軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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『今どんなに仲が良くても! クレドリタス夫人が実の母親だって知ったら、アルダールさまは心が壊れちゃうんですよ!!』

ミュリエッタさんの声が、蘇る。

私が守るべきはプリメラさま、娘のように大切に想う主で……そして王女宮のみんな、私にとっての部下。

じゃあ、アルダールは?

アルダールのことだって大切で、大事だけれど……私が守る、というのは違う気がする。

無条件でこの人のために何かしてあげたいという感情は、もちろんある。好きな人のためにできることは、したい。

アルダールがその事実? というのを聞いて傷つくなら、私でいいならそばにいてその傷を癒すお手伝いだってしたい。

(でも、……言うべきじゃないと思うし、聞かなかったことに、するべきだと……思うし。王弟殿下にも、口外無用と言われているし)

ぐるん、と頭の中がごちゃごちゃして、胸の中が苦しかった。

ああ、だから考える時間が欲しかったのに。

アルダールは、とても強い人だ。

時には心が弱ってしまうことだってあるけど、優しくて強い人だ。

私のためにって、今までの確執を乗り越えて家族と自分から向き合っちゃえるような、そんな人だもの。だからミュリエッタさんの言葉に私だって惑わされなかった。

バウム伯爵さまについてだってアルダールが“不器用な人”っていうんだからきっとそれだけで、クレドリタス夫人に対しての行動はまだちょっとよく理解できないけど……いや他家のことなんだから首を突っ込んじゃいけなくて。

それにバウム夫人があれだけアルダールのことを大切にしていてくれて、その夫人が『アルダールは自分たち夫婦にとって大切な長男』って言い切ってくれていたんだし。

だからミュリエッタさんの言葉そのものは、そこまで深刻に捉えていないっていうか、いやうん色々不味い発言だったとは思うからそれにアルダールも私も巻き込まれた感が半端ないからそこが心配なんだけど。

(じゃあ、私はそれの何を心配しているのかって話で)

部屋の中に入ってアルダールに椅子を勧めて、お茶を淹れるからと立ち上がって彼に背を向けてそっとため息を一つ。

でもこんなの、なんの時間稼ぎにもならない。

侍女としての私が守りたいもの、それがイコールですべてだった時と今はもう違う。

それはこんなにも。

こんなにも、難しいものなんだろうか。

「ユリア?」

「そうそう、頂き物なんですけどとっておきのお茶菓子があるのでとってきますね!」

「……うん、わかったよ」

私の様子がおかしいとわかっているのに何も言わず苦笑一つで終わらせてくれるアルダールに、胸が暖かくなる。

働く私を好きだと言ってくれたアルダールに、侍女としての私は……口外無用と誓った以上勝手に言えなくて、でもそれは恋人としては不誠実になるのか? そこが引っ掛かっている。

じゃあ話しちゃえばいいじゃないかって思うけど、私だって不用意にアルダールを困惑させたいわけじゃないし。

(……ううーん)

頭の中がごちゃごちゃする。

でも、だからってこのままでいいわけがない。

「お待たせしました」

クッキーの缶を持って戻った私に、アルダールは小さく笑みを返してくれました。

……私がこの人にできることってなんだろうな?

(あ、そうか)

同じように実母を知らなくて、でも私は多分愛されていて、彼は愛されていなかった。

それでもちゃんと家族と向き合えたアルダールと、それに勇気づけられた私。

アルダールは、私の一歩も二歩も前を歩いている人で……憧れで、そしてちゃんと一人の人として好きで、……できたら一緒にずっといたいと思っているけれど。

(私が、それに見合う自分なのか……かな)

侍女としてはそれなりに有能だけど、私個人としてアルダールにしてあげられることが見つけられないのか。だから頭がぐちゃぐちゃだったのかな。

「久しぶりに会うエーレン殿は、どうだった?」

「お元気そうでしたよ。すっかり新妻らしい雰囲気になられて……」

「そうか、幸せそうなら良かった。エディ殿とは先日私も別れを済ませたんだけどね」

「そうだったんですね」

向かい合わせに座って何気ない会話をすると、ひどくほっとした。

ああ、緊張しっぱなしだったんだなあと思うと、先程まで『どうしよう』とパニックになりそうだったのに現金なものだなあと思わず笑いが出ました。

「どうかした?」

「あ、いいえ……アルダールが来てくれて、先程までのお茶会と……その後ちょっとした報告があって、それで私も随分と疲れていたみたいで」

「ふうん?」

「アルダールとこうしてお茶を飲んだら、ようやくお茶の味が美味しいなって思えたものだから」

エーレンさんのお茶が美味しくなかったわけじゃないですよ!?

ただほら、あんなこともあったし彼女には最後楽しくなってほしいっていう気持ちの方があってお茶の味もわかんなくなっちゃったっていうかね。

「……エーレンさん、辺境の地で落ち着いたら、子供が欲しいって言ってました」

「へえ」

「その顔を見ていたら、ちょっと思うところもあって。ねえ、アルダールは……こんなことを聞いてはいけないのかもしれないけれど、母親に会いたいって、思ったことはありますか?」

思い切った質問をして、私はそれでもアルダールをまっすぐに見ました。

彼は唐突な質問に驚いたようでしたが、不快な様子は見せていなくて、それにほっとしつつ私は言葉を続けました。

「私は、……本音を言うと、死別は幼い頃だったからあまり記憶のないお母さまのこと、会いたいとあんまり思ったことがなくて。私の記憶にあるのは、ある日嫁いでこられたお義母さまなので」

前世の記憶ってものがあったからってのもある。しょうがないって、思ってしまった部分があった。

でも大人みたいな精神をしていたその分、母親のことをうっすらと覚えているものもあった。温かい手も、私を抱いていてくれていたあの人がそうなんだろうなっていう感じで。

ところが成長したらお母さまを恋しがるよりもお父さまが心配でならない可愛くない子供だった時代を思い浮かべて、遠い目もしたくなるっていうか……。

この話題はある意味アルダールにとって地雷なんだろうかって思うんだけれど、唐突すぎただろうか!? エーレンさんの話から、そっと持ってこれた気がするんだけど!

これによってアルダールがどう思っているかで私も色々考えたいと思うわけですよ……ずるくない。言えないんだからこのくらい、個人的にできることを探るくらいは許されるはず……!!

「ああ、うん……そうだなあ」

アルダールも少し考えるようにして、それからこちらの方を見て、そっと手を伸ばして私の頬を撫でました。えっ、今その行動必要あった?

「昔はちょっと思ったかな。クレドリタス夫人にバウム家に必要のない子供と言われていた時には、実母が現れて私を連れ出してくれないかな……なんて思ったこともあるよ」

「……」

「だけどまあ、同時にクレドリタス夫人に実母に捨てられた用なしの子供と言われたからそれもそうかと思って剣術にのめりこんだんだけどね。まあ今となっては義母上が私の母親だと、思っているから……」

「アルダール……」

「義母上は、私と初めて会った時に『生まれてくる腹を間違えただけで、自分の息子だ』って言ってくれてね。……その時はなんてことを言う人だって腹を立てたんだけれど、今にして思えば相当な覚悟と愛情をくれたんじゃないかなと思っているよ」

ふふっと思い出し笑いをしたアルダールに、私は先程まで胃の中が苦しかった、そんな気持ちが和らぐのを感じました。

ああ、そうだよね。

すべてを捨てたいほどだなんて、言わない。アルダールは、言わない。

「……アルダール」

「うん?」

「今回の茶会で色々あって、言えないことが多すぎるんです。それは私が侍女として言えないと思っていることで、それでも……それでも何かあったら、アルダールのために私ができることがあったら……私にできることがあったら言ってくださいね」

「……じゃあ、そうだなあ」

私の言葉に目を和ませて笑ったアルダールは、何か察していたんでしょう。

ええ、まあ挙動不審だったからそりゃわかりやすかったでしょうね! って今日ばかりは捻くれたりなんかしませんよ。ええ、どんとこいってんですよ。

何を言うのかなと待っていると、アルダールはにっこりと笑いました。

「甘えさせてもらおうかな」

「えっ?」

「何をしてくれる?」

「そ、そうですね……」

急にそう振られると困るな? 甘えさせる、うーん……お茶、お菓子……はもう出してるし、甘えさせるねえ。

(あっ、そうだ)

良いことを思いつきましたよ!!

私はティーカップを置いて少し考えてから、アルダールの隣に座りなおしました。

その行動を不思議そうに見ているアルダールにぽんっと自分の膝を叩いてみせました。

幼い頃のメレクや、プリメラさまが私に甘えたい時にやってあげていたのです!

「膝枕なんてどうでしょう!」

「……いやうん、嬉しいけどちょっと違うかな」

アルダールが口元を押さえて笑いを堪える姿に、私はちょっと経ってからとんでもないことを言ったな、とやっぱりパニックになっている自分を反省するのでした……。