軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壊れた通知欄

オレンジのマークが記された白い箱。

そこから出された新品のスマホ。

そしてその横には、俺が今まで使っていたスマホが置かれている。

俺のスマホは画面にはひびが入っていて角は欠けて、傾けると緑の基板が見えている。

背面に目を向けると、そこには細かい傷や抉れた痕が残っていて、どう見ても無事とは思えないシルエットを見せていた。

ダン博のあの騒動の最中、何度も落とした記憶がある。

というか、あの状況で無事だった方がむしろおかしい。

配信機材は、桐野さんが生き還って少ししたあとに完全に壊れていた。

映像も音声も飛び、そこから先は配信不能になったらしい。

スマホも最低限の連絡はできていたが、通知はまともに開けなかった。

画面は時々固まり、触っていないのに熱を持つ。

正直、壊れているのか、疲れている俺の目がおかしいのか分からないほどに、微妙な状態であった。

向かいに座っている管理局の職員が、端末を操作しながら俺が呟いたことに律儀に答える。

「普通はこんなところで、スマホの機種変更なんてしません」

「ですよね」

「ですが、真壁さんの場合、現端末の通信状態がかなり不安定です。今後の連絡、本人確認、保護体制の都合を考えると、安全という観点からも早めに移行する必要がありますので」

「安全のために機種変更……」

言葉だけ聞くと少し変だ。

でも、もう何が普通なのか分からない。

俺の斜め後ろには、特務部隊の人が立っている。

病院の廊下で桐野さんの病室を守っていた人たちと同じ系統の探索者っぽい出で立ちで、あまり表情が出ない、俺が苦手とするタイプの人だ。

護衛…俺についた護衛。

何度考えても、そこだけ現実味が薄い。

「それでは、バックアップから復元します」

「お願いします」

職員が新しいスマホを操作する。

本人確認から始まり、認証コード、生体認証といくつかの確認を終えると、画面に復元中の表示が出た。

俺はカラカラになった喉を潤すため、用意されていた水ペットボトルに口をつける。

冷たくはないが、でも、喉にはありがたかった。

「これで、だいたい戻るんですか?」

「アプリや設定は順次戻ります。同期していたアプリ経由の通知については、一度に大量に同期されて、一斉に通知がくる可能性があります」

「……大量」

「はい」

大阪に来てから、連絡をあまり返せていない。

ダン博でお世話になった八咫烏のメンバーに、天城フロンティア大阪支部の人たち、東京の管理局関係者、仕事で関係のあったクランの人々。

たぶん、そのあたりから心配の連絡が来ているのだろう。

それなら、申し訳ないけどあとで返すしかない。

今はもう、寝不足で頭が働かない。

一方でスマホの復元は進んでいく。

メッセージアプリ、キャリア同期メールアカウント、配信アプリ、SNS関係。

ひとつずつアイコンが戻っていく。

戻った最初は静かだった。

特に何も起きる様子はない。

「あれ、意外と普通ですね。ちょっとびびってたんですけど…」

そう言った直後だった。

スマホが震えた。

プル、と一回。

それから続けて震える。

プル。

プル。

プルプルプル。

それと同時に画面の上から通知が流れ込んできた。

メッセージ。

メール。

SNS。

配信アプリ。

配信サイト公式。

ニュース通知。

知らない言語の通知。

止まらない。

止まる素振りを見せる気配すらない。

通話着信してもないのに、スマホは小刻みにバイブレーションが止まらなかった。

「……これ、新品ですよね?」

俺は思わず職員を見た。

職員は画面を確認してから、淡々と言う。

「新品です」

「もう壊れてません?」

「正常です」

斜め後ろの護衛も、俺のスマホに視線を落とした。

「同期が始まったようですね」

「同期って、こんなに激しいんですか」

「真壁さんの場合は、その、特別かと」

特別。

最近、その言葉をよく聞く気がする。

そして、あまり良い意味で聞いていない気もする。

俺は震え続けるスマホを手に取り、恐る恐る配信アプリを開いた。

いつも見る配信ステータスが表示される。

チャンネル名、アイコン、そして登録者数。

そこで俺は固まった。

登録者数が、知らない桁になっていた。

「……あれ」

バグったと思った俺は一度アプリを閉じた。

そしてもう一度開く。

「……あ、増えた」

「今も増え続けていますね」

護衛が真面目な顔で言った。

「…見ないでください」

「失礼しました」

失礼しましたと言いながら、たぶん見ている。

いや、護衛だから仕方ないのかもしれない。

でも、登録者数を後ろから確認されるのは、なんとなく恥ずかしい。

俺は次にコメント欄を開いた。

そこも、俺が見慣れているコメント欄ではなくなっていた。

『真壁さん、ありがとう』

『大阪を救ってくれてありがとう』

『鑑定士って、こんなに凄かったのか』

『あなたがいなかったら、家族は帰ってこなかったかもしれません』

『真壁さんみたいな鑑定士を目指します』

普段言われることのない数々の賛美の言葉が並んでいる。

感謝、応援、心配、泣いている絵文字、祈るような絵文字。

その中に、英語のコメントも混じっていた。

翻訳表示を押すと日本語に変換されて再表示される。

『日本は彼を守るべきだ』

『彼は本当に鑑定士なのか?』

『これは支援職ではない。戦略級だ』

………戦略級?

俺はその単語を見て、しばらく動けなかった。

「……俺、何かの兵器みたいに言われてませんか」

「海外では、そのような表現も出始めています」

護衛が答える。

「…出始めてるんですか」

「はい」

はいじゃない。

俺は画面を少し下へ送った。

今度は切り抜きが出てきた。

『日本の鑑定士がダンジョンコア災害を止めた』

『真壁遼とは何者か』

『Mysterious Appraiser Ryo Makabe』

『The man who read the Dungeon Core』

『Strategic-class Appraiser』

知らない動画が、知らない言語で並んでいる。

サムネイルには、俺の顔が映っていた。

コアの前に立っている俺。

シオを抱えている俺。

桐野さんの横にいる俺。

「俺、顔出ししてましたっけ」

「かなりしていました」

「……ですよね」

配信していたのだから、当然だ。

当然なのだが、こうして切り抜きのサムネイルに自分の顔が並んでいると、心の準備が追いつかない。

さらに通知が増える。

いつもお世話になっている配信サイト公式《ダンジョンTube》からだった。

俺はその通知を開いた。

『真壁遼様。緊急のご連絡です』

文面が硬く、どう考えても普通のキャンペーン案内ではない。

嫌な予感がしつつも内容を読んでいった。

世界的なアクセス集中。

チャンネル保護措置。

本人確認済みアカウントの保全措置。

コメント欄とDMの強制制限設定。

切り抜き管理のサポート。

多言語字幕対応。

世界同時配信時の技術支援。

特別パートナー契約。

独占配信枠に関する相談。

安全確保のための代理窓口設置。

途中から、俺は文章を目で追っているだけになった。

「……配信サイトから、なんかすごい長い連絡が来てます」

職員が画面をのぞかないように、形だけの配慮をしながら答える。

「配信プラットフォーム側からの接触については、ダンジョン庁でも確認する必要があります」

「……確認?」

「真壁さん個人の契約条件だけでなく、情報保全上の問題もありますので」

情報保全。

配信アプリを開いているだけなのに、出てくる単語がやけに生々しく、そして重い。

とても重い気分の中、確認のためにメールを開く。

未読数は、もう数える気にならない。

テレビ局。

海外ニュース局。

装備メーカー。

知らない大手クラン。

海外クラン。

大学。

研究機関。

よく分からない団体。

件名だけで、頭が痛くなる。

『緊急出演依頼』

『独占インタビューのお願い』

『スポンサー契約のご相談』

『クラン顧問契約について』

『共同研究に関する打診』

『真壁遼氏の安全確保について』

『あなたの力は神からの…』

最後の件名を見て、俺はすぐに画面を閉じた。

「今、怪しいのありました」

「後ほど確認します」

護衛の声が少しだけ低くなった。

冗談ではなく、本当に確認するらしい。

俺はスマホを机の上に置いた。

操作している最中は震えていなかったが、置いた瞬間、震え始めた。

「新しいスマホが壊れてたんじゃなくて」

俺は、震える新品のスマホを見ながら言った。

「はい」

それに対して護衛が答える。

「俺の通知欄が壊れてるんですね」

「通知欄は正常です」

「じゃあ、何が壊れてるんですか」

「真壁さんを取り巻く状況かと」

「……何をうまいことを………」

やめてほしい。

正確に言われると、余計に困る。

俺は椅子の背にもたれた。

すると急に瞼が重くなる。

ダンジョンコア。

桐野さん。

死者数。

封印処置。

管理局。

配信サイト。

そして、世界。

全部が一気に事実として押し寄せてくる。

俺は、ただ鑑定しただけのつもりだった。

見えたものを見て、危ないと思ったものを止めようとした。

それだけだった。

でも、その結果がこの通知欄なのだとしたら。

たぶん、もう俺の理解できる範囲を超えている。

「……もう寝たい。とりあえず忘れたい」

口から出たのは、それだけだった。

職員と護衛が、少しだけ顔を見合わせる。

そして護衛が、申し訳なさそうに言った。

「その前に、ダンジョン庁から配信活動に関する説明があります」

「……配信活動に関する説明?」

「はい」

護衛は真面目な顔で続ける。

「今後は、真壁さんの配信そのものが安全保障上の問題になる可能性があります」

俺は、新しいスマホを見た。

画面の上では、まだ通知が増え続けていた。

新品のスマホは壊れていない。

壊れていないのに、ずっと震えている。

俺はしばらくそれを見てから、深く息を吐いた。

「……配信って、そんなに大変なものでしたっけ」

誰も、すぐには答えてくれなかった。