軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目に見えるもの、見えないもの 3

マリアベルと料理を始めてから二時間後、私は緊張しながら食堂にて三人とテーブルを囲んでいた。

テーブルの上にはマリアベルが作ったスープと、公爵夫人のレシピを見ながら私が作った料理が並んでいる。

初めて聞く料理名や扱ったことのない超高級食材に戸惑いながらも、なんとか形にはなった、けれど。

冷静になるとゼイン様やボリス様は上位貴族であり、プロの料理のみを食べて生きてきたのだ。異世界の貧乏人が作ったものなど、口に合う方が奇跡なのではと今更になって焦り始めてしまう。

「えっ、すごいね。これ全部二人が作ったんだ」

「私なんて何も……ほとんどグレースお姉様が作られたんですよ。まるで魔法のようでした……!」

「もう、大袈裟だよ。それにマリアベルも初めてとは思えないくらい、手際が良くてびっくりしちゃった」

作っている最中も、体調に問題はなかったようで安心する。私やボリス様に褒められたマリアベルは照れたように微笑んでおり、その可愛さに心が浄化されていく。

「……すごいな」

ゼイン様もまたテーブルに並ぶ料理を見つめながら、そう呟いていた。そうして食事を始めたところ、二人とも「美味しい」と言ってくれて、ほっとする。

やっぱり誰かに料理を作って、美味しいと言ってもらえることは何よりも嬉しいことだと実感した。

「気分が悪くなったりはしてない?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった」

一方、マリアベルは少しだけ緊張したような表情を浮かべていたけれど、震える手でスプーンを手に取った。

それから数分、彼女はじっと皿を見つめ、動かないままで。あまり見つめてはプレッシャーになるだろうと、私も食事をする手を動かす。

側で指示はしたものの、マリアベルが一人で作ったスープはやはり初めてとは思えないくらいに美味しい。

向かいに座るゼイン様もまたスープの乗ったスプーンを口へ運ぶと、口元を綻ばせた。

「美味しいな。母様と同じ味だ」

「…………っ」

その言葉にマリアベルの表情が、泣きそうなものへと変わる。やがて何かを決意したような様子を見せた彼女は、ほんの少しだけスープを掬い、口元へ運んでいく。

それからまた数秒ほど躊躇う様子を見せたけれど、スプーンを口に含み、こくりと喉が動いた。

「……あたたかくて、おい、しい、です」

今にも消え入りそうな声でそう呟いたマリアベルの瞳からは、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちていく。

ゼイン様も静かに目を伏せると「そうか」「ありがとう」と呟き、マリアベルの背中をそっと撫でた。

「本当に、よかった……」

その様子を見ていた私も、視界がぼやけてしまう。

きっと今だって、怖くて仕方なかったに違いない。そんなマリアベルの姿に胸を打たれた私は、目尻に溜まった涙を指先で拭い、笑みを浮かべた。

「今度は違うものを作ってみようね。マリアベル、とても上手だったもの。何でも作れるようになるよ」

「はい……! ありがとう、ございます……」

涙を流しながら微笑む彼女のこの先の人生が、どうかたくさんの嬉しいこと、楽しいことでいっぱいになりますようにと、祈らずにはいられなかった。

◇◇◇

昼食を終えた後は広間で話をしていたけれど、いつしかマリアベルはソファに座ったまま、眠ってしまった。

「はしゃいで疲れたんだろう。昨晩も君に会えるのが楽しみで、なかなか寝付けなかったと言っていた」

「そうなんですね。本当に可愛いです」

あれから3口ほどスープを食べてくれた彼女は、本当に頑張ってくれた。可愛らしい寝顔に、口元が緩む。

ゼイン様とボリス様も完食し、美味しかったとお礼を言ってもらえた私は、幸せな気持ちでいっぱいだった。

主役であるマリアベルが眠ってしまったことだし、あまり長居するのも、と思った私は帰ることにする。

「では、私はそろそろ失礼しますね」

「ああ。門まで送る」

「またね、グレース嬢。ゼインをよろしく」

「はい! また」

ひらひらと手を振るボリス様に見送られ、ゼイン様と共に迎えが来ているであろう正門へと歩いていく。

すぐ隣を歩くゼイン様は、なんだか先日のデートの時よりも私の歩幅に合わせてくれている感じがした。

「本当に、君には救われてばかりだ」

「いえ、私は何も。マリアベルが頑張ってくれたので」

「……俺に何かを言う権利などない気がして、ずっと何もできずにいたんだ。マリアベルが料理を食べてくれたのを見た時、久しぶりに呼吸をしたような気さえした」

ゼイン様らしくない掠れた弱々しい声に、胸が締め付けられる。やはり彼はずっと、罪悪感を感じていたのだろう。ゼイン様が悪いわけではないというのに。

少しでも力になりたいと思った私は、無意識のうちにゼイン様の手を取り、きつく握っていた。

「絶対に、絶対に大丈夫です。マリアベルもまた一緒に料理をして、食事したいと言ってくれましたし」

「……ああ。ありがとう」

「私で良ければ、またお邪魔させてください」

困ったように微笑むと、ゼイン様は「本当にありがとう」と再びお礼を言ってくれる。

そのまま歩き続けていた私は、つい握ってしまった手に気が付き、そっと離そうと思ったけれど。何故かしっかりと握り返されていて、それは叶わない。

思い返せば男性と手を繋いで歩くなんて生まれて初めてで、心臓が早鐘を打っていく。

その後あっという間に門へと辿り着き、手を離された私は鞄から小さな包みを取り出した。

「あの、ゼイン様。これ、良かったら」

「これは?」

「作ってきたお菓子です。マリアベルが気を遣ってしまうかなと思って、ずっと渡せずにいて」

ゼイン様は少しだけ驚いていたものの、やがてお礼の言葉と共に受け取ってくれる。

そして少し何かを考え込むような様子を見せた後、ゼイン様は再び口を開いた。

「改めて礼をしたいんだが、何が良いだろうか」

「いえ、私はこうして恋人になっていただいただけで十分ですから、お気になさらないでください」

「それだけでは明らかに釣り合わないだろう」

「そんなことありません」

気持ちは嬉しいものの、恩を売りたくてしたわけではない。だからこそ、すぐに強く否定したのだけれど。

「……分かった。では君の恋人として、俺にできる限りのことをさせてほしい」

「えっ? あ、ありがとうございます」

ゼイン様は真面目な表情のまま、そう言ってのけた。

恋人としてできる限りのこと、の内容はよく分からなかったけれど、やはり義理堅い人なのだろう。

とは言え、あまり気負わないでほしいと思いながら、改めてお礼を言って馬車に乗り込もうとした時だった。

「グレース」

背中越しに名前を呼ばれ振り返ると、柔らかく細められた蜂蜜色の瞳と視線が絡む。

初めて見る表情に思わずどきりとしてしまった私は、数秒の後、ふと違和感に気が付く。

「またな。すぐに連絡する」

もしかすると、こういうのも全て「恋人としてできる限りのこと」なのだろうか。

──そしてこの日から私は、ゼイン様の恋人としての本気の演技に振り回されることになる。