軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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通されたのは侯爵さまの執務室。

以前にも特産品の件で足を踏み入れたことのある場所ですが、今日の私は子爵令嬢という立場ということが違いでしょうか。

「やあ、すまないね。座って座って。この書類にサインだけさせてもらえるかな?」

「はい、勿論でございます」

「すまないね、急ぎの要件だったものだから。これを頼むよ」

私の姿を認めると、侯爵さまは優しい笑みを浮かべてソファを勧めてくださいました。

そして書類にサインを書くと傍に控えていた執事さんに渡して、侯爵さまは私の近くに歩み寄ってこられました。

「お忙しいのですね」

「いやあ、今年はなかなか積雪が酷くてね。ようやく雪融けと思ったら雪でいくつかの水路に傷みが発見されたのさ。それに関しては早く対処したいものだろう」

ウィンクをする侯爵さまは何でもないことのように私にお話しくださいましたが、大きな河川が領内を走るナシャンダ侯爵領としては大事な問題です。

お忙しいんだなあと思うとちょっとタイミングが悪かったかなと思いましたが、気になさっている様子は見受けられませんでしたので内心ほっとしました。

しかし、侯爵さまは侍女に茶を給仕させると、すぐに下がるようにと人払いをなされました。

「さて、君が私の所にやってきたということは、贈り物の件かな? 部屋に置いておいたのは気に入らない?」

「いえ、そういうわけではなく」

「ふふ、冗談だよ。だがまあ、あれらは君に似合うだろうと私が見繕ったものだから受け取ってもらえると嬉しいな。さて、事情を話そうか」

「話してくださるのですか」

思わずそう言ってしまいました。

だってそんなあっさり!?

もっとこう、色んな駆け引き的ななにかを経てちょっとだけヒントをくれるとかそんな感じかと思ってたものですから!!

私の言葉からそれを察したのでしょう、侯爵さまはぽかんとしてからすぐに笑いだしました。

「いやあ、そんなに疑われるとは心外だなあ! いや、まああまり詳細は語れないのだけれどね。だけど、私と君はビジネスパートナーだ。信頼関係にひびを入れるのは、好ましくないと思うんだよね。そうだろう?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべた侯爵さまに、私の方が今度は目を丸くしました。

そこまで仰っていただけるだなんて……!!

というか、やはり詳細は話すなという圧がどこからか来ているんですね。

侯爵さまレベルでそれができる人なんて限られておりますけれども。ええ。

「まず、驚くようなことを言うからびっくりしないでおくれ」

「はい」

「ユリア・フォン・ファンディッド嬢をこの私、ルイス・アレス・フォン・ナシャンダの養女にしないかという話が出たんだ」

「は……」

驚いて、声を上げることはなかった。

いや、驚いた。驚いたよ!? だって理由が思い当たらない。

だけれど、私をナシャンダ侯爵家の養女にすることに利点がないわけじゃない。

そう、それこそ……プリメラさまがお輿入れとなった際に、お世話係としてバウム家の女が付くならば生家の身分が高い方が望ましい。

つまり、アルダールに 嫁がせる(・・・・) ならば、ただの子爵令嬢であるよりも継承権の発生しない、それでいて身分ある人間の養女なら。

しかもナシャンダ侯爵さまといえばプリメラさまのお母上であるご側室さまを養女にしていたこともあり、王家との関係性もあるからより良い関係にと思われたんだろう。

(じゃあ、あのプレゼントは)

父親から、娘へ。

そういう扱いなのだろうか? 娘のように感じているというようなことをカードに書いておられたのも、この布石?

(でも、お父さまはなにも……)

そうだ、いくらなんでもそんな大事になるなら実家から何一つ連絡がないというのは腑に落ちない。

私が動揺しながらそんな風に考えていると、侯爵さまは優雅にお茶を飲んでから優しい笑みを浮かべました。

「考えはまとまったかな? 先に答えを言うのもなんだから、君の考えを聞かせてほしいな」

「……話が出ただけで、子爵家まで話が通ってはいない。そのように受け取りましたがいかがでしょうか」

「うん、合格だ」

ほっと胸を撫で下ろしたいのを堪えて、私は努めて表情を変えずに侯爵さまの方を見ました。変わらず優し気なお顔で、それでいて為政者の顔をして私を見ておられるため緊張してきました。

優しい方で、ビジネスパートナーで、プリメラさまの義理とはいえおじいさま。

それらのことがあるから大丈夫……だなんて甘い考えを持っていたことを後悔しそうなほどに、やはりこの方は貴族なのだなあと改めて思うのです。

「そう構えられてしまうと、少し寂しいな。……うん、やはりこれは私個人として話をしようかな。ナシャンダ侯爵ではなく、私個人としてね」

「……え?」

「そもそもこういったことは私は好かないし、君を巻き込むのも嫌なんだよなあ。正直に言えば、この話をうちは受けても断ってもどちらでもいいと思っているんだ。ユリア嬢個人のことはとても好ましく思っているからね」

手放しの好意に思わず目を瞬かせましたが、そんなことを言われても「わぁ嬉しい!」とは言えません。いえ、私も貴族の一員として家のためにどこかに養女にとか結婚とか、そういったことがあることは重々理解しています。

ですがまあ、理解はしていても前世の記憶分違和感が拭えないというところもあってですね、こう……追いつかないのです。

「まあ、それとは別に君を養女にしないでほしいという願いもあってね」

「え?」

「君の恋人は、随分と君に甘いようだ」

「え」

恋人。

その言葉が示すのは、一人しかいない。

(アルダール?)

私がナシャンダ侯爵家の養女となる話が出て、でもそれをアルダールがストップをかけて……ということは少なくともこれは王家は関わっていない?

待って待って、アルダールがなぜ? 知っているのもそうだけど、どうして。

「君は、ファンディッド家の家族を大切に思っている。ファンディッド子爵家の娘であることを大事にしている。……そうだろう?」

「はい……はい。その通りでございます」

そうだ。私は頼りないと思いながらもやっぱりお父さまの娘で、あの家族の一員で良かったと思っている。そして、あの家族でありたいとも。

ご側室さまは愛する方のためにジェンダの家と離れたけれど、やはり寂しそうだった。

会頭が時折見せた寂しそうな顔も、私は知っている。

だからというわけじゃないけれど、私がファンディッドという家名ではなく、ナシャンダの人間になるなんて、想像ができなかった。

「うん、君の恋人もそう言っていたらしくてねえ。まあ、順を追って話そうか」

くすくす笑うナシャンダ侯爵さまは、私にお茶菓子を差し出して紅茶を飲み、ゆったりと背もたれに身体を預けて私にもそうするよう手で示してくださった。

どうやら長い話になるのだろう。

私もソファに改めて深く座りなおして、紅茶を飲む。

(あ、これ薔薇の香りがするやつだ)

ほぅっと息を吐き出すと、少し落ち着いた気がした。

そうだ、別に私は追い込まれているわけじゃない。

ナシャンダ侯爵さまはそのお立場を『個人』として意見を述べ、お話をするのだと仰ってくださったのだ。

「お聞かせ願えますか」

「うん、良い顔になった。君は守られているばかりの子じゃないものね。その方がいい」

楽し気に侯爵さまはそう言われたけれど、果たしてそうだろうか。私は守られてばかりなんだけどなあ、とはちょっと今は言える雰囲気ではなかったのでした。