軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

498 すとん

「会えただろう?」

その場でうずくまって動けないあたしの頭上で、声がする。

その声は、優しいのに優しくなかった。

「会って、わかったろう? 彼らは互いを思いやって、もう未来に向けて歩き出している。きみは過去にすら、なれなかったんだ」

「……そんな、どうして……」

「どうして、か」

あたしの言葉に、平淡な声が答える。

ポンッと頭を撫でられて、腕を取られて立ち上がらせたのはリード・マルクだ。

「それはきみが片思いして失恋したからだよ、ミュリエッタ」

突きつけられた事実、現実。

それはあたしにとって、到底受け入れられるものじゃない。

だけど、言われてストンと理解できることでもあった。

(しつれん、したんだ)

あたしは、アルダールさまに恋をした。

恋をしていた。それこそ、ずっと。

だけど、あたしのこの気持ちはあたしだけが知っていて、あたしだけが育んだもの。

それを伝えて受け入れてもらって、花を咲かせることができなかった。

あたしのことを知ってもらえば、あたしと過ごす時間を取ってもらえれば、そうしたら あたしは(・・・・) ヒロイン(・・・・) だから(・・・) アルダールさまは同じ気持ちになるって、そう信じていたのに。

「きみはバウム卿に恋をして、想いを告げて、断られたんだよ」

「……あ、あ……」

「そしてしつこくして、嫌われてしまったんだ」

「きら、われ、た?」

「うーん、今はもう、無関心……かな」

「無関心」

リード・マルクから淡々と告げられる、事実、事実、事実。

それはどれもこれも、あたしにとって嬉しくない言葉ばかり。

どうして。

あたしは、あたしは……ヒロインらしく。

ヒロイン らしく(・・・) ?

そしてわかりたくないことを、わかってしまった。

あたしは、ミュリエッタだ。

でも、 ヒロインの(・・・・・) ミュリエッタじゃない。

ミュリエッタらしく生きる、別物のミュリエッタなんだ。

でもそんなこと、知ってた。

知ってたけど、こんな形でちゃんとわかりたくなかった。

「どうしてよお……」

「うんうん、失恋は辛いよね」

動けなくなったあたしの頭をまたポンポンと、子供を宥めるみたいに撫でるリード・マルクが、嫌いだ。

あたしのことをわかってるふりして、あたしにひどいことをする男だ。

ゲームと違って、女遊びもしてないし、店の人たちからは信頼されまくってるし、なんでかあたしのワガママを聞いてくれて、まるであたしのことが好きみたいに優しくするのに優しくない。

(あたしのことなんて、これっぽっちも好きじゃないくせに!)

認めたくはないけどわかってしまえば後は単純だった。

悲しいし悔しいし、なんでって気持ちはたくさん渦巻くし、諦めたくないし、フラれたんだってわかってもアルダールさまのことが好きだって気持ちもあって……あたしは、ぐちゃぐちゃだった。

でも、本当はどこかでわかってたんだ。

あたしが恋してたアルダールさまは、 あたし(・・・) にあんな目を向けない。

いつだって優しくて、穏やかで、眼差しで感情を見せるようなキャラクターだった。

そんなアルダールさまが、誰よりも大切だって言わんばかりにあの人のことを抱きしめて、キスをして、蕩けるような笑みを浮かべて。

あの人が、 あたし(・・・) の知っているアルダールさまなんかじゃないって、本当はわかっていたんだ。

(でも好きだったの)

ずっとずっと好きだったの。

あたしの憧れだったの。

物静かで優しくて、包容力があって家族のことを誰よりも大切に思える、そんな人に愛されたいと思ったの。

でもそれは、あたしの……押し付けだったのかな。

理想を押し付けないでくれってモトカレたちには言われたっけ。

なんでわかってくれないのってあたしはずっと思ってたけど、アルダールさまもそう思ってたの?

あたしはただ、あたしを愛してくれることを望んでいただけなのに。

理想のカノジョになってみせるから、あたしを愛してほしかっただけ……それが、悪かったの?

「自覚ができたようで何より」

「……」

笑顔でそんなことを言うリード・マルク。

何を思っているかなんて、さっぱりわからないけどやっぱりこの人は嫌いだ。

優しい振りをして、ひどいことを言う。

あたしを泣かせて、楽しんでいるようにしか見えない。

「……何が、したかったの」

「自覚してもらいたかった」

「何のために」

「僕との未来のために」

この人は、あたしとの未来を口にする。

婚約者だ、結婚する、店を切り盛りする……そういったことを折りにふれて言葉にする。

あたしはそれがいやだった。

縛り付けられるようで、自由を許されないようで。

あたしは愛されたい。

だから、ずっと憧れていた人に愛されようと努力していた。

それなのに、結局あたしは決められた婚約者のところでこうして泣いている。

(惨めだ)

本当に、惨めだ。

誰からも愛されるヒロインって立場を得ても、 あたし(・・・) が演じたらまるで違う未来になってしまった。

挙げ句の果てに、失恋についても人に指摘されて、もう誤魔化せない。

気づきたくなかったのに。

まだ、あたしは受け入れたくないのに。

「……政略結婚でもね、愛は育めるんだよミュリエッタ」

「……?」

「僕らはそう悪くない関係を築けるだろう。だけど、それは僕一人じゃどうにもならないだろ?」

「あたしは、あなたのこと好きじゃないもの」

「うん、そうだね」

むしろ嫌っているだろうと楽しそうに笑うリード・マルク。

何を考えているかわからないし、そんなあたしで楽しんでいるところが、嫌い。

「きらい」

「うん」

「好きじゃない」

「うん、それでいいよ。イイコを演じているきみよりずっといい」

リード・マルクは喉で笑うようにして、小馬鹿にするような目を向けてくる。

その目が嫌い。

だけど、イイコなあたしじゃなくてもいいって言われたことは……ほんの少しだけ、嬉しかった。

「そっちの方が、ずっと楽しめるだろう? 僕はただ従順な良い子ちゃんよりも人間らしい方が魅力的だと思うね」

「……」

ああそういえば、こいつ変態だったな。

そう思いながら差し出された手をジッと見る。

ゲームと違ってこのリード・マルクはあたしを太らせようという雰囲気もない。

(……婚約は、婚約でしかない)

あたしの行動で、取り戻せることもあるかもしれないって大分前にハンスさんがこっそり教えてくれた。

その時のあたしは、意味がわからなかったけど。

(アルダールさまが好き)

でもその好きは、きっとゲームの中にいたアルダールさまで、あたしが目にしていたアルダールさまはユリアさんが好きで。

いつかはわかってくれて、振り向いてくれるって思って。

今はまだ割り切れない。

でも、もうどうしようもないんだってことを、理解しなくちゃいけないことはわかった。

気持ちは追いつかないから、きっとこれからもアルダールさまのことを見かけたら目で追うだろうし、ユリアさんには嫉妬するだろう。

もしかしたら変なことも口に出すかもしれない。

(あたしは、ヒロイン だった(・・・) のに)

差し出された手から目を逸らしあたしはお店に戻るために手の甲で涙を乱暴に拭うのだった。