軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪女と主人公 2

「それで、どうする? また浮気ごっこでもする?」

「……多分ゼイン様は、その、私のことをすごく、す、好いてくれている、と思うの」

こうして口にすると心臓がぎゅっと締めつけられ、苦しいくらいにドキドキしてしまう。

動揺してつい吃ってしまった私を見て、ランハートはおかしそうに笑った。

「妬けるなあ、公爵様が羨ましいよ」

「嘘つき」

「本当なのに」

とにかく今は「別れてほしい」といくらお願いしたところで、ゼイン様は首を縦に振ってはくれないだろう。

ランハートとの浮気のフリは効果があったと言っていたけれど、今は逆効果な気がする。そんな私は先ほど身支度を整えてもらいつつ、新たな作戦を考えていた。

「だから私、しばらく失踪することにするわ」

「あはは、今度はそうくるんだ。君は本当に面白いね」

本当なら今頃はゼイン様と無事に別れ、食堂オープンに向けて最終準備をする予定だった。けれどこうなってしまっては仕方ない、延期するほかないだろう。

「……今の私はもう、邪魔者でしかないもの」

きっと私が何も言わずにいなくなれば、ゼイン様は傷付き、寂しい想いをするはず。

そしてそんなゼイン様の元にシャーロットが現れ、慰めさえすれば、物語は本来の流れに戻るだろう。

何度見てもシャーロットは綺麗で可愛くて眩しくて、まさに物語のヒロインだった。私とは違う。

──ゼイン様もいつか絶対にシャーロットに心が向くはずだと、思ってしまうくらいには。

「…………」

そんなことを考えるたび、やはり胸の奥が痛む。こんな感情なんて必要ないと言い聞かせ、私は顔を上げた。

「だからあなたにも、その手助けをしてほしくて」

「もちろんいいよ。どこに行くつもり?」

「記憶喪失のせいでこの国についても覚えていないし、まだ決めていないの。おすすめはある?」

「なるほどね。それなら俺が秘密の旅行で行く場所を、いくつかピックアップしておくよ」

「ひ、秘密の旅行……」

「うん。表立って会えないような相手とね」

人差し指を口元に当て、ランハートは綺麗に微笑んでみせる。そのとてつもない色気に、目眩すらした。

そう言えば以前、ランハートは人妻にまで手を出すという噂を聞いたことを思い出す。全く褒められた行動ではないものの、味方としてはとても心強い。

「それと、期間は……ねえ、人ってどれくらいの時間があれば次の恋ができるようになるのかしら?」

「俺は5分あればできるけど」

「…………」

「まあ、普通は3ヶ月くらいあればいいんじゃない?」

「3ヶ月……」

食堂のことなんかを考えると少し手痛い期間だけれど、こればかりは仕方ない。

「じゃあ、3ヶ月間過ごせる良い場所をお願い」

「了解。いつから行く?」

「準備が必要だし……4日後とかでも大丈夫?」

「もちろん。明日の夜までには全て手配しておくよ」

「ラ、ランハート様……! ありがとう!」

きっと、少しでも早い方がいいはず。頼りになりすぎるランハートに心底感謝しつつ、私は一体彼にどんなお礼を望まれるのだろうと、恐ろしくなった。

けれど自他共に命が救われるのなら、安いものだ。

「……でも、本当にそれだけで別れられるかな」

「えっ?」

「ううん、俺も遊びに行こうかなって」

「それは遠慮しておくわ」

「冷たいな。そこも良いんだけど」

私一人でも目立ってしまいそうなのに、ランハートも一緒となると、流石に人目を集めてしまいそうで困る。

「じゃあまたね、かわいい浮気相手さん」

「ええ、色々よろしくね」

その後も色々と打ち合わせをし、外まで送り届けたところで、ランハートは私の手の甲にキスを落とした。

最初のうちはぎょっとしてしまっていたものの、彼にとってはこれが通常運転なのだし、今ではだいぶ冷静に対応できるようになっていた。

そうして馬車を見送り屋敷に戻ろうとしたところで、裏庭の方から一人の美少年がやってくるのが見えた。

「あら、アル。来ていたのね」

「まあな」

ストーカー美少年のアルは今や当たり前のように我が家の至る所に現れるため、不法侵入なんてもう気にしなくなっている。屋敷に子猫が遊びに来るような感覚だ。

「……さっきのあいつ、まだ仲良いのか」

「ええ。色々と助けてもらっているの」

「ふうん」

ランハートが去っていった方向を見つめ、アルは目を細める。アルとランハートは対照的な雰囲気なせいか、あまり好いていないような雰囲気だった。

私はエヴァンとヤナと4人でお茶を飲みましょうとアルに声を掛け、二人並んで部屋へと戻っていく。使用人達もアルの存在に慣れており、完全に馴染んでいる。

「あ、そうだわ。実は私、4日後には王都を離れるからしばらく会えなくなりそうなの。3ヶ月後には戻ってくる予定だから、そうしたらまた一緒に遊びましょうね」

「どこに行くわけ?」

「まだ決まってないんだけど、誰にも言わないつもり」

「……はあ」

するとアルは溜め息を吐き「また仕事が増えた」と肩を竦めた。よく分からないけれど悲しそうだし、私としばらく会えないのが寂しいのかもしれない。

「3ヶ月なんてきっとすぐだから、気を落とさないで」

「は? 勘違いするな、バカ」

そうして私は4日後に王都を──ゼイン様の元を離れる決意をしたのだった。

◇◇◇

ランハートに会った2日後、私はウィンズレット公爵邸を訪れていた。緊張と冷や汗が止まらない。

今日はいつからか恒例となっていた、第三日曜日にマリアベルと昼食作りをする日だった。

悩みに悩んだものの、マリアベルからも「楽しみにしている」と手紙が来たこともあり、これが最後だと決めて沢山のレシピを書いたノートを手にやってきていた。

「グレースお姉様、お待ちしておりました!」

「マリアベル、こんにちは」

すぐに太陽のような笑みを浮かべたマリアベルが出迎えてくれ、ぎゅっと抱きつかれる。

彼女ともまだ出会って数ヶ月だけれど、今では本当の妹のように大切に思っていた。

そんなマリアベルがかわいくて愛しくて、離れ難くなって、私も細く小さな身体をきつく抱きしめ返す。

「グレース」

「ゼイン様……」

そしてゼイン様も、出迎えにきてくれていた。もちろん彼に会うのも舞踏会の日の晩に別れ話をして以来で、今すぐに逃げ出したくなる。

数日ぶりのゼイン様はやはりこの世界の誰よりも綺麗で格好良くて、少しだけ泣きたくなった。

「来てくれてありがとう」

「い、いえ! こちらこそ、ありがとうございます」

ゼイン様はいつもと変わらない様子で、私も必死に平静を装いながら、三人で屋敷へと歩いていく。

「そうしたらお兄様が、こんな風に──……」

「ふふ、そうなのね」

それからは明るくてお喋りなマリアベルのお蔭で、なんとかゼイン様とも気まずさを感じずにいた、のに。

もうすぐいつも3人で過ごしている広間に着くというところで、マリアベルは突然「そうだわ」と何かを思い出したように両手を合わせた。

「実は私、お姉様にプレゼントがあるんです! とってくるのでお先にお兄様と広間に行っていてください」

「えっ? マリアベル、待っ──……」

私の制止も虚しく、ぱたぱたとマリアベルは廊下を駆けていき、その場には私とゼイン様だけが残される。

「…………」

「…………」

いきなり二人きりになってしまったことで、この場には恐ろしく静かな沈黙が流れた。

まだ心の準備ができておらず、私の少し後ろを歩いていたゼイン様に、どう声を掛けて良いのか分からない。

それでも二日後には失踪する予定なのだし、今日はいつも通りでいようと決め、振り返ろうとした時だった。

「もう来てくれないかと思ったよ」

「…………っ」

不意に後ろから抱きしめられ、柔らかな銀髪によって首元をくすぐられ、ゼイン様の甘い声が耳元で響く。

「会いたかった」

私はもう、指先ひとつ動かせなくなっていた。