作品タイトル不明
64.問題なし
「はい。いいですよ」
少し考えて、俺は答えた。
「あら、いいのね」
「はい。問題ありません」
最初こそ動揺したが……冷静に考えると問題は特にないことに気が付いた。
「少し意外。さっきのあっくんの反応も。前、あたしが奏の公演会をしていると言った時も、あなたは少し嫌そうな顔をしていたから。自分も関わることは嫌がるものだと思っていた」
「……まあ、見世物になることがあまり気分が良くないことは確かです」
俺は俯いた。
「でも……俺がここで見世物になることでおばさんや、奏の懐事情が明るくなるのなら、見世物になることくらい訳はありません」
「……あら」
「むしろ……少しばかり嬉しくもあります。前の俺は、奏に何も出来なかったから。奏の治療費の足しになるようなことが出来たのなら……少し報われた気分になります」
「あらー」
「……俺も、彼女のためになることが出来たんだな、とそう思うことが出来ます」
「あらあらー」
奏の母は、今日一番の満面の笑みを浮かべていた。
「あっくん。うふふ。あっくん」
「はい。なんですか」
「あなた、本当……最高よ」
「……? よくわかりませんが、ありがとうございます」
俺は一応、お礼を言っておいた。
「それじゃあ、あっくん。早速、取材をさせてもらってもいいかしら?」
「その前に、少し確認させてもらいたいことがあります」
「何? あ、謝礼金の話? それなら……」
「違います」
俺は微笑んだ。
「次作はいつ出す予定か。それだけを確認させて頂きたいです」
「次作を? ……そうねぇ。取材。執筆。校正。諸々考えたら、半年後くらいかしら」
「もっと早く出来ませんか?」
「……ん?」
「昨今はただでさえコンテンツの消費が早い時代です。この本の流行りだって、あっという間に別の本。もしくは別の娯楽に流れてしまいます。だから、機を逃すわけにはいきません。半年後だと旬は過ぎ去ってしまいます」
「え……?」
「だから具体的には……三カ月後には次作を発表出来るまでに仕上げましょう」
「……うふふ」
「取材も執筆も協力します。だから……なんとか早く次作を出せませんか? 全ては奏のために……」
「うふふふふ……」
奏の母は……微笑んでいた。
「まあ、期間はこれから調整しましょう?」
奏の母は妥協案……というか、問題の先延ばしを図った。
俺としたらこの問題はいますぐに解決すべきだと思ったが……発売時期の調整のために押し問答を繰り返して、時間だけが無駄に過ぎて行くことだけは避けたかったので、ヤキモキしながらも頷くことにした。
「それじゃあ、早速取材を……」
「お母さんっ!」
早速、奏の母との取材をしようと思った矢先、奏が自室から慌てて出てきた。
「……もう起きちゃったのね」
奏の母は残念そうに呟いた。
「もーっ! あたしのお茶に何をいれたの!?」
奏はわかりやすくご立腹だった。
「うふふ。何も入れてないけど?」
「嘘! 嘘! ぜーったいに嘘!」
「あらあら、それじゃあ証拠とかあるのかしら?」
「……むぐぐ」
奏は実の母を睨んだ後、心配そうに俺を見た。
「あっくん。大丈夫? 具合は悪くない?」
「え? 大丈夫だけど……」
「本当? 眠気に襲われたりしていない? 急に本音を喋りたくなったりしていない? 動悸が激しくなって、あたしを襲いたくなったりしていない?」
「あはは。まるで俺が一服盛られたみたいじゃあないか」
俺は笑った。
……奏は気まずそうに目を逸らした。
「うふふ。うふふふふ」
奏の母は、怪しく微笑んでいた。
「……お母さん!」
奏はもう一度、奏の母を睨んだ。
「今回ばかりは許しません! ぜーったいに許しません!」
「あらあら。奏は一体、何に対して怒っているのかしら? まったく見当がつかないわ」
「白々しい態度を見せても駄目!」
「うふふ。それで? あなたは一体、あたしに何をするって言うのかしら?」
「そんなの決まってるじゃない!」
奏は腕を組んだ。
「お父さんに言いつける!」
……それだけ?
たったそれだけじゃあ……さすがのおばさんも動揺したりは。
「ち、ちょ……ちょっと奏。お父さんは違うじゃない」
……めっちゃ動揺してた。