軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢の在処 4

こんなにも最悪のタイミングで、偶然ゼイン様に出会すなんてことがあるだろうか。

「…………」

「……あ、あの」

ゼイン様からすれば久しぶりに会った私が、見知らぬ男性に頬にキスをされていた状況なのだ。

個人的には最悪だけれど、破局へのダメ押しになるのではという期待もあり、でもやっぱり気まずいと半ばパニックになっていた時だった。

不意に後頭部に手を回されたかと思うと、そのまま引き寄せられ、ゼイン様との距離がゼロになる。

頬に何か柔らかいものが触れ、キスをされたのだと理解するのに少しの時間を要した。

「久しぶりだな、グレース」

「…………っ」

ゼイン様は何事もなかったように私の腰を抱き寄せ、笑顔を向けてくる。

けれど私は今のゼイン様のキスのせいで、恥ずかしくてドキドキして仕方なくて、声も出せない。

「それで、彼は? グレースとは何を?」

「こちらはイザーク様です。今はお嬢様の頬とイザーク様の口が触れ合ったところですね」

イザークさんについて尋ねられたものの、答えられずにいた私の代わりに、エヴァンが答えてくれる。

間違いなくゼイン様が求めていた答えとはズレている上に、最悪な部分をご丁寧に切り抜いてくれた。そんなエヴァンに、ゼイン様は「そうか」とだけ返している。

「こ、困っていたところを、助けていただいて……」

「はい。初めまして、ウィンズレット公爵様」

「グレースが世話になったことには感謝するよ。だが、俺の恋人に必要以上に近づかないでくれるかな」

堂々と恋人だと名乗ったゼイン様は、笑顔のままそう言ってのけた。私はその圧に内心震えていたものの、イザークさんも余裕のある笑みを崩さない。

「そうでしたか、大変申し訳ありません。それでは僕はそろそろ失礼しますね」

「あ、ありがとうございました!」

イザークさんは人の良い微笑みと共に、丁寧に礼をして去っていく。お世話になったのに、なんだか申し訳ないことをしてしまった。

「この魔力、どこかで……」

ゼイン様はその背中を見つめながらそう呟き、やがて私へと視線を向けた。そこには先程までの貼り付けた笑顔はもうなく、私は今すぐ逃げ出したくなっていた。

「少しだけ彼女を借りるよ、5分後に迎えにきてくれ」

「分かりました」

「ちょ、ちょっと待っ──」

一体誰に仕えているんだと問いただしたくなるほど、ゼイン様に即答したエヴァンは笑顔でひらひら手を振っている。ヤナは哀れむような視線を向けていた。

そのまま腕を引かれ、ゼイン様によって人気のない路地裏に連れて来られた私はぐっと壁に押しつけられる。

冷たい壁の感触以上にゼイン様の瞳は冷たくて、ぞくりと鳥肌が立つ。

「君は本当に浮気者だな」

ゼイン様はそう言うと、指先で先程イザークさんの唇が当たったあたりをそっと擦った。表情や声のトーンとは裏腹に手つきは優しくて、どきりとしてしまう。

「さっきのは、本当にわざとではなくて……」

「ああ、君 は(・) そうだろうな」

呆れたような表情で口角を上げるゼイン様は本気で怒っているのだと、すぐに分かった。

「本当に腹立たしくて仕方ない。君は他人に好意を向けられることに対して、あまりにも鈍感すぎる」

「…………」

「男というものをまるで分かっていない」

イザークさんに好意があるかどうかはよく分からないけれど、ゼイン様が言っていることは正しいのだろう。

私は男性経験がなく何もかもが不慣れで、何も分かっていないのだ。きっと、ゼイン様のことも。

「だが、俺も君が分からないんだ。なぜ俺と離れる必要がある? 何に対してそんなに怯えているんだ?」

「…………っ」

そんな問いに、心臓が大きく跳ねる。ゼイン様は私には何か事情があって、意志と反して別れようとしているのだと気付いているのかもしれない。

けれど、あなたとシャーロットが結ばれなければ私は死ぬんですなんて、言えるはずもない。

『ゼイン様にも、もっとお似合いの女性がいるかと』

『それは君が決めることじゃない』

以前そんな話をした時にひどく怒らせてしまったこともあり、逆効果で余計頑なに拒まれる気がする。

何も答えられずにいると突然ゼイン様の顔が再び近づいてきて、リップ音が静かな路地裏に響いた。

「な、なな、何を……」

「あの男の感覚を全て消してやろうと思って」

「ま、待っ……ひゃっ」

「待たない」

それからも何度もわざと音を立てて頬や首筋にまでキスをされ、羞恥で叫び出したくなる。抵抗しても両手首をきつく掴まれており、びくともしない。

こんな風にゼイン様に無理やり触れられるのは初めてで、怖くなる。けれど、それなのにどうしようもなくドキドキして、嫌だと思えないことが一番怖かった。

「俺の気持ちなんて、君には分からないだろうな」

「ゼイン、様……」

「君を好きなのと同じくらい、君が憎らしいよ」

溶け出しそうなくらい瞳は熱を帯びていて、それだけでどれほど彼に好かれているのかが伝わってくる。