軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジュリアンの後悔

急いで駆けつけた大広場で花束を投げつけられた僕は、投げつけてきたリディアの背中を呆然と見送った。

辺りからクスクスと忍び笑いが聞こえてきてハッと我に返る。

足元の花弁を散らせた花束を見て、また呆然としそうになって、それどころじゃなかったのを思い出す。

早く帰ってやらないと、ユーニスが待っている。

僕は足元の花束を拾って、大通りに待たせている馬車に乗った。

最近の婚約者殿は常にカリカリしている。

デートの約束を反故にしているのは僕の方だから、それは申し訳なく思っている。だが、反故にする理由も仕方のないものだし、いずれ結婚すればずっと一緒にいられるのだから、今くらいは許してほしいと思うのはそんなに悪いことなんだろうか?

我が家で預かっている従妹ユーニスは、本当に体が弱い。

すぐに熱を出すし、貧血を起こすのか気分が悪いと言っては床に伏せる。

外の世界を満足に知らず、学校にも行けてなくて友人もいない。

地元では必要な薬もなかなか出回っておらず、医者も不足している事から、三年ほど前に王都住まいの我が家に預けられた。

叔母様は戸建てでも借りて一緒に住んで世話をしたかったらしいけど、今時珍しい領地持ちの夫の補佐をせねばならず、それは叶わなかった。代わりに親戚である我がヒギンズ家に世話役のメイドと一緒にやってきたという経緯がある。

預かってみて分かったが、ユーニスの病弱ぶりは想像以上だった。

診療代や薬代はユーニスの実家であるマクレガン家から定期的に振り込まれるから金銭的に困ることはなかったが、歳が近い男性が珍しかったのか、あっという間に懐かれやたらと頼りにされた。

発熱で潤んだ瞳で「一人にしないで」と乞われれば、年齢の割には細くて小さいユーニスを突き放すのは難しい。そんな風に頼られて嬉しい気持ちがあったのも本当だけれど。

実際に世話をするのはメイドではあったけれど、僕もユーニスの氷嚢を替えてやったり寝付くまで側にいたりと、僕でもできる事をしている。

なにせユーニスは寂しがり屋でもあるのだ。

実家にいた時はマクレガン夫妻もそれなりに気を配っていたようだが、仕事が忙しいので彼女が心ゆくまで構ってはあげられなかったらしい。

そのせいもあって、ユーニスは僕に側にいて欲しがる。

医者は、ユーニスの気持ちが上向けば病弱な体質も改善する一助になるだろうと言う。

僕は彼女が少しでも健康に近づけば僕以外のものに興味を持つきっかけも増えるだろうと、そうなればリディアとの時間も取れるからと、ユーニスの不安や不快を取り除くべく頑張っているのだ。

ユーニスを早く安心させたかった僕は、家に帰り着いた早々「早く帰ってきてね」と言ったユーニスの元へそのまま行った。

「……お帰りなさい、ジュリアン」

ベッドの中から弱々しく微笑むユーニス。

良かった、熱はあるけどまだ機嫌を損ねたりはしていないようだ。

「ただいま、ユニ」

返事をしてベッドに近づいてから、まだ無残になった花束を持っている事に気付いて、置き場もなかったのでベッドの足元の方の端にそれとなく置いた。後で処分しておかなくては。

「? お見舞い? にしては花が散ってしまってるわ……」

ユーニスが目敏く花束に気付いたが、

「ああ、これは君にじゃないよ。さっきリディアに突き返されちゃってね」

僕はそう言った。正確には叩き返されたのだけど、そこまで正直に言う必要はないだろう。

「まぁ、それで花がそんなふうに? ……リディアさまって、もしかして乱暴な方なのね?」

ユーニスがそんなことを言うので、僕は訂正しておいた。

「そんなことないよ。僕が約束を守らなかったから、怒っちゃっただけだよ」

「だけど、だからって花をこんなふうにしてしまうなんて……」

「さ、まだ熱があるんだから、ユニは大人しく寝ておいで。後で君にも花を用意してあげるから」

僕はそうユーニスをなだめて掛布を引き上げて彼女を寝かせた。

そのあとは普通に庭から花を見繕ってユーニスの部屋に飾ったり、父と同じ仕事に就くための勉強をしながらユーニスの様子を見たりして過ごした。

夕方よりも少し前、ハウスメイドのサリーが買い出しから戻ってきて開口一番、こういった。

「奥様、ぼっちゃま、何やら大きな事件があったようですわ」

「事件?」

母がそれに応じると、

「急いで買い出ししてたんで、私も詳しくは聞けなかったんですけどもね、どこかの政治犯がどこかの建物に火を放ったとか、その建物が古かったんで一部崩落したとか……。

物騒な世の中でございますよ」

と続けた。

「本当に怖いわねぇ。その建物ってどこなの? お友達が巻き込まれてたら嫌だわ」

「なんとかって劇場のようですよ。あの、王都でも一番古いとかって劇場」

「一番古いって、トバイラス大劇場かしら?」

「ええ、なんだかそんな名前だった気がしますわ」

そこまで聞いて、ギクッとした。確か、リディアが誘ってくれた観劇の劇場がトバイラスだったような気がする。

「そ、それで被害のほどとかは判っているのかい?」

僕は嫌な予感を打ち消したい気持ちでサリーに訊いたが、

「いいえぇ、早く帰ってお夕飯の支度をしなくちゃですからねぇ。あたしが聞いたのはそのくらいですよ。

明日の新聞には詳しく載るんじゃないですか?」

それだけ言って、サリーは台所へ消えていった。

それから三時間後くらい経った時、ダーリング家から使者が来た。夕食前だった。

「ヒギンズ伯爵夫人及びそのご令息のジュリアン様にお伝えします。

我が主家ダーリング家の長女リディア様がお亡くなりになりました。

ダーリング家では突然のことでまだ混乱が冷めやらず、取り急ぎ婚約を交わしたヒギンズ家へお知らせした次第です。

葬儀等の手筈も未だ整っておりませんので、全てが決まり次第、もう一度お知らせいたします。

以上が、ダーリング家当主からの伝達でございます。ヒギンズ家当主である伯爵様にも、そのようにお伝えください」

……何か、今、え? 彼は今なんて言ったっけ……?

「……亡くなった?」

「はい」

「誰が……?」

「リディアお嬢様です」

「え……、ど、どうして? 昼間、会った時は元気そうで……」

『急いで買い出ししてたんで、私も詳しくは聞けなかったんですけどもね、どこかの政治犯がどこかの建物に火を放ったとか、その建物が古かったんで一部崩落したとか……。

物騒な世の中でございますよ』

狼狽える頭の中に、夕方に聞いたサリーの言葉が蘇る。

『一番古いって、トバイラス大劇場かしら?』

『ええ、なんだかそんな名前だった気がしますわ』

ほんの数時間前の会話。

いや、そんな馬鹿な。きっと、きっと何かの間違いだ。そう、別の誰かと間違えてるとか。だいたい、確かに僕は彼女がトバイラス大劇場の方向へ向かうのを見たが、劇場に入って行ったのを確認したわけじゃない。彼女の気が変わって観劇を止めたかもしれない。だって、リディアは何回も僕を誘っていたんだから、僕と観たかったはずなんだ。だから、僕が一緒じゃなければ観る意味なんて……。

あ、あれ? そんなふうに誘ってくれてた観劇を、僕は何回断ったっけ?

いや、それどころか、ここのところまともにリディアと会ったのは何回だ? 最後にデートしたのはいつ?

「リディアお嬢様は今日、ヒギンズ伯爵令息様とトバイラス大劇場で観劇のご予定でした。

一報をお聞きになっていらっしゃるかもしれませんが、その上演時間が終了する頃に、一人の男が劇場に放火したそうです。

男は警吏に取り押さえられましたが、トバイラス大劇場は老朽化していたため、材質の一部が火事によって急激に劣化し一部崩落。その火事と崩落に巻き込まれた観客と劇場の従業員に多数の犠牲者を出し、お嬢様も崩落に巻き込まれたようでございます」

ダーリング家の使者のその言葉を聞いた母が、息を呑んで僕を見る。

「リ、リディアは今、どこに……!?」

僕が使者に詰め寄ると、

「お嬢様のご遺体はすでにダーリング家に引き取られております。

それでは、取り急ぎではございますがお伝えするべきことはお伝えしましたので、私はこれで失礼いたします」

使者はそう言って頭を下げ、踵を返した。

「ま、待て! 僕も行く、連れて行ってくれ!!」

僕は使者の肩を掴んでそう叫んだ。だが……、振り返った使者の表情は痛ましそうに歪んでいて……。

「……お嬢様にお会いするおつもりでしたら、お勧めいたしません。あの……、崩落した天井の瓦礫に押し潰されておりまして……、あ、頭が……。

そ、その……、顔も、見分けがつかないほどに……」

「そ、それじゃ、どうやってリディアだと……」

な、なんだ、やっぱり別人の可能性があるんじゃないか。きっと今頃、どこかのカフェで……。

「……服です。

今日のお嬢様の服装は、ダーリング家の者のほとんどが目にしていましたので、間違えようもございません。

アッシュピンクのボレロ付きワンピースでございます。限定の品だとお聞きしておりますので、そう何人も同じワンピースをお召しの方はいないでしょう」

アッシュピンクのワンピース。

昼間に見た、リディアの着ていた服。

落ち着いた色合いが、リディアによく似合っていた。

僕は膝から崩れ落ちた。

まさか、あの喧嘩が僕達の最後のやり取りなのか?

リディアを怒らせたまま、死なせてしまった……。

打ち拉がれる僕を置き去りにして、ダーリング家の使者はもう一度、一礼してから帰って行った。

「……ジュリアン、どういうことなの? あなた、一緒に出かける予定だったの?」

母が僕を助け起こしながら静かに聞いてくる。その声は震えていて……。

リビングの椅子に座らされ、目の前にティーカップが置かれても、僕は顔を上げることができなかった。

「ジュリアン、そうしていても何もわからないわ。きちんと、私に説明してちょうだい」

母の声は優しげだが、有無を言わさぬ強さを含んでいる。僕は、ぽそぽそと今日の出来事を語った。

「……確かに、今日はリディアに観劇に誘われていました。でも、ユーニスが熱を出して……。

急いでお詫びの花束を持って待ち合わせ場所に行って……」

「それで?」

「観劇には行けないと、断りを入れました。そうしたらリディアが怒ってしまって……。

『そんなに従妹が大事なら、従妹と結婚して一生、面倒見てればいいでしょ』って……。リディア有責で構わないから婚約は破棄しよう、と言われました……」

自然と声が小さくなる。

どうしてこんなことになったんだ?

リディアがもういないなんて、信じられない。信じたくない。

「奥様、旦那様がお帰りになりました」

サリーの声にハッとする。

母の問い掛けはそれで中断して、とりあえずの夕食が始まった。