軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幸せな日々 1

「お嬢様、奥のテーブルの注文をお願いします。俺はこちらを片付けておきますから」

「分かったわ。ありがとう、エヴァン」

国内で指折りの実力の持つ騎士だとは思えないほど、誰よりもテキパキと働くエヴァンに返事をして、私は奥のテーブルへと向かう。

最近はミリエルで開いている食堂に、週に一度ほど顔を出して働いていた。

オープニングメンバーのアニエスとジャスパー、ローナ、時折お手伝いとして来てくれているローナの姉であるジータの四人で、お店は既に回るようになっている。

奥のテーブルに座っていたのは、見覚えのある年配のご夫婦だった。

「わあ、今日も来てくださったんですね」

「ええ。お料理も美味しいし、子どもたちのためになるのも嬉しくてねえ」

「あ、ありがとうございます……!」

そんな言葉に胸がいっぱいになるのを感じながら、笑顔を向ける。

この食堂はお腹を空かせた子どもが無料で美味しいご飯を食べられるようにと願い、作ったものだ。前世でド貧乏だった私も、そんなお店に心身共に救われていた。

子ども達の食事代は一般のお客さんの売り上げで賄っており、最初はこの世界にはないシステムが受け入れられるかどうか、店自体が成り立つかどうか不安だった。

けれどこの店の方式が広まってからというもの、力になりたいと賛同して足を運んでくれる人も増えている。お蔭で店は賑わい、黒字で経営することができていた。

いずれはこういった店がさらに広がり、増えてほしいという新たな目標を掲げている。

「ふふ、夢は大きくないとね」

「お嬢様、にやけ顔が恐ろしいですよ。子どもに怯えられてしまうかと」

「うっ……気を付けるわ」

エヴァンに少しの遠慮もなく注意され、慌てて明るい笑顔を作った。

悪女は卒業したつもりでいるものの、はっきりとした目鼻立ちやつり目のせいで、きつい印象を与えたり、にやけ顔は悪事を企んでいるように見えたりするらしい。

──そんな小説の悪女、グレース・センツベリーとして転生してから、一年が経つ。

当初は物語の舞台装置として主人公のゼイン様の恋人になり、こっぴどく振るつもりだった。

けれど別れようとしてくれない彼から何度逃げても捕まってしまい、いつしかゼイン様を好きになってしまった私は、紆余曲折を経て、彼と生きていく決意をした。

戦争やグレースの死亡回避などまだ問題は山積みだけれど、周りの大好きな人達を大切にしながら、自分にできることをひとつひとつしていきたいと思っている。

「ヤナ、パスタセットをふたつお願い」

「分かりました」

ヤナも侯爵家のメイドでありながらエヴァン同様、手慣れた様子で働いてくれている。

彼女にできないことは存在するのだろうかと本気で思うほど、髪結いなどの身支度スキルはもちろん、家事掃除から食堂での接客まで完璧だった。

それでいて演技もでき、恋愛に関する的確なアドバイスまでしてくれる。もうヤナなしの生活は考えられないくらい、彼女にはお世話になりっぱなしだ。

「ローナは先に飲み物を用意してくれる?」

「はあい、了解です!」

明るい茶髪を一つに括り真っ赤なリボンがトレードマークのローナは十六歳で、元気で明るい女の子だ。

最近は常連客の男性と良い感じらしく、恋愛話を聞くのも楽しみだったりする。

料理ができた合図であるカランコロンという可愛らしい木の音が聞こえてきて、手が空いたばかりの私は厨房へ軽い足取りで向かった。

「……お子様ランチ、三つ」

「ありがとう、ジャスパー」

厨房を担当するジャスパーは寡黙ではあるものの、仕事が早くて細やかな気遣いができる彼は、この食堂の要と言っても過言ではないだろう。

「今日もすっごく美味しそうね」

「……どうも」

もう一度お礼を言って、出来たてのお子様ランチを手に子ども向けのスペースへ向かう。

近頃は本や玩具を寄付してくれるお客さんも多く、遊びに来る感覚で訪れる子どもも増えているようだった。

新たな友達を連れてきてくれる子もいて、より広がっているのを感じる。

「お待たせしました、どうぞ」

「わあ、美味しそう!」

テーブルにプレートを置くと、子どもたちはぱあっと目を輝かせた。そして遊んでいたおもちゃをきちんと片付け、料理を食べ始める。

「とってもおいしい!」

「私、このあまいお肉がすきなんだ」

「ふふ、良かった。たくさん食べてね」

本来なら私が働く必要はないけれど、こうして直接お客さんや子どもたちの声を聞けるのが嬉しくて、今も手伝いを続けていた。

そして私が食堂に来ている間、エヴァンもヤナも「手伝いたい」「こうして働くのは新鮮で楽しい」と言ってくれていて感謝してもしきれない。

「お嬢様、すみません。ゴミを捨てるために外へ行ったら、代わりに女性を十人ほど拾ってきてしまいました」

「ええっ!? あとお客さんを拾うとか言わないの」

いつもながら顔の良さでごっそりと女性客を連れてきてくれるエヴァンに再び感謝をしながら、私は急いでその対応へと向かったのだった。

◇◇◇

今日は三時間ほど手伝うつもりが、結局、閉店まで働いてしまった。

ありがたいことに店は大盛況で、休む暇もない。元の世界でのレシピやシステムを活かしているため、この世界では珍しいことも人気の理由の一つなんだとか。

「ふう、良い汗かいちゃった」

最後のお客さんを外まで見送り、表に出していた看板を裏の倉庫まで運ぶ。無事にしまって倉庫の扉を閉めた後は一息つき、再び店へと向かう。

「……ゼイン様は今、何をしているのかしら」

ふとした時に思い出すのはやはり、大好きな彼のことで。未だにゼイン様みたいな素敵な人の恋人になれたなんて、信じられない。

ゼイン様のことを考えるだけで、くすぐったくて幸せで、足元がふわふわする。

けれど最近はとても忙しいらしく、ここ二週間ほど顔を見ることができていなかった。

「……会いたい、なあ」

会いたい気持ちはあるけれど、我が儘を言って多忙な彼の邪魔にはなりたくない。

今日は屋敷に帰宅したら近況報告の手紙でも書こうと決めて、食堂のドアを開ける。

「みんな、お疲れさ──」

店内へと足を踏み入れ、そう言いかけて固まった。

中央のテーブルには、ここにいるはずのない彼の姿があったからだ。