軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#81 進むべき道先

ざわめきに満ちた雑踏の中を、 アーキッド(キッド) ・オルターは一人で歩いていた。

ここはフレメヴィーラ王国の都、カンカネン。ただでさえ国内でも有数の規模を持つ街であるところに加えて、最近は 飛空船(レビテートシップ) の登場によりさらに賑やかさを増した。

ここは近衛騎士団、ひいては国内で唯一となる飛空船の拠点であるからだ。

キッドは慣れたようすで混雑を避けて進む。目指す先は、街の外周部の一角にひっそりとある小さな酒場であった。

賑わいから埋もれ、息を潜めるようにある場所。事前に道を知らされていなければ、見つけるのには手間がかかったことだろう。

扉をくぐれば、中にはそこそこの数の客がおり、食事をとりつつ雑談に興じていた。その中に一人、異彩を放つ人物がいる。2m近くある屈強な体躯が座席からはみ出しかかっており、さらに目の前にある山盛りのパスタをせっせと口に運んでいるとあれば、本人が意図せずとも目立っていた。

ひらひらと手を振りながらパスタ皿から顔を上げたその人物こそ、キッドを呼び出した当人である、エムリス・イェイエル・フレメヴィーラである。

この国の第二王子という尊い血筋にありながら、その行動には気品のかけらもない。

「おう、キッド! よく来た。悪いな、いきなり呼び出して! お前も食うか!? ここの料理はうまい上に、量があっておすすめだぞ!」

「なんでそんなこと知ってるんですか、で……若旦那」

言葉とは裏腹にまったく悪びれた様子のないエムリスを前に、キッドはひそかにため息をついた。

だいたいの物事を勢いだけで押し通すこの御仁、この程度に突っ込んでいては身がもたない。

「お呼びとあらばいつだって来ますけどね。しかし、若旦那にしちゃあずいぶんと外れにある場所を」

「ははは、ここは隠れ家みたいなものだからな!」

あっけらかんと豪快に断言されては反応に困る。キッドはとりあえず適当な料理を頼んだ。

「……それで、俺だけにいったいどんな御用です? エルやアディすら連れてくるななんて、そうあることじゃないですよ」

「ううむ、そうだな。まどろっこしいことは抜きに、本題に入ろうか」

エムリスは、珍しく真剣な表情を見せた。口の周りにパスタのソースがついていなければ、もう少し威厳があったかもしれない。

「俺たちがこちらに戻ってきて、親父は飛空船を導入した。それに加えて 銀の長(エルネスティ) め、また愉快なものを造り上げたのだろう? そうなればこれから、この国はさらに大きく羽ばたくことになるだろう。そこでな、俺はもう一度クシェペルカ王国へと出向くことになった! 今度は留学ではないし、こそこそと入る必要もないぞ。我が国を代表する役を背負ってだ。先の戦のこともある、俺はだいぶと顔が利くからな!」

何しろあの国を勝利へと導いた立役者のうち一人だ、王族の中でもっとも顔が利くのは間違いがない。それでなくとも、かの国の王族は血縁者である。

キッドは、そのように国政において重要な役目をエムリスに背負わせても良いものかと悩んだが、あの国が相手となればまだ問題は少ないだろうと納得した。

そんなふうに上の空気味に流れていた思考を、次いで飛び出したエムリスの言葉が粉々に吹き飛ばす。

「そこで供の者を連れてゆくことになったんだが……キッド。お前、一緒に来い」

「ええっ、俺がっ!? また、クシェペルカに……。その、ちょっといきなり過ぎっていうか。しかし、なぜ俺なんですか」

ここが店内であることなど完全に脳裏から吹き飛び、彼は素っ頓狂な叫びをあげてしまう。

エムリスはにかっと笑みを浮かべると、無意味に胸を張り。

「うむ。思いついたのもこないだのことなんだがな! 向こうでは、お前も顔が利くだろう。それにあのエルネスティと共にいたのだ、誰かを補佐するのには慣れているだろうと思ってな! ちなみにセラーティ侯は、二つ返事で認めたぞ」

「わ、若旦那がやけに手回しがいい……」

エムリスはこうと決めたら脇目もふらず直進するだけに、とにかく行動は早かった。思いつきのことでさえ、すでに根回しまで済んでいるのは、さすが王族に連なる者と言えよう。

「断れなさそうな雰囲気ですが、いちおう戻って皆と相談してもいいでしょうか」

「ああ、もちろんだ! 何かあれば遠慮なく俺に聞け。それに騎士団から人を借りるからには、エルネスティとも話さねばならんしな! そっちは俺が当たろう」

それから美味いはずの料理をまったく味のわからないままに食べ、適当な雑談を流した後、エムリスと別れてキッドはライヒアラへと家路についた。

ツェンドリンブルを走らせながら、操縦席のキッドは気もそぞろな様子だ。

原因は考えるまでもない、クシェペルカ王国には何があり、誰がいるのか。彼には、あの場所に心残るものがあった。

「……戻ってきたからには、落ち着いて、考えられるかと思ってたのにさ」

ならば、どうすべきか。

己の気持ちが定まりつつあるのを感じながら、キッドは家族に相談すべく、ツェンドリンブルの速度をさらに上げた。

王都カンカネンの中心にそびえ立つ王城シュレベール城。その謁見の間において、国王リオタムスは腕を組み唸っていた。

むしろ、やや頭を抱え気味だった。

彼の前には 国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ) の長であるオルヴァー・ブロムダールがおり、こちらは口元に手を当てて肩を震わせている。

「いやはや。最近は大人しくしているものですから、てっきり戦の疲れを癒しているのかと思っておりましたら……。これはまた、なんと申しますか」

「また何か悪巧みを始めていると、報告は聞いていた。いずれ無駄ではなかろうと様子を見ていたが……船に続いて 幻晶騎士(シルエットナイト) まで空に進み出るとはな。エルネスティめ。さすがというべきか、どうしたものか」

国王の顔には、複雑怪奇な色合いが浮かんでいた。

突如として、銀鳳騎士団から持ち込まれた報告。単体で空を飛ぶことが可能な幻晶騎士――『 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) 』完成の報せは、彼らに衝撃をもたらすに十分な威力があった。

「船が空を進むならば、同じように幻晶騎士でも。……などと、思うことは簡単だ。だがその妄想を真実たらしめるところが、彼の者のまこと恐ろしきところだな」

「無邪気な子供の創作性を見ているようですねぇ。だからと奔放に思えて、出来上がるのが新たな力を備えた巨人騎士であるところがなんとも笑えません。いやはや、変わらず元気なご様子で」

衛使ではなく 国機研(ラボ) の長として、オルヴァーは純粋に褒め称えている。

その言葉がどこかからかいのようなものになるのは、誉められる対象が対象ゆえ仕方がないことだ。

そこで、国王が表情を引き締めた。

「堰によってボキューズ 大森海(だいしんかい) と隔て、我が国土のうちならば安全と思っていたが……。どうして未だに魔獣が跳梁跋扈している。しかるに空というものは、思いのほか広い世界であったな」

フレメヴィーラ王国には、多くの魔獣が存在する。それも新型幻晶騎士の威力もあり、最近ではさらに駆逐が進んだと考えられていた。

しかしそれはある意味で正しく、同時に勘違いであった。

かつてこの国の始まりの時、街や村落を作るために、ある程度安全な場所を選び抜いてきた。そのためその配置は飛び石状になっており、それをか細い街道がつないでいる。

それ以外、各地にはまだ人の手が入っていない場所が、数多く残っていた。彼らは陸地の全てすら掌握しきれてはいなかったのだ、いわんや大空をや。

「ここのところ重なる定期便の被害に対して、何らかの対策を講じねばならなかったところだ。この話は、まったく渡りに船といったものか。もしやあれは、こうなることを見越していたのか?」

「さて、どうでしょう。彼の頭の中ほど、この世で不思議な場所はない気がしますからね」

オルヴァーの言葉には、国王も頷くしかなかった。

「ともあれ、これが時流に乗ったものであることに違いはない。幻晶騎士さえあれば、空の開拓もよりいっそう進むことだろう。そうなれば、我が国も大きく変わってゆくことになる。……国立機操開発研究工房にも、また一働きしてもらわねばなるまいな」

「御意に。我が喜びなれば」

一礼して下がってゆくオルヴァーを見送った後も、リオタムスは何やら考え込んだままでいたのだった。

そうして後日、エルのもとに国王より召喚状が届く。

応じてシュレベール城までやってきた彼は、そこでリオタムスからひとつの提案をもちだされた。

「空戦仕様機のために、新しい隊を創設する……の、ですか?」

「うむ。お前が作り出した空戦仕様機であるがな、これより飛空船を用い空へと乗り出そうという折、素晴らしいものであるとは思う。だとしても、問題点が多すぎる。まず製法も大概に奇妙であるが、それ以上に今度ばかりは、乗り手がまったくいないのだ」

空戦仕様機が抱える最大の問題点。それは製法でも材料でもなく、乗員にこそあった。

カルディトーレをはじめとする最新鋭機は、既存の機体の延長にあるため 騎操士(ナイトランナー) にとっても馴染みがあり、乗りこなすのに何の問題もない。変わり者としてツェンドリンブルあたりになると、操縦の特殊さゆえ乗り手は限られてきてしまう。

そんな人馬騎士であっても、つまるところ陸上をゆくことに変わりはなく、訓練をつむことで克服は可能であった。

しかし空戦仕様機は違う。“ 飛翔騎士(ウィンジーネ) ”なる別名の通りに、運用方法そのものが従来とはまったく異なっているのだ。その導入には、これまで以上に特殊で、長い訓練を必要とするだろう。

「飛空船の乗員すら、まだまだ手探りの状態だ。そこに幻晶騎士まで空を飛ぶとなっては、完全にお手上げである。何しろ教導騎士を用意することもままならんのだからな。ならばいっそのことだ、まっさらな新米に学ばせた方が、理解も早いのではないかと考えた」

「なるほど。新しいことには新しい者を、ということですね」

リオタムスは神妙にうなづく。

その特殊性ゆえに、飛翔騎士を動かそうと思えば、どんな騎操士であろうとも一から技術を学びなおす必要があることには変わりない。だとすれば早い段階から学ばせたほうが良い、と国王は考えていた。

もちろん、熟練の騎操士のほうがよい場面もあるだろう。しかしそこは若さゆえの学習能力、適応力により期待してのことだ。

「(まぁ、理由はそれだけではないのだが……)」

実を言えば、さらにもうひとつ、より大きな理由が存在していた。

設立以来、新型幻晶騎士の開発から運用、加えて脅威への切り札として幅広い活躍を見せる銀鳳騎士団。

王下直属の騎士団として国王の指揮下にあることは明白でありながら、内実は 団長(エル) の指揮するままに、彼らは常に斜め方向に向けて暴走し続けてきた。

しかも成立経緯が経緯だけに、この騎士団は極端に人の出入りが少ないまま、これまでやってきたのだ。

そういった事情もあり、フレメヴィーラ王国内にはこの驚異の騎士団に人を送り込みたいという要望が、以前から存在していた。

それが一時はライヒアラ騎操士学園に大きな混乱を呼んだこともあり、これまでのところは国王によって抑えられてきたのだが。

「そのために各地より、優秀な新米騎操士を選りすぐるよう触れを出す。そうして集めた騎士を率い、新たに飛翔騎士隊を設立せよ」

そういったもろもろを踏まえて、リオタムスはこれを好機であると考えていた。

銀鳳騎士団にしたところで、特殊に過ぎるあまり閉鎖性が強すぎる。時には少しばかり外部の空気を入れる必要があるだろう。

国王は、この機会に両方の問題を一気に解決するつもりでいる。

僅かに、視線に力がこもった。銀鳳騎士団の長であるエルネスティは、時折妙な察しの良さを発揮する。それ以上に斜め上の思考に突っ走ることのほうが多いのだが。

「承知いたしました。それでは特に、飛翔騎士を専門とする中隊を設立いたしましょう」

果たして、エルは素直に頷いていた。

常と変わらぬ、穏やかな笑みをうかべるその姿からは、何を考えているのかが読み取りづらい。ひとまず、安堵を特に表情には出さないよう、リオタムスは努めて落ち着いて頷きを返した。

こうして銀鳳騎士団に、飛翔騎士によってなる異色の部隊が設立されることとなったのである。

国王と銀鳳騎士団団長の間に話し合いがもたれてより、しばらくが経つ。

ライヒアラ騎操士学園をはじめとした国内各地の学園施設は、とある噂でもちきりとなっていた。

「なあおい、あの話を聞いたか!?」

「ああ、あれだろ? 周囲ももちきりじゃねぇか。新たに“騎士団”を新設するってやつ!」

「そうそう! それも聞いて驚け、なんと与えられるのは……」

「まさかまさかの空飛ぶ幻晶騎士!」

「おい、オチだけ言うんじゃねぇよ、馬鹿野郎! しっかし、ついこないだ船が浮かんだかと思えば、次は幻晶騎士ときた。最近はちょっとどうかしてるぜ」

「いやいや、面白いじゃあないか。それに何しろ最新だぜ、最新! しかもそれを作ったのは……」

「“あの”銀鳳騎士団って話だしなぁ」

「今度はお前がオチをいうのかよ!」

騎士、あるいは騎操士を目指す少年少女がさざめきかわす話題の中に、銀鳳騎士団の名が混じる。

それは、現在最新鋭の幻晶騎士を開発し、なおかつ人馬騎士から飛空船までを擁する異色の技術者集団であり。同時に王下直属の戦闘集団として、国内においてとりわけ強力な魔獣の撃退から、果ては縁戚にある隣国を助けるために単身飛び出し、見事それを成し遂げた最強の騎士団である。

なおかつ、銀鳳騎士団は国内においては比較的若い集団であり、しかも構成員自体も若者ばかりであることもまた、よく知られていた。

おかげで騎士として身を立てんとする若者たちにとって、その存在は憧憬の的となっている。

そこにして、突如として浮上した今回の“飛翔騎士”の話である。

銀鳳騎士団の主導によって開発された最新の飛行型幻晶騎士と、国王の肝いりでおこなわれる“騎士団の新設”。

誰であろうと、耳にすれば一瞬で気づくことができる。これは千載一遇の好機なのであると。

――そうだ。噂とは、流れる間に変質するものである。

実験的な“隊”の増設であったはずの元の話は、流れる間にいつの間にか規模を広げ、いつしか“騎士団”を新設するものへと変貌を遂げていた。

隊とは違い騎士団ともなれば、必要とする人数も多くなる。そのために、各地の“学園”を卒業した騎士候補たち、または手持ち無沙汰な中小貴族の嫡男以外の者たちが、一旗上げようとこぞって王都を目指して集まりだしたのだ。

にわかに活気付いた流れは後々、予想以上に大きなうねりへとつながってゆく。

こうした予想だにしない賑わいを前にして、国王すら困り果てるまでに、さほどの時間は必要なかった。すぐにエルが王城へと呼び出される。

互いに困惑を浮かべた顔を突き合わせ、二人は何とか事態の収拾を図っていた。

「……なぁ、エルネスティよ。この際、本当に騎士団をもうひとつ作ってしまう気は、ないか」

「ええと、僕は既に銀鳳騎士団を抱える身なのですが」

「もちろんわかっている。しかしな……。既に、ひとつ中隊を増やしたていどでは収まりがつかん状態なのだ」

さしもの国王も、謎の焦燥感を抱いていた。

この世界の国家は、成立の経緯からして絶対王政的な色合いが強い。国王、王族の持つ権限はかなり大きいものだ。集まった者たちとて命じれば、散らすことは容易である。

ここで最初に人を集めようとしたのが国王であることが、いくらか歯止めを難しくしていた。

加えて話を複雑にしているのが、各地の貴族からの要望だ。飛空船と飛翔騎士に関することは、まさしく新たな開拓地そのもの。誰しも一枚噛もうと必死となっていた。

結果として、騎士団の新設を多くの貴族から熱望されていたのである。考えるまでもなく、解決手段などそう多くはない。

「ひとまず、騎士団規模を新設する方向で考えておきます。そのために銀鳳騎士団の皆と話し合ってみます。つきましては陛下、先んじて準備を進めるためにも、飛翔騎士の増産をお願いいたしたいのですが」

「致し方あるまい。国機研の一部を割り当て、優先的に作らせよう」

こっそりと要望を通し、エルの機嫌が目に見えて上昇する。

「承知いたしました。ならば銀鳳騎士団の総力を挙げて、御命果たしてみせましょう」

「うむ。すまぬが、頼んだぞ」

こころなしか疲れた様子の国王は、それを聞いて表情に僅かな安堵を滲ませたのであった。

オルヴェシウス砦へと取って返したエルは、さっそく団員を集めていた。

話のあらましを聞いた彼らも、それぞれに困惑を深めるばかりだ。

「……というわけでして。大変に困っているのです。元々は中隊を一つくらい増設するはずが、応募人数が……おそらく旅団規模は超えるくらいにいまして」

「うん。そんなもの、どうしようもない気がするね。聞かなかったことにしておこう」

さっそく一抜けを決めようとしたディートリヒを、笑顔のエルが逃がさじと捕まえた。

「ことは飛翔騎士の普及にかかわること。陛下のお願いでもありますし、 銀鳳騎士団(ぼくたち) 全員の力が必要なのです。当然、ディーさんも手伝っていただけますよね?」

「……うむ」

迫力のある笑顔で釘を刺すエルに、ディートリヒがうなだれる。

それを眺め、エドガーはやれやれとばかりに肩をすくめていた。

「なんというか、あれだな。前にもあった気がする、こういうことが」

「ええ。今回はあの時よりひどいです。なにせ、モノが 飛翔騎士(モノ) ですから」

などと気楽に言うものだから、彼はにこやかに笑っている場合ではないと溜息を漏らしていた。

「実際に、どうしようもない。いくらなんでも旅団規模を新たに抱えるなどと論外だが……。せめて数個中隊、もしくは大隊ていどは増やさねば、収まらないのだろう?」

さすがに希望者の全員を入れるようなことはしない。リオタムスは、選考をおこないいくらかは人数を絞ると約束していた。

しかし関わる貴族が多いため、どうしても総数はそれなりのものになるだろうとも言っていた。

「実を言えば、騎士団を作るだけなら大丈夫なのです。しかし、その後に大きな問題が残っていまして」

「教育か」

この部隊、あるいは騎士団を増設するそもそもの目的は、飛翔騎士に対応する人材の育成である。

当然、それには教える側というものが必要となる。これだけの規模の若者たちをまとめて教育するには、いったいどれだけの手間が必要なことか。

皆、考えるだに頭痛を覚える始末であった。

「それでなのですが、エドガーさん、ディーさん。お二人とも、飛翔騎士に乗ってみませんか?」

「うむ? また突然だな。飛翔騎士自体には興味があるが、アルディラッドを降りる気はない。その新しい者たちに、任せておこうかと思っている」

「私も、グゥエラリンデを捨てるつもりはないね。だが少し、訓練には顔を出させてもらおうかと思ってるよ」

彼らに限らず、銀鳳騎士団の騎操士たちには、共に戦い抜いてきた幻晶騎士がある。

使い込んだなじみの道具であり、頼れる武具であり、苦楽を共にした相棒だ。愛着を抱くことはごく普通のことだろう。

さりとて、新たな存在である飛翔騎士への興味は、誰もが等しく持っていた。

それを聞いたエルは、笑みを深くする。二人は、すぐに嫌な予感を覚えていた。

「ええ、何も愛機を捨てろなどとは言いません。それとは別に、お二人には先行して訓練をおこない、飛翔騎士を乗りこなしてもらおうかと考えています」

「え、エルネスティ?」

「しかる後。皆には新人の教育を手伝ってもらいます。……所属は違えど、これも大枠では銀鳳騎士団の新人に変わりありません。古株の中隊長、団員として。皆さまも、手伝っていただけますよね?」

どう考えても、とてつもない苦労が予測されるが、騎士団長には一切逃がす気がないらしく。彼らは顔を見合わせた後、静かに両手を挙げて降参を示すのだった。

銀鳳騎士団が戦うべき相手は、ただ魔獣のみならず。エルが巻き起こす数々の問題苦労にも立ち向かわなければならない。つまるところ、彼らは一蓮托生の間柄なのであった。

それから、第一第二中隊から抽出した少数名に対する、特訓が始まった。

肝心の飛翔騎士は製造中である。それが完成するまでの間、彼らは 甲冑射出機構(ギア・イジェクター) による脱出訓練を中心に進めることとなった。

「これをアディちゃんが試している時は他人事のつもりでいたけどね。いざ自分が吹っ飛ぶとなると……必要だからとて、よくぞこんなものを考え出してくれたことだよ」

何度も空中に射出される、または高所からの着地訓練をつまされたディートリヒが、平然とした顔で動き回るエルやアディを恨めし気に見やる。

空に上がった後に問題が発生すれば、逃げ場がない。この脱出訓練は何よりも重要なものだ、それは皆理解している。

さりとて辛い訓練であることに変わりはなく。一同は、この時点で相当に疲弊していた。

彼らの吹き飛びっぷりがさまになってきた頃。国機研から連絡があり、完成した先行量産機が納入されてきた。

ようやく実際の操縦に入り、全員が安堵の吐息を漏らしたのである。

しかし、これもまた一筋縄ではいかなかった。これまで数々の試練を潜り抜けてきた銀鳳騎士団にとっても、空は未知の領域だったのである。

「……見知らぬ 釦(ボタン) が多すぎる。不明な計器類が多すぎる。動かすために、本当にこれほどの装置が必要なのか……?」

操縦席についたエドガーは、周囲を取り囲む各種の機器を見回し、深くため息をついた。

源素浮揚器(エーテリックレビテータ) に 源素供給器(エーテルサプライヤ) 、マギジェットスラスタ。そのうえ半人半魚という異様な形状を制御する。

それらの駆動に必要な機能を飲み込むのに、またひと苦労が存在したのだ。

この時は、グゥエラリンデにマギジェットスラスタを積んでいたディートリヒは、まだ理解が速いほうであった。

それらをなんとか把握したところで、次はいよいよ空に浮かぶ訓練だ。

まずは低空での遊弋訓練、続いて徐々に高度を上げつつさらに速度も上げての機動訓練を重ねる。最初はおっかなびっくりであった彼らも次第に慣れてゆき、そのうちに空中で陣形を組むなど、細かい動きもできるようになってきた。

「動かしてみれば、思いのほか素直なものだな。地面をけれずに滑るような動きに違和感はあるが」

訓練後に一息をつくエドガーに、ディートリヒは肩をすくめて応じる。

「確かに少しは慣れてきたが、やっぱりこいつはじゃじゃ馬だね」

「ふうむ。じゃじゃ馬ではなく、これだとじゃじゃ 魚(うお) になるのではないか」

「そこじゃない上に語呂が悪い。確かに形は半人半魚だが、こいつは間違いなく騎馬の動きをしている。つまりは、天空の騎馬でいいのさ」

飛行を支える源素浮揚器はその原理上、意図的な外乱を加えない限り高さが変わらない。

マギジェットスラスタを使い一時的に上昇下降はできるが、それもしばらくすれば安定する高さに戻ってしまうだろう。つまり飛翔騎士を用いての空中機動はその仕組み上、二次元的な考え方の延長線上にあるのだ。

奇妙な浮遊感に慣れてしまえば、ものは幻晶騎士の親戚である。設計において 基(ベース) にしたこともあってか、ツェンドリンブル――つまりは騎馬の挙動に類似したものと考えられる。

少なくとも、彼らはそう言った形で理解していた。

「あとは、 鰭翼(フィンスタビライザ) で気流を捕まえるのが難しい。空を自在に飛ぶ魔獣との戦いは、あまり考えたくはないな」

「大丈夫よ! シーちゃんたちは結構素直だから、ちょっとコツを飲み込めばすぐに言うことを聞いてくれるようになるから!」

「いや、 試験騎操士(テストランナー) からやっている君と、一緒にしないでくれたまえ」

いくらかの形になってきたといったところである一同に比べ、初期から付き合ってきたアディはシルフィアーネを自在に操っていた。

実際に空で魔獣と戦ったこともあり、彼女は貴重な 経験(ノウハウ) を溜めていっているのだ。

「まぁ、これはこれでなかなかに愉快なもの。乗った甲斐もあるというものさ」

「気に入っていただけたのは何よりです。では、次からは簡単な模擬戦訓練を始めましょうか」

「……おぅ」

その後ディートリヒは、イカルガを相手にしての模擬戦という狂気的な訓練だけは、なんとか阻止することに成功したのであった。

そうして騎操士たちが訓練に明け暮れる一方で、鍛冶師隊が何をしていたかというと。

彼らは飛翔騎士の製法を国機研に伝えた後、自身は新たな開発へと取り掛かっていた。

「やれやれ。俺たちゃあ船大工じゃあねぇんだがよ」

「そうおっしゃらず。素晴らしい出来栄えですよ」

ぼやく親方とエルの前にあるもの、それは巨大な船だった。

もちろんのこと、それは飛空船だ。しかし帆を広げる既存の 輸送飛空船(カーゴシップ) とは、かなり異なった形状をしている。

「これを設計し製造するには幻晶騎士と、さらに飛翔騎士についても熟知していなければなりません。親方たちをのぞいて、そのような方がこの国にいるでしょうか」

「持ち上げようったってそうはいかねぇぞ。それで面倒が増えてるんだから世話ぁねぇよ。……まぁ、面白ぇから、かまわねぇがよ」

親方は、不敵に笑みを浮かべる。

彼らは幻晶騎士を製造する専門家であり、船の建造は明らかに分野が違う。それが飛空船であっても同様だ。

しかし目の前の船には、彼らが幻晶騎士を作る技術を持っているからこそできた、数々の特殊な機能が組み込まれている。

「このまま飛翔騎士を増やすのならば、きっとこれが必要になるでしょう。彼らは空にあるには、まだまだ脆弱ですから」

この船を銀鳳騎士団が造り上げた、その理由。それは飛翔騎士を生み出したエルが、共に設計をおこなったからだ。

「だからこそ。騎士の拠点となるべき船、この“ 飛翼母船(ウィングキャリアー) ”を作ったのです」

彼には、ただ漫然と飛翔騎士を集めるだけに済ませる気はない。

その真価を発揮すべく、さらなる進化をもくろんでいるのだ。

こうして騎操士は訓練を続け、鍛冶師は開発を続ける。

やがて国王主導による熾烈な選考を経て、新たに飛翔騎士部隊に配属される人員が決められていった。

フレメヴィーラ王国にて、新たな騎士団が産声を上げる。