軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グレース・センツベリー

──元々の私はしがない日本のOLで、普通と違うことがあるとすれば、両親の事業が失敗し、多額の借金を抱えていたことだろう。

両親のことは大好きだったし、私の多くない給料の大半も家族での生活費や借金の返済にあてていて、それはもう慎ましい生活をしていた。

数円でも安いものなら仕事終わりに隣町のスーパーまで自転車で向かい、休日の趣味といえば家庭菜園や山での山菜採りだった。野草にも詳しくなりすぎて、食べられるかどうかの判断の早さには自信がある。

とは言え、一番の趣味であり息抜きは、休日に図書館で本を借りて読むことだった。そこで「運命の騎士と聖なる乙女」シリーズに出会ったのだ。

ゼインとヒロイン・シャーロットの美しい感動的な恋物語を、夢中になって繰り返し読んだ記憶がある。

「まさか私が、グレースになるなんて……」

一方、私が転生してしまったグレース・センツベリーは大金持ちの侯爵家の一人娘で、母を早くに亡くしてからは父である侯爵に溺愛され、甘やかされて育った。

その結果、何でも欲しがるくせに、自分の物になると興味がなくなるという歪んだ性格に育ってしまう。

美しいものが好きで、特に薔薇と宝石、綺麗な顔をした男性が何よりも大好きだったはず。

よりによって、どうしてこんな悪女になってしまったのだろう。どうせ転生するのなら、天使のように可愛くて愛されるシャーロットになりたかった。

そんなことを考えていると、じっと私を見つめていたエヴァンさんは首を傾げた。

「公爵様を覚えているということは、完全な記憶喪失、って訳ではないんですか?」

「そうですね、断片的に記憶を失っているみたいで……あ、エヴァンさんのことも少しだけ思い出しました」

「なるほど! それにしてもお嬢様っぽくなくて、全くの別人と話している気分です。俺なんかに敬語もさん付けもやめてください。どうかこれまで通りエヴァンと」

仕事や趣味に没頭していた私は悲しいくらいに男性経験がなく、キラキラとした美形と近距離で話をするだけでも少し緊張してしまう。

それでも元のグレースとの関係を考えれば、彼の方が落ち着かないだろうと頷き、質問を再開する。

「今って何年の何月? 最近大きな出来事はあった?」

「本日はシーウェル暦五百四年、三月の八日です。最近の出来事と言えば、第一王子が伯爵家のご令嬢と結婚されたことでしょうか」

第一王子の結婚を機に派閥争いは激化し、ゼインは国王の手の者との結婚を勧められるようになるのだ。

グレースはその点も利用していた記憶があるため、きっと今は小説の舞台となる年なのだろう。

「その、私が襲われたっていうのは?」

「お嬢様とお付き合いされていた伯爵令息が、捨てられたことで逆上し、夜会中に「一緒に死のう」などと言ってお嬢様をバルコニーから突き落としたんです。命に別状はないといえど、こんなことになるなんて……」

「本当にどうしてそんなことに……」

昼ドラレベルの泥沼修羅場すぎる。この先も過去に付き合いのあった男性達にそんな目に遭わされるかもしれないと思うと、気は重くなっていく。

「ちなみに、あのベッドの上の天井は一体……?」

「あちらはお嬢様が『目が覚めた瞬間、一番に見るのは美しいものが良いわ』と仰って作らせたものですよ。あれだけで王都に屋敷が買えるそうです」

「な、なんてもったいないことを……」

その金額を想像し、眩暈がした。天井に埋められている宝石の一粒だけで、私の年収以上になるだろう。

きっと今着ている圧倒的に布面積の足りていない服だって、相当な値段に違いない。ものすごく肌触りが良いのだ。あまりの金銭感覚の違いに、変な汗が出てくる。

私が寝る時なんて、中学時代の運動着であるジャージを未だに着ていたというのに。

「エヴァン、色々教えてくれてありがとう。お医者様を呼んできてもらってもいい?」

「はい、分かりました!」

その後、再度身体に問題がないか確認してもらった私は、しばらく一人にして欲しいと頼んだ。

半裸で部屋に立たされているのが当たり前だったエヴァンにとっては初めての命令だったようで、戸惑った様子で出て行く。

ちなみに彼は普段グレースとまともな会話すらなく、一方的に罵られるのみだったという。今後はしっかりと彼の人権を保障していきたい。

むしろ私の専属騎士など辞めてもらって次の職探しを手伝い、自由になってもらうのがいいだろう。

ちなみに医者もメイドも私の大人しい態度に、何か裏があるのかとびくびくしている様子だった。よほどグレースが怖いらしい。

何とも生きづらいキャラクターになってしまったと思いながら、机の上にあったまっさらなノートと、やけにキラキラしたペンを手に取る。

グレースは何にでも宝石をつけないと死んでしまう病なのだろうか。ペンを持つだけで緊張してしまう。

「さて、これからどうしよう」

私の記憶が正しければ、春には男主人公であるゼインとグレースの交際が始まる。

──この国の誰よりも美しいゼインが欲しくなったグレースは、最悪の形で家族を失ったゼインの壊れかけた心につけ込み、恋人の座につく。

『ふふっ、可哀想なゼイン様。けれど、あなたには私がいるから大丈夫。世界でたった一人、私だけがゼイン様を愛しているのですから』

ゼインはグレースを愛していたわけではないけれど、孤独ゆえに自分の側を離れず、どっぷりと愛してくれるグレースの存在に寄りかかってしまうのだ。

けれど飽き性のグレースは結局、一年も持たずに浮気をして暴言を吐き、ゼインを捨ててしまう。

その結果、彼はもう誰にも心を開かないと誓い、冷徹公爵と呼ばれることになる。

やがてそんなゼインは、美しく心優しい子爵令嬢であるシャーロットと出会う。

『私がずっとゼイン様のお傍にいます。絶対にあなたを裏切ったりしません。この命が尽きるまで、永遠に』

ひだまりのようなシャーロットによってゼインの凍り付いた心は溶け、二人は恋に落ちる。

そんな中、このシーウェル王国や近隣諸国では瘴気が広がり、魔物は増え作物は育たなくなり、この世界の生活に必須な魔鉱水という資源までも失われていく。

結果奪い合いとなり、戦争も避けられないという時、愛の力でシャーロットの聖女としての力が目覚める。

そして世界を救い、ハッピーエンドという話だった。

「聖女としてのシャーロットを支えて、一緒に戦うゼインがまた素敵で……ってあれ?」

本当に良い話だとあらためて思い返して感動していたものの、ふと気付いてしまう。

「 私(グレース) がゼインを振らないと二人は出会わない……?」

そう、グレースがゼインを傷付けこっぴどく別れを告げるシーンに、シャーロットが遭遇する。

そこで彼の涙を見たシャーロットはハンカチを渡し、そっと立ち去る。それが出会いのはず。

シャーロットはゼインのことを気にかけ、その後いくら突き放されても傍にいようとする。グレースによる傷を癒すことで、二人の距離は縮まるのだ。

『愛しいシャーロットと出会うきっかけをくれたことだけは、あの女に感謝するよ』

ボロボロだったゼインがそんな風に言えるようになったことに、いたく感激した記憶がある。

「……ええと、つまり」

二人が出会わなければシャーロットの能力は目覚めず、戦争だって起きてしまう可能性だってある。

小説通りなら「愛の力」が必要なのだから。

何よりスカッとするシーンとして、一度他国が攻め込んできた際にグレースは死にかけるのだ。それを救ってくれるのも、聖女となったシャーロットだった。

「二人が結ばれないと、私、死ぬのでは?」