軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-9

パチンと木と木のぶつかる音が響いた。

音源は談話室の卓上であり、広げられているのは列島から入ってきたボードゲーム。将棋だ。

『苦悶の声』

翻訳機がリズの声を拾い、愚直に翻訳してくれるが、次の手を考えて苦悩している意図までは読み切れない。

何か金がなくても暇を潰せる物はないかと言われて、何故か補給品に入っていたコレを――一人でどうしろというのだ――持って来たのだが……。

リズはひたすらに棒銀で殴ってくる。最初に教えたそれで、同じく暇そうにしていたリリムを上手く下せたから、原始棒銀に拘りがあるらしい。

ただね、祖父に付き合わされてアマ四段を持っている私に、それで勝てたら奨励会の人達は苦労してないと思うんだよ。

苦し紛れの一手に5二銀と指せば、即座に同金と返って来る。彼女は盤面全体がよく見えていなかったのか、逃げ手を塞ぐために置いた銀に吊られ、自分の金で機動戦の戦域を狭めてしまった。

4一角と玉の頭を叩けば、不味いという露骨な顔をする。右か左にしか退路はない。彼女自身が道を塞いだからだ。

では6二玉と王様自身が勇んで角を斬り倒したが、即座に5三桂と捌いて桂馬を成らす。これでもう玉の逃げ場は、自軍の金で塞がれているため行き場がない。7一玉と必死の逃走を見せるものの、私は持ち駒から温存していた金を7二に叩き付けて終わりを告げる。

まぁ、頭金ほどではないが、王道の詰みだな。

とはいえ、七手前にはどう足掻いても詰みなのが読めている盤面だ。完全なチェックメイトを告げられるまで頑張ったのは、前衛魂として褒めて進ぜよう。

「王手詰みっと」

『翻訳不能』

盤上を切り刻むように眺めていても、宣言の通り、どうしようもなかったからだろう。リズは頭を抱えてツインテールを掻き毟り、自分の玉を掴んで放り投げた。

彼女的に王を取られるのではなく、王手詰みを宣言された場合、自分から負けましたと言わなければならないルールが屈辱でならないのだろう。

とはいえ、そういう遊びだから。あと、私は四枚落ちで戦ってたし、さっきの角も扱いが甘い君のを貰っただけだからね?

『七回も負けました、つまらないです』

「私だって教えたばっかりの相手に負けたら、面子がないよ」

これでも爺様は奨励会三段だったのだ。まぁ、金がなくて続けられず、その上に親父が生まれてしまったのでプロ棋士は諦めたのだが。

しかし、あとちょっとで三段リーグ勝ち残りというところまで行った祖父に、子供の頃からべこんぼこんにされていた私を甘く見ちゃいかんよ。

「次は六枚落ちにしようか?」

そうすれば、私が得意とする振り飛車どころか、碌な定石すら使えない。棒銀で殴りかかられれば多少は勝負らしくもなるだろう。

まぁ、飛車の使い方が荒い彼女のことだから、直ぐに銀が迷子になるだろうけど。

『それは、プライドが、許しません』

「といっても、私もプロじゃないからコマを落とさないと指導なんてできないんだけどなぁ……」

『……私が、やります』

パタンという音は、フェアルリリムが西方文字のルールブックを閉じたものだ。最初はコマの動きを把握しきる前に押し斬られたので、悔しかったのだろう。

じゃあ初心者同士でと席を譲ってみれば、へぇ、なかなかどうして……。

原始棒銀で殴りかかったリズに対し、リリムは自分で考え至った穴熊で迎え撃ったではないか。定石を知らないなりにきっちりグマッており、諸所で攻撃を捌いてコマを引っ剥がすことも忘れていない。

そして、持ち駒の使い方も上手いな。奪い取ったそれをきちんと自分の穴熊を強化するのに使っている。

これは多分、先にリズの攻めが息切れになるな。歩の扱いが雑過ぎる。確実なアド損が重なって、大駒との交歓が上手く言ってない。

『ただいま、戻り、ました』

「アゼリア」

興味深く眺めていると、アゼリアが帰ってきた。おお、もう夕方か。今日は昼餐会だと言っていたから、早めに終わったようだな。

『コウヅキ、今日は、良い、報せがありますよ』

「良い報せ?」

『はい、とても、驚くと、思います』

ニッコニコのアゼリアは、何か太い書類の束をファイルに入れて抱えていた。

ただのファイルではない。彼女の家紋、金山を現す山に立ち上がる熊の紋章が入っている。恐らく、どこかの外商部がご機嫌取りで用意した――西方人は何にでも紋章を入れたがるからなぁ――謹製書類仕事セットの内容物だろう。

大変だなぁ、あんなプラケースにまで一々家紋を入れなければ格が落ちるんだから。家の会社なんて無地の封筒ばっかだぞ。

『夕飯を、食べながら、話……』

言い切る前、まるで言葉を遮るように私の端末が震えた。

おや、ありあが暇してメッセージを送ってきたかなと思えば、表示されているのは会社の名前ではないか。

珍しい、短文通信でも金がかかるから、滅多に送ってこないのに。

「通達要件あり。至急通信機を起動されたし?」

てっきり給金の振込日をズラさせてくれとかの内容かと思ったが、どうやら深い話があるようだ。

……もしかしてリストラだったりしないよな?

いやいや落ち着け、私は毎月数千万、上手く行けば億単位の金を稼いでるんだ。早々簡単に切られるわけがないだろ。第一、アルテンハイムに人がいなくなれば補助金は出なくなる。

私と違って賃金が安い素人を雇って、代わりに帰国ってこともないだろう。補助金は、ある程度の世界晶を納品しないと貰えないのだから。

「すまない、みんな、用事ができた。トレーラーに戻らないと」

『えっ? そんな、早く、戻って、来られますか?』

「ちょっと読めないな……何かあったら通信する。次の鐘が鳴る前に戻らなかったら、三人で食べていてくれ」

手をふらふらさせて引き留めようとするアゼリアには悪いが、至急の一言が添えられた言葉に軍人は、おっと、社会人には否を言えない本能があるのだ。私は前庭に停めさせて貰っていたバイクを起動すると、急いでトレーラーに戻った。

「こちらアルテンハイム出張所。カンパニー、聞こえますか? オーバー」

そして、通信機を起動すると、いつもの少し無愛想な事務員ではなく、入社面接でだけ顔を合わせた部長の声がしたではないか。

『こちらカンパニー、聞こえている。どうぞ』

「部長!? どうなさいましたか!?」

おいおいマジかよ! えっ、ちょっと待って、本気で首を斬られる? いやいや真逆ね? そんなことないよね? 私、会社にとって有用な人材だよね?

内心でパニックを起こしていると、部長は妙に作った笑い声で言った。

『落ち着きたまえ。実は社内で部署再編があって、君に役職がないのは可哀想だろうということになってね』

「は、はぁ。一応、アルテンハイム出張所の所長ということにはなっていますが……」

『それは責任者の問題であって、君は二課課長の部下扱いだっただろう? 正確には君自身も所長代理だ。しかし、二年も貢献してくれた君にそれは悪いと思って、第四特種調達課を新設して、君を課長にしたいのさ。勿論、所長代理の代理も取れるぞ!』

「かっ、課長!?」

は? えぇ、いやいや、何階級特進だそれは。陛下のお命を守ったとしても、そこまで一足飛びに昇進させてもらえんだろ普通。軍隊だったら、決死隊に編成されるご褒美の前渡しかと思い、遺書の内容を確認するところだぞ。

『ん? なんだね、嫌かね? 昇給もあるぞ』

「いえ、滅相もございません。ただ、話が急すぎて……」

『いやなに、家でも新卒をとらなければならなくてね! だから、君の所に新人を送りたいんだ。それなら役職をつけるのは当たり前だろう?』

一瞬、思考がフリーズする。

部長は、今、何と仰った?

部下? 私に?

二年間ずっと要求してきたのを、今更になって?

しかも今、新卒とか言わんかったかこの人。

「あ、あの、部長、恐れ入りますが質問が何点か」

『なにかね、有明〝課長〟』

あ、駄目だコレ、完全に決まったヤツだ。いや給料が増えるなら昇進は嬉しいけど、今の状態で責任が増えるのは不味い。

しかも、この時期に新卒? そりゃまだギリギリ春だけど、それってアレじゃねぇか、今の今まで就職先が決まらなかった残念なヤツだろ?

つまり私みたいな。

「新人とは、どれくらいの規模でしょうか?」

頼む、せめて分隊規模であってくれ。私が面倒を見切れるのはそれくらいだ。流石に小隊規模とか言われたら困る!

『一人だよ』

「……は?」

思わず変な声が出た。

一人? 一人ってあれだよな? つまり一人だよな? 一ってことだよね? 二でも三でもないんだよね。

え、新卒のPMC素人が一人、アルテンハイムに?

「一人、ですか」

『ああ、待望の増員だろう?』

いや人が欲しいとは言ったけど! そうじゃない! そうじゃないんだ! 使えるチームを組ませてくれって話だよ!!

待てよ、場合によっては整備要員で、課長昇進に合わせて外骨格の新調ってこともあり得るのでは? そうだよ、そっちの要求だって毎度してたし……。

「け、経歴は……工兵か輜重ですか? 軍歴は?」

『いや、十八歳の高卒だ。安心したまえ、ちゃんと体育コースでバイアスロン部の全国大会三位という期待の星だぞ!』

カンパニィィィィ!!

私はもう少し自制心がなかったら、大声で叫んで部長の鼓膜を破壊していただろう。

「お、恐れ入りますが部長、それは素人というのでは……」

『自衛軍では夏の体験入隊カリキュラムがあるだろう? それも修了しているよ』

たしかに高校生がやるにゃ結構キツいけど、それはお客様歓迎用で本気のプログラムじゃないヤツ! ぶっちゃけ特種偵察兵過程を終えた私から言わせれば、ボーイスカウトのキャンプと一緒!!

「あ、あの、本土で訓練を受けさせたとかは……」

『外骨格兵として最低限の研修はしたよ。あれだ、いわゆるOJTだよ。優秀な君ならできるだろう?』

さしもの私も、通信機を取り落としかけた。

On the Job Training。言葉だけ聞けば上品だが、内情は働かせながら覚えさせろと言う、列島の中小企業に蔓延る悪習である。

大企業であれば、きちんとした研修を終えた後、先輩のあとをくっついて仕事を覚える行為であるが……少なくともPMCでやるこっちゃない。ましてや、私は深度ⅢからⅤの大深度ダンジョンに潜る一党の斥候だぞ? どうやってヒヨッコの面倒を見ろというのだ。

今更、二人で深度Ⅰを仲良く散歩しろとでも?

「あの、部長、私には通常の業務が……」

『まぁまぁ、人を育てるのも君自身のキャリアの内じゃないか。しっかり頼むよ』

「ちょっ! お待ちを!!」

『ああ、心配することはない! 新しい整備用具一式とコンテナを手配した。装備は君と同じで……あーと? M2だったか? まぁ、それだ』

「M2!? 悪い機体ではないですが、新兵が使うには生残性が……」

『それを踏まえて頑張りたまえ、課長。カンパニー、アウト』

一方的に衛星通信は切られた。

そして、私は遂に手から力が抜けて、受話器と、片側だけを耳に当てていたヘッドセットを取り落とす。

「なんだ、今の……悪夢か?」

しかし、通信ログにはしっかりと痕跡がある。同時にラップトップにメールが届いて、昇進の通知とチープな賞状の画像データが送られてきた。

「あ、だめだ、やめよ」

ぶちんと何かがキレた音が響き、どっと倦怠感が押し寄せてきた。椅子に体を投げ出し、退職願ってどうかけばいいんだっけ? 有給って丸々残ってたっけ? と思考が駆け巡るが、曹教育を受けた軍人としての己が叫ぶ。

有明一等陸曹! 貴様はこの地に装備だけで残された、この春まで高校生だった新兵を取り残す気か!!

「あー……だよなぁ……私がやめたら、配属換えとかあるか……? そうならなかったら……?」

うあーと呻き、悩み、体を捻り煩悶する。

一個人の自分としては、まだ退職金は貰えないが、失業保険は貰えるぞと囁く。それに、一回戻って別の企業に再就職をチャレンジしては? とも。

しかし、軍人としての私が、哀れな十八歳の二等陸士未満を見捨てるなと叫ぶのだ。

そして、良心もまた、同じ叫び声を上げていた。

……二対一、賛成多数で、私の心は新人を見捨てるなと決まった。

「クソッタレ、自棄酒だ」

まだ陽は高いが、その権利くらいあるだろう。

私は仲間達に今日はトレーラーにいる旨、そして心の整理が必要であることを告げて、冷凍庫でトロットロにしておいたウイスキーを、撃鉄・零様の配信アーカイブをアテとして、夜までに一瓶空けるのであった。

ああ、アゼリアの良い報せってなんだったんだろ…………。