軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンデッドグランドドラゴン戦⑤+神父

神父が地上に立ち、片手を軽く前に掲げていた。

その指先の延長線上で、アンデッドグランドドラゴンの首の付け根の凍結が、輪郭から崩れて宙に消えていく。

同時に片翼の付け根の粉砕も、まるで初めから無かったかのように戻されていく。

東雲が屋上から放った《エクスティンクション・グレイサー》の決定打が、夜の中から綺麗に消えていた。

落下が止まったままの巨体を、神父は片手1本で軽く支えているだけに見える。

アンデッドグランドドラゴンの呼吸が、神父の足元の少し上で、また始まっていた。

一方で八咫烏の3人、服部の構えが止まったまま動かない。

久遠も、胸の前で開きかけたミスリル小手の拳を、そのままにしている。

東雲は屋上の縁で、ページの上に置いた指を戻せないでいた。

服部はハッとした表情を見せ、そして刃の先を地面に向け低く呟いた。

「……いつの間にか元に戻ってんぞ、あいつ」

久遠が屋根を蹴って、地上に降り立つ。

ミスリルの小手をまとった両拳を、もう一度胸の前で軽く打ち合わせて構え直した。

神父の方を真っすぐ見据えながら、服部に並ぶ位置で止まる。

「あの、うさん臭い神父いつからいた?」

「分からん。気付いたらいた」

遠くの東雲に対して視線を向けると首を横に振る。

「何かしらのスキルであることは間違いないが…事象改変系だったら厄介だな」

「制約あるっしょ」

「ノーリスクでってわけにもいかんしな」

東雲がスキルブックの上で、指を一度持ち上げた。

ページが音を立ててめくれると、新たなスキルの発動を開始した。

服部は、刀を構え直して低く屈み込んだ。

忍者スキルの幻術が組み合わさって、柄の中で術式が廻り始める。

刃の長さが、いつもの長刀の寸法に伸びた。

服部は地を蹴って、神父の頭上に跳んだ。

刀を高く掲げ、振り下ろしの軌道に乗せて振り切った。

神父はその場から動いていない。

いや、動いていない、と服部の目には映った。

刀が振り下ろされる、その軌道の途中で、神父は軌道から外れた場所に立っていた。

数歩分だが振り下ろす前にみた場所からずれている。

(なんだっ?!)

歩いた所作も、踏み出した足の運びも、一切が見えなかった。

ただ、最初からそこにいたかのように立っている。

服部の刀は、空を切る。

振り下ろしの澄み切った音だけが空しく響いた。

「動いたようには見えなかった」

久遠が即座に合わせるかのように、神父の右側面から踏み込んだ。

スタンダードな構えから頭を下げて低い姿勢のまま、神父の腰に拳を打ち込もうとする。

「あれっ?」

神父はいるはずの場所にいない。

拳が空気を抉り、久遠は前のめりにつんのめる。

神父はやはり、少し離れた地点に立ち直していた。

久遠が体勢を立て直して、息を1つ吐いた。

「認識をいじられている?」

「……たしかめるぞ」

服部と久遠は、神父から3〜4歩ほど距離を取り直した。

神父の片手は、変わらずアンデッドグランドドラゴンの方に向いたまま動かない。

表情も、最初と同じだった。

久遠は両拳を構え直して、神父の方を真っすぐ見据えた。

自分が踏み込んだ瞬間と、神父がずれた瞬間の感触を、頭の中で並べ直す。

拳を突き出したあの瞬間、神父はいつの間にか少し離れた地点に立っていた。

超速で移動したのであれば、そういう痕跡が残るはずだが周囲に地面を含めて痕跡がない。

いや、なさすぎる。

最初からそこにいたかのように立っていた。

その時、僅かだが服部と久遠は迫りくる魔力を感知し、その場から距離を取る。

次の瞬間、神父の足元の地面に薄い氷の槍が3本、別々の角度から突き立った。

神父の体は、先ほどまで立っていた場所から離れた位置に立っており、視線を遥か先に向ける。

すぐに追加の氷槍が複数本神父の元へ着弾するも、着弾地点には神父の姿はない。

離れた場所に身じろぎ一つせず立っていた。

更に別の角度から3本。

神父は先ほどと同様に着弾地点にはおらず、場所を移動していた。

少し離れたパビリオンの屋上にいる東雲は、確認するかのように連射を切らさない。

間隔を詰めて5本、4本、また5本と、人の背丈ほどある氷の槍が地面と壁面に突き刺さり、断続的に地面や建物を穿ち続けていく。

神父はそのたびに数歩の距離を移動して、回避し続けていた。

東雲は一旦魔法の行使を止める。

(これは間違いない…ことねのような運命改変系ではなく、最も厄介な時改変系のスキル所持者)

久遠が離れている東雲に同調するかのように、神父の方を見据えたまま呟いた。

「時改変系、だね。わたしと系統違うけど」

服部が、玄之丞を納刀した。

「時を操るやつか。すげぇ面倒だが…」

服部の目が一段細まる。

「ことね、東雲。あいつ一回当たってるぞ」

服部の言葉に久遠は神父の擦り切れた裾を見る。

「ふーん。なるほどなるほど。なら、やりようはあるか」

神父は、このやり取りに思わず苦笑いの表情を浮かべた。

「くくくくく…まいったな。この僅かなやり取りでそこまで見抜かれるか。さすがは世界に名だたる八咫烏」

東雲が魔導書のページをめくる。

勢いよく開き続けたページはとあるページで止まり、属性紋が組み上がり始める。

銀の刻印が、いつもより大きい範囲に広がっていく。

「素の能力はそこまで高くない、と。何度か攻撃を受けてるのなら話は簡単です。スキルを使う前に沈黙させてしまえばいい」

その瞬間だった。

神父の片手が、アンデッドグランドドラゴンの方から外れた。

アンデッドグランドドラゴンの巨体が、空中で支えを失って一瞬、沈んだ。

頭部の塊が、虚空の中で重力に引かれてぐらりと傾く。

アンデッドグランドドラゴンの目が、改めて開いた。

さっきまでの神父の支配下に置かれた状態とは、明らかに違う。

アンデッドグランドドラゴンが咆哮を放った。

大気が削れ、一帯の建物の窓が一斉に震え、そして割れて行く。

アンデッドグランドドラゴンの目が、神父を見た。

それから、八咫烏の3人を見た。

もう一度、神父を見た。

窪んだ目元からはっきりとした殺意の色が漏れる。

この場にいる生物は等しく敵だった。

「ここからはバトルロイヤルです。あなたたちは生き残れますか?」

アンデッドグランドドラゴンが、神父に向かって突進してきた。

神父の体がまた消えて、突進の軌道から大きく距離を取る。

さっきまでの「八咫烏の攻撃を避ける」のと、同じ動きだった。

アンデッドグランドドラゴンは標的を変えて、服部の方に咆哮を放った。

咆哮の余波が建物を粉砕しながら、服部の立つ屋上に走る。

服部は冷静に左の手で印を結ぶ。

「霞雲」

咆哮が服部の身体を抜けていくと、まるで雲のように形を変え、そして消える。

そして地上にいた久遠の隣に降り立った。

「アンデッドグランドドラゴンにあの神父か。時間稼ぐのかどんどん厳しくなってきてね?」

「あいつらうまくやってんのかな? これそんなに時間稼げん」

「だけど、まぁ最悪ってわけじゃない。あの神父がダンジョンコアを完璧に掌握してたとしたら、あのドラゴンを俺らにぶつけてくるからな」

「それはまぁそう。だけどあいつ、相当やるよ?」

「あぁ。どっちかというとこの状況はあの神父に有利だな」

服部が地を蹴って横に跳び、神父の前に立った。

「ことねと東雲はあのクソドラゴンを相手にしろ! 俺はこいつを相手にする」

神父はニヤリと笑みを浮かべた。

「ニンジャマスターが私の相手か。これは光栄だな」

「お前の能力に心当たりがある…ドイツでダンジョン災害を引き起こした一味で、似たような時を操る能力者がいると。たしか二つ名は…逆刻。逆刻の祭司」

「くくくくく…随分と私も有名になったものだ」

「だが、逆に疑問残る。俺が知っているのは当時の組織は壊滅して、メンバー全員は捕らえられたか、死んだはずだ。にもかかわらず、当時のメンバーが生きて目の前にいる」

「捕らえられてないとすれば?」

「それこそ無理だ。あの時、駆け出しの時だったが俺も帯同している。集まったメンバーは間違いなく世界選抜に相応しい錚々たる面子だった。あの面子を出し抜くなど、お前のスキルがどれだけ完成しようとも無理だ」

「中々手厳しいな。だが、今目の前にいるのが事実だ」

「……何を考えている? こんな大それたことをして」

「その答えは無事生きてここを出ることができたら、教えることにしよう」

服部は抜刀し、構え直す。

「そうだな。捕まえてきっちりと吐かせることにするさ」

「くくくくく…やってみろ」