軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-4

現地人が加減したとは言え、思いっきり掌を引っぱたかれたので――割と無礼な振る舞いだったため、当人は容れているが――掌を真っ赤にしたコウヅキは、リズに連れられて街に出ていた。

列島の異世界転移は極めて唐突にして不可逆な事態であったこともあり、ワールドワイドウェブは失われて局所的な国内イントラネットだけが残った。

その時の混乱によって多くの情報媒体は失われ、特に重要な歴史的資料を除き、多くの媒体をデータ化して世界的に共有していた時勢と相まって、正しく災害としか言えない事態だ。

これはネットハザード事件として記録されており、教科書にも出てくる。故に正確な地球におけるヨーロッパの街並みが如何な物であったかは、古い旅行記映像媒体に残った物が最も正確な資料として扱われていた。

アルテンハイムは、正にその資料に飛び込んだような街であるが、連れ添って歩く二人の前を異様な物が横切っていく。事情を知らなければ、AI生成と思われても無理はなろう。

「うおっ!? なんじゃありゃ!?」

「列島の、足が生えた、戦う車ですね」

石畳の上を六本の歩脚を畳み、その先端に備わったタイヤにて無音で走り抜けるのは市街戦用 多脚戦車(マルチレッグタンク) 。

シルエットは蠅捕蜘蛛のようにも思えるが、それは歩脚を畳んで高速走行モードに入っているからであり、六本の足を展開する歩行モードとなると趣はまた変わってくる。

全高は脚部を展開した状態で3.2m、全幅は4.1m、オプション抜き総重量14トンの異形が街中を滑るように走っているのは、市外のダンジョンに向かっているからだろう。

その証拠に動体下部に懸架できる補助装備は兵員輸送コンテナであり、四人から六人の強化外骨格兵が搭乗できるようになっている。

また、主兵装が30mmチェインガンなのは、大物は外骨格が装備した対戦車装備で撃破し、大量の雑魚を木っ端の如く打ち払うためだ。

そして、コウヅキは見逃さなかった。車体側部に清らかな滝と紅葉をあしらった、キヨミズ・ゼネラル・セキュリティーの社章がペイントされていることを。

「スズビシの第一世代、足が生えた戦う車、ケラですね。かなり、現代改善、されています」

「毎度思うけど、お前の国は何と戦争するつもりでアレ作ったんだ……?」

「主に、災害救助用、ですよ」

リズからすれば、中型異形並みの巨大な兵器を数千単位で量産し、全国に配備しているという列島の事情はよく分からない。

しかし、非対象戦や対テロ戦闘、そして災害救助を旨とする自衛軍には必要だったのだ。

豊発に並ぶ巨大コングロマリット、鈴菱が初の実用化を果たした多脚戦車の第一世代、MLT-1、通称〝ケラ〟が。

初期型らしく設計が洗練されておらず、装甲板の各所は傾斜しているが随分と角張っており、歩脚は剛性担保のため四角形のボックス型を関節で繋いだもので、かなり荒削りであることが分かる。

しかし、見た目通りの古くささでないことは、あれがトヨハツの子会社がブルーオーシャン開拓のために送り出した装備であることから推察できる。ハード部分は関節部がアップグレードされており、レーダーや FCS(火器管制装置) は現代化改修が施されているはずだ。

ソフト面も最新型にアップグレードしていると見て良かろう。金があるところにはある物だと、改めてコウヅキは微妙な気分になった。

流石に現代の自衛軍が装備する、最新型の〝ハンミョウ〟ことC-3とは比べものにならないが、キルレシオ5:1くらいは確保できる性能になっているだろう。

何よりもコウヅキには、安易に MBT(主力戦車) を持って来ない当たりの、かなりのノウハウが蓄積されているのだろうと好印象であった。

ダンジョンは何も広い場所ばかりとは限らないのだ。履帯では登攀が困難な地形も珍しくないし、縮こまって潜る必要がある狭隘な地形もある。

それを加味すれば、多彩な姿勢制御アクティブサスペンションによって、様々な地形を潜り抜けられる多脚戦車は火力こそ劣れど、利便性においては完全に優越している。

戦場へ真っ先乗り込む海兵隊であった彼にとって、ヘリコプターに牽引されて戦地に投げ入れられ、迅速に中量級の砲でカバーしてくれる多脚戦車は下手な主力戦車よりも心強かった。

自分達が駆け抜ける荒れ地に追随し、狭隘な地形でも陣地の一部として盾になってくれて、そして何よりも〝現地紛争解決〟に派遣された際の非対象戦闘では非情に強力だった。

外骨格と殴り合える現地人であっても、流石に40mm砲には耐えられないのだから。

まぁ、それでもたまに数百キロはありそうな盾で砲弾を弾きつつ足をもぎ取ってきたり、見えないほど遠くから干渉式をブッ放す術者にやられたりして、撃破されることもあったので、完全無欠とは言い難いのだが。

「いいですね、あれ。家の会社も、買ってくれたら、良いのに」

「……お前の会社、んな金ねぇのか? お前があんだけ頑張ってるなら、イイもん持ってるのが普通だろ。何千も作ってるなら、幾つか融通して貰うくらいできるんじゃねぇか?」

PMCを国家が認可した傭兵団くらいの認識をしているリズからすると、国が有する軍馬のようなものを安価に貰い受けられてもおかしくないのではないかと思うし、実際に自分のいた傭兵団では斥候のため馬を何頭か貰い受けていた。

しかし、ドラゴン由来の物品を仲介販売してくれるコウヅキの会社が、それくらいのものを持てないのは、どうにも彼女には理解できないことであった。

「あれは、とても、高価です。それに、動かすのに、二人、整備するのに、更に、二人は必要です。勝手に、整備してくれる機械だと、人を雇うより、更に高価です。とても送っては、くれません」

「なるほど、馬みてぇに食って寝かしときゃいいって訳じゃないのか」

その説明でリズは納得したが、実のところ国家は型落ち甚だしい第一世代多脚戦車を若干持て余しているため、 稼働状態保管(モスポール) を約束する代わりに、有事になれば軍への協力をすることを代価として、安価にケラをPMCへ配っていた。

というのも、元々MLT-1は列島転移以前に作られた物であったので、その主任務は災害時の瓦礫撤去、そして復興活動にも転用可能なオプション装備を採用可能ということが要求諸元に含まれているのだ。

これは民間企業における、友好国の灌漑や開拓作業を行うのにも有用であり、武装を取り外した物が建築会社に売れるほどのシェアがある。正に何でもでき、悪路だろうと山林だろうと活動できるマルチロール機であるのだから。

何よりも、現代の〝位相シフト・アクティブ装甲〟を搭載したハンミョウと違い、複合展性チタンを装甲材とするケラの整備と維持は、民間で十分に可能な範疇だ。

そして、装備を安全保障上の問題で外国に輸出できない――というより教育の問題で、どこの国でも運用さえできない――列島にとって、スクラップの鋼材として使ってしまうよりずっといい市場に流さないのは非経済的だ。

故にMLT-1くらいであれば、株式会社防人組はドラゴンの素材を親族運営の企業に横流しせず、プール金として貯めていれば一両をパッケージング化して整備員ごと調達することは不可能どころか、簡単であった。

何なら随伴歩兵分隊込みで一個小隊を充足できただろう。

それでもやらないのは、補助金のためである。

多脚戦車なんてものを抱えれば企業規模から補助金の算定制度基準が揺らぎ、今もっともよいバランスで利益を得られている均衡が崩れる。

それを守るため、防人組は多脚戦車の配備など、何があろうとすることはあるまい。

なにせ、つい先月まで高機動車の配備すら渋っていたほどなのだから。

「それで、リズ、何を食べますか?」

「黙ってついてこい」

そんな事情を露ほども知らず、リズはコウヅキを街の中心部へと連れて行った。

辺境故にアルテンハイムには富裕層は少ない。辺境伯の権限こそ強く、また有事に備えて精強な兵が駐屯しているものの、肝心の伯爵は専ら外交のため王都か外国だ。隣接国との事情に長じているため、辺境伯のみならず外交窓口も兼ねている彼女の心労は、アゼリアも心配して安価に依頼を受けることがあるほどでもある。

そのような事情もあって、貴族街といっても大抵は閑散としており、立哨も暇そうだ。大店の商店も需要が薄いことがあって、ダンジョン産物店以外は小規模な支店しか置いておらず、品揃えも貧弱。

唯一見る所があるとすれば、武器や防具類の同業者組合がダンジョンの多数涌く地として見ており、大きな工房を置いている点だろう。

「あれ、ここは……」

「たまには、故郷の味が恋しいだろ?」

そして、二人が辿り着いたのは、数少ないレストランの一件。

辺境伯が王都で列島料理を甚く気に入り、その店のシェフに頼み込みに頼み込み、弟子を一人派遣させ、地代から維持費まで丸っと全部を辺境伯持ちで開いた店である。

「いいのですか? たまに来ますが、ここは、少し、高価です」

「アタシだって多少の手持ちはあらぁ……うん」

チラッと見て、列島風のレストラン特有の妙に多い品目のコースには手が届かないが、彼女はこの店の〝日替わりランチ〟なるものが、なんと 1デナール(銀貨一枚) という格安で食べられる情報を仕入れていたのだ。

あとは葡萄酒の一本くらい買えるだろうと立ち入った店は、驚くほど清潔で整っていた。

「どうだ? 落ち着くか?」

「はい。故郷の、お店を、思い出します。列島では、洋食屋、といいますが」

今では、列島料理として通じますけどねと笑うコウヅキにリズも笑い、奥からやってきた現地人の従業員に案内されて席に着いた。

「日替わり二つ」

「畏まりました。今日はチキンカツですよー。 1クゥアドランス(青銅貨一枚) でコロッケが付きますけど、如何いたしますか?」

クァドランスはデナールの1/4にあたる少額貨幣であり、日常的な買い物に使われる青銅貨だ。列島円で言えば400円程度であり、更に下の貨幣だと品質が低いことも珍しくないので、おつりとして半分をへし折るか、かみちぎって渡すこともある。

「コロッケ!?」

「あー……じゃあ、それも」

「畏まりました。お飲み物は何にいたしますか?」

「えーと……くそ、アタシ、文字が読めねぇ、コウヅキ、安いワインって幾らだ」

メニューが丁寧にこの地の言語で書いてあったが、残念ながら学がないどころの話ではないベリアリューズには何も読めなかった。貧しい修道院に放り込まれ、あとは傭兵暮らしなのだ。無理もない。

「テーブルワインが、一番、値段と量がいい、です。3クゥアドランス、です」

「えらくやっすいな……酷いのが出てくるんじゃないだろうな?」

「失礼ですねお客様」

男給は少しだけ頬を膨らませ抗議した。ここの酒は店主が拘って列島産を仕入れているため、どれだけ安物でも飲みやすくて美味しいのだと。

おそらく辺境伯が無理を言って出店させただけあって、関税が免除されるなど、かなりの下駄を履かせて貰っての値段であろう。

じゃあ信用するかと待てば、カラッと揚がったチキンカツと、ケチャップベースのソースが掛かったコロッケが出てきた。添え物の野菜は現地産であるが、萎びていることもなく新鮮で、ピンとしており艶やかな光を放つ。

そして、コウヅキが何よりも喜んだのは当然のように出てきた〝白い飯〟だ。

宝石のような艶、触れるまでも分かるモチッとした感触、そして仄かな甘い匂い。

紛うことなき列島米である。

これがまぁ、外国で食べようとすると難儀なのだ。何世紀にも渡って改良され続けてきた列島の米は、最早現地のそれとは別物であり、国内で自給していることもあって、海外プランテーションはしていない。

そのため、補給品に入っているパック飯を大事に大事に食べているコウヅキにとって、この炊きたての米は等量の銀が茶碗に盛られているに等しかった。

「お? この容れ物……コウヅキがくれる水と一緒じゃねぇの」

「ペットボトル、です。なるほど、安価な、訳です」

出されたテーブルワインは列島でもワンコインでおつりが来る、工場生産の科学醸造した大量生産品だ。セラーではなくタンクで大量に作る安ワインなのだが、彼はこれが嫌いではない。癖がなくて、それでも最低限のワインらしさはあって飲みやすいのだ。

「じゃとりあえず乾杯」

「乾杯」

西方では考えられない薄さと透明度のグラスを掲げ――ジョッキ以外はぶつけないのが礼儀だとアゼリアから教えられた――リズは一口飲んで、酒精の濃さよりも飲みやすさに驚いた。

これは殆ど渋みがなく、飲み口は限りなく葡萄のジュースに近い。それにワインと遜色ない酒精と風味が加われば、大変なことになる。普段の自分であれば、調子に乗ってガブガブやって、あっと言う間に記憶を飛ばしていただろう。

何か良くない物を知ってしまった気分になりつつ、リズは普段なら一気に呷るそれを精神力で一口に留めた。

大事な話をしなければならない。

「……なぁ、コウヅキ」

「なんですか?」

「お前さ、仮に今の五倍給料くれるって言われたら、そっちの会社? とかに行くか? もっといい鎧も貰えるとかでさ」

美味しそうに米を頬張っていたコウヅキは、唐突な問いにキョトンとした。

それから米を味わって咀嚼して嚥下した後、逆に問う。

「それは、全員、一緒、ですか?」

「いや、アタシは嫌かな。会社とかよく分からん。知らんやつにえらそーにされるのは二度と御免だし、悪いけどなじめそうにないね。アゼリアとリリムも同じじゃねーか?」

リズは守本からの誘いに乗るつもりはなかった。よく分からないが、会社なんてものは面倒臭そうではないか。それこそ、かつて所属していた傭兵団よりかったるい臭いがして仕方がない。

コウヅキがよく報告書がどうこうで怠そうにしているのだ。なら、自分に会社など務まる道理がなかった。

「私は、三人がいたから、ここまで、こられました。だから、一人で、余所に、いくつもりは、ありません」

嘘偽りのない言葉だ。それは翻訳機の無機質な声が被ろうが、彼の声音と、目が語っていた。

「それに、わたしは、リズと、友達になりたい、です。なかよく、したい、です」

「お前……そんなことを……」

「だめ、ですか?」

少し上目遣いに見られ、愛らしさに――列島基準では良い男がそう表現されると嫌がるだろうが――頬が紅潮する。

まったく、罪であざとい男だと思いつつ、リズはワインを一口飲んだ。

「駄目な訳あるかよ。」

それにしても、ここまで初心いと百戦錬磨のリズとて、中々どうやって手を出そうか改めて悩む。自分の男遊びまで止めさせたのみならず、ここまで色々考えさせるとは。

前のように無理矢理寝台に放り込んでどうこう、とは思わない。

どうせならば、最高の夜を過ごさせてやりたかった。情緒とやらがあって、如何にも男が喜びそうな。

とりあえず、良い物食わせてやるために金遣いは改めないとなと思いつつ、彼女は異様に美味な鳥の揚げ物を囓るのだった…………。