軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グレース・センツベリーの失踪(2回目) 3

「お嬢様、お待たせいたしました」

「ありがとう。では、こちらに着替えてください」

「ああ、すまない」

訝しげな顔で私とゼイン様を見比べるヤナから着替えセットを受け取り、エヴァンの服をゼイン様に渡す。

するとゼイン様は私の目の前で服を脱ぎ始めるものだから、慌てて両手で顔を覆った。

「こ、こここ、この小屋の中で、着替えてください! こちらから中に入れるので!」

「ははっ、君は本当に初心だな」

美しい完璧な腹筋が見えてしまい心底動揺する私を再び笑うと、ゼイン様は小屋の中へ入っていく。

彼の姿が見えなくなると、私は脱力したようにずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

「はあ、どうしてこんなことに……」

ゼイン様がこんな山奥まで追いかけてくるなんて、想像すらしていなかった。誰だって無理だろう。

そもそもゼイン様は暇ではないし、無駄なことだってしない。それでも、こんな馬鹿らしい追いかけっこをするほど、私を好いてくれているのだ。

「……ねえハニワちゃん、私の頬を叩いて」

「ぺぴ」

気合を入れるためにお願いすると、ハニワちゃんは私の肩に飛び乗る。ぎゅっときつく目を閉じれば、頬ではなく頭をよしよしと撫でられた。

ぎこちない優しい小さな手に、胸が締め付けられる。

「ハ、ハニワちゃん……!」

「ぺぴぽ、ぷぴ?」

言葉の意味はさっぱり分からないものの、きっと私を慰め、応援してくれているのだろう。

容赦なくエヴァンを殴る時とは大違いだ。嬉しくて愛しくて小さな身体を抱き締めると、私は立ち上がる。

「よし」

まだうるさい心臓の音には気付かないふりをして深呼吸をすると、着替えを手に小屋の中へ足を踏み入れた。

それからはお互いに着替え、再び裏口から出て、水をはった桶の前に並び立つ。

ゼイン様はエヴァンのシンプルな服を完璧に着こなしており、ボロ小屋やボロい桶が恐ろしく似合わず、この空間で彼だけが浮いていた。

私は痛む良心に耐えながら、全てゼイン様のためだと自身に言い聞かせ、作戦を開始することにした。

「大変申し訳ないのですが、私も自分の分の洗い物がありまして……すぐに洗わず落ちなかったら困るので、ゼイン様もご自分の分をお願いしてもいいですか?」

「……君はいつも自分で洗濯をしているのか?」

「はい、ここではそうです」

山奥にはヤナしか連れてきていないし、私の我儘で付き合わせているため、自分でできることはなるべく自分でしている。それに元々、家事掃除は苦ではなかった。

私は液体の入った瓶を、ゼイン様に手渡す。

「この液体を使ってください」

「これは?」

「殺菌効果のある木の実を一晩つけておいた水を煮出して作った、洗濯用の液体です。汚れがよくとれます」

「木の実……」

「はい。無料で作れるなんて、最高ですよね!」

心からの笑顔を向ければ、驚いた様子をみせたゼイン様に、内心ぐっとガッツポーズをする。

彼が一生することのない雑用をさせつつ、貧乏知識を披露し価値観の違いを見せつける、完璧な作戦だ。

ランハートのような男性なら「ごめん、無理かな」と笑い飛ばすに違いない。そもそも彼は──貴族男性はこんな場所に来ることさえないだろうけど。

「この板は?」

「これを使うと汚れが落ちやすくなるんです」

ゼイン様ほどの人なら、メイドが洗濯をする場面だってまともに見たことがないはず。その上、汚された服を自分で洗わされるなんて二度とない最悪体験だろう。

「よいしょ」

さあ嫌いになって! と祈りながら、私はゼイン様そっちのけでざぶざぶと洗濯をしていく。

こうして手慣れた様子で洗う姿を見れば、この場限りの嘘ではないと伝わるはず。

ゼイン様もそんな私を見て、やはり驚いた様子を見せていた。全力で洗濯をする侯爵令嬢の姿を見るなんて、きっと彼の人生の中でも最初で最後に違いない。

そう、思っていたのに。

「……えっ」

「何か間違えていたか?」

「い、いえ……とてもお上手だと思います」

「そうか、良かった」

そんな中、ゼイン様は何の抵抗もなく腕まくりをし、私の真似をして洗濯を始めた。

「…………」

「…………」

お互いに無言のまま、黙々と洗濯をする。

こうして筆頭公爵と侯爵令嬢が二人して山奥で洗濯をしている図なんて、誰が見ても驚くに違いない。

「洗濯というのは、こんなにも手間がかかるのか。使用人達にはもっと感謝しないといけないな」

「えっ、あっ……そうですね……」

「君がこうして誘ってくれなければ、知らないままだったよ。ありがとう」

「い、いえ……」

ゼイン様の心が綺麗すぎるあまり、嫌がらせどころか何故か感謝されてしまっている。由々しき事態だ。

「君は本当にすごいな」

「そ、そんなことはないです……」

「グレースといると、自分がどれほど狭い世界で生きてきたのかを思い知らされる」

その上、心から誉めてくれているのが伝わってくる。私はそんな大層な人間ではないというのに。

それからも時折コツを聞きながら、ゼイン様はぎこちない手つきであちこちについた泥汚れを落としていく。

「ぺぷ、ぱぷ!」

「お前も手伝ってくれるのか?」

ハニワちゃんもゼイン様のお手伝いをしようとして桶の水に手を入れたものの、身体が土でできているせいで綺麗になった箇所をまた汚してしまっていた。

「だが、危ないからそこで見ていてくれ。ありがとう」

「ぽぺ……ぽ……」

けれど、ゼイン様は怒るどころか水分で手が柔らかくなってしまったハニワちゃんの心配をし、風魔法で乾かしてあげている。

「ぺぴぽ、ぷぴ! ぷぴ!」

「あの、ハニワちゃんがすみません」

「気にしないでくれ。気持ちは嬉しかった」

「…………」

私の好感度を下げる作戦だというのに、ゼイン様の好感度がひたすら上がるイベントになってしまっている。

やっぱりゼイン様は優しくて格好良くて、完璧な主人公なのだと思い知らされていた。