軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.確かにじゃねえよ

奏はため息を吐いた後、頬を染めて上目遣いに俺を見て、モジモジとし始めた。

彼女が今、俺の目の前で見せているその姿は……異性の恋人相手に見せる気恥ずかしさのようなものを感じさせた。

奏は今、俺に対して羞恥心を抱いているのだろうか。

……少しだけ、俺にも羞恥心のようなものが、奏伝いに伝播してきた気がした。

ふと思った。

今、俺が奏に発した発言は……年頃の異性に肌を露出させて、という要求は。

もしかしたら……変態チックな発言だったのではないだろうか。

……。

…………。

そんなはずない、か。

だって、俺達は異性ではあるものの、古くからの友人だし。もっと言えば特別な人。

そう、家族みたいなものだし。

家族の裸体を拝む行為は、別におかしいことではない。

だってウチの母親だって、俺がいくらやめてくれ、と言っても、熱帯夜の風呂上りは下着姿でリビングをうろついているし。

……あれは本当、見苦しいからやめてほしい。

いや、勘弁してほしい。

「……あっくん。あっくん」

「奏、何?」

「あっくんは今……人が恥ずかしい思いをしてお腹を見せようとしているのに、他の女のことを考えているの?」

奏の瞳には光が灯っていなかった。

「……奏」

俺は下唇を噛んだ。

「やめてくれ、変なことを言うのは……っ」

「……へ?」

「……ああ。嫌なことを思い出しちゃった。嫌なことを思い出しちゃった」

「……あ、あっくん?」

「……奏。早く君のお腹を見せてくれない?」

「……っ」

実の母親の見苦しい姿の記憶を中和するには……奏のお腹を見る以外、方法はない。

……もしかして俺、今、変なことを口走った?

あはは。

ないか。

だって俺、頭良いし。

学年順位一位だし。

「……あ、あっくんは」

「何?」

「……ごめん。あっくん」

奏は申し訳なさそうに俯いた。

「やっぱり……お腹を見せるの、なしに出来ない?」

奏の声は……いつになく弱気だった。

「どうして?」

「……」

「……奏?」

「やっぱり怖いんだ。……君に、受け入れてもらえないかもしれない可能性があることが」

……奏の声は切実なものだった。

彼女が一体、どうしてそこまで俺に手術痕を受け入れてもらえないことに怯えているのかはわからないが、その声色を聞くに、見るまでもなく彼女のお腹に刻まれたそれが痛々しいものであることは、想像に難くなかった。

「……きっとこれを見たら、君はあたしへの態度を翻すと思う」

「そんなことないよ」

「ううん。絶対に翻す」

「そんなことないよ」

「……そんなことなくても、そうなる可能性はゼロではない」

……そんなに痛々しい傷跡が残っているのか。

「確率がゼロじゃないのに、行動するのは……やっぱり怖いよ」

「確かにそうかもしれない」

俺は頷いた。

「……でも、確率がゼロじゃない行動なんて一つもないよ」

俺は優しく諭すように言った。

「どんな行為でも、失敗は伴うものだ。そして、そういう失敗する可能性がある行為というものは……いつかは必ず立ち向かわないといけないことばかりなんだ。逃げ出しても、いつか、きっと……」

……奏が生きていると知ったあの日。

彼女が衰弱しきった姿を見ていたからこそ、彼女が生きていたことに俺は驚きを隠せなかった。

勿論、彼女が生きていることは心の底から願っていた。

そうじゃないと、高校卒業後に彼女を探しに単独でフランスに留学するだなんて馬鹿げた発想は浮かんではなかったはずだ。

……でも、生きていない可能性の方が高いとは思っていた。

現実というものが残酷であることは、奏のあの姿を知っているからこそ、理解していたつもりだったから。

ただ、そんな彼女が命を紡いでくれていたのを知った時、頭の片隅で、俺は思っていた。

彼女は一体、どんな代償を払って生き永らえたのだろう。

彼女は一体、命を紡ぐため、どれだけの苦痛を感じてきたのだろう。

深くは考えないようにしてきた。

深く考えれば考える程……俺が彼女に後ろめたい感情を抱いていると、悟られる気がしたから。

今、俺は奏に、立ち向かうことから逃げた時の失敗を説いたけど……。

恐らく、彼女と再会した当時に、彼女が生きるために払った代償がなんだったかを深く考えてこなかったツケが、今、俺が彼女を悲しませている理由なのだろう。

人は嫌なことからは逃げたがる生き物だ。

……どれだけ自分を律しても。

どれだけ自分を強い人だと思い込んでも。

深いところで、人は逃げる。

「……わかった。わかったよ、奏」

とはいえ、彼女にこれ以上、無理強いをするのもおかしな気がした。

「……ごめん、あっくん」

「気にしないでよ。こっちこそ無理強いをして、ごめん」

俺は首を横に振った。

「あんまり君に無理強いをするのも申し訳ないから、俺が君の服を捲って、勝手にお腹を見ることにするよ」

そして俺は……彼女の罪悪感を取り払うため、優しく微笑んだ。

「……ん?」

奏は一瞬微笑みかけて……。

「ん? んんん???」

目を丸くしていた。

「じゃあ、失礼するね。奏」

「ちちち、ちょっと待って!」

奏が着ている俺のTシャツの裾を掴むと、奏は俺の手を力強く握ってきた。

「ああああっくん! あああああっくん! 何しようとしているのかなっ!??」

「何って……君のお腹を勝手に見ようとしているんだけど?」

「あたしにそれを言っている時点で、勝手に見ているわけじゃないよね!?」

……。

…………。

「確かに」