軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異国の王宮と小人さん むっつめ

「ディーバダッタ王太子殿下、あらため、ディーバダッタ国王陛下。おめでとうございます」

感無量の面差しで息子を見つめる第一妃。

ああ、これで。ようやく、わたくしが一番高貴な女性になれるのね。

今まで散々見下されきた、わたくしが。

第一妃の視界の中で、広間に鳴り響く荘厳なメロディー。曲に併せて臣下達がしずしずと歩き出す。

しかし、それと共に玉座から降りてくるはずのディーバダッタが降りてこない。

何かを思案するかのように微動だにしない彼を振り返り、小さく声をかける臣下達。

「陛下? パレードがございます。民らが待っておりますよ?」

訝る人々を見据え、ディーバダッタは声高に叫んだ。

「マサハドよっ! これへっ!!」

どよめく人々を掻き分け、何事かと玉座に歩み寄る第二王子。

その複雑な顔を見て切なげに眉を寄せ、ディーバダッタは授けられたばかりの王冠を外し、傅くマサハドの頭に載せた。

ざわっと蠢く広間の空気。

ピリピリとした静電気を含むようなトゲトゲしい空気をモノともせず、ディーバダッタは弟に被せた王冠を整える。

驚き固まる弟を見つつ、生まれて初めてディーバダッタはマサハドを抱き締めた。

「ずっと、こうしたかった。臆病な兄を許してくれ」

「.....兄上?」

「考えた。凄く何日も悩んだのだ。どのようにすれば、私もそなたらも救えるか」

そう。あの御使者殿から言われてからずっと。

王となっても、自分では弟達を救えない。母上はきっと皆殺しにするだろう。古いしきたりを重んじる家臣らも同調するに違いない。

それに抗うだけの力は、自分にはない。

だがマサハドならば?

常に先を読み遥彼方の世界を見据える弟ならば?

自分は死んでも良い。だが妻子は救いたい。

懊悩したディーバダッタの出した答え。

それは王位に就き、次代の王に地位を譲ること。

母親や臣下の傀儡である自分が持つ唯一の権利。それが王冠を譲る相手を選べることである。

両者の反対を押してまで王位を拒絶する強さはなかった。弟に王太子を譲る強さも。

だが王となれば強権が使えるのだ。あの少女の言葉でそれに気がついた。

そしてそれは王位についた直後しかない。時間がたてばたつほど周囲を固められ何も出来なくされるだろう。

病弱を理由に、今まで半軟禁されていたように。

「ここに私は王として宣言する。弟マサハドを次代と定め、この王位を譲ろう。受け取ってくれるか?」

「はい。恐悦至極にございます。兄上」

狼狽える第一妃を宥める臣下達。それを辛辣に睨めつけ、マサハドは王のカフタンも兄から受け取り、はおる。

「これにて戴冠式はあいなったっ!! 私がマサハド二世だっ!!」

マサハドは髪を結わえていた紐をほどき投げ捨てた。

ぶわりと広がり、宙に波打つ銀髪。この国で、天に向けて髪を出しても良いのは国王だけである。

獅子のごとき髪に煌めく王冠。豪奢な額飾りのついたソレは、まるでマサハドに誂えたかのようにぴったりと額を彩っていた。

堂々たる艶姿に、誰もが絶句し眼を見張る。

お見事。

小人さんは心の中で称賛を贈った。

彼等は自ら途を見つけ切り開いた。これで、この国の暗雲も晴れるだろう。

悪しき風習など無くて善いのだ。

だが、これで済むわけはない。

「そんなの無効よっ! 許されないわっ!」

第一妃が半狂乱になって叫んだ。

「誰が許さぬと? 王が認めたことに異議を申し立てると?」

炯眼に眼をすがめるマサハド。この国では王の命令は絶対だ。そのために兄弟を皆殺しにして王統を絞るのだから。

他者に権力を分散させない。ただそれだけのために。

ただそれだけのために、殺されるのだ。兄弟すべてが。

マサハドの胸にドロリと渦巻く昏い怒り。

こんな下らないことで奪われそうになった幼い弟達の命。

どれだけ泣き叫んできただろう。どれだけ必死に父王へ懇願したことか。

マーロウを救ってくれと。

既に王太子は兄に決まっていた。あの時は父の情けにすがるしかないと思っていた。

なのに父王は言ったのだ。

ならばお前が王になれと。

マーロウを救いたくば、お前が王になって、兄を蹴落とせと。

悪魔の囁きだった。眼が眩んだ。

父王の言いなりになって兄を蹴落とそうとした己の醜悪さを、今のマサハドは酷く恥じていた。

「玉令だ」

はっと人々の顔が上がる。

玉令とは王位についた者が一番最初にする勅命。

これは如何なる理由があろうとも未来永劫覆してはならないモノだ。

「王となる者の兄弟を滅するしきたりを廃する。正当な理由無く王族を廃してはならぬ」

広間が、シン.....と鎮まり返り、次には雄叫びのような奇声が上がる。

顔を見合わせて瞠目するマサハドの兄弟達。

「た..... 助かった?」

「僕たち助かったの?」

「処刑されずに済むんだ?! ああああっ! 感謝しますっ!!」

「感謝しますっ、マサハド兄上っ!!」

口々にまろびる九死に一生を喜ぶ言葉。

それを聞き、マサハドはディーバダッタを抱き締めた。

「感謝します、兄上。貴方の英断は私達だけではなく、全ての弟達を.......... いや、後の子弟ら全てを救ったんです」

抱き合う二人を見て、さらに歓声が高まっていく。

「ありがとうございますっ! マサハド兄上っ! ディーバダッタ兄上っ!!」

「あああぁぁ.....っ、本当に感謝いたしますわ、ディーバダッタ様っ! 我が息子を救って下さり、ありがとうございますっ!!」

泣き崩れる妃達。大きな御腹を抱えた者もいる。

私が? 救ったのはマサハドだ。私は何も出来なかった。玉令でしきたりを廃す勇気もなかったのに。

茫然とするディーバダッタの肩を抱き、マサハドが悪戯気な顔で見つめた。

「こうなったら一蓮托生ですからね? 働いてもらいますよ? 兄上?」

にぃ~っと笑う弟に、ディーバダッタは眼を丸くする。

こんなマサハドを見るのは初めてだ。何時も冴えた眼差しの冷徹な顔しかしたことのない弟が、喜色満面で笑っている。

「お前達もだっ! 感謝するなら、働けよっ!!」

眼を輝かせて叫ぶマサハドに、弟王子らも大きく頷いた。

「「「「「はいっ!!」」」」」

広間には笑顔が溢れていた。臣下らにも葛藤はあったのだろう。しきたりを守るべきと思いながらも釈然としない良心が彼等にもあったはずだ。

しかし、誰もが歓喜に満ちたその空間で苦虫を噛み潰す一団がいる。

第一妃とディーバダッタを傀儡にして甘い汁を吸おうとしていた臣下らである。

そんな温度差の激しい広間を見渡して、ようやくディーバダッタは顔を弛めた。

ああ、私は間違わなかった。そうですよね? 御使者殿。

ふっと小人さんに眼をやったディーバダッタは、そこにいる少女の顔に眼を見開く。

彼女は困ったような不思議な笑顔をしていたのだ。

この先の展開を知る小人さんは、この優しい王子が心を痛めるだろうことを知っている。

そこへ飛び込んできた近衛達。険しい顔で第一妃を睨み付け、新たな王となったマサハドに跪いた。

「侍従の報告により、後宮の侍女長様同行の元、第一妃様の部屋を捜索したところ、こんなモノが」

近衛が持ってきたのは例の丸薬。どうやら妃は証拠を隠滅すらしていなかったらしい。

「それはっ!」

慌てる第一妃を無視して、侍従が話を続ける。

「第一妃様がお薬を入れ替えているのを見て、何だろうと思っていたのですが..... その後すぐに国王陛下の落馬事故が起きました」

小人さんら一行はすでに事実を知っていた。

茶番だが、マサハドは真剣に頷き、侍従の話を促す。

「それですり替えられた薬に何かあるのではないかと思い、侍従長様に相談したのですが..... 殺されかかり、隠れていたのです」

ざわっと広間がどよめく。

一斉に視線の集中砲火を受け、侍従長らしき男が必死に弁明した。

「いや、そのような事は..... あまりに荒唐無稽だったので、不敬でもありますし、牢にいれようとしただけで.....」

盛大に眼を泳がせ、しどろもどろな侍従長。

「ほう? 国王を弑したやも知れぬのが荒唐無稽? 何故に即、調べぬか? 疑いであろうとも大逆罪ぞ?」

ぐっと詰まる侍従長。

「そして、この薬はなんだったのだ?」

近衛が忌々しそうにディーバダッタの母親を睨み付け、唾棄するように呟いた。

「筋弛緩剤でした」

「乗馬前の父上に? 何故そのような事を? 妃殿」

動かぬ証拠を突き付けられ、顔面蒼白な第一妃。初耳な話に憮然とするディーバダッタ。

ここに、初めて国王暗殺の真実が語られる。