軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#035 沼にどっぷりと

ミミに案内されて辿り着いたのは例の天井を貫く高いビルの中に入っているテナントの一つだった。ショップ名は『アトリエ・ピュア』とある。

「ここか……」

「はい」

俺は二の足を踏んでいた。

ここに来ようと言ったのは確かに俺だ。俺だが、しかし所謂ロリータ・ファッションめいたドレスを扱っている店が一体どういう場所なのか、ということを失念していたことは認めなければなるまい。

言うなればそれは、男という異物が存在することを許されないファンシーとフリフリとふわふわでできた禁断の園だった。奥の方に何かヤバい系オーラを放っていそうな漆黒の空間も見える気がするが、基本的には『男性お断り』の雰囲気がもはや質量を伴ったエネルギーとして存在していそうな場所である。

「ミミ一人でというわけには、いかないな」

「そ、そうですね……?」

「イクゾー!」

「そ、そんな無理をしなくても」

ミミの手を取り、気合を入れて禁断の園に踏み込む。開店時間直後だからか、他に客の姿は見えない。それだけに、店員さん達の視線が一気に集中した。

揃いの制服を着た店員さんの数は三名。それぞれの視線が俺とミミの間を素早く行き来し、同時に笑みを浮かべる。な、なんだこのプレッシャーは!?

「いらっしゃいませ、お客様」

「当店のご利用は初めてですね? ご来店ありがとうございます」

「当店をお選びいただき光栄です。我々スタッフ一同、全身全霊を持って沼に引きずり……ご満足いただけるよう努力いたします」

ぬるり、と。不思議な歩法を使って一瞬で距離を詰めてきた三人のスタッフが俺とミミを取り囲む。今、沼に引きずり込むとか言わなかったか!? 何この人達コワイ!

「え、あ、うん。よろしくおねがいします」

俺はなんとか返事をすることができたが、ミミは店員達の圧力に呑まれてしまっているのか俺の腕に抱きついて固まっている。ああ、胸部の凶悪なアレが腕に……よし、回復してきた。

「要件は……わかるね?」

「「「勿論ですとも」」」

三人の店員が声を揃えて満面の笑みを浮かべる。おお、なんと話の速いことか。今、俺と彼女達の利益はこの上なく一致しているのだろう。いろいろな意味で。

「正直、こういう店の服はどれくらいの相場なのかがわからないんだが……予算はある」

「なるほど。ちなみに、いかほどくらいまでで……?」

こっそりと聞いてくる店員さんに提示する金額を考える。正直、元の世界でもまったく未知の領域なので相場というものがわからない。指針もないので適切な額の提示もできそうにない。

「一般的に一通り揃えるのに必要な金額はどれくらいなんだ?」

「そうですね……選ぶ服のメーカーにもよりますが、オーソドックスなところで揃えると1000エネルくらいからでしょうか」

「じゃあ1万……いや2万までで。彼女に似合いそうなのを見繕ってくれ」

そう言って俺の端末のエネル残高を見せると、予算を聞いてきた店員さんが画面を見て一瞬固まり、それからとても深い笑みを浮かべた。

「予算オーバーのものでも提案だけはしてもよろしいですか?」

「節度を持ってくれるなら。予算オーバーの品ばかり提案されたら他に行くぞ」

「お任せください。二人とも、ちょっとこっちに」

俺に予算を聞いた店員がミミを取り囲んで身体のサイズを測っていたもう二人の店員を呼び、言葉短に情報を共有する。二人はビクリと身を震わせ、俺に視線を向けてきた。俺は深く頷き、ミミに視線を向ける。三人の店員もミミに視線を向ける。

「え? え? な、なんですか?」

急に全員の視線を集めて狼狽えるミミが可愛い。ミミは二人の店員さんに連行されて行き、俺はこの場に残った店員さんに店の奥、カウンターの近くにある待合スペースのような場所に案内された。

「男性のお客様にはこのお店の雰囲気はお辛いでしょうから、こちらでお待ち下さい。今、お飲み物をご用意いたします」

「ああ」

確かにフリフリとふわふわだらけなこのお店の中を一人でウロウロするのは俺には難易度が高すぎる。これは有り難い。

「お嬢様のことは私達にお任せください。お嬢様に似合った最高のコーディネートをお約束いたします」

「プロに任せるよ」

俺の返答に店員の女性は極上の笑みを浮かべてから去っていった。例のぬるりとした歩法で。いやほんと何なのその妙な歩法。一瞬で目の前から消えるとか怖すぎるんだけど。

いつの間にかテーブルの上に置かれていたコーヒーに砂糖とミルクらしきものを投入し――いや待って、いつの間に出てきたのこれ。なにこれ超常現象? ホラー? マジ震えてきやがった……。

戦慄しながらコーヒーを啜り、いつぞやのコスプレショップでダウンロードした着せ替えアプリでミミの3Dデータの着せ替えなどをしながら待つこと約三十分。

「お待たせいたしました」

「あ、うぅ……」

天使が誕生していた。白を基調として淡いピンクのフリフリがふんだんに施されたふわふわの可愛らしいドレスに、頭につけられた大きなリボン。足元は白いタイツかソックスに、これまた淡いピンク色の可愛らしい靴。そんな可愛らしさを前面に押し出した衣装を着たミミが顔を真赤にして恥ずかしそうにモジモジとしている。尊い。

「……(無言で両手を合わせて拝む)」

「言葉にならないくらい尊いと。流石お客様、わかっていらっしゃる」

「テーマはスイート&キュートですね。ご購入で?」

「……(無言で端末を差し出す)」

「ありがとうございます!」

代金を支払い、カメラアプリを起動してミミの姿を様々な角度から動画に収め始める。こいつは後から動画のワンシーンを写真としても切り出せるすぐれものだ。

「あ、あわ、と、撮らないでぇ……」

「こんな可愛い天使を映像に残さないなんてとんでもない!」

「お客様、程々でお願いいたします。次もありますので」

「わかった」

全身をぐるりと舐め回すように動画撮影した俺はミミを解放し、もう一度ミミの姿を眺める。

「天使だ」

「あ、ありがとうございます……?」

「ふふふ……では次の衣装にお召し替えを致しましょうか」

「さぁ、お嬢様。どうぞこちらへ」

店員さん達に連れられてミミが再びふわふわの園へと消えていく。

席に戻ると、温かい紅茶とクッキーのようなお菓子が用意されていた。だからいつの間に用意されたんだよこれは……怖いわ。

既に衣装は選定済みだったのか、新しい衣装に身を包んだミミがすぐに現れる。今度の衣装は色合いは地味ながら、クラシカルで上品な雰囲気の漂う衣装だ。なんというか、いいところのお嬢様っぽさが滲み出る一品である。

「素晴らしい。これならギリギリ普段着にも使えそうだな」

「はい。そのようなコンセプトで作られています。よろしければ似たような品を何着かご用意致しましょうか」

「採用」

「ありがとうございます」

「あ、あの……そんなに沢山は」

「俺の趣味だから。俺は趣味に妥協しない男だから」

遠慮しようとするミミに俺は首を振る。まだ当初の予算内だ、何の問題もない。それで可愛いミミが見られるなら安いものだ。

「ふふ、素敵ですね。さぁ、お嬢様、次の衣装を」

「は、はい……」

店員達に連れられてミミがまた店の奥へと連れて行かれる。次はどんなのが来るかな? 物凄く楽しみだ。

そうだ、さっきの動画をエルマに送ってやろう。

メッセージアプリを起動し、先程撮ったミミの動画を共有する。少しだけアップロードに時間がかかったが、すぐに返信が来た。

『可愛い! 買ったの?』

『動画のものは既に購入した。他にももう少し大人しいのも複数買ったぞ』

『良いわね。私にもそういうのを買ってくれても良いのよ?』

『お前はこっち系よりももう少し大人っぽいのが似合いそうだが……いや、アリだな。今度一緒にこの店に来てみるか?』

『いや、冗談だから。私は流石にこういうフリフリなのはちょっと……』

『そういう反応をされると是が非でも着てもらいたくなる』

『あんたはそういう性格よね』

メッセージアプリでそんなやり取りをしていると、ミミ達が戻ってきた。

「おお……ファンタスティック」

俺の言葉に店員さん達が頭を下げる。

今度のミミの衣装は黒いドレスだった。所謂ゴスロリというものだろうか。露出は少なく、フリフリのスカートは膝下までと少し長めで、黒を基調として要処を白いレースが飾っている。頭には白と黒のレースで作られたヘッドドレスも装着されている。

「ちなみに、こちらのお値段ですが……」

「……嘘やん? 高すぎない?」

提示された金額は余裕の予算超えであった。この一着だけでなんと35000エネルである。

「こちらの商品は個人携行のレーザー兵器や実弾兵器程度なら防ぐというハイパーウィーブで作られている一品でして」

「待って待って。なんでそんな生地でお洒落着のドレスを作ろうと思ったんだ」

「ドレスは淑女の戦闘服ですから」

「なるほどー、そうなんだー……っておかしいおかしい。流石にそんな服を着てレーザーの飛び交う戦場には出ないでしょ」

「今の世の中、いつどこで銃撃戦に巻き込まれるかはわかりません。街中でテロ行為に走る輩も稀に居ますし、恒星間移動中に船が拿捕され、宙賊が乗り込んでくるかも知れません。そんな時に役立つのがこちらのハイパーウィーブ製のバトルドレスなのです」

「えぇ……」

力説する女性店員に思わずドン引きする。

「それに見てください。お嬢様の姿を。とてもお似合いではないですか?」

「似合っていることに異論を差し挟む余地はないな」

「そうでしょうそうでしょう。そういうわけで是非!」

「いや、流石に無い。それは無い。というか、生地が特殊だから滅茶苦茶高いわけで、同じデザインで普通の生地のやつもあるよね?」

俺のツッコミに店員達がそっと目を逸らす。あるんだな?

「普通の生地の方でよろしく。ああ、でもハイパーウィーブ製のインナーとかがあるなら購入するよ、値段次第で」

インナーならドレスよりは安いだろう。何せ使う生地の量が圧倒的に少ないし。

「承知いたしました」

少しだけ落胆した様子を見せながら店員達はすごすごと引き下がった。やっぱりいくらなんでもあの商品は無理ですよ、とかやっぱりあれは金持ちの帝国貴族向けですね、とか聞こえる。帝国貴族はああいうのも普通に買うのか。とんでもねぇな。

いやまぁ、本当の金持ちからすれば一着350万円相当の服とかなんでもないんだろうけどね? 最近金銭感覚が順調に崩壊しているとはいえ、俺はまだ庶民の感覚が抜けないから。船内設備とかに数万エネルかけるならまだしも、服の一着に数万エネルを使うほどの度胸は流石にまだ無い。

店の奥に再度ドナドナされていったミミがまったく同じように見えるゴスロリっぽい服を着て戻ってくる。

「こちらが普通の生地のドレスですね。ハイパーウィーブ製のインナーをつけてこんな感じになります」

提示された金額は先程よりもかなり控えめなものになっていた。やはりハイパーウィーブ製のインナーは高いようだが、安全のためと思えば高くはないな。

「ハイパーウィーブ製のインナーはもう2~3セット欲しいな。少し予算オーバーだけど、そこは構わない」

「承知いたしました」

ハイパーウィーブ製のインナーが売れたのが嬉しかったのか、店員がニッコリと微笑む。代金を払い、再度ゴスロリ風の衣装を身に着けているミミを頭の天辺からつま先までじっくりと鑑賞する。

「可愛いよ」

「はい……」

流石に慣れてきたのか、最初のピンク色のドレスを着た時ほどにはミミも狼狽えてはいないようだ。それでもやはり恥ずかしいのか、顔を少し俯かせてモジモジしているのだが……可愛すぎて悶えそう。

「それで、どの服を着ていく?」

「……えっ?」

ミミが顔を上げて驚いた表情をする。良いね、その表情。

「折角のデートだし、新しく買った服を着て欲しいなぁ。今日着てきた服は他の服と一緒に送ってもらえば良いだろ?」

「だ、ダメ、無理ですよ」

「でも、外に出るときくらいにしか着る機会が無いじゃないか。船の中では着ないだろ?」

「で、でも細々としたものが、ですね? 持ってきたバッグはこの服とは合いませんし」

ミミがワタワタと慌てながらドレスを着たままデートを続行するのを避ける理由を口にする。ははは、ミミよ。それでは俺を止めることはできんな。

「この服に合うバッグを。他の服にも合うのを見繕ってくれ」

「承知いたしました」

The・札束BINTAだ。俺は俺の欲望を実現するためになら金を使うことに躊躇はせん。

「デザインだけで機能性が低すぎるのはダメだぞ」

「お任せください」

いつの間にか俺の背後に現れていた店員の気配がスッと消えていく。俺もこの環境に慣れてきたな。

「恥ずかしがることなんて何もないぞ。本当に似合ってる。可愛い」

「うぅ……」

俺の無体な行動にミミが両手でで顔を覆い、耳を真っ赤にさせて悶えている。ははは、諦めるが良い。