軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#92 賢人の問い(戦闘)に臨む

巨人族(アストラガリ) にある一氏族、 カエルレウス氏族(ゲノス・デ・カエルレウス) が暮らす集落は今、常ならぬ熱気に包まれていた。

賢人の問いを目前にして準備に追われているさなかに持ち上がった、勇者同士の問いのためである。

老若男女を問わず、巨人たちは集落の中央にある広場に集っている。

その輪の中心にいるのは、 勇者(フォルティッシモス) の号を受ける三つ目の巨人と、その膝にも届かぬ大きさの人間の少年だった。

そうして全員の視線がそちらに集中している間に、 降下甲冑(ディセンドラート) を着込んだアデルトルートがこっそりと集落に忍び込んでいたのである。

三つ目の勇者とエルネスティが一撃を交わすたびに、巨人たちが唸り雄叫びを上げる。

アディはこっそりと、巨人たちの囲いの背後から、戦いの様子を覗き見た。

石斧を振り回した巨人の攻撃が大地を揺らすと、それをかいくぐってエルネスティが駆け回る。

甲冑の手のひらをかざしながらそれを見つめていたアディは、ぽつりとつぶやいた。

「エル君、もしかしてけっこう怒ってる?」

それは、話を聞かないことに対してか、 幻晶騎士(シルエットナイト) のない戦いに対してか。

「両方かも。まぁいいや。ともかく今のうちに……」

勇者に対して正面から戦いを挑んだエルのおかげで、天幕は非常に手薄だ。

アディは極力こっそりと動き、がら空きとなった天幕に侵入していった。

「あんまり、物は多くない感じ」

巨人の体に合わせて広々とした天幕の中は、想像していたものよりも閑散としていた。

そこにあるのは狩りや戦いに関する道具がほとんどである。

直しかけの防具や、石斧や棍棒といった簡素な武器が転がっている。それに混じって、槍らしき武器もあった。

細めの柄に穂先をつけたものがずらりと並べられている、おそらく投擲用だろう。

あとは保存食の類が積み上げられているため、天幕の中は大変な匂いが籠もっている。

「うう、これなら私も戦ってたほうが良かったかも!」

他には、いくらか細々とした道具類は見かけたものの、それらは工具と呼べるほどのものではなかった。

基本、強靭な肉体を持つ巨人たちは、生きてゆくのに必要な工夫が少ない。

あるのは獲物を狩るための装備がほとんどで、その武具・防具の類にしても石製だったり獣の素材を用いたものが主となる。

「これだと、幻晶騎士を作るなんてとうてい無理って気がする」

巨人たちの文化は、彼らが期待していたものとは大きく異なっていた。

エルは残念がるだろうか。いや、おそらくそうはなるまい。

できることはより高く挑戦するが、できないことはすぐに割り切る。エルならばそう考えるだろう。

「技術的にはぜんぜんだし。そうすると、巨人たちはできて力仕事に使うくらいね」

一度は恐怖すら抱いた相手をすでに労働力扱いしているあたり、彼女もそうとうエルに毒されているというべきだった。

そうしてアディは、一通りを見て回っていた。

これで巨人との 戦闘(かいわ) が空振りに終わっても、最低限の成果は得られたことになる。

そうしていると、広場からひときわ大きなどよめきが聞こえてきた。

「……あんまりめぼしいものはなかったし! そろそろエル君のお手伝いに行ったほうがいいよね?」

誰に向けてか決意を表明すると、彼女は走り出すのであった。

轟風をともない、巨大な石斧が駆け抜ける。

幻晶騎士であれ巨人であれ、それらから攻撃を受ければ人間などひとたまりもない。大きさと重量、それに勢いが加わり生み出される破壊力は、とてつもないものだ。

しかしそれも、当たればの話である。

勇者(フォルティッシモス) と相対する小さな敵――エルネスティは、とにかく恐ろしいほどにすばしっこかった。

石斧による攻撃は、巻き起こす風すら、かすりもしない。

賢人の問いを啓く前にも、何度かその速度を味わってきた勇者ではあったが、改めてその難儀さを思い知っていた。

「 小鬼族(ゴブリン) とは、こうも難敵であったか! まだまだ、眼曇りとれぬことよ!」

そもそも巨人にとっての狩りや戦いとは、相手の攻撃を防御しながらいかにこちらの攻撃を当てるか、を狙うのが普通である。

圧倒的な破壊力を持つ巨大生物同士の戦闘に、小細工は不要なのだ。

ゆえに、いかに勇者の号を受ける彼とはいえ、小さく素早い的に当てるような戦いはあまり経験にないものだった。

とはいえ彼の苦労は、 騎操士(ナイトランナー) のなかでも極端に高速戦闘に特化した形を好む、エルネスティを相手にしたが故のものであったが。

三つ目の勇者は、石斧による攻撃に緩急をつけることでエルの動きの裏をかこうとしていた。

しかしそれも一度手の内を見せてしまっているために、そう簡単に引っかかってはくれない。

埒が明かないと見た勇者は、さらに大胆に踏み込んでゆく。その動きは、誰の目にもあまり防御を考えたものには見えなかった。

それも無理はない。なにしろ、小鬼族のもつ小さな刃など巨人にとっては大して脅威足りえないからだ。

魔獣の甲殻を使った鎧はもとより、巨人の皮膚を貫けるかも怪しいのである。

ならばなぜ、あの 小鬼族(ゴブリン) は自信をもって戦いに臨んだのか。

その答えは、突然に現れた。

三つ目の勇者が踏み込んだ瞬間、突如として何もない空間から“火の玉”が湧き起こる。

「っぬぅ!?」

いきなり真横から飛来してきた火球を視界にとらえ、勇者は小さな驚愕を覚えた。

小さなものだが、無視できるものでもない。強く踏み込み勢いを殺すと、のけぞるようにして回避した。

その間に、エルは勇者から距離をとっている。その動きから注意を逸らさぬまま、三つ目の巨人は周囲をうかがった。

「いったい、今の炎はどこからきたものだ?」

それが、小鬼族の方向から来たものでないことは確かだ。

「この小鬼族、勇者と思うたが 魔導師(マーガ) であったか。さりとて、解せぬ」

炎を生み出したのが魔法現象であることは、巨人も理解している。

しかしそれがどこからともなく湧き出したことに、不可解さがあった。

「そろそろだと思うのです」

疑問が支配する空間の中、エルだけが落ち着き払っている。

「十分に、攻撃してきたでしょう。次は、僕の攻撃を始めます」

勇者はそれに答えることなく、強く踏み出した。

何をするつもりにせよ、小細工など許すつもりはない。真っ向から叩き潰すのみだ。

その思惑は、直後に修正を余儀なくされる。

空間に生み出されてゆく火球、それも今度は一発だけではなかった。右から左から次々と、巨人へと目がけて飛来してきたのである。

さすがにその全てをかわすことはできず、炎に舐められた鎧に焦げ目が残った。

不可思議なことに、エルの攻撃の正体が理解できないのは、周囲で見ていた巨人たちも同様であった。

火球はまったく何もない空間から、いきなり湧き出ているようにしか思えないのだ。しかし、そこに“何もない”はずはない。

当然、そこには仕掛けがあった。

空間に、確かに飛翔するものがある。ただし、巨人たちにとっては小さすぎて見えづらいだけのこと。

「ここにイカルガがあれば、こう呼ぶのですが……“ 執月之手(ラーフフィスト) ”と」

エルネスティの愛機、イカルガの武装のひとつに 執月之手(ラーフフィスト) というものがある。

それは、 銀線神経(シルバーナーヴ) にてつながった拳を通じ、遠距離に魔法現象を発現させるというもの。

その原理は、銀線神経により魔力を伝達し、 結晶筋肉(クリスタルティシュー) により駆動する金属製の仕掛け鋏――“ワイヤーアンカー”と、完全に一致していた。

「残念なことに、イカルガのない戦いですが……今は、僕が代わりを務めることで我慢しましょう。勘の鈍らないようにね」

呟きつつ、エルネスティが前進にうってでる。

同時に、腰からさげた巻き上げ機からワイヤーアンカーが射出された。それらは鋭い噴射音を残し、空を翔ける。

ワイヤーアンカーは元々、移動のための補助機器として生み出されたものだ。

それを彼は、空を走る“魔法発射端末”として利用していたのである。

銀線神経を通じて送り込まれる 魔法術式(スクリプト) に従い、ワイヤアンカーを介して空中に魔法現象が発現する。

“ 爆炎球(ファイヤボール) ”の魔法が、そこから放たれていった。

もしも三つ目の巨人がじっと目を凝らしたならば、ワイヤーアンカーの動きを捉えられたかもしれない。

しかし目の前にはエルがいる。すばしっこく動く彼を視界から逃さないために、そちらに注意を割くわけにはいかなかった。

そうしてワイヤアンカーを操りながら、エルはさらに 銃杖(ウィンチェスター) を巨人へと向ける。

そこからも、爆炎球が次々に放たれていった。

いつの間にか、三つ目の勇者は四方から放たれる火球の檻にとらえられている。

――翻弄されている。

その事実と、ひっきりなしに起こる爆発が、三つ目の勇者をどんどんと苛立たせていた。

一つ一つは小さな火球だが、こうもあちこちから攻撃されては煩わしいことこの上ない。

しかし、と勇者は思い直す。

小鬼族がこれほどの攻撃を繰り出してきたことは驚きであったが、しょせんは小粒な魔法である。

一つ一つの威力に欠けており、巨人と鎧の耐久性をすれば直撃したところで被害は知れているのだ。

「見事なり、 小鬼族(ゴブリン) の勇者よ。しかしその程度、かゆいものよ!」

全身に魔法を浴びたまま、巨人は強引に攻撃にうってでた。先に相手を倒してしまえば、それで終わりだ。

走る速度をのせ、鋭い一撃を叩きこむ。すさまじい勢いで上から叩きつけられる石斧を、以前のように受け止めることは不可能だ。

「そう、待っていましたよ。わかりやすい攻撃を」

自らに迫りくる石斧を睨み、しかしエルは笑みを浮かべる。

そして、彼は使用する魔法を切り替えた。

銃杖(ガンライクロッド) の先端に仄かに灯る、魔法現象の前触れ。

そこから生み出される、朱に輝く炎の槍。“ 徹甲炎槍(ピアシングランス) ”の魔法だ。

「…… 拡散放射(キャニスタショット) 」

いつの間にかワイヤーアンカーも位置を変え、まるで石斧を挟み込むような配置をとっている。

エル自身から放たれた炎弾と、ワイヤーアンカーからのもの。それらすべて、乱れ飛ぶ徹甲炎槍の火線が次々に石斧へと突き立ってゆく。

その柄に、巨石の刃に、圧縮された炎弾が無数に灯り。

直後、それは術式に従い指向性をもった猛烈な爆炎と化した。

巨人の武器がいかに大きく、強靭に作られているとはいえ、それはただ木と石の組み合わせでしかない。

無数の炎弾によって内外から喰い荒らされた石斧は、一拍の間に粉砕されたのである。

「馬鹿、なっ……!?」

吹き上がる爆炎と飛び散る破片の向こうに、勇者が驚愕に目を見開く様が見える。

彼は、一つ大きな失敗を犯した。小さなエルネスティを倒すのに、これほど巨大な石斧は必要なかった。

常より使う武器であるがゆえにそのまま使い、その破壊によって致命的な隙をさらしてしまったのだ。

渦巻く炎を、飛び散る破片を突き抜けて、銀の輝きが走る。

勇者の僅かな動揺を縫うように、エルネスティは疾風のように走り出していた。

石斧を振りぬいた姿勢のままの巨人の腕に着地すると、それを足場とし、噴き出す大気の勢いに乗って一気に駆け抜ける。

目前に迫るエルと、勇者の三つ目があった。

すぐに勇者は、その狙いを悟る。

それすなわち“目”だ。鎧をまとい強化魔法の影響により強固な身体をもつ巨人にとっても、逃れえぬ弱点。

「させ、ぬっ!」

勇者はすぐさま石斧の残骸を手放し、防がんと腕を戻した。その反応は、賞賛すべき素早さであったといえよう。

ただ相手が、エルネスティでなかったならば。

その時にはエルはすでに、巨人の“目前”にいた。

“ 真空斬撃(ソニックブレード) ”の魔法が発動し、銃杖に取り付けられた刃がゆらりと歪む。

振りぬかれた刃を、間一髪、勇者は瞼を閉じて防いでいた。

「ぐぅぬっ!! がぁっ!」

斬撃が瞼を切り裂き、一文字の傷を残す。赤い血が飛び散り、勇者が大きくのけぞった。

崩れそうになる姿勢を立て直しながら、彼は無事な目を見開く。

すぐさまエルの姿を追うが、一瞬のうちに兜を蹴り、どこかへと移動していた。

高速で移動し、死角から弱点である目を狙ってくる。巨人にとってとてつもなく恐ろしい戦法である。

それに対し勇者は身をたわめると、大きく後ろに跳び退った。

エルをこのまま、視界から逃してはならない。もしも後ろに回り込んでいるのならば、移動によって体当たりを仕掛けることができる。

さもなくばエルは正面に、視界の中に戻ることになる。攻防一体の動きだ。

案の定、巨人の背後に回り込もうとしていたエルは、その突撃を加速してかわし空中で身をひるがえしていた。

そのままふわりと、地面に降り立つ。キュルキュルと音を立てて、ワイヤーアンカーが戻っていった。

その姿を捉えた三つ目の勇者は、腰を落として拳を構える。

油断も動揺も見せない。今や敵を、非力な存在などとは考えていない。互いに相手を倒すだけの力を備えた、勇者であった。

侮る気持ちはもはや、微塵も残っていなかった。

最小最速の一撃で打ち倒す。次を許せば、失うものは目だけでは済まないかも知れない。

エルのわずかな動きも見逃すまいと、勇者は残る目を凝らした。

切り裂かれた瞼から流れる血が邪魔で、目のうち一つがうまく開けない。

視界を奪われたことに激怒を覚えつつも、彼は努めて冷静に拳を固めていた。

大振りな攻撃はいらない。素早く、小さく。彼は瞼を開いてからこれまでの生において初めて、極端に小さな敵との戦い方を学びつつあった。

戦いを見守る巨人たちも、固唾を飲んでいた。

ただ一匹の小鬼が、彼らの勇者をこれほどまでに追い詰めるとは。信じがたいことだが、ここまでの戦いをみて勇者を詰ることのできる者はいない。

おそらく、勇者でなくば既に全ての目を潰され、地に伏す羽目になっていただろう。

その小ささに関わらず、敵はあまりにも恐ろしい。

少しの間、一人と一体は互いに相手の出方をうかがっていた。

勇者は知らず、口元に笑みを浮かべている。石斧を失ったことは、彼にとって良かったのかもしれない。

なにも、あのような大げさな武器は必要ない。巨人の躯体とはそれすなわち、全てが大質量の武器であるのだから。

彼はすでに巨体をただ有利であるとは考えていなかったが、さりとて不利とも思わずその利点欠点を冷静に思考する。

「百眼よ、感謝する……これぞ、勇者同士の問いよ!」

決意を固め、勇者が大きく踏み込んだ。

極限まで集中を高めた彼の動きは、その巨体から想像もできない鋭さを持っていた。

飛び込みからの、大げさな踏み付け攻撃。

当然、エルは空中へと逃れてゆく。そこをめがけ、小刻みな 拳(ジャブ) を叩きこむ。

風をまとって突き抜けてくる拳の嵐を、エルは木の葉のような舞い動きでかいくぐった。

突き出された拳を足場に、彼はさらに高く飛び上がってゆく。

勇者は、大きく腕を広げる。そのまま広範囲への 薙ぎ払い(ラリアット) 。

大きさを、広さを武器にしての制圧攻撃だ。

腕を振りぬき回転を止めたところで、彼はわずかな違和感を覚えた。

視線を走らせる、居た。ワイヤアンカーを食いつかせ、小鬼族が彼の腕の上に立っている。

その姿に気付いた巨人が腕を振り回すよりも早く、エルは走り出していた。

ワイヤーアンカーが空中へと飛翔し、エルを追い越して勇者めがけて殺到する。

空中に、炎が生まれる。

だが勇者は、それを無視して頭突きを繰り出した。火球による攻撃は、脅威ではないからだ。

そんな彼の思惑を無視して、飛翔するワイヤーアンカーが魔法現象を放った。

ひときわ眩い、朱の輝きが走る。それは、爆炎球の魔法ではなかった。“ 爆炎砲撃(フレイムストライク) ”――爆炎球よりも高威力の、爆炎の系統にある 中級魔法(ミドル・スペル) だ。

これまでに使用してきた爆炎球の威力の小ささが、勇者に油断を誘っていた。

その横っ面を、猛烈な爆発が打ち据える。

貫通能力ならば徹甲炎槍が優れているが、純粋な衝撃では爆炎砲撃が圧倒的に上回っている。

それは、兜越しであっても十分な衝撃をもたらした。勇者の体勢が、不自然に崩れる。

傾きゆく巨人の肩を走り抜け、エルが銃杖を振り上げた。両の剣に、同時に魔法を発動する。

“ 真空衝撃(ソニックブーム) ”。気圧差がもたらした衝撃波が重なり、巨人の顔面へと叩きこまれる。

まるで巨人同士で殴りあったかのように、勇者は大きくのけぞった。

顔面を叩かれたことで巨人の頭部は大きく傾いており、そこにはがら空きの顎が丸見えとなっている。

倒れつつある巨人から飛び上ったエルは、止めとばかりに銃杖を突き出した。

放たれる、爆炎砲撃の連射。それらは、無防備な顎へとめがけ吸い込まれるように走り。

着弾し、そこに大輪の炎の華を咲かせた。

顎を捉える強烈な爆撃のアッパーカットを受けた勇者が、衝撃で宙に浮く。

そのまま緩やかに山なりの軌道を描き、土煙を噴き上げながら頭から大地へと突っ込んだ。

エルが 大気衝撃吸収(エアサスペンション) の魔法を使い、その体の上に降り立った後も。

三つ目の勇者は、大の字になって倒れ伏したままであった。

カエルレウス氏族の巨人たちは、呆然とした様子で目の前の光景を眺めていた。

土煙の中心に大の字になって倒れ伏した、彼らの勇者。その胸の上に悠然と立つ小さな勇者。

息苦しいほどの沈黙が、彼らの間を駆け抜ける。

その時、小さな勇者が大きく深呼吸をした後、小首をかしげてとんでもない問いかけを投げかけてきた。

「さて、この戦いの勝敗は、どこで決しますか? さすがに巨人を殺しきるのは、僕としても手間なのですが」

意識を失った巨人の勇者と、それを見下ろす小鬼族。

慌てた周囲が何かを言い出す前に、四つ目の老婆が前に出た。

「百眼よ、解はもたらされた。問いはそこまでだ、小鬼族の勇者よ。……お前の、勝利である」

巨人たちは何かを言いたそうに顔を見合わせ、しかし何も言えないまま、ただ戸惑いを露わとしている。

そうしているうちに、倒れていた勇者からうめき声が聞こえてきた。

「気がついたか、 三眼位(ターシャスオキュリス) 」

「……我は。瞳を、閉じていたか」

意識をはっきりさせるためしきりに頭を振りながら、彼はゆっくりと起き上がる。

意外なほどに冷静であり、取り乱した様子はない。

「我の、負けである」

老婆に何かを告げられるより先に、勇者は自ら言い出していた。

そして地面におりたエルの姿を見つけると、まず問いかけていた。

「止めは、刺さなかったか」

「さすがにあなた方は大きい。止めを刺すのだって簡単ではありません」

「ふっ。道理よ」

何かが、彼の中で定まったのだろう。勇者は小さく笑うと、ふと表情を引き締める。

その場で膝をつくと、額の瞼から流れる血も拭わず無事な目のひとつを閉じた。

「小さな勇者よ、問いは百眼に認められた。お前の勝利に報おう、我はお前の言葉に“従う”」

「……少し、方向性が違っている気もしますが。まぁいいです、結果としては問題ありません」

エルがまじめくさって頷いていると、巨大な影が覆いかぶさる。

「その言葉、我にも詳しく聞かせてもらぬか」

「 魔導師(マーガ) 」

老婆の巨人は、膝をついたままの勇者の隣に並ぶと、地面に座った。

立ったままだとエルとの高さの差がすさまじく、話しづらいからだ。

「問いの前に言ったな、小鬼族の勇者よ。お前はルーベル氏族に飼われているわけではないと。それは真なるか」

「本当ですよ。そもそもあなた方が、僕が“初めて出会った巨人”です」

エルはいたって真面目な様子であったが、その答えは巨人たちにとっては不可解なばかりであった。

「初めて? いったいお前は、どこに暮らしておったのだ」

「ここから遠く西にある国、フレメヴィーラ王国ですよ」

それは真実ではあるのだが、巨人にとっては知らぬ名前である。無駄に謎が深まるばかりだった。

それには老婆すら眼を細めて考え込んでしまったが、勇者は迷わず頷いていた。

「……百眼が認められたこと。我はその言葉、信じよう。真に、ルーベル氏族の眼ではないと」

「最初から、そういっているではありませんか」

三つ目の勇者は、自らの瞼の傷に触れた。血は止まりつつあるものの、生乾きの部分が指先にべたりと付着する。

「然り。これほどのつわもの。ルーベル氏族であったとして、容易く従えられるとは思わぬ」

小鬼族とは巨人に飼われたものである。それが、彼ら巨人が共通して持つ認識であった。

だからといって、まさかこれほど凶悪な存在を大人しく飼えるなどとは到底思えない。どのような大氏族であっても、間違いなく手を焼くだろう。

自らが負った傷から、勇者は理解していた。この小鬼族の勇者は“巨大なもの”との戦いにひどく手慣れているということに。

これまでにも巨人を狩ってきたのか、それとも獣か。

いずれにせよ、勇者にふさわしい問いを重ねてきたものであろう。彼にはそれで十分だ。

立ち上がり、周囲を見回していった。

「小さな勇者よ。これからは、我が氏族の客として遇しよう。皆も、よいな」

勇者と魔導師のふるまいを見た巨人たちは、しばらく顔を見合わせて悩んでいたものの、やがて頷いていた。

勇者同士の問いは、彼らを納得させるだけの真実を含んでいたのだ。

それから、老婆も立ち上がる。

「知らぬ名……氏族か。お前の真を、聞かせてもらわねばならぬ。それは我が氏族の道を見るために、重要な標となろう」

その四つの瞳が、エルの姿を捉える。

それは彼の小さな体にある何かを見通そうとしているかのような、鋭さを持っていた。

「あ、戦いは終わった? エル君、やっぱり勝ってるし!」

その時、巨人たちの間をすり抜けて奇妙な金属の塊がやってきた。降下甲冑を着込んだアディだ。

見慣れぬ物体を見、それがエルのもとまでやってくるのを見、勇者は剣呑なようすで目を細めた。

「それも、小鬼族か? お前と同じ勇者か」

徐々に視線に力がこもりだす。不穏な空気を感じ、エルはむ、と小さく唸った。

せっかく一度の戦いで大勢を説得できたところなのだ、また問いをはじめるなどと言われてはたまらない。

だから、彼はアディを指さして。

「ええ。こちらは僕の……妻です」

「む。妻とは」

「!? ツマァァァァッ!!!!????」

勇者の問いかけをぶっちぎり、何故かアディから大絶叫があがった。

それらをまるっと無視して、エルは平然と頷く。

「妻、夫婦、 番(つがい) 。そういった風習や言葉は、あなたたちにはありませんか?」

「否、ある。ある、が。お前が、夫婦か。なるほど、あれほどの勇者なれば、それも道理か?」

小鬼族は、巨人にとっては小さな存在だ。なかでもエルは特に小さい。

そこにいくらかの不自然さを感じなくもなかったが、三つ目の勇者は何やら納得を得ていた。

勇者という号は、彼の中で色々な威力を持っているようである。

ところでアディは。そんな周囲の様子をまったく気にしていなかった。

降下甲冑から降りるのももどかしく、エルへと突進するかのように抱き着いていく。

「エル君エル君エル君うひふふふふふふふふふふふッヒョー!!」

「……落ち着きなさい。こう言っておけば、無駄な戦いを繰り返すことはないでしょう。ひとまず巨人との話し合いはうまくいきそうですし、安全なねぐらも手に入りそうですよ」

エルが理由を説明するものの、案の定彼女はさっぱり話を聞いていなかった。

「ぜんぜんもうそのままでいいと思うむしろ是非そのままにすべきそうすべき」

「……そのあたりは後々話し合うとして。少し周囲の視線が痛いのですけど」

何しろ、巨人たちの集団のど真ん中である。

勇者を打倒したこともあり、全員の視線をばっちりと集めたままだ。

当然、アディにそんなことは関係ない。

「エル君! 帰ったらすぐに式を挙げましょう。みんなでオルヴェシウス砦を飾り付けるの! 私のツェンちゃんでイカルガ牽くから、あちこち回るのよ!!」

「ずいぶん先の話になりますね。巨人と知り合っただけで、まだ帰る手立ては見えていないのに」

「大丈夫、全然大丈夫! 邪魔するやつは全部ブチ殺すから。私、頑張るわ!!」

これはしばらく止まらないだろうなぁ、とエルは諦め気味に遠くを眺める。

「やる気があるのは、とても良いことです」

それからアディはしばらくの間、ウヘウヘと不気味な笑いを漏らすだけの物体と化していた。

そんな二人を前に、勇者の戸惑いは深まる一方である。

「……お前たちは、一体何なのだ」

「迷子の騎士団長と、その補佐です」

やはり何一つとして、わからなかった。

巨人たちが、この小さな勇者のことを理解するには、これからかなりの時間を必要とすることになる。

このようにして、 巨人族(アストラガリ) がひとつ、カエルレウス氏族の集落に、珍妙な客人が住まうこととなった。