軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

除去対象だった幼体が、仮同行になった日

翌日、俺は横浜へ向かった。

昨日の夜には浅田からは『現地で10時に』という一言だけ届いていた。

内容が内容だけに今日は配信を入れていない。

みなとみらいの駅で降りてダンジョンに向かうと、浅田とその後ろに田中が立っていた。

「昨日の続きですが、本日は現地で処理します。幼体の状態を再確認して、問題なければ仮同行扱いに切り替えます。そして鑑定結果を添付して申請を通します」

「分かりました」

その後、民間鑑定士の証明書を提示してから、3人で入場した。

B5Fまで降りるのに20分ほどかかる道程だ。

ダンジョン内にこもる湿度は変わらず高い。

潮の匂いが強く感じられるダンジョンで、一般的には水系、若しくは水属性ダンジョンと呼ばれる。

壁の青緑が照明を受けて薄く光り、薄暗い一般的なダンジョンとは違って青が目立っていた。

通路の奥へ進むと、潮魔石の青白い光が次第に密度を増していった。

昨日と同じ角を曲がって、母岩の前に出る。

昨日と同じ場所に、青灰色の塊が張りついていた。

特に変わりはなく、昨日見つけたあの幼体は同じ場所にくっついている。

大きさは縦4センチほどで半透明の殻が重なって、内側にわずかな光の揺らぎが見える。

昨日は付着物だと思って見ていた。

今日は殻の形が周囲の岩盤と、別の構造をしていることがすぐに判別できる。

「気のせいか少し沈んで見えますね」

「ええ。昨日より弱ってるように感じます」

壁面に張りついたまま、ほとんど動かない。

改めて【鑑定】を向けた。

――――――――――――――――――――

潮晶殻獣(幼体)

希少度:S

状態:衰弱(環境変化による進行中)

危険度:低

汚染:なし

現在価値:算定困難

備考:母岩への依存状態が続いており、現環境では衰弱が進行している。

継続的な母岩環境での生存は困難と判断。一時保護・環境移行を推奨。

管理局管理下での仮同行可。無許可飼育不可

――――――――――――――――――――

「昨日より進んでいます。このままにしておくのは無理みたいです」

浅田がスマホを取り出した。

「一時保護申請、通します」

スマホのタップ音が通路に響いた。

申請番号が発行されて、浅田が続けた。

「鑑定結果を添付します。証明書番号を」

番号を答えると、しばらく入力が続いた。

「仮同行許可、出ました」

浅田が確認画面を向けてきた。

申請番号・許可種別・条件3点が並んでいた。

管理局への月次報告、異常時の即時通知、飼育環境の記録。

「これで持ち帰れます」

俺は壁に向かった。

幼体の周囲に指先をゆっくり差し込んだ。

壁面の潮魔石層を傷めないように、殻の縁と岩盤の接触部分を確かめながら進める。

昨日より接着が弱くなっていて、少しの力で動いた。

慎重に引き剥がした。

思ったより軽かった。殻はひんやりしている。

両手に乗せると、脈というより振動に近い細かい揺れが手に伝わってきた。

弱くて、遅い揺れだった。

目のような何かは半開きで、こちらを見ているかどうか分からない。

身を守る姿勢も取っていない。ただそこにある、という状態だった。

浅田が管理局の保護容器を開いた。

半透明の硬い素材で、内側に薄い緩衝材が敷いてある。

容器の中に収めると、幼体はそのまま動かなかった。

「仮同行、成立です」

「はい」

ただ、容器の蓋が閉まったあとも、手に残った細かい揺れがしばらく消えなかった。

殻のひんやりした感触と、弱くて遅い振動。

拾ってきた素材を袋に入れたときの感覚とは、明らかに別のものだった。

来た道を戻り始めた。

浅田が歩きながらスマホを確認していた。

「申請の控えと月次報告の様式は、事務所に戻ってからメールで送ります」

「お願いします」

搬入口に出る手前の通路を歩いているとき、保護容器の中の幼体が動いた。

首とも頭ともつかない部分が、わずかにだが俺のバッグの方へ向いた。

殻の内側の光が、一瞬だけ揺れる。

短い音が出た。

鳴き声というよりは、硬いものが微かにぶつかるような音だった。

何に反応したのか、俺には分からなかった。

バッグの中には回収道具と、先月拾った旧式封印筒の触媒片が入っている。

どれに反応したかは判断できない。

「今の、何ですか」

田中が容器を覗いた。

「分かりません」

そのまま出口へ向かった。

浅田はそのことについて特に言及することもなかった。

自宅に戻ったのは夕方だった。

机に保護容器を下ろして容器の中をまじまじと見る。

幼体は容器の中でほとんど動かない。

殻の内側には一定した間隔で薄い光の揺らぎがある。

呼吸しているのか、それとも代謝の働きなのか、判断するための情報が今は手元にない。

翌週から月次報告の義務が始まり、飼育環境の記録もある。

「ちゃんと成長してくれよ…」

俺の言葉に反応したのか、容器の中の幼体がごくわずかに動いた気がした。

だが、次の瞬間には止まっていた。