軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#519 「なるほど、知らない方が良いって言われるわけだ」

翌日。撃沈していたドワーフ姉妹とショーコ先生をなんとか再起動させて内風呂にぶち込み、三人のお世話をしたりされたりしてから旅館内を散歩していると、モエギとコノハ、そしてイナバの三人組に遭遇した。三人とも俺やミミ達が着ているのと同じ浴衣を着ている。

「おはよう、三人とも」

「ヒロさん、おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます、ヒロ殿」

モエギは笑顔で、コノハは何故かジト目で、そしてイナバは至って真顔でそれぞれ挨拶を返してくれた。コノハはなんでジト目なんだよ。

「何故睨まれているのかわからんが……ここは良い宿だな。温泉も良いし、飯も美味い。サービスも行き届いてる」

「ここは保養地の中でも屈指の高級温泉宿ですからね……」

「上も張り込んでますよね」

「ヒロ殿のポテンシャルを考えるとそれも致し方なしかと思いますけどね」

「そんなにか?」

「そんなにですよ」

「そんなにですね」

「ヒロ殿の機嫌を取るためなら私達三人の貞操も差し出せと言うレベルでですね」

「それは流石に嘘だろう?」

「嘘だと良かったんですけどね」

「……はぁ」

「ということです」

モエギが苦笑いを浮かべ、コノハがクソでかい溜息を吐き、イナバが肩を竦める。どうも本気っぽいなぁ……手を出す気は毛頭ないが。

「そのつもりは一切無いから安心しておけ。別に君達三人に不満があるわけじゃないけど」

「そうなんですか?」

「そうだよ。というかだな、俺は帝国に帰ったら次期伯爵閣下に婿入りして侯爵令嬢と子爵令嬢を嫁に取って、ミミを含めた全員と正式に結婚するんだぞ。そんなイベントを控えた俺が結婚準備を貴族の皆様に丸投げして、我儘を言って結婚前にクギの故郷に行きたいって話を通してきたんだ。その婚前の最後の旅行で三人も出先で手籠めにして、この子達も嫁にしまーすとか言ってみろ。仮に結婚相手が許しても、相手の親御さん達に寄って集って膾切りにされるわ」

とはいえ、俺が本気でサイオニック能力も駆使して戦えばまず負けることは無いだろうがな。だからといってそんな事態を引き起こすわけにはいかん。

「手を出したら責任は取るおつもりなんですね」

「意外です」

「流石に失礼と違うか? 気を悪くするぞ」

「貞操、差し出します?」

「普段なら自立した大人のそういう挑発は大いに受けて立つんだがな。今はナシだな」

ここぞとばかりにからかってくるモエギとイナバにそう言って肩を竦めてみせる。コノハは単純に俺への当たりが強いだけなのでスルーだ。この程度のことでいちいち怒っていたらきりがない。

「ヒロさんには少し興味があるので、残念です」

「少し?」

「ええ、少し。あれだけの女性を侍らせている手練手管がどのようなものかと」

「俺自身は別に特別女慣れしてるわけでもなんでもないぞ。そういうのはメイに聞け」

俺の女性関係を一手に管理しているのはメイだからな。俺自身は基本的には女性陣の仰せのままに、良い感じにシェアされているだけだ。というか、モエギみたいな美人にそんなことを言われると普通にドキドキするので本当にやめてほしい。

「私も興味がありますよ。ヒロ殿とそういう関係になって体験したことを日記や論文にして残しておけば私の名前も後世に残りますし」

「え、何その欲は……名誉欲? というかそういう理由で付き合いたいとか男女の関係になりたいとかそういうのはちょっと……どうかと思うぞ?」

「最初はそういった実利的な意味のみで結ばれても、最終的にちゃんと愛情を育めば良いんですよ。政略結婚みたいなものだと考えればおかしくもないと思いますが」

「そうかな……? そうかも……?」

イナバの結婚観は結構独特だと思うけどな……実は三人の中で一番乗り気なのかもしれん。

「私は嫌ですが」

「まぁそうだよな、クギの件もあるし。どうしてコノハがクギにそこまで入れ込んでいるのかはわからんが、その件に更に拍車をかけるようなものだもんな」

コノハはクギという存在がありながら、俺が他の女性達と関係を持っているのが気に入らないらしいからな。出会ったタイミングというものは如何ともしがたいものだし、俺からすると割と理不尽な理由で強く当たられている気分なんだが……。

「コノハさんはクギさん――というか、巫女のことを正しくご存知なんでしょう。それでヒロ殿に思うところがあるのでしょうが、それはヒロ殿には関係のないことですよ?」

「それは……そうなんでしょうが……」

イナバに諭されたコノハが頭の上の狸耳をぺたんと伏せて肩を落とす。巫女のことを正しくご存知、ねぇ。その件は正直気になってたんだよな。

「これ以上の立ち話もなんだ。そっちの都合が良いならその件について詳しく聞かせてもらえないか?」

旅館の入口近くにラウンジのような休憩スペースがあった筈だ。朝食まではまだ少し時間があるし、話を聞かせてもらおう。

☆★☆

「なるほど、知らない方が良いって言われるわけだ」

旅館の休憩スペースでクギについての――というか巫女という存在についての話を聞いた俺は、思わずソファーに身体を預けて天井を仰いだ。

「そしてコノハが俺に強く当たる理由も理解はできたよ」

しかし同時にイナバが言っていた『俺には関係がない』というのもまた真だった。俺の与り知らないところでそんなことになっていたとして、事情を知らない俺にしてみれば確かに「知らんよ」としか言いようがない。

「過去の全てを消却ね……そういう意味かぁ」

クギが知らない方が良い、と言った意味が今ならよくわかる。興味本位で暴くべきではなかった。

クギは巫女になる前。クギという存在になる前の全てを消し去って今のクギになった。クギという名前も、今の彼女になってから改めてつけられたものだ。そして、その失われたものは二度と返ってこない。彼女を彼女たらしめていた縁は全て断ち切られ、消却され、ある意味で彼女は身一つでこの世界に落ちてきた俺と似た存在になっていたのだ。

ただ、俺と結ばれるためだけに。絶対に俺と結ばれるという確約があるわけでもなく、ただその可能性に賭けて全てを擲った。

「処分される、ね……」

人一人の過去を全て消却するのにどれだけのコストがかかるのか、クギを一人前の巫女にするのにどれだけのコストがかかったのかはわからない。ヴェルザルス神聖帝国にしてみれば大したコストではないのかもしれないし、ヴェルザルス神聖帝国をもってしても無視できないコストだったのかも知れない。

だが、そこまでして俺と縁を繋げなかった巫女にどのような未来が待っていたのか? 想像するだに恐ろしい。

そしてクギ――供儀か。セイジョウ――清浄という苗字は巫女となった者に与えられる共通のものであるらしいが、巫女としての名前は占いというか、託宣によって決められるらしい。そしてつけられた名前が『供儀』というものであったと。

「俺は供物を捧げないと暴れまわる類の何かだとでも思われているのか……?」

「荒ぶってしまわれると星一つどころか星系を複数消滅させかねないとなると、似たようなもので・は」

「俺だって望んでそうなったわけじゃないんだが……はぁ」

供儀というのは神霊に人間や動物を捧げる儀式や儀礼を指す言葉だ。そんな名前をつけられたクギ自身が供物という意味なのか、それとも彼女が俺に供物を捧げる役割をこなすという意味なのか、それはわからないが……どういう解釈にせよ穏やかな感じはしないな。

「……そう言えば、クギはいざとなれば俺を止める役割があるとか聞いた覚えがあるんだが」

「巫女にはそのような役割もあると聞きますね」

「当然、その時は命を賭してってことになるんだろうな……」

頭が痛くなってくる。いくらクギが極めて強力な第二法力の使い手だとは言っても、サイオニックパワーの総量で言えば俺の足元にも及ばない筈だ。そんな彼女がいざという時に俺を止めるとなれば、当然俺が言ったように命がけ――というより、命を代償にとかそういう話になるんだろう。

たっぷりと水が溜まった巨大なダムの決壊を身一つで抑えるとか、そういうレベルの話になるはずだ。となれば、供儀という名前は将来的にそうなることを見越した名付けの可能性もある。

「まぁ、クギの事情についてはよくわかったよ。俺一人を懐柔するためにヴェルザルス神聖帝国がクギ行なった処置については、思うところもあるが……クギ自身が今の環境に満足しているようだしな。なら、俺にできることは今まで通りにクギが笑顔でいられるよう努力することだけだ」

何故クギにそのような処置をする必要があったのかとか、まだ気になることもあるがな。何もかもを掘り起こして全て理解しないと気がすまないという性質でもないんでね。大事なのは、今どうするかとこれからどうしていくかだからな。