軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間違いだらけ探し 2

どうしてゼイン様がここに……と思ったものの、もう王都へ戻ってきている時期だったことを思い出す。

何より侯爵家主催の大規模な夜会に、公爵である彼が参加していてもおかしくはない。

ちなみにゼイン様が領地にいる間も手紙のやりとりはしていて、来週には2回目のデートをする予定だった。

「……今、君は──」

「ゼイン様、お会いできて嬉しいです!」

やはり一人での慣れない場所は不安だったため、知人の顔を見ると思わずほっとしてしまう。

悪女感を出すためにずっとツンとした顔をし続け、口の端が 攣(つ) りそうだった私は安堵の気持ちもあり、ここぞとばかりに笑みを浮かべる。

するとゼイン様は、虚をつかれたような顔をした。

「…………」

「あの、ゼイン様?」

「すまない、少し考え事をしていた」

それだけ言うと今度は口元を手で覆い、ふいと私から顔を背けた。少し馴れ馴れしかっただろうか。

そんな彼は黒地に金の刺繍が施されたジャケットを着こなしており、今日も信じられないほど素敵だった。

やはり周りにいる女性達は皆うっとりとした表情を浮かべ、ゼイン様を見つめている。

「やっぱり噂は本当だったのかしら?」

「いや、まだ分からないだろう」

私達の関係は話題の中心だと聞いていたけれど、本当らしい。様子を窺うような視線をひしひしと感じる。

「今日は一人で?」

「はい」

「君さえ良ければ、エスコートしてもいいだろうか」

「ぜひ! ありがとうございます」

ゼイン様に会うとは思っていなかったため、服装なんかも普段通りだったけれど気にしていない様子だった。むしろゼイン様の前だけ特別、というのがアピールできたかもしれない。

差し出された手を取ると一気に距離が縮まり、緊張してしまう。ランハート様については、後でいいだろう。

「色々あった後なので少し緊張してしまって……ゼイン様がいてくださって嬉しいです」

「それなら今後、社交の場に出る際は俺に声を掛けてほしい。できる限り時間を作るから」

「いいんですか? ありがとうございます」

「ああ」

ゼイン様は誰よりもお忙しいはずなのに、なんて優しいのだろうと胸を打たれる。あまり気負わず、無理もしないでほしいと思いながらホールを歩いていく。

そんな中、上位貴族らしい雰囲気を纏った一人の令嬢が、ゼイン様に声を掛けた。彼女の視線は私へと向けられており、明らかな敵意を含んでいる。

「ゼイン様、そちらの方は……?」

「俺の恋人だ」

すぐにゼイン様が当然のようにそう言ってのけたことで、令嬢は驚いたように目を見開いた。私も多分、同じような顔をしていたと思う。

こうしてはっきりと言われると、思っていた以上に気恥ずかしい。もちろん周りにも聞こえていたようで、騒めきが大きくなる。

「行こうか。友人達に君を紹介させて欲しい」

「は、はい」

その後はゼイン様の元へ次々と挨拶へやってくる貴族や、彼の友人方に紹介されたけれど、たった一年間の付き合いだと思うと、申し訳なさで胸が痛む。

いつか同じように紹介されるであろう、素晴らしいシャーロットの引き立て役になることを祈るばかりだ。

「……あ」

軽食が置かれたコーナーがあるのを見つけ、キラキラと輝くスイーツに目を奪われてしまう。

そんな私の様子に気が付いたらしいゼイン様は、すぐに足を止めてくれた。

「何か気になるものでも?」

「あの、少しだけケーキを食べてもいいですか……?」

「少しと言わず、好きなだけ食べるといい」

「ありがとうございます!」

実はコルセットをきつく締めるためにあまり食事をしていなかったせいで、お腹が空いていたのだ。

お言葉に甘えて小さなケーキをふたつお皿に載せ、いただいていく。その美味しさや甘さに、先程までの疲れも吹き飛んでいく気がした。

「わあ、すっごく美味しいです! フルーツの甘酸っぱさとクリームの甘さが絶妙で……生き返る……」

「…………」

「あの、ゼイン様?」

私を見つめたまま黙り込んでいるゼイン様の名前を呼べば、彼ははっとしたような表情を浮かべたけれど。

「君は何でも幸せそうに食べるんだな」

不意打ちで笑顔を向けられ、どきりと心臓が跳ねた。恥ずかしくなって、慌てて手元のお皿へと視線を移す。

「ゼ、ゼイン様も召し上がりますか?」

「いや、俺はいい。君を見ているだけで十分だ」

そう言われると本気で恥ずかしくなるため、どうか見ないで欲しいと思いながら、ケーキを口へ運ぶ。

空腹だったはずなのに、なんだか胸のあたりがいっぱいになってしまい、あまり食べることができなかった。

◇◇◇

その後ゼイン様が知人に呼ばれ、明らかにお堅い雰囲気を察した私は、少し外の空気を吸ってくると言って彼と別れ、バルコニーへ出た。

「……ふう」

夜風が気持ち良くて、少しずつ気持ちが落ち着いていくのが分かった。ゼイン様の纏う雰囲気が先日までとは全然違い、そわそわしてしまっていたのだ。

──きっとシャーロットにはもっともっと優しくて、甘いんだろうな。ゼイン様に愛される彼女は幸せ者だと思いながら、夜空を見上げる。

「グレース嬢、こんな所にいたんだね」

すると不意に、背中越しに声を掛けられた。

「……ランハート様」

「あ、知ってくれてたんだ。俺の名前」

すみれ色の瞳を柔らかく細めると、ランハート様は「嬉しいな」と綺麗に口角を上げる。

こうして間近で見ても、文句のひとつ付けようのない整った顔に、一種の感動すら覚えてしまう。ゼイン様とはまた違ったタイプのイケメンだ。

「先日は助けてくださり、ありがとうございました」

「ううん、人気者の恋人を持つと大変だね。それにしても今日はまた雰囲気が違って、綺麗な感じだ」

「そうですか」

「俺はこっちの方が好みだな。グレース嬢らしくて」

私の隣へとやってくると、ランハート様はこてんと首を傾げて上目遣いでこちらを見てくる。自分の顔が良いと分かっていてやっているに違いない。

「ねえ、次は俺と付き合ってよ」

「……えっ?」

「公爵様に飽きるのは三ヶ月後くらい? 待ってるね」

あまりにも軽すぎる。風でふわふわと飛んでいきそうなくらい軽い。けれどきっと、今までのグレースなら頷いていたのだろう。

「考えておきますね。それではまた」

即座に断りたいものの、今後協力を仰ぐこともあるかもしれないのだ。できる限り余裕のある顔で曖昧な返事をし、バルコニーを出てホールへと戻る。

するとバルコニーの入り口で、ゼイン様と 出会(でくわ) した。

「あ、もうお話は終わったんですね。……ゼイン様?」

「…………」

何故か返事はなく、何を考えているのか分からない表情で見下ろされた私は、美しいふたつの金色から目が逸らせなくなる。

どこか不機嫌にも見える彼は、何かを考え込んでいるような様子で、何かあったのかと心配になってしまう。

少しの沈黙の後、やがてゼイン様は「……ああ、そうか」と納得したように呟いた。

「どうやら俺は自分が想像していたよりもずっと、単純な男だったらしい」

一体、どういう意味だろう。ゼイン様は首を傾げる私に向かって微笑むと、私の手を掬い取る。

よく分からないけれど、いつも通りの様子に戻ったことにほっとしつつ、大きな手のひらを握り返す。

すると彼は私の後ろを見つめ、ふっと口元を緩めた。

「これ以上悪い虫が付く前に帰ろうか。送るよ」

「えっ? む、虫がいましたか……!?」

私は昔から本当に虫が苦手なため、慌ててしまう。

まだ虫が出る季節ではない気がするけれど、今しがた外に出た時にでも付いてきてしまったのだろうか。

するとゼイン様は、そんな私を見てくすりと笑う。

「今後は俺が寄せ付けないから、安心するといい」

「…………?」

こんなにも綺麗な顔をして、ゼイン様は虫が得意なのだろうか。そんなことを考えながら手を引かれた私は、彼と共に煌びやかなホールを後にした。