軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グレース・センツベリーの幸福 2

全ての行程をやり切った私はゼイン様と共に、ウィンズレット公爵邸へやってきた。

全て完璧にこなせたことに安堵するのと同時に、どっと疲労感が押し寄せてくる。

「……つ、疲れた……」

ゼイン様と別れ、いつも私が使わせていただいている客間へ案内された後、ソファにぼふりと座り、背もたれに体重を預ける。

すると座り方が悪かったらしく、ずるずると身体が傾いていく。結果、ソファの上に横たわるような態勢になってしまった。

貴族令嬢にあるまじき、とんでもなくだらしない姿だとは分かっていても、思った以上に疲れていて、すぐに起き上がる気にはなれない。

神殿では私の一挙手一投足に注目され、呼吸をするのすら気を遣ったくらいだった。

今この瞬間だけは貴族令嬢だとか聖女だとか、そういうもの全てを忘れて休みたい、なんて思いながら目を閉じる。

「…………」

「…………」

それから、数分ほどが経っただろうか。

ゆっくり目を開けると、私を見下ろすゼイン様の姿があって、固まってしまう。

こんなあられもしない姿を見られたのが恥ずかしくて、急いで身体を起こそうとする。

けれど私の肩をぐっと押したゼイン様によって、再びソファに倒れ込む。

「えっ? な、なんで──っ」

疑問を口にする間もないまま、押し倒される体勢になり、深く口付けられていた。

驚いて少し抵抗したものの、両手をしっかり押さえつけられていて、それは叶わない。

「……ん、う……」

上手く言葉にできないけれど、強く求められているのが伝わってきた。

それが嬉しくて、控えめながら彼の指先に自身の指を絡め、握り返してみる。するとキスの合間に、ゼイン様が薄く笑ったのが分かった。

「……君はどこまでかわいいんだろうな」

最後に軽く唇を合わせた後、ゼイン様は私の身体を起こしてくれる。まだドキドキしてしまいながらも、並んでソファに座った。

「本当にお疲れ様、よく頑張ったな」

「いえ、ゼイン様もありがとうございました。そ、それと、今の私の姿は忘れていただきたく……」

「それほど疲れていたんだろう。仕方ないよ」

ゼイン様は楽しげに笑い、頭を撫でてくれる。

「これからはもっと忙しくなるでしょうし、体力もつけないとですね」

正式に聖女として認められたことで、今後は国のもとで聖女の仕事をすることになる。

来週の初めには早速、瘴気に侵されている土地の浄化へ向かう予定だ。

きっと生活も立場も何もかも、これまでとは大きく変わるはず。大変なことだって辛いことだって、数えきれないほどあるだろう。

未だ見つかっていないイザークさんやフィランダーの存在だって、気がかりだった。

まだ問題は山積みであることに変わりはないけれど、ゼイン様や大切な人達を守る力を得られたことに、心から安堵と喜びを感じていた。

「ゼイン様に釣り合うような人になれるよう、これからも頑張ります!」

「君は最初から、誰よりも素敵な女性だよ」

左手を掬い取られ、手の甲に口付けられる。

まさに絵本や小説に出てくる王子様みたいだと、その姿に見惚れてしまう。ゼイン様はやっぱり主人公そのものだと思っていると、ふと指に違和感を覚えた。

「……え」

そして視線を向けた先、私の左手の薬指には見覚えのない指輪があって息を呑む。

美しいウェーブが重なったリングの中央にあるダイヤモンドが、虹色に輝く。

この雰囲気と今の私達の関係性で指輪を渡される意味くらい、普段周りから鈍感だと言われる私も流石に理解していた。

いつかこんな日が来ることだって夢見て、何度も想像していたはずなのに。いざとなると頭が真っ白になり、何も言葉が出てこない。

私の頬にそっと触れたゼイン様は、ひどく優しい笑みを浮かべる。

「好きだよ。心から君を愛してる。一生、君の側で生きていきたい」

「…………っ」

「だからどうか、俺と結婚してほしい」

世界で一番大好きなゼイン様からのまっすぐな愛の言葉に、胸が揺さぶられた。

生きてきた中で今が最も嬉しくて幸せで、ゼイン様への想いが込み上げてくる。そんな気持ちは涙となって、溢れて止まらなくなった。

「……う、……っく……」

「君は本当に泣き虫だな。そんなところも好きだよ」

ゼイン様は眉尻を下げて微笑み、止めどなく零れる涙を指先で拭ってくれる。

子どもみたいに泣いてしまう私の額に自身の額をあて、顔が近づく。

「本当に、本当にずっと、ゼイン様のことが好きで」

「ああ」

「私も一生、ゼイン様と一緒に、いたい、です……」

「……ありがとう。絶対に幸せにする」

ゼイン様の声音や私に触れる手、何もかもがあまりにも優しくて、また涙が溢れる。

涙でぐしゃぐしゃな私は絶対に目も当てらない姿をしているのに、ゼイン様は「かわいい」「好きだよ」と愛おしげに繰り返すから、しばらく私の涙が止まることはなかった。

しばらくして私はなんとか泣き止み、痛む目元を治癒魔法でそっと治した。

まだ気持ちはふわふわしていて、プロポーズをされ、結婚を誓った実感はない。けれど左手の薬指で輝く指輪が、全て現実なのだと教えてくれる。

「君がすぐに受け入れてくれて良かったよ。人生で一番緊張した」

「えっ? 断るはずなんてないです!」

「……少し前までの君は、まだどこか俺に対して一線を引いているような気がしたから」

そんなゼイン様の言葉に、思い当たることはあって。聖女としての力が目覚める前、戦争が起こる未来に怯えていたことで、きっとそう感じさせてしまったのだろう。

常に私を一番に考え、大切にしてくれているゼイン様を不安にさせてしまったことを反省しつつ、もう二度とそんな想いをさせないようにしようと固く誓う。

「それに君が王妃になりたいと言い出したら困るとは思っていた」

「王妃、ですか?」

馴染みにのないワードに首を傾げる私に、ゼイン様は続けた。

「実は先日、殿下に呼び出されたのは、君と殿下の婚約話が上がっていたからなんだ」

「わ、私とサミュエル殿下がですか……!?」

「ああ。まだ候補に上がった程度だが、その話を潰すために殿下と動いていたんだ」

次期国王である殿下と私が婚約だなんて、笑えない冗談にも程がある。

他の候補の令嬢達はきっと素晴らしい方々だろうし、いずれ候補からは一番に脱落していたに違いないけれど、それにしたってどうかしている。

「君が最近改心したという話が広まっていること、陛下に対して心から忠誠を誓っていない俺が君と結婚して権威を高めることを、危惧しているんだろう」

「そ、そうだったんですね……」

理屈としては理解できるものの、斬新すぎる組み合わせに絶句してしまう。

ゼイン様曰く、殿下が積極的に動いていたのは私が嫌なのではなく、ゼイン様との関係悪化を恐れてのことだそうだ。

その上、正式に王族の婚約者候補になると、婚約者が決定するまで他の男性との婚約はおろか、二人きりで会うことすらできなくなるんだとか。

「俺から君を奪おうとしたんだ、絶対に許してはおけないな」

頬杖をつくゼイン様の唇は美しい三日月を描いているものの、黄金の両目は氷のようにひどく冷たく、全く笑っていない。

圧倒的な美貌も相俟ってものすごく迫力があり、ぞくりとしてしまう。私も絶対に怒らせないようにしようと、強く決心するくらいに。

「だが、俺達の邪魔をするものは何もなくなったよ」

シーウェル王国の上位貴族は、基本的に一年の婚約期間を設けることになっている。

私とゼイン様もその慣習に則り、これからは婚約者として過ごすはず。

「はい、改めてこれからもよろしくお願いします」

「ああ。もしもまた君が別れたがったとしても絶対に逃がさないから、覚悟してくれ」

「ふふ、望むところです」

いつかのやりとりに似た、けれどあの時とは全く違う意味を持つ言葉を交わしながら、幸せな笑みがこぼれる。

この先どんなことがあったとしても、側を離れるつもりなんてない。

「……ゼイン様、愛しています」

そんな気持ちを込めて想いを伝えると、ゼイン様は幸せそうに蜂蜜色の目を細めた。

そしてどちらからともなく、求め合うように唇を重ね合う。頭に手を回され、さらに深く口付けられる。

やがて唇が離れる頃には、私の目にはうっすらと涙が浮かんでいて、ゼイン様は最後にもう一度目尻にキスを落としてくれた。

「俺の方が絶対に君を愛してるよ」

「ふふ、そうかもしれません」

顔を見合わせて微笑み、ゼイン様に抱きしめられながら、この幸せがいつまでも続くようにと願わずにはいられなかった。