軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 守れたものは

まだ頭の中が少しふわふわするカミラは、娘のディアドラを名乗る美少女に連れられて階段を下りた。そこも見慣れない光景だったが、わっと集まってきた面々には見覚えがあった。

コックも庭師もメイドも執事も、男爵家に仕えてくれた使用人たちだ。皆年は取っているが、見間違えようもない。

「奥様! ああ、本当にお目覚めになるなんて……!」

「使用人一同、奥様のお目覚めを心よりお待ちしておりました」

「旦那様もきっと、お喜びになるでしょう!」

笑ったり叫んだり泣いたり忙しい使用人たちを前にカミラが目を白黒させていると、カミラの腕にしがみついていたディアドラが微笑んだ。

「皆、お母様とお会いできるのを楽しみにしていたのです。私も……それに、お父様も」

「……あ、あなたは本当に、ディアドラなの? 私のかわいいディアなの?」

ひっくり返った声で美少女に問うと、彼女は黒灰色の髪を揺らしてうなずいた。

「はい、十五年前にお母様が守ってくださった、ディアドラです。……何がなんだかわからなくて、混乱されているでしょう。さあ、どうぞこちらへ」

ディアドラに促されて、カミラはリビングに向かった。そこで待っていると、かつてカミラの身仕度を手伝ってくれたメイドが目を真っ赤に腫らしてお茶を持ってきてくれた。当時は少女だった彼女も、もう立派な大人になっている。

「……私もお母様に言いたいことがたくさんありますが、まずはお母様の身の回りに起きたことをご説明しますね」

お茶を飲みながら、ディアドラが言う。

……彼女の説明によれば、カミラがディアドラを庇って倒れたあの日から、実に十五年もの歳月が流れているようだ。

あの日ディアドラを狙っていたのは、王妃の手先だったという。晩餐会の日、ジェラルドが青い目を持つディアドラに興味を持っていることに気づいた王妃は、笑顔の裏で戦慄していた。

ジェラルドと王妃の間には、王太子がいる。彼は決して無能ではなかったが、おっとりと優しくて勉強もそれほど好きではなかった。愛嬌があるので皆に愛される王子だったが、息子が今ひとつ冴えないことに王妃はやきもきしていた。

そんな折、カミラが姪のディアドラを連れてきた。ディアドラは一歳でありながら非常に落ち着いており、さらには息子が継がなかった青色の目を持っている。

……元々繊細で心配性の王妃は、ディアドラが息子に取って代わることを恐れた。

もしこのまま息子がぱっとしないままでディアドラが賢い女性に成長したら、姪に王位を奪われるかもしれない。冴えない王子より、賢くて王家の青い目を持つ男爵家の姫君の方が王にふさわしいと思う者が出てくるかもしれない。

だから王妃は、息子を守るためにディアドラを消すことにした。

あと十日もすれば、ルークが帰ってくる。彼が帰ってくるとディアドラを狙う難易度が上がりそうだから、それまでに決着をつける。幼い子どもが突然死することは珍しくないから、自然死を装うために体に毒を流し込むよう命じた。

だがカミラが乱入したことにより、毒殺ができなくなった。王妃からの命令は「ディアドラ・ベレスフォードの抹殺」だったために手先の者たちも迷ったが、カミラが邪魔をするなら彼女もろとも消すべきだと思い、非常用に持っていた魔道具を使った。

使用を禁じられている魔道具を持たせるほど、王妃も心の余裕がなかったようだ。ディアドラもカミラも殺すつもりで投げられた魔道具だが効果を浴びたのはカミラだけで、結果としてカミラは肌から艶が消えて体が石のように硬くなった。

石化、という診断が正しかったのかどうかは、誰にもわからない。

だが固まってしまったカミラの腕からディアドラを救出したところ彼女の体には何の異常もなく、またカミラの衣服も柔らかいままだった。おそらく魔道具によってカミラの体のみが石のように固まってしまったのだろう、ということだった。

魔術自体がとっくの昔に失われているため、どうすればカミラの石化が解けるのか、誰にもわからない。そこでカミラの体を清潔な場所に寝かせ、自然に魔術が解けるのを待つしかない、ということになった。

「そうしてお父様は、お母様のお体をこちらに移されたのです」

ディアドラはそう言って、リビングの窓から見える草原の方を手で示した。

「ここは、ベレスフォード伯爵領内にある伯爵邸です」

「えっ? 伯爵領?」

「はい。お父様が必死に働かれて、我が家は伯爵位を得たのです」

ディアドラは、静かに微笑んだ。

「私が生まれた王都の屋敷は、襲撃事件があったこともあって取り壊しになりました。でもお父様はお母様のことをとても愛してらっしゃいますから、お母様の部屋をそのままこちらの屋敷にも移しております」

「……えっ? 愛して……?」

そこでカミラは、ルークのことを聞き忘れていたと気づいた。ずっと夢見心地だったが、ようやく頭も目が覚めてきたようだ。

「そう、ルーク! あの人は元気なの?」

「お元気ですよ。お母様もご存じだと思いますが我が父ながらお父様はとても見目がよろしいので、再婚を希望する令嬢もいたようです。ですがお父様はお母様が必ず目覚めると信じてらっしゃいましたし、そもそもお母様以外の女性に関心がないようで全て断っていました」

「……」

ディアドラは恥じらいがないのか父の恋愛事情について淀みなくしゃべるが、カミラの方がなんだか恥ずかしくなってきた。

(え、ええと……? ルークが、私を愛している? 私以外の女性に関心がない?)

確かに手紙のやりとりをしていてルークとの距離は縮んだと思っていたが、そこまで愛されている自覚はなかった。

カミラとしてはせめて、ディアドラの両親として協力し合っていけたらいいくらいの気持ちだったのだが。

「あの……」

「まあ、お父様のことはご本人から聞いてください。今は王都にいらっしゃいますが、いずれ戻ってこられますので」

ディアドラはそう言ってから、カミラのお茶のおかわりを手ずから注いでくれた。

――十五年前、ルークは一日でも早く妻と娘に会いたいと思い、仲間たちを置いて一人馬を走らせた。そのおかげでカミラが完全に石化する直前に帰ってこられたものの、妻を助けることはできなかった。

ルークは妻や娘を襲った者たちを捕まえ問い詰め拷問し、王妃が主犯であると割り出した。そしてあの手この手を使って王妃を自供させ、彼女を離島にある寂れた塔に放り込むことに成功した。

カミラに対して意地の悪いジェラルドも、まさか妃がここまでのことをやらかすとは思っていなかったようだ。ジェラルドとしては自分によく似た青い目を持つディアドラをそれなりに大切にするつもりだったようだが、意気消沈してしまった。

結果、妃の蛮行の責任は自分にもあるとジェラルドは彼なりに反省したらしく、親戚筋の者に王位と息子の養育を託して蟄居した。

王位を継いだ男性はジェラルドの息子を後継者に指名しており、現在十九歳の王太子が二十歳になったら王位を譲ると言っているそうだ。

ルークはシャムロック家の内部改革にも精力的に付き合い、国王の補佐をして王太子に剣術や戦術の指導を施し、騎士団の改革にも携わった。

そうして彼は自力でベレスフォード伯爵位を得て、王女を妻に持つ伯爵騎士としてラプラディア王国に貢献しているという。

ディアドラは、そんな父の背中を見て育った。

「お父様は、私にとても優しくしてくださいます。でも優しいだけでなくて、私が間違ったことをしたら正しい道へと促してくださいます」

そう言うディアドラの眼差しは、とても優しい。

「それでも私、お父様に反抗してしまうことがありました。色々あって、生きるのが嫌になることもありました。……そのたびに私はお母様が眠られる部屋に行って、お母様にご挨拶しました。そうして、お母様の腕を見たのです」

「腕?」

「お母様は、私を庇って石化されました。だからお母様は、一歳の頃の私を抱っこしているときのまま体が固まっていたのです」

そういえば、カミラはディアドラを一切傷つけるまいとしっかりと抱き込んでいたため、体が固まってしまったことでルークに娘を託すことができなかったのだった。

「だから、お母様の腕には私がいた場所の空間がありました。……そこを見るたびに、私はお母様の愛情を感じました。そして、私を守ってくださったお母様のためにも後ろ向きになってはならない、強く生きなければならないと自分に言い聞かせました」

そう語るディアドラの青色の目が、潤んでいく。

「……私、毎日お母様の部屋でお祈りしていました。早くお母様が目覚めますように、って。私はいい子にするから、立派な伯爵令嬢になるから、どうか早くお母様を助けてくださいって神様に祈り続けました」

「ディアドラ……」

「だから……お会いできて本当に嬉しいのです、お母様。こうして、お話がしたかった。ディアドラ、と呼んでほしかった。抱きしめてほしかっ――」

「ディアドラ」

カミラは堪えられず立ち上がり、ディアドラの体をぎゅっと抱きしめた。

カミラの中では、ディアドラはまだ「かーた」と言えるようになったばかりの一歳児だ。

その子がこんなに大きく立派になるほどの間、カミラはそばにいてやれなかった。

守るどころか、心配させてしまった。

「私もよ。私も……あなたを守れるのなら死んでもいいと思ったけれど、やっぱりあなたに会いたかった。私のかわいいディア……」

「お母様……」

カミラの腕の中で、う、うえ、とディアドラが嗚咽を上げる。

その肩が小刻みに震えるので我慢しなくてもいいと背中を撫でると、ディアドラはカミラに抱きついて叫ぶように「お母様!」と言った。

(私は……ちゃんと守れたのね)

自分とほぼ同じ背丈になった娘を抱きしめながら、カミラは一粒だけ涙をこぼした。