軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

なんとか軌道修正

それからすぐに自室へと連れて行かれた私は、あっという間にヤナによって身支度を整えられた。

買ったばかりの深いブルーのドレスに着替え、てきぱきと髪は緩く巻かれていく。しっかりと化粧を施されていく私は、間違いなく山奥での姿とは別人だった。

「……どうしよう」

まさかこんなにも早く、ゼインと会うことになるなんて思っていなかった。事件の処理をしたりマリアベルの心の傷を癒したり、忙しいだろうと思っていたのだ。

「マリアベル様もご一緒だそうですよ」

「えっ? そうなんだ」

何よりあんな奇行をした後、逃げるように去ってきたのだ。今は放っておいて欲しかったけれど、やはり誠実な二人はお礼を言いに来てくれたのかもしれない。

こうなればもう、方法はひとつしかない。そう思った私はぱちんと頬を叩いて気合いを入れる。

「お嬢様、今はお化粧の最中なのでやめてくださいね」

「あっ、ごめんね」

とにかくノヴァーク山でのことはなかったことにし、気を取り直してグレースをやりきらなければ。

準備を終えて立ち上がると、全身鏡に映る私は美しき悪女、グレース・センツベリーそのものだった。

「……よし」

小さく深呼吸をして、応接間へと向かう。後ろからはエヴァンがついてきてくれている。

応接間へ入ると、並んで座るゼインとマリアベルの姿があり、私は「ごきげんよう」と小さく頭を下げると、テーブルを挟んだ二人の向かいに腰を下ろした。

初めて明るい場所で見たゼインは恐ろしいほどに美しくて、目がチカチカする。その隣には、超絶美少女であるマリアベルがいるから尚更だろう。

「急に訪ねて来てすまない。騎士団での事情聴取の後、そのまま立ち寄らせてもらった」

「ごめんなさい、私がわがままを言ったんです」

「お気になさらないで」

マリアベルも私同様、山奥での姿とはまるで別人で、元気そうで良かったと思いながら、早く自分の分のお茶を出せと言わんばかりにメイドを睨んでおく。

すぐに出てきたティーカップに口をつけ、そっとソーサーに置くと、ゼインが口を開いた。

「あれから、改めてマリアベルから詳しい話を聞いた。君がいなければ、間違いなく死んでいたと」

「まあ、そうでしょうね」

「妹が今ここにいるのは君のお陰だ。礼を言う」

気を遣ってくれているのか、なぜあの場所にいたのかを尋ねられることもなかった。

やはりゼインも 悪女(グレース) であろうと、たった一人の家族であるマリアベルの命を救った相手には、丁寧な対応をしてくれている。

そして私の後ろに立つエヴァンにも、丁寧にお礼を言ってくれた。さすが主人公、いい人だ。

「いえ、お嬢様のお陰です。俺はお嬢様の『マリアベルを救いたいの』という熱い想いに応えただけですから」

「…………」

気持ちはとても嬉しいけれど、今はあまり余計なことは言わないで欲しい。エヴァンの言葉を受け、マリアベルは感激したような表情を浮かべている。

「グレース様も、その、取り乱してしまうくらい怖い思いをされていたのに、私を守ってくださって……」

マリアベルの中で、野草の件は私が恐怖で取り乱したということになっているらしい。間違ってはいない。

「本当に、本当にありがとうございました」

「……ええ。今後は気を付けてください」

「その、よろしければ今後はぜひ、マリアベルと」

やはりあんな目に遭っていたマリアベルに対しては、どうしても悪女ムーブなどできそうになかった。

その上、マリアベルはまるで憧れの人に向けるような、やけにキラキラとしたまなざしを向けてくるのだ。しかもエヴァンの発言のせいか、呼び捨てにして欲しいとまで頼まれてしまった。

やがてふたつの金色の瞳でこちらをじっと見つめていたゼインは、「グレース嬢」と私の名前を呼んだ。

「どうか君が、命懸けで妹を救ってくれた礼をさせて欲しい。俺にできることなら何でもしよう」

その瞬間、私は「来た!」と両手を握りしめた。

恵まれている上に強欲なグレースが何でも持っていることは、ゼインだって知っているはず。だからこそ、こうして願いを聞いてくれるだろうと思っていたのだ。

──今の私に残された道は、なんとか恋人になり、ゼインに好きになってもらうしかないだろう。

本来のグレースとの関係とは違うものの、別れを告げた際、彼の心が多少痛むような存在になればいい。そうして一年後に心を鬼にしてシャーロットの前でゼインをこっぴどく振れば、何もかも元通りのはず。

正直、どうすれば目の前の完璧イケメンに好いてもらえるかなんて見当もつかない。悪女のフリをしながら好いてもらうなんて不可能としか思えないものの、それは後々考えるとして、ひとまず今は軌道修正しなければ。

そう思った私は笑みを浮かべ、口を開いた。

「では、私の恋人になってくれませんか」

そう告げた瞬間、驚いたようにゼインの切れ長の両目が見開かれる。隣に座るマリアベルは「まあ!」と照れたように頬を両手で覆った。

「……俺が、君の恋人に?」

「ええ。ずっとゼイン様をお慕いしていたんです」

これは間違いなく、嘘だと思っている顔だ。

今までグレースはそんな素振りを見せていなかっただろうし、当然の反応だろう。気分屋すぎるグレースはある日突然、ゼインが欲しくなるのだ。

「……分かった。君がそう望むのなら」

明らかに乗り気ではないものの、ゼインは静かに首を縦に振ってくれた。嫌で仕方がないはずなのに、なんて良い人なのだろうと胸が熱くなる。

「ありがとうございます、ゼイン様。嬉しいです」

私が絶対にシャーロットとの幸せの道に繋いでみせるから、一年だけ我慢してほしいと、心の中で誓う。

「とっても素敵だわ! お兄様とグレースお姉様が恋人だなんて……なんてお似合いなのかしら……!」

一方、うっとりとした表情を浮かべたマリアベルには、一体私がどんな人間に映っているのだろう。

やがてゼインは無表情のまま「また連絡する」と言い、立ち上がった。形だけとは言え、こんなにも綺麗な人が自分の恋人だなんて、いまいち実感が湧かない。

「ええ、お待ちしています」

「お姉様、ぜひ私ともお茶会をしてくださいね」

当然のように私を「お姉様」と呼んだマリアベルは天使のような笑みを浮かべ、ゼインの後をついていく。

「それでは、また」

「ああ」

そうして二人を見送った後、ひとまずは物語のレールの上にしがみつくことができたと、私は息を吐いた。

「お嬢様が記憶を無くしても、公爵様のことを一番に尋ねてきた理由がわかりました。愛の力だったんですね」

「……そ、そうなのかもしれない」

エヴァンはいたく感動したような様子を見せているけれど、まだ問題は山積みどころか問題しかない。

「まずは、少しでも好きになってもらわないと」

間違いなく好感度はマイナスからのスタートだ。恋愛経験すらない私にとっては、恐ろしく険しい道のりになるに違いないと、口からは溜め息が漏れる。

──そんな私がまさか、いずれゼインが振っても別れてくれないなんてこと、想像できるはずもなく。

こうして若干のフライングと共に、グレース・センツベリーとしてのストーリーが開始したのだった。