軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伯爵夫人、誘拐される③

ドゴォン、ドゴォン、という音が響き、カミラだけでなく男三人もびくっとした。

「な、なんだ!?」

「でかい音がしましたよ!」

「玄関の方からッス」

青年の顔がみるみる真っ青になり、彼はチッと舌打ちをして手下たちの方を振り返り見た。

「お、おまえたち、様子を見てこい! 僕はその間に、この女を連れて逃げる!」

「ええっ、俺たちも逃げたいです!」

「おおおおお俺が侍女さんの護衛をするッス!」

全く頼りにならない手下に、青年の額に青筋が浮かんだ――直後。

「カミラ様っ!」

足音に続き、夫の声がしたためカミラははっとして体を起こした。

「ルーク!」

「っ、こちらですか!」

叫び声と共にドアの前に現れたのは、今朝見送ったときと同じ服装のルーク。

(来てくれた……!)

ほっとするカミラだが、ルークは自分と妻の間に見知らぬ男三人がいるのに気づき、そのハシバミ色の双眸にめらりと殺意の火を灯した。

「貴様ら……!」

「な、なななななんだ!?」

「誰ッスか!?」

「ま、まさか、伯爵閣下!?」

さすが貴族の縁者だけあり青年だけはルークの正体に気づいたようで、あわあわと辺りを見回してから滑るような勢いでルークの足下に土下座した。

「は、伯爵閣下! 実は、あの、僕は……そう! あの女に騙されたのです!」

そう言い、青年はカミラの方をビシッと指で指す。

「ディアドラ様の侍女だからと言って、あの女が僕たちを誘拐犯に仕立てようとしたのです! なんと、恐ろしい……!」

「あ、あのー」

「……『あの女』だと?」

ゆらり、とルークの長身が揺らめき、ゆっくり持ち上げられた彼の右足が容赦なく青年の頭を踏みにじった。

「ぐうっ!?」

「おまえごときの、つまらぬ者が、尊き御身のカミラ様を、あろうことか『あの女』呼ばわりするつもりか?」

「あ、げ、な、何……?」

ぐりぐり踏みつけられる青年が次第に苦しそうな悲鳴を上げるようになったため、カミラはなんとか立ち上がってルークのもとに向かった。

「ルーク、もうやめて。このままだと死んでしまうわ」

「このような屑、死ねばよろしいでしょう」

「だめよ。あなたを人殺しにしてしまうわ」

神の救いだの救済だのといったきれいごとを並べるよりもこちらの方がルークには効くだろうと、怒りでみなぎる夫の腕にそっと触れてカミラは言う。

「助けに来てくれてありがとう、ルーク。ね、その人を踏むよりも私のことを抱きしめてほしいの」

「くっ……! カミラ様っ!」

カミラがねだるなり、ルークは瞳に燃えていた殺意を瞬時に消して足をどけ、カミラを正面から抱擁してきた。

「カミラ様、お体は無事ですか? 痛いところはございませんか? この屑どもに何かされていませんか!?」

「何もされていないわ。あなたがすぐに来てくれたからよ」

ぽんぽんとルークの背中を叩いて言うと、ルークは安心したような息を吐き出してもう一度ぎゅっとカミラを抱きしめてから、名残惜しそうに腕をほどいた。

それでもなおカミラを離したくないようで右腕で抱き込むようにカミラを引き寄せてから、足下で伸びる青年と壁際でぽかんとしている男たちを冷めた目で見る。

「……私の妻が世話になったようだな」

「へ……えっ? 妻?」

「え、じゃあそのお姉さんは、侍女じゃなくて……伯爵夫人ッスか!?」

痩せと太がひっくり返った声を上げると、のろのろと顔を上げた青年が「嘘だろ……」と絶望の声を上げる。

「伯爵夫人……? そんな、若いはずが……」

「貴様は確か、どこぞの子爵の後ろを金魚の糞のようについて回っていた若造だな。……ディアドラに色目を使っていたそうだが、気になる女性の家族のことくらいきちんと調べておけ」

ルークは青年に向かって吐き捨てるように言い、呆然とする男たちにも視線をやった。

「おまえたちも、仕える者を間違えたようだな」

「ひいっ!?」

「ルーク。確かにあの人たちが私を誘拐したようだけど、ひどいことはしていないわ」

このままだと三人ともルークの剣の錆になりそうだったため、カミラは急いでフォローを入れる。

ディアドラを狙った誘拐犯を無罪放免するつもりはないが、カミラがされたのはおそらく薬を使って誘拐されたことと、少し腕を引っ張られたことくらいだ。

「見てのとおり、私の体に怪我とかはないし……ああ、そうだわ。あちらのふくよかな方は、私のことをディアドラと間違えるくらいかわいいと言ってくださったのよ」

「ぎゃっ!? は、伯爵夫人、それはっ……!」

カミラは減刑になればと思って教えたのだが、太っちょは途端に真っ青になって震え始めた。

ルークは唇の端を引きつらせ、「ほう?」と愉しげな笑い声を上げた。

「そうか。どうやらおまえとは女性の好みが合うようだな。後でじっくり話をしようではないか」

「ひえぇぇ……!」

なぜか三人とも震え上がっているが、ルークはちゃんと話をしてくれるようだからそんなに怖がる必要はないはずだ。

(これできっと一件落着、ね!)

カミラはほっとして、夫の胸元に頬を寄せたのだった。

ルークに抱えられて馬に乗り、屋敷に戻ったカミラを迎えたのは大泣きするディアドラだった。

「ああっ、お母様! よかった、ご無事で……!」

「ただいま、ディア。私は大丈夫よ」

ぼろぼろ涙をこぼすディアドラを抱きしめて、カミラは娘の髪をそっと撫でた。

優しくて賢いディアドラはすぐに誘拐犯の意図に気づいてくれただけでなく、ルークがカミラを救出しに行く間、ずっと母の無事を祈ってくれていたそうだ。

「心配させてごめんなさい、ディア。でも攫われたのがディアでなくて本当によかったわ」

「お母様ったら……! 私の気持ちにもなってください!」

ディアドラが怒るので申し訳ないと思いつつも、娘が怖い思いをするくらいなら自分が、と思うのは母としては間違っていないはずだ。

くすんと鼻を鳴らしたディアドラは、玄関ドアの前でカミラの方をじっと見つめる父の存在に気づいたようだ。

母親に気づかれないようににやりと笑ったディアドラは、「まあ!」とわざとらしい声を上げる。

「よく見たらお母様、どろどろではないですか! ああっ、お父様もお召し物をそんなに汚して……二人とも、お風呂に入ってきてくださいな! 既にお湯は沸いております!」

「まあ、あなたが指示を出してくれたのね。ありがとう、ディア」

「気遣いには感謝するが、まずはカミラ様が湯浴みをされた方が……」

「いっそのこと、二人で入ってきてくださいな」

ディアドラがそんな爆弾発言を投下した瞬間、カミラもルークもぴたりと動きを止めた。

ディアドラはそれを見てにやりとした笑いを父に見せてから、母の方を向いてうるうるの眼差しになる。

「ね、お母様だって、お父様がどろどろのお姿のままだと心配でしょう?」

「そ、そうね。ルークは頑張ってくれたのだから、早くお湯を浴びてほしいし」

「そしてお父様も、お母様に今すぐに湯を浴びていただきたいでしょう?」

「……まあな。だが浴室は二つあって――」

「ああっ! 私としたことが、お湯張りを命じたのは一つだけでした!」

なんてことでしょう、とディアドラは顔を手で覆ってしまう。

「こんな失敗をしてしまうなんて……申し訳ございません、お父様、お母様!」

「いいのよ、ディア。心細かったでしょうにお湯の準備をしてくれただけで十分嬉しいわ」

すぐさまカミラは娘を慰め、そっと背中を撫でた。

「それならお湯を無駄にしないためにも、すぐに入らないといけないわ。……その、ルーク。あなたが嫌でなかったら、一緒に入らない……?」

「で、ですが……」

「私でも、あなたの背中を流すくらいならできるわ。嫌?」

「まさかっ! 喜んでっ!」

狼狽えるルークだが妻の気遣いに「嫌」と言えるはずもなく、力強く即答した。

「でも、カミラ様に洗っていただくなんて……」「じゃあ代わりにルークは私の髪を洗ってくれるかしら?」なんてやりとりをしつつ、少しぎこちなく手を取り合って浴室の方に向かっていく両親を、ディアドラはにやにやと見守ってからうーんと伸びをした。

「それじゃあ……お二人がゆっくりしている間に、私の方でできることをしちゃおうかしら」

呟いたディアドラは、背後にたたずんでいた執事を振り返り見た。

「……お母様を誘拐した不届き者は、どこに?」

「旦那様のご命令で縄で縛り、裏の倉庫前に転がしております」

「わかったわ」

ディアドラは黒灰色の髪を掻き上げて、しとやかに微笑んだ。

「さあて……楽しい楽しい『おしゃべり』の始まりね?」

メイソン子爵の甥を名乗る彼は、伯父のおまけで参加した夜会でディアドラを見初めたそうだ。

だがディアドラには振り向いてもらえず、彼女を落とすにはディアドラを溺愛するルークの信頼を得るのが一番なのではと思い、自分の部下を使っての誘拐事件を考えついたらしい。

そんな誘拐犯三人の処遇についてカミラがルークに尋ねたところ、彼は「減刑を申し出てくださったカミラ様のご温情によく感謝した上で反省するように、命じました」と即答した。

どうやらルークはカミラの気持ちを汲んで、彼らにひどい罰を与えなかったようだ。反省してくれるのならそれが一番だ、とカミラはほっとした。

ただしルークはこの一件でカミラに対してますます過保護になり、自宅を警備する私兵の数を増やした。彼はカミラが一人で庭を歩くのも禁じたかったそうだが妻の自由を奪うことは躊躇われたため、警備を増やすことで折り合いをつけたようだ。夫の優しさに、カミラは胸が温かくなった。

またこの日に一緒に風呂に入ったのを皮切りに、カミラはしばしばルークに風呂に誘われるようになった。

カミラとて恥ずかしさはあるものの、一緒に風呂に入るのもまんざらでもなかったので誘ってもらえたら嬉しかった。

ただそれを聞いたディアドラは、「味を占めたのですね」と意味深なことを呟いていたのだった。