作品タイトル不明
二巻販促用SS 小人さんのシェフ
「.....和食か」
万魔殿の厨房で、アドリスは見たこともない料理や調理器具を、然も物珍しそうに眺めていた。
出汁や練り物、引き切りだの削ぎ切りだのと、見るも聞くも初めてなモノばかり。
包丁やお玉は言わずもがな、下ろし金一つにしても何種類もある。
それぞれ用途に合わせて専門的な道具が作られているのだと聞き、眼を丸くするアドリス。
「一刀で切らないと断面の細胞が潰れてしまい、口当たりが悪くなります。食感は味覚に直結しますから.....」
そう説明するのは刺身を担当するシェフ。
「こう、板や棒に張り付け、焼いたり蒸したりします。材料? すりおろした魚です」
これは練り物を担当するという職人。彼は奥まった場所で黙々と作業をしている。
「他と違い、焼き物は数をこなすのが難しいので、大人数な時は大磯焼きでやります。湯で火を通した魚などに焼き目をつけるだけの方法です」
鉄串を数本指に挟みながら、手早く魚に刺していくのは焼き方というシェフ。
王宮と違い、万魔殿にはそれぞれ担当となる職人がいた。
王宮でも各料理に担当職はいるが、なんのかんのと兼任して調理する方が多い。手の空いている者が足りない処を補助するのだ。
しかしここは違うようで、それぞれが独立した仕様の厨房になっていた。
大きな厨房が複数の小部屋などと繋がり、あちらこちらから色々運ばれてくる。
アドリスには分からなかったが、繋がる小部屋は職人部屋。練り物などの加工品を拵える部屋である。
その先には醸造や蒸留といった調味料倉があり、多くの人々が出入りしていた。
そういった内情のアレコレを知らないため、彼には全てが厨房の料理人に見えていたのだ。
「切り口が綺麗なのは大事だと思うが、切り方でそんなに変わるモノなのか?」
しげしげと料理人の手元を見つめるアドリス。この包丁にも彼は眼を見張る。
そこにある包丁は、まるで研ぎ澄まされた解体用のナイフだ。幾つもの種類が並び、用途に応じて細かく使い分けられている。
「フロンティア王宮の内情は存じませんが、野菜の面取りとかやりませんか?」
言われてアドリスは野菜の角を落とす面取りを思い出していた。
口に入れたさい、角があるとないとでは、まるっきり食感が違う。調理する時にも崩れず、綺麗に料理が仕上がるのだ。
それと同じなのか。
得心顔で頷くアドリス。
畠は違えど同じ料理人。理解は早い。
「論より証拠です。こちらとこちら。食してみて下さい」
そういうと、刺身を切っていた板前は、専用の包丁で綺麗に削いだ刺身と普通の包丁で切った刺身を彼の前に並べる。
見かけはあまり変わらない。
アドリスは頷き、薬味をつけてそれらを食べ比べた。
彼は料理人なのだ。結果は瞭然。
「.....違うな。全然違う」
思わず口を押さえて、アドリスは二つの皿を凝視する。
専門の包丁で切った物は、ぴたりと舌に張り付き、あますことなく、その美味さを伝えてきた。
逆に普通の包丁で切った物はボソッとした食感で、不味いわけではないが、全く別物に思える。
その味を確認した途端、あまり変わらないと思った見かけすら、全然違うのだとアドリスは気がついた。
専門の包丁で正しく切られた刺身は、表面の光沢が宝石の様に煌めいている。
「こんなに違うのか.....」
「素材には、それぞれ合う調理法や調理道具がございます。それを最大限に引き出してやるのが料理人のつとめかと」
愕然と呟いたアドリスに、にっこり笑う板前。
こうして、フロンティア史上、天才と呼ばれたシェフが誕生する。
万魔殿で和食の理に触れたアドリスは、道具や調理法に殊の他拘る料理人となり、その拘りから生まれた料理は数々の伝説を残すこととなった。
小人さんと関わった者の常だろう。彼女を喜ばせたい一心で努力したアドリスは、彼の天賦とも思える才能を花開かせる。
後にドラゴの跡を継ぎ、王宮料理長となったアドリスについた渾名は《小人さんのシェフ》。
その伝説にもなる料理の背景に暗躍していた小人さんのエピソードは、何時ものごとく誰にも知られない♪