軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ダン博に行ってきました②

パビリオンの最後の一棟を抜けると、視界が一気に開けた。

巨大な木造のリングが、目の前に立っていた。

外周の長さがどれくらいなのか、画面には収まりきらない。

ゆるく弧を描く木組みが、視界の左右を両方とも切り落としていた。

顔を上げると、首をしっかり反らさないと上端が見えない。

木の組み方の隙間から、向こう側の空がいくつもの三角に切り取られて見えていた。

でかいな。

立ち止まったままそう思って、それ以上の言葉が続かなかった。

リングの足元には、観光客がぎっしり集まっていた。

みんな同じようにスマホを天に向けていて、画面越しに同じ角度の写真を撮っている。

歓声が、上のほうから何度か波になって聞こえてくる。

俺は人混みを少し外れた位置で立ち止まって、配信機材の角度を、自然と上に振り直した。

画面の中で、リングが上のほうに伸びていく。

『お、リング映してくれた』

『これ生で見たかったやつ』

『デカすぎてカメラ収まらないの草』

コメントが、いつもの歓迎ムードに戻っていた。

俺は画面から視線を上げて、もう一度リングを見上げる。

見上げた瞬間、視界の縁に何かが立ち上がる感触があった。

いつもの鑑定とは違う。

能動的に走らせていないのに、向こうから情報のほうがやって来る、そんなイメージ。

あれ、勝手に出た。

視界の縁に、見慣れた鑑定枠が浮かんでいる。

《巨大複合魔道具/推定価値:算定不能》

俺はそのまま、もう少しだけリングのほうへ視線を保つ。

鑑定枠の項目が、いつもより多めに展開していた。

《用途:リング内部および夢洲全域のスキル発動制限》

《特性:中央起点・結界展開構造/外周約2km・木造内部に魔導回路》

……ふーん。

「これ、魔道具なんですね」

配信のマイクに向かって、素のトーンでそう口に出した。

軽い感想のつもりだった。

「会場全体のスキル制限、これでやってるみたいです。中央から結界張ってるんですね」

画面のコメント欄が、少し遅れて、明らかに速度を上げた。

流れていく文字が、目で追い切れない速さになる。

『え、スキル発動できるの?』

『今の鑑定やばすぎ』

『これ流していい情報なんですか!?』

『結界仕様まで読んだの…?』

『真壁さん何してんの!?』

画面の右下の同接の数字も、また一段跳ねていた。

シオが、殻の縁の色をほんの一瞬だけ揺らす。

小さな粒の光が一度だけ動いて、すぐに収まった。

俺はその動きに視線を向けてから、また画面に視線を移す。

「ふーん、そういう仕組みなんだ。まぁあんまり面白くもない情報ですね。次行きましょう」

画面の上で流れていくコメントを、視界の隅で流す。

深く考えるほどの話でもない。

お腹空いたな。

空を仰いで、もう一度リングの上端を見て、視線を下ろす。

「お昼、どうするかな」

配信のマイクに向かって、独り言の延長のようにそう呟いた。

画面のコメントは、まだ流速を落とす気配もない。

人混みのほうに視線を向けると、レストランエリアらしい看板が遠くに見える。

配信機材を持ち直して、リング前から離れる方向に歩き出した。

肩のシオは、もう殻の縁を動かしていない。

人混みのほうに足を向けたところで、向こうから何人か、こっちに来ようとしている動きが視界に入った。

揃いの上着を着た人たちが、3人くらい固まって、観光客の流れを横切ろうとしている。

俺はその動きを目で追って、また視線を看板のほうに戻した。

たぶん運営スタッフが、別の業務で動いているのだろう。

歩き出した瞬間、揃いの上着が観光客の波に飲まれて、視界から消えた。

代わりに、別の集団がリング前に向かって押し寄せていて、通路の真ん中が一瞬で膨らんだ。

「しかし人多いですね」

俺は人混みの脇を縫って、レストランエリアの看板に向かって進んだ。

画面の中のコメントは、まだ流速を落としていなかった。

上着のポケットの中で、スマホがバイブで震えた。

一度ではなく、何度も連続で。

配信の音声に、振動の音が薄く混ざっていて正直ちょっとうざい。

俺はスマホを少しだけ手前に出して、通知欄を上から眺めた。

Z絡みらしい通知が、画面の上から下までぎっしり並んでいた。

配信の邪魔だな。

画面の通知設定を開いて、まとめてオフにした。

大事な話なら、浅田さんとか管理局の人たちは通話用の別ラインで掛けてくる。

そっちに何も来ていないということは、たぶん急ぎではない。

俺は画面を配信のほうに戻して、また歩き出した。

シオは、相変わらず殻を低く保ったままだった。

歩く揺れに合わせて、ちょこんと縮んだ姿勢を維持している。

「お昼、何食べようかな」

配信のマイクに向けて、いつものトーンでそう呟いた。

通路の先のほうから、湯気っぽい匂いが薄く流れてくる。

レストランエリアの手前まで来ると、横手のパビリオンから、香辛料の匂いが強くなった。

看板を見上げると、インド館のフードコーナーが、並ばずに当日枠で食べられる旨を案内している。

「あ、カレー、いけそうですね」

素のトーンで、配信に向けて呟く。

メニュー写真の中に、チキンカレーとナンのセットが大きく載っていた。

食レポなんて普段やらないが、せっかくだから流しておこう。

俺はカウンターに進んで、セットを頼んだ。

『お、カレー!』

『真壁さん飯テロ』

『インド館のカレー本場仕様らしいよ』

『機密の話どこ行った』

コメントが、食事の方向にあっさり流れを変えた。

俺は皿を受け取って、空いている席に腰を下ろす。

シオは、湯気の匂いの中でも特に動きを見せない。

「いただきます」

軽くカメラに向けて呟いて、ナンを一口分ちぎった。

まだ温かくて、指先に薄くバターの油が残る。

ちぎったナンにチキンカレーを少しつけて、口に運んだ。

「……うまっ」

香辛料の鋭さの奥に、バターの甘さが立っていて、後から少しだけ辛みが追ってくる。

『美味そう』

『音、入れて音』

『ちょっと羨ましい』

『現地スタッフが作ってるやつでしょこれ』

画面のコメントが、食事のテンポに合わせて流れていく。

俺はもう一口、今度はチキンを大きめに乗せてナンを巻いた。

その時ふと、何か視線を感じた。

顔を上げて、店内を軽く見回す。

近くの席の家族連れが、こっちのほうを見て小さく何か話していた。

一つ向こうのテーブルでは、外国人の客が、スマホをこちらにそっと向けている。

「あー、スマホに向かって喋りながら一人でカレー食ってたら、そりゃ怪しい人に見えますよね」

配信のマイクに向けて、軽くそう呟いた。

もう一口、ナンをちぎって口に運ぶ。

画面のコメントが、ぐっと別の方向に流れ始めた。

『違います真壁さん』

『そっちじゃないんですよ』

『あんたが超有名人だから見られてるんです!』

『Z見てください今あんたの話題で持ちきりですから』

……そうかな。

あんまりピンと来ないまま、画面から視線を皿のほうに移した。

シオが、揺れに合わせて殻を一度だけ動かして、また静かになった。

まあ、いいか。