軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15_少年のもうひとつの顔

エルゼの正体が、五百年前にアントワール王家が滅ぼした水の精霊国の王だったと分かった一週間後。

ノルティマとエルゼはとうとう、シャルディア王国の国境付近に来ていた。

シャルディア王国。世界でも有数の精霊信仰が根強い国家で、水源は豊かで様々な作物がすくすくと育つ大国だ。ベルナール王国より人口も国土も国力もはるかに大きく、発展しているという印象がある。

(どうしよう。早く言わなくてはならないのに……)

この一週間、自分がアントワール王家の子孫であることをエルゼに打ち明けられないまま、時間だけが過ぎてしまった。

荷馬車の荷台に揺られながら、意気地のない自分が情けなくなって下唇を噛む。ノルティマの葛藤を知らないエルゼは、爽やかな笑顔でこちらに言った。

「お姉さん、調子はどう? もうすぐ着くよ。あの門を通過した先がシャルディア王国だ」

彼が指差した先を視線で追うと、石造りの大門が見えた。国境を管理する衛兵たちがいて、門を通過する人たちと何かを話している。

「あれ、検問所……」

「そうだよ。検問場を通らないと入国できない」

入国するためには、身分を証明する書類と、入国許可証が必要になる。つい勢い任せでエルゼに着いてきてしまったものの、その身ひとつで飛び出してきたノルティマは当然そのようなものを持ち合わせていない。

ノルティマは普通の家出少女ではなく、一国の次期女王だ。

万が一、自分が失踪したベルナール王国の王太女だと知られたなら、すぐにアントワール王家に連絡が行ってしまうだろう。

シャルディア王国に来る前に通過してきたふたつ小国は、入国管理が非常に甘く、簡単に通過することができたから油断していた。シャルディア王国は基本的に移民の受け入れには寛大だが、警備体制は二国より厳重のようだ。

「私……あの門を通ることができないわ」

深刻な顔を浮かべてそう呟くと、エルゼも釣られたように同じような顔をする。

「ど、どうして? 何か問題でも?」

「身分を証明するものを何も持っていないの」

「ああ、何も心配しないで。俺がなんとかするから」

「……?」

諭されたノルティマは心配しつつも、彼に任せて検問所の列に並ぶ。

検問所では、武器や毒など危険なものの持ち込みがないか、体の隅々まで確認され、その後に身分証の提示を求められるようだった。

(本当に……大丈夫なの?)

そしてついに、ノルティマとエルゼの番がやってきた。衛兵の男たちは、厳格な雰囲気がある。ノルティマのことを鋭い眼差しで見据えながら、強い口調で命じた。

「まずは身体検査を行う。両手を上げろ」

「は、はい」

素直なノルティマが言われるがままに両手を上げようとすると、エルゼは「その必要はないよ」と制する。

代わりに懐から何かの金の札を取り出してかざす。それを見た途端、衛兵ふたりはさあっと青ざめた。

「た、大変失礼いたしました……っ! どうぞこのままお通りください」

先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように、恭しく頭を下げてくる彼ら。その急変ぶりをノルティマは不思議に思った。

(エルゼは一体何を見せたの……?)

おもむろに札を覗き見れば、何かの紋様のようなものが描かれているのが一瞬だけ確認できたが、すぐにしまわれてしまって、はっきりと見ることができなかった。

「通っていいって。よかったね、ノルティマ」

「え、ええ。そうね……」

とにもかくにも、身分を疑われずに済んでよかった……のかもしれない。

先を歩くエルゼに付いていき、門をくぐった先には豊かな街並みがいっぱいに広がっていた。

「わぁ……」

思わず、感嘆の息が漏れる。

ベルナール王国とは全く違う建築様式の建物がずらりと立ち並んでいて、ノルティマにとっては新鮮な景色だった。

ベルナール王国の建物は一般的に直線的だが、この国は曲線を描くような滑らかさがある。

白を基調とした石造りの建物が脇に佇み、その間に伸びる舗装された街道には、街路樹が等間隔に植えられている。花壇には季節の花々が咲いていて。

精霊信仰が強いというだけあり、精霊の彫刻がところどころに立っていた。

そして、街道は大勢の人々が行き交い、馬車の車輪が石畳を踏む音が絶え間なく聞こえてくる。

「気に入った? ここはまだ中心街からかなり離れている。王都に行くともっと栄えているよ」

「なんて豊かなの……」

中心街から離れた場所ですらこんなに発展しているなら、王都とは一体どんな景色なのだろう、と期待に胸を膨らませる。

これまでノルティマは、シャルディア王国どころか、他の国に行ったことがなかった。王太女教育の一環で、他国の地理や歴史、政治経済を学ばされたものの、実際にその目で確かめたことはなかった。

というのも、ノルティマにはのっぴきならない事情があったから。

(物心ついたときには礼拝の義務が課せられていたから……一日たりとも王国を離れる訳にはいかなかった。その代わり、礼拝から解放されたお母様はしょっちゅう異国に出かけていたけれど)

彼女から国内の政務の多くを押し付けられていたノルティマは、仮に礼拝がなかったとしても外交施設団に随行している暇はなかっただろう。

アナスタシアは外交目的という口実で、度々異国に遊びに行っていた。

(……過ぎたことを気にしても仕方がないわ。まずは新しい生活を成り立たせる努力をしなくては)

美しい街並みを眺めながらこんなに豊かな国なら、自分の働き先も見つかりそうだと考える。

(家庭教師や翻訳、事務の仕事があればいいけど……いえ、やれることがあるなら何でも頑張りましょう……!)

この国には、ノルティマのことをないがしろにして傷つけてきた家族もいなければ、礼拝を捧げなければいけない慰霊碑もない。何のしがらみもないのだ。

両手の拳をぎゅっと握って心の中で意気込み、エルゼに問いかける。

「それで、就職相談はどこに行けばいい?」

「就職? あー……そんな話をしたんだったな」

この国に来たのは、移民の受け入れに寛容なシャルディア王国なら働き先を見つけやすいという理由からだった。

すると、エルゼはなぜか困ったように一瞬だけ目をさまよわせ、顎に手を添えながら思案する。

「その前に連れて行きたい場所があるんだけど、いい?」

「もちろん構わないわ。どこに行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ」

仕事を斡旋してもらうための就職相談所に行く前に向かったのは――王都だった。

馬車で移動し、辿り着いたのは王都の中でも栄華の中心である大宮殿だった。そこにはシャルディア王国の王族が居住し、政務が行われている。

エルゼは正門でまた例の札を見せて、当たり前のように大宮殿の中に入っていく。

(エルゼは水の精霊国の元王なのよね……? 今はシャルディア王国で、それなりの権力を築いているということなのかしら)

そんな予想を立てながらだだっ広い廊下を歩いていると、ひとりの文官らしい男がはっとしてこちらに駆け寄ってきた。

「その姿はどうされたのです!?」

「神力を使いすぎた。直に戻る」

「また精霊の浄化に行かれたのですか? お出かけ前には宮殿の者に一言言っていただくようにと散々――って、あの……そちらのお嬢さんは……?」

小言を言っていた途中でこちらの存在に気づいたらしく、文官の視線がノルティマに向く。そして、エルゼは淡々と告げた。

「彼女は俺の恩人だ。食客として手厚くもてなせ。賓客室の鍵と彼女のための侍女を数名用意しておけ。できるだけ誠実な者を選ぶように」

「お、仰せのままに。――我が君」

戸惑いながらも彼は仰々しく礼を執り、命令を遂行するために踵を返した。

(我が君……?)

そう呼ぶということは、あの文官の主君はエルゼなのだろうか。一瞬の疑念のあと、エルゼが爽やかな笑みを湛えてこちらを振り返った。

先ほど文官と話していたときは、上に立つ者の風格と厳格さが滲んでいたが、ノルティマに見せる表情はそれとは全く違う、少年のようないとけない笑顔だ。……少年といっても見た目だけで、中身はノルティマよりずっと年上の気高い元精霊王なのだけれど。

「あなたにもうひとつ言わなければならないことがある」

「改まって……どうしたの?」

「俺は今、シャルディア王国の国王をしているんだ」

「……………はい?」

権力に関わる地位にいるとふんわり想像をしていたものの、想像を遥かに上回る突拍子もない告白に、ノルティマは目が点になった。