軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.知らないACアダプタ

結局奏は、俺の部屋で一時間くらいのんびりと居座った後、そそくさと帰宅していった。

暗くなってきたから送ると言ったのだが、大丈夫だよ、と断られてしまった。

心の底から、本当に危ないと思ったから、一応、二度三度食い下がりもしたけれど……。

『大丈夫。帰りに聞きたいラジオがあるの』

……ちょっとよくわからないけど、どうやら今回も奏基準の優先順位的に断られたらしいので、渋々受け入れることにした。

奏の帰宅後、一人自室に戻った俺は夕飯の支度をしようか迷ったが、あまりお腹が空いていなかったのでそれもやめた。

「……奏、綺麗になっていたな」

代わりに、勉強机の前に座り、頭の後ろで手を組んで、そんなうわ言を呟いていた。

……あの日、空港で彼女を見送って以降、彼女と連絡を取れた試しはなかった。

フランス語の勉強をし、大学生受験のタイミングで向こうの大学へ進学し、奏を探すつもりはあったけど……心の底では、きっともう二度と彼女と会うことはないと思っていた。

もう二度と会うことがないと思った人との再会を迎えた今、胸中は……複雑だった。

嬉しくないわけではない。当然だ。

……でも、今現在、一番俺の中で肥大している気持ちは、無力感だった。

「結局俺、また何もしてあげることが出来なかったな」

数年前、奏の旅立ちを見送る前の俺は、まだ幼く、馬鹿で、弱虫だった。

折角、両親が俺のために、奏との週一での面会の場を設けてくれたのに、それを活かせたとは到底言えず、目の前で死にかける奏を見た時には、泣きわめくことしか出来なかったのだ。

……奏は、俺の存在が生きるモチベーションになったと言っていたが、あれはきっと精いっぱいのフォローだったのだろう。

だから……きっと今、俺はこんなにも苦しい思いをしているんだろう。

「……勉強しよう」

まあ、いくら悩んでも、いくら自分の無力さを嘆いても、事態は何も好転しない。

いくら泣き叫んでも、奏の容体が快復しなかったように。

いくら励ましても、奏の体がどんどん衰弱していったように。

いくら慰めても、奏が元気にならなかったように。

……現状維持を望まないなら、自分から前進していくしかないことを、俺は身をもって実感させられたのだ。

だから、悩むくらいなら、無力さを嘆くくらいなら……努力を惜しまず、一日でも早く結果を出す。

そうして、過去の失態を反骨心に変えて、大きく成長するしかない。

俺には夢がある。

あの日、奏と別れて、自分の無力さを実感して、一人の友人……いや、大切な人を失ったと思ったからこそ、目指したいと思った目標がある。

「……今度こそ、誰かを救えるようになりたい」

俺は将来、医師になることが夢だった。

もう、あの日のように自らの無力さを呪うのはまっぴらごめんだった。

泣きわめくでもなく、励ますでもなく、慰めるでもなく……。

今度は自分の手で直接、大切な人を救いたいと思っていた。

俺は机に広げた参考書の問題を解きながら、勉強に励んだ。

一体、どれくらいそうして勉強をしていただろうか。

それはわからないが、ずっと同じ姿勢で机に向かっていたせいで、体の筋肉が凝り固まっていた。

「……疲れた」

そう言って背筋を伸ばした拍子に、消しゴムが腕に当たり、フローリングに転がった。

ため息を吐いた後、俺は消しゴムを拾うべく、机の下を覗き込んだ。

「……あれ」

その行為が災いしてか……。

「……こんなところに、ACアダプタなんて挿したっけ?」

俺は、勉強机の奥にあるコンセントに、見覚えのないACアダプタが挿してあることに気が付いた。

ACアダプタは、USB端子を挿す用の口が一つあるだけのタイプだった。

……随分前にスマホの充電用とかでここにACアダプタを挿して、存在さえ忘れてしまっていたとか?

いやでも、勉強机の上にわざわざ延長コードを引っ張ってきているしな。

……そもそも、このACアダプタ、埃の一つも付いてない。新品同然だ。

「……ああ、そうか」

合点がいった。

「奏の忘れ物か」

……あはは。意外とうっかりな一面もあるんだな、奏の奴。

俺は苦笑しつつ、ACアダプタを鞄に入れた。これは明日、奏に忘れ物があったと言って、渡してあげようと思った。

……学校、か。

放課後はともかく、今日は一日、奏の周りにはたくさんのクラスメイトが集っていた。

当然だ。

奏は可愛い上に、愛想も良く、優しいから……。

……明日もきっと今日と同じような光景が広がっているのだろう。

「……今日の放課後のこと、禍根を残さないと良いけどな」

そんな俺の願いは当然、叶うことはなかった。