作品タイトル不明
669 マール夫人の誤算
思ったよりも成果がなかった、と一人になった部屋で大きなため息を零したのは、マール侯爵家の女主人であるリエットである。
リエットの人生はそれなりに順風満帆であり、彼女はよくも悪くも平凡な女性であった。
そう、大切な人には幸せになってほしいと願い、そのために努力する程度には平凡な。
侯爵夫人という地位は、自分でも少々荷が重いと思う程度には自分を理解している女性でもあるが、その重責から逃れる術があるわけではない。
愛する夫と結ばれるにはその重責を受け入れなければならなかったのだし、そうして得た子どもたちは侯爵家という身分の高さから多くのことを享受しているのだ。
それを考えればいかに重荷であろうと努力で補うしかない。
(……今回のお茶会は決して失敗じゃなかったわ。王女殿下に謝罪という形とはいえ、面会する口実を得たのだし)
自らが主催する茶会に誰が参加してくれるかで、格が決まるのが社交界というものだ。
そういう点でいえば国王に溺愛されるプリメラが参加してくれたのだから、この会は決して悪いものではない。
多少の問題はあったものの、本当に些細なものでしかない。
分家の者の無礼は自分が謝罪し丸く収めたことで、分家筋もきっと満足してくれたことだろう。
(できれば娘には王女殿下の友人としての立場をしっかり掴んで欲しかったのだけれど……あの様子では無理だったのかしら)
マール侯爵夫人としての立場としては娘に対して頑張ってもらわなければならないのだが、母親としては平凡な道を歩んで欲しいと願うばかりだ。
とはいえ母親としても、少しばかり分家や周囲の目が気になっているのは事実。
ピジョット家の問題児と言われていたスカーレットが最近になって評判が良くなり、突出した評価のないマール家なんて陰で言われていることが気になってしょうがない。
(……わたくしもあの人も、目立つような仕事をしているわけでもないし仕方のないことだけれど。そのせいで子どもたちが何か言われたらどうしましょう)
せめて王女殿下の友人として選ばれれば、箔の一つもつくだろうと思ったのだ。
同時に、どれほど取り繕っても問題児は問題児――スカーレットが失態をしてくれれば、それはそれで助かったのにな、と思ってしまった。
そう思ってしまった段階でしまったと思ったのだけれども。
「はあ、だめね……」
あの王女宮筆頭も新入りへの 教育(・・) ついでに囲い込みができたらと思ったけれど、やはり幾重にも利を得ようと欲張ったせいかどれもこれも中途半端になってしまった気がしないでもない。
というか、きっと中途半端だろうとリエットはため息を吐いた。
「欲張りすぎるのは、だめだって子どもたちにも教えているのに……」
堅実に、堅実に。
それこそがマール家の家風だけれど、だからこそ目立つこともない。
穏やかでいいではないかと思うが、それだけでは認めてもらえないのが貴族社会の辛いところだ。
「誰か。商人を呼んでちょうだい。そうね、リジル商会が来てくれたらいいのだけれど……」
王女の機嫌を損ねるわけにはいかない。
会見の際に上手くやり、娘との接点を今一度創り出さなければ。
そして王女宮筆頭ともせめて季節の挨拶で手紙を交わせる程度にはしておかなければ。
(すべてはマール家のためよ)
リエットはぐっと扇を握りしめた。
ミシッと嫌な音を立てた扇は、少しだけひびが入っていた。