ。ははは!」

高笑いをしながら、「良いことを思いついたな」と言いながらイグノマスは部屋から出て行った。

用事はそれだけのようだ。

こうして、皆の思惑が広がる中、歌姫コンテストの日が間もなくやってくる。