軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#174 ウィルローズ子爵家の人々

エルマの兄君――エルンストにいきなり決闘を申し込まれるという珍事こそあったが、俺達は無事に宝飾品店で買い物を終えてブラックロータスへと戻ってきた。

「本当に放っておいてよかったのか?」

「いいわよ、あんなの放っておけば。どうせヒロが借金を理由に私を良いようにしてるとでも思い込んでるんだろうから」

「全くの間違いってわけでもないと思うけどな……」

少なくとも、最初は300万エネルの借金を理由としてエルマは俺に身を捧げたはずだ。多分だけど。今もそうなのかというと、それは多分違うと俺は思っているけど。別に300万エネルの借金なんてもう殆ど意識してないしな……いや、たったの1エネルすら返済してないのはどうかとは思うけどね?

ただ、アレイン星系で酔っ払って酒を買い込んだ時以外ではロクに使っている様子もないし、何か考えがあって返済をしていないんだろうなと思っている。もしかしたら借金をしたままにしておくことによって俺と一緒に居続ける口実にしてくれているのかな? と考えている。まぁ、本人には確認してないんだけど。

「確かに切欠はそうだったかもしれないけどね。今は私がヒロの側に居たいから側にいるの。それはそれとしてお金はまとめて返す予定だけど……今の時点で大体130万だから、まだ半分にも届いてないわね」

「えっと、私はおよそ38万エネルですね。まだ半年も経ってないのに……」

エルマとミミが自分の携帯情報端末やタブレットで今までに獲得した報酬金額を見て溜息を吐いたり震えたりしている。

別にミミは俺に借金をしているわけじゃないから、ミミの所持金は全て彼女のものだ。確かに俺はミミをコロニーから連れ出すために50万エネルを払ったが、それを彼女に返せを言うつもりはない。それだと結局のところコロニーへの負債が俺への負債に代わるだけだしな。

というか、今更二人のために使った金をどうこう言うつもりは無いんだけど……まぁ本人達としてはそういうわけにも行かないのかもしれないけどさ。

「ええと、そうだ。船に戻ってきたんだからエルマの実家に連絡を入れなきゃいけないよな?」

「そうね……はぁ、面倒くさいわ」

「あはは……でも、良いじゃないですか。心配してくれる家族がいるのは良いことですよ。ね、ヒロ様」

「ん、そうだな」

ミミも俺も天涯孤独の身だ。ミミの両親は事故で他界したらしいし、その後一人きりで悲惨な状態になりかけていたことを考えると祖父母や親類縁者との縁はどのような形でかはわからないが切れているのだろう。

俺に関しては今更言うまでもないだろうが、気がついたらクリシュナに乗ってこっちの世界で漂流していた身だ。この世界に家族なんてものは一人も居ない。船のクルー達はそれに等しい存在だと思っているけどな。

「……そうね。連絡を入れるわ」

俺達の事情を思ってか、エルマはいかにも面倒臭そうだった表情を真剣な表情に変えて頷いた。

「良ければ俺も同席させてくれ。同じ船のクルーなんだから家族みたいなものだろ?」

「わ、私も同席させてください! あ、メイさんとティーナさん達も呼びますね!」

「そうね。そうしてくれる?」

タブレットを操作してメイやティーナ達と連絡を取り始めるミミを、エルマは微笑みを浮かべながらジッと見つめるのだった。

☆★☆

メイは船に残っていたのですぐに休憩室に現れたが、ティーナ達はグラキウスセカンダスコロニーにあるスペース・ドウェルグ社の営業所に顔を出しているらしく、同席は難しいとの返事を貰った。支社は大型のシップベイが存在するグラキウスプライムコロニーの方にあるらしい。

「それじゃあ、通信を入れるわよ」

事前にエルマがウィルローズ子爵家に連絡を入れ、通信による会談を行う時間は決めてあった。というか、連絡を入れたらすぐにでもという話になったらしい。向こうも一刻も早くエルマの無事を確認したいのだろう。

こちらから通信を入れるとすぐに応答があり、休憩室の大型ホロディスプレイに三人の人物が映し出された。一人は若い男性――とは言っても先程剣を突きつけてきたエルンストよりは年上に見える――で、もう二人は姉妹のような若い女性だ。全員がエルマと同じく尖った耳をしており、三人ともどことなくエルマに似た雰囲気を持っている。

「父様、母様、それに姉様。お久しぶりです」

『エルマ……とりあえずは大事なさそうで何よりだ』

目元がエルマに似ている男性エルフがエルマをジッと見つめた後に安堵の息を漏らしながらそう言う。対して女性二人は俺をガン見してきていた。

『……傭兵って聞いていたから、どんなむくつけき大男かと思っていたのだけれど』

『意外と線が細いというか、普通ね』

どっちがお母さんでどっちがお姉さんなんだ? そう言いたくなるくらい二人ともとても若々しいというか、エルマの姉妹って感じだ。いや、一人はお姉さんなんだろうから姉妹なんだろうけどさ。

「紹介するわ。こちらが私が乗っている船のキャプテンで、傭兵ギルドのプラチナランカー、銀剣翼突撃勲章の受勲者でもあるヒロよ」

「お初にお目にかかります、傭兵のヒロと申します。卑賤の身故、言葉遣いなどで貴き方々をご不快にさせてしまうこともあるかもしれませんが、どうかご容赦頂けますようよろしくお願い申し上げます」

そう言って俺は胸に手を当て、軽く会釈をした。そんな俺の態度を見たホロディスプレイの向こうの三人が、目をパチクリとして驚いたような表情を浮かべる。

「ちょっとヒロ、うちの家族が面食らってるんだけど?」

「うん? 何か間違ったか?」

「貴族同士ならともかく、流石に平民の傭兵相手に宮廷言葉を求めたりはしないわよ」

「なるほど。だそうだぞ、ミミ」

「ふぇっ!? あっ……ええと、ミミです。ターメーン星系でヒロ様とエルマさんに助けられて、一緒に船に乗っています。よろしくおねがいします」

ミミも自己紹介をしてペコリと頭を下げた。ウィルローズ子爵家一同の視線がミミの方へと向き、そこでエルマの父である子爵と、二人いる女性の内の一人がギョッと目を剥いた。というか、ミミを二度見した。もう一人の女性は何か引っかかることがあるのか、首を傾げている。

「うちのミミが何か?」

『い、いや。なんでもない。他人の空似だろう……ゴホン。失礼した。私はエルドムア・ウィルローズ子爵だ。こちらが妻のミルファ、そして娘でエルマの姉であるエルフィンだ』

『娘がお世話になっています』

『よろしくね』

腰までありそうな長い銀髪のエルフの女性がお母さんのミルファさんで、金髪に近い長い髪を大きな三編みにしてまとめているのがお姉さんのエルフィンさんであるらしい。うーん。お父さんを含めて全体的に若々しい。

『緊急で連絡を取りたかったのはエルンストの件だ。ああ、エルンストというのは私の息子で――』

「兄様にならもう会ったわよ。いきなりヒロに決闘を申し込んできたから、適当にあしらっておいたわ」

『……無事だったならそれで良い』

エルドムアはそう言うと目を瞑って溜息を吐いた。

『お前が首都星系に来たのを知るなり、屋敷から飛び出してセカンダスコロニーに向かったのだ。ヒロ殿が銀剣翼突撃勲章を受勲しているのは私も知っていたから、万が一のことがあってはと気を揉んでいたのだよ』

「なるほどね。というか、傭兵ギルドへのあの要求は何だったの? ウィルローズ子爵家の名前を使って私を即刻引き渡すようにってのは」

『何? 私は至急連絡が欲しいという文面で送ったはずだが……?』

『あの馬鹿が送った連絡と混同されたんじゃないの?』

エルフィンさんが辛辣な言葉を吐く。あの馬鹿っていうのはエルンストのことだよな?

『そうかもしれんが……その件に関してはあとでこちらから傭兵ギルドに確認しておこう。それよりもエルマ、あれからもう五年だ。ギリアムとの婚約も立ち消えになったし、もう無理強いはしない。だから戻ってきなさい』

エルドムアさんが真面目な顔でエルマを説得にかかってくる。ギリアム? 婚約? ははぁ。

「なるほど、そういう事情で飛び出したのか」

「それだけってわけじゃないけど、それなりにウェイトが大きかったのは確かね。その辺の事情はあとで話すわ……父様、私はまだ家に帰るつもりはないわ」

『まだ彼に借金があるから、か? 確か300万エネルだったな。それくらい我が家の資産から払ってやる。何なら二倍にでも三倍にでもして払う。だからエルマ、戻ってきなさい。傭兵としての生活は常に危険と隣合わせなんだろう? 家に帰ってくればそんな危険な仕事を続ける必要なんて無いじゃないか』

「確かにヒロへの借金はまだ残ってる、というか1エネルも返済してないからまるまる300万エネル残ってるわ。でも、それを父様に払ってもらうのはダメよ。私がちゃんと働いて、ヒロに返さないと」

『義理堅いのは結構だが、お前はウィルローズ子爵家の一員なんだぞ。それに、未婚の女の子なんだ。男の傭兵が駆る船に女が乗ることの意味を――』

「勿論知ってるし、既にそういう関係よ」

そう言ってエルマは横から俺に抱きついてきた。

『なっ――!?』

その光景を目にしたエルドムアが愕然とした表情で目を見開き、しかしすぐに気を取り直して殺気の籠もった視線を向けてくる。

『傭兵風情が私の娘を傷物にしたと……?』

「ええ、しましたとも。俺としてもエルマを手放す気はありません」

俺はその視線を真正面から受け止めてそう言った。

『よく言った、小僧。お前に決t――うごふっ!?』

ホロディスプレイの向こうのエルドムアの両脇腹に左右から放たれた拳が突き刺さり、エルドムアがたまらず悶絶する。その拳の主は言うまでもなく、エルマの母であるミルフィと姉のエルフィンであった。

『男って駄目ね。何かあればすぐに決闘決闘……まったく』

『脳味噌筋肉の白刃主義者は愚弟だけで十分よ、父様』

『そもそも、ヒロ君は銀剣翼突撃勲章の英雄で、最低でもシルバースター、もしかしたらゴールドスターを受勲するという話なのよ? ゴールドスター受勲者は同格の子爵扱いだし、そうでなくとも銀剣翼突撃勲章を持つヒロ君は騎士爵扱いなんだから、そんな簡単に決闘なんてして良いわけがないでしょう?』

殴られた場所に手を当てて蹲るエルドムアの両サイドから容赦のない駄目出しが襲いかかる。その、気の毒だからそれくらいでやめてあげてはいかがだろうか?

「というか、その、もう私はヒロから離れられないから……」

『あら? あらあらあらあら?』

『先を越された? 私、妹に先を越されちゃった?』

エルマの発言を聞いたミルフィとエルフィンが急にニヤニヤし始める。何だ? 今のエルマの一言で二人には何が伝わったんだ?

「なぁ、今の会話でなんでああなるんだ?」

「え、えぇっと……あはは」

ミミは何か事情を知ってるっぽいな。一体どういうことなんだ、さっぱりわからんぞ。

「色々と話し合う必要がありそうだなぁ」

「今更隠すこともないから、後で全部話すわ。後でね」

『今話しても良いのよ?』

『そうそう。聞いててあげるわ』

「母様と姉様が聞きたいだけでしょうが!」

顔を真赤にしたエルマとホロディスプレイの向こうの母娘がギャンギャンとやり合い始める。それは左右からの同時攻撃でダウンしたエルドムアが復活するまで続くのだった。

具体的には五分くらい。