軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#076 ほうじゅんなかおり

「……」

「ヒロ様、すごい顔になってますよ……」

ヒロです。ロッジに戻ってきて到着していた残り四種の炭酸飲料を試飲しているヒロです。一つ目に口をつけましたが、すごく甘くてシュワっとしてて、そしてミスペとは比べ物にならないほどの鼻に突き抜ける強烈な湿布臭がします。うん、これはね、元の世界でも一回だけ飲んだことがあるよ。ルートビアだこれ。

「美味しくないの?」

「好きな人は好きなんじゃないかな……俺はこれ、どうしてもダメなんだよな」

「と言いつつ、飲むのですね」

「一度口をつけたものをただ口に合わないからという理由で捨てるのは性に合わない」

アレルギー的な意味で身体に合わないとかなら話は別だけど。俺は特にアレルギーは無いのでその辺は安心だ。少なくとも自覚している限りではそういうのはない。

「あんたがそんな顔するのはちょっと興味があるわね。頂戴」

「あいよ。一本しか無いから」

「ん」

エルマが突き出してきたガラス製のショットグラスのような小さなグラスにルートビアを注ぐ。黒い液体がグラスを満たし、シュワシュワと泡が弾けた。

「……薬湯の匂いがする」

「薬湯?」

「なんでもないわ」

物凄く渋い表情をするエルマに聞き返すと、彼女はそう言って首を振り、意を決したようにショットグラスを一気に呷った。そして意外そうな顔をする。

「あら、甘くて飲みやすいわね。シュワっとしてるのも喉越しが良いわ」

「お、おう? もっと飲むか?」

「頂戴」

そう言ってエルマはカパカパとショットグラスを空けていき、ルートビアのボトルはすぐに空になった。勿論エルマだけじゃなくて俺も飲んだぞ。苦手なものだからと全部押し付けるのは仁義にもとる。

「思ったより悪くなかったわね」

「そ、そうか」

ケロッとしているエルマに内心戦慄する。エルマはルートビアが大丈夫なヒトだったらしい。飲ませてみればミスペも割と好きなんじゃないだろうか?

「よし、次はこいつだ」

「ヒロ様、そんなに沢山ソフトドリンクを飲んだらお腹を壊しますよ?」

「もう一本、もう一本だけだから」

用意された四本の炭酸飲料の中でコーラっぽい色をしているのは残ったこの一本だけなんだ。俺はミミにそう言ってボトルの蓋を回し開けた。

「……」

そして漏れ出した香気が鼻孔をくすぐり、俺は全てを察した。

「ヒロ様の目が一瞬で死にました……」

完全に蓋を開け、口元にボトルの口を持ってくる。芳醇な麦の香りが俺の鼻孔を突き抜けていく。ははは、まさかこいつがこんな場所に存在するとはなぁ……いやおかしくない? なんでこれがここに存在するのにコーラが無いんだよ。というけミスペとルートビアとメ◯コールがあってなんで普通のコーラがないんだよ! おかしいだろうが! なんでこんなに見事に外してくるんだよ!

無言でこの世界を呪いつつ、ペットボトルの中身を呷る。爆発的に鼻孔を突き抜けていく麦の香りが憎たらしい。なんだ、この甘い泡麦茶は。喧嘩売ってるのか?

「美味しくないのですか?」

「美味い美味くないで言えばなんとも言えないが、好き嫌いで言えば嫌いだな」

とはいえ、やはり捨てるのは俺のポリシーに反する。残りの二つは透明なものと、淡い黄金色のものだ。恐らく普通のサイダーとジンジャーエール辺りではないかと俺は思っている。どっちもコラではないが、炭酸飲料としてはど安牌だな。

そんな感じで炭酸飲料の試飲をしていると、新たな荷物が届いた。折り畳みできそうなコンテナボックスを抱えたメイドロイドが続々とロッジに入ってくる。

「注文した服か?」

「はい。お届けに上がりました」

メイドロイド達が抱えたコンテナを俺達が寛いでいるソファの辺りまで持ってきて開封し、中身を取り出し始める。

「こちらの下着と水着はキャプテン・ヒロのご注文の品ですね。如何致しますか?」

「適宜そのコンテナから取り出して使いたいな。コンテナごと置いていって貰えるか?」

「承知致しました。寝室にはクローゼットもございますが」

「ああ、そうなのか。そう言えば寝室は見てなかったな。じゃあ寝室のクローゼットに入れておいてもらえるか?」

「承知致しました。二階の一番手前の部屋に運び入れておきます」

そう言ってメイドロイドはコンテナを再び抱えて階上へと去っていく。他のメイドロイド達も同じくコンテナを抱えて階段を上っていった。後に残されたのは三着の服である。

一つは甚平のような地味な服だ。しかしながら生地は上等そうだし、通気性も良さそうで着ていて楽そうな服である。

もう一つはじゃらりとしたシルバーチェーン付きの黒いレザーパンツにドクロの絵が入った黒いTシャツ、それに所々にシルバーの鋲が打たれているレザージャケット。

そして最後の一つはシャツにネクタイ、ズボン、ベスト、そしてフロックコートというフォーマルな一式。

それぞれエルマ、ミミ、クリスが俺のためにと選んだ服だろう。それがここに残されているということは。

「着ろと?」

「折角買ったんだから着なさいよ」

「お願いします!」

「是非」

女性三人にそう言われてしまっては仕方がない。仕方が無いので順番に着替えてそれぞれの格好を見せることにした。男を着せ替え人形にしても楽しいことなんて何もないだろうに。しかし期待の目で見られると着ずにはいられない雰囲気になってくる。くっ、俺は屈しないぞ!

「楽そうですね」

「着心地が良さそうです」

「うん、あんたはこういう服が好きなんじゃないかと思ったのよ」

あっさり屈しました。

なんとなくだが最初は着るのが楽そうな甚平にしてみた。生地というか服の作りが通気性がよく、少しザラっとした生地の肌触りが心地よい。涼しくて非常に楽である。

「普段着と言うか、寝間着や部屋着に良さそうだ」

「船の外で着るもんじゃないわね」

「寛ぐときには良さそうだな。ありがとう、エルマ」

「どういたしまして」

ある意味で実用重視で来たな、エルマは。エルマらしいといえばエルマらしい。きぐるみパジャマとかで笑いを取りに来るんじゃないかとちょっと心配してたんだが。

次はチェーン付きの黒いレザーパンツと黒いドクロTシャツ、それにレザージャケットである。細かく言えばベルトとかもあったな。この格好は着心地としては傭兵姿とあんまり大きくは変わらない感じがする。若干心もとない感じがする程度か。

「良いですね!」

「いつもの格好と大きくは変わらないわね」

「ちょっと派手めでしょうか。シャツを変えるとまた雰囲気が変わりそうですね」

ミミは大興奮だったが、他の二人の反応は普通だった。ミミは自分の趣味に合った服を俺に着せてみたかったようだ。まぁこれはこれで悪くないな。ガンベルトもこのままつけられそうだし、今度ミミと一緒にコロニーデートする時に着るというのも良いかもしれない。

最後はクリスの用意したフォーマルな装いである。ネクタイを締めるのは久しぶりだなぁ、とか思いながらシャツを着てネクタイを結び、ズボンを履いてベストを着込み、フロックコートに袖を通す。ちょっと暑いな。

「あら、意外と似合うじゃない」

「素敵です……貴族様みたいです」

「よくお似合いですよ」

エルマが感心したような声を上げ、ミミが両手を合わせてキラキラとした視線を向け、クリスは俺の側まで寄ってきてちょいちょいよ細かなところを手直しする。うん、地球で働いていた頃に一般的なリクルートスーツは着てたけど、流石にここまでフォーマルな衣装は着た覚えがないからな。やっぱりちょっと間違ってところがあったか。

「このタイの結び方は帝国式ではないですね」

「そーなのかー」

帝国式とか知らんし……とか思っていたらクリスが俺のネクタイを解いてスルスルと手早くネクタイを締め直してくれた。なんとなく気恥ずかしいな、これ。

「はい、これで完璧です。ヒロ様はこういったスーツを着るのに慣れていらっしゃるのですね。あまり窮屈そうな感じがしません」

「まぁ色々と」

「色々ですか」

「色々なんだ」

「そうですか」

やだ、この子ぐいぐい来る。いや、押しが強いのはわかっていたけれども。それにしても両親が殺害されて今も自分の命を狙われているというのにこのノリは大丈夫なのか。正常な状態ではないのでは?

「なぁ、クリス。不安なのはわかるが、そんなに無理をする必要は無いと思うぞ」

「……?」

眼の前にいるクリスの両肩に手を置き、真剣にそう言ったのだが本気で首を傾げられた。いやいや、その反応に首を傾げたいのはこっちだよ。

「いや、守ると約束した以上、そんなになんというか……」

なんと言えば良いんだ? 媚を売らなくても良い? 機嫌を取らなくても良い? どっちの言い方でもクリスに失礼な気がする。

「必死にならなくても良い、とかでしょうか?」

言葉を探しているうちにクリスがそんなことを言った。いや、そうだけど。言いたいことはそうだけども。

「両親を失ったのは悲しいですし、今も叔父様に命を狙われているのには恐怖を感じています。ですが、私がヒロ様に向ける感情は悲しみや恐怖を紛らわせるためのものではないですよ。帝国貴族の子女が自分を窮地から救ってくれる勇敢な騎士様に特別な感情を向けるのは当然のことです」

瞳の一点の曇りもなくそう言われてしまった。いやいやいや、それは……ええ? そういうものなの? またこの世界の謎常識なの? 助けを求めるようにエルマに視線を向ける。そうすると、エルマは難しい表情をしていた。

「何でもかんでも私に頼られても困るわよ……流石にクリスのことまではわからないわ。でも、帝国貴族は変わり者が多いから」

「……ああ」

脳裏に酔っ払って管を巻いている残念美人の姿が過る。確かに変わり者だな、アレは。あとクリスと同じで微妙に押しが強いのも似てるかもしれない。

「変わり者という評価には異を唱えたいのですが」

「個性的ってことですよ、クリスちゃん」

「個性的って意味ではここにいる人間は全員個性的よね」

「人間だけでなくミロもだいぶ個性的だと思うが」

チラリと部屋の隅で待機している球形端末に視線を向けると、ミロの球形端末がピカピカと光を放った。

「知性を持つモノは誰もがユニークな存在です。貴方達も、私も」

陽電子AIであるミロの言葉と考えると非常に重い言葉のように思えるな。そうだ、気になっていたことがあったんだった。

「クリスが俺が思っていたよりも自分の状況について気に病んでいないということと、俺に変に気を遣ってるわけじゃないってことはよくわかった。話はガラリと変わるんだが、帝国に於けるミロのような存在というのは一体どういう扱いなんだ?」

「ミロさんのような存在、ですか?」

俺の質問にミミが首を傾げた。

「つまり、陽電子頭脳やそれに類する高度なプロセッサーを搭載して、感情や人格を持つ存在だ」

俺は慎重に言葉を選んでそう質問した。場合によって質問そのものがタブーであったりする可能性もあるので、無駄な心配だったかもしれないが。

「つまり、機械知性についてということについてですね。帝国においてはいくつかの制約のもとに人権を持っていますよ。ミロさんに話してもらうのが良いのではないですか?」

「はい、私達の存在は多くの帝国臣民にとってあまり身近なものではありませんから。ご要望とあらばご説明させていただきます」

ミロは球形端末をピカピカと光らせながらそう言った。そうして語られた帝国と機械知性の歴史とその関係は俺が想像だにしない内容であった。