軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ほどかれた未来 5

男女ともに大勢の人々から囲まれている彼女は、遠目から見ても綺麗で可愛らしくて、私が好きだった小説のヒロインそのものだった。

眩しくて思わず見惚れていると、ランハートもその存在に気付いたらしい。

「あれ、あの子も来てたんだ。本当によく見るな」

「あ、あんなに目は大きいのに、顔ちいさ……睫毛は長いし細いし白いし……」

「君も変わらないと思うけど」

ランハートは苦笑いしているけれど、以前見た時よりも垢抜けてさらに美しくなったシャーロットの姿に、いち原作ファンとして興奮してしまう。

私にとっては、芸能人を見かけたような感覚だ。

「……本当、かわいいなあ」

ゼイン様だって誰だって、惹かれてしまうのは当然だと思える。また胸がちくりと痛んだけれど、気にしない気にしないと自分に言い聞かせ、背を向けた。

その後もランハートのお蔭で踊らずとも舞踏会を楽しむことができ、気付けば日付が変わっていた。

「疲れたよね? 少し外の空気でも吸いに行こうか」

「ええ、ありがとう」

息抜きに誘ってくれるタイミングも完璧で、気遣いがばっちりな彼がモテないわけがないと実感しながら差し出された手を取り、テラスから庭園へと移動する。

心地良い夜風が、ランハートの男性にしては少し長い髪を揺らす。アメジストの瞳は、夜空に浮かぶ薄雲のかかった月へと向けられていた。

「俺、月が好きなんだ。気が付いたら、何時間も見つめていることがあるくらい」

「意外だわ。太陽って感じがするのに」

「あはは、よく言われる」

月が好きな人は優しい人だと、傷付きやすい人だと聞いたことがある。ランハートもいつも陽気に振る舞っているけれど、そんな一面があるのだろうか。

そんなことを考えながら、ふと見えた星の話を振ろうとした時だった。

「ねえ、あの星って──」

「静かに」

突然口元に指を当てられ、慌てて口を噤む。

一体どうしたんだろうとランハートの視線を辿れば、その先には噴水の側で身体を寄せ合うゼイン様とシャーロットの姿があった。

二人の顔は重なっており、遠目からでも何をしているのかなんて、一目瞭然で。

「……え」

その瞬間、頭から冷水をかけられたみたいに、全身が冷えきっていくのが分かった。

──どうして二人がここにいるのだろう。先程までゼイン様の姿は舞踏会の会場にはなかったし、シャーロットを迎えに来たのだろうか。

そんな疑問が頭の中で、止めどなく浮かんでくる。

やがて顔が離れ、ゼイン様の背中に腕を回すシャーロットの表情は恥じらいながらも嬉しさに溢れていて、幸せそうで、まさに恋する乙女そのものだった。

ゼイン様が好きなのだと、伝わってくる。何度も小説の挿絵で見たその美しい光景から、目を逸らせない。

昔はそんな二人が大好きだったはずなのに、今は心臓をきつく掴まれたような感覚がして、息苦しくなる。

「……っ」

たった二ヶ月の間に二人がそんな関係になっていたなんて、想像もしていなかった。

けれど二人は運命の相手であり、主人公とヒロインなのだ。どうしたって惹かれ合うものなのかもしれない。

本来なら既に退場しているはずの私という邪魔がいなくなれば、尚更だ。隣に立つランハートも「へえ、これは意外だったな」と、感心したように呟いている。

「でも、良かったね。これで君も心置きなく──……」

そこまで言いかけて、私へ視線を向けたランハートは何故か口を噤んだ。

そして眉尻を下げて困ったように微笑むと「おいで」と私の手を引き、ゼイン様とシャーロットのいる反対方向へと歩いていく。

やがて人気のない暗い木陰で足を止めると、私はランハートによって抱きしめられていた。

「……本当、君って馬鹿だよね。自分でこうなるように仕向けたのに泣くなんて」

そう言われて初めて、自分が泣いていることに気が付く。頬を伝う涙が、ランハートの上着を濡らしていく。

「ど、して……」

訳が分からなかった。どうして今泣いているのか、分からない。シャーロットとゼイン様が上手くいっているなんて、何よりも喜ぶべきことのはず。

グレース・センツベリーに転生してからというもの、ずっとこのために頑張ってきたのだから。

──それなのに、どうしてこんなにも辛くて悲しくて仕方ないのだろう。

「……う……っく……」

気が付けば声を出して泣いていて、ランハートは私の背中をぽんぽんと子どもをあやすように撫でてくれる。

その優しい手つきや体温に、余計に涙が溢れて止まらなくなった。

「泣くくらい嫌なら、別れようとしなきゃいいのに」

「っだって、仕方ない、から……」

「ああ、世界平和のためだっけ?」

私の意思なんて、関係ない。小説の登場人物に転生した以上、仕方ないことだと、最初は思っていたのに。

もう一度生きるチャンスをもらえて、裕福な侯爵令嬢に転生できただけで感謝すべきだと思っていたのに、欲が出てしまった。

悪女キャラの端役のくせに、主人公の隣に立つなんて馬鹿げた夢を見てしまった。

「そもそも、普通は何も思ってない相手のためにあんなに頑張れないよ」

「…………っ」

ランハートの言葉はきっと正しくて、その言葉はすとんと胸の中に落ちた。

──もちろん戦争が起きてほしくない、死にたくないという恐怖も大きかったけれど、一番の原動力は「ゼイン様に幸せになってほしい」という願いからだった。

そしてそれは、大好きな小説の推しだからではない。

ゼイン・ウィンズレットという人に、どうしようもなく惹かれていたからだ。

「……本当、ばかみたい」

なんて望みのない、救いようのない恋をしてしまったのだろう。

それでも、心のどこかでは仕方ないとも思えていた。

誰よりも素敵なゼイン様の恋人になり、特別扱いされて好きだと言われて、恋に落ちないなんて最初から無理だったのだと、諦めたような気持ちにさえなる。

「俺は君みたいに優しくないし自分勝手だから、同じ状況に置かれたところで、自分の感情を優先するけどね」

「私、だって十分、自分勝手だわ」

シャーロットと上手くいってほしいと言いながらも、心のどこかでゼイン様は私を好きでいてくれるかもしれないと、期待していたのかもしれない。

『今ここで君を諦めたら、俺は絶対に一生後悔する』

そんな言葉に、ありえもしない未来を想像してしまったくらいには。

本当にどうしようもないと自分の愚かさが心底嫌になって、また涙が止まらなくなる。

「俺、結構クズなんだよね」

「……な、なんて?」

そんな中、この雰囲気には不釣り合いな突然のランハートの告白に、私は驚いて顔を上げる。

そして私の涙を指先で拭うと、困ったように微笑む。

「別れを切り出して女性が泣いてしまっても、何も思わないんだ。面倒だなって思う時もあるくらいで」

いつだって女性に優しいランハートの言葉に少しだけ驚いた、けれど。心の中でどう思っていてもそれを態度に出さないのだって、私は優しさだと思う。

ランハートは「でも」と続けた。

「君が泣いているのは、すごく嫌だと思った」

驚きで、涙が止まる。

同時に心臓が大きく跳ね、アメジストの瞳から目が逸らせなくなってしまう。

ランハートはいつも口説いたり冗談を言ったりするけれど、真剣だというのが伝わってくる。

「どうしてだろうね?」

返事もできず動揺して固まる私を見て、ランハートはくすりと笑う。

「俺にすればいいのに。大事にするよ」

こんな時にそんな風に言われて、心が揺らがない人がいるだろうか。

少しの後、ようやく口から出てきたのは「ず、ずるい」という言葉で、ランハートは「よく言われる」と笑うと、私の頭を撫でた。

「ま、今日のところは俺を利用して思いっきり泣いて」

「……ありが、とう」

間違いなく、これで良かった。ゼイン様とシャーロットが結ばれたのならこの先は小説の通りに話が進んでいくだろうし、もう私が心配することもなくなるはず。

けれど、今日だけは目一杯泣くのを許してほしい。

私はランハートの上着をぎゅっと掴むと、それからしばらく泣き続けた。