軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#79 空を泳いでみよう

ライヒアラ学園街へと、穏やかな朝の日差しが降り注ぐ。

早朝から少しばかり経過した時間帯。街のあちこちに、学生たちが挨拶を交わしながら学園へと向かってゆく光景が見られる。

そうして通りを満たす、いつもどおりのさざめきの中を アデルトルート(アディ) ・オルターは上機嫌で歩いていた。

聞くとはなしに時折耳に入る学生たちの話題の中に、 飛空船(レビテートシップ) に関する話が混じる。別段この学園街に限らず、今は国中が驚愕の最新技術による空飛ぶ船の噂で持ちきりだ。

中でも学生たちにとっては、いつ学園における課程に“飛空船学科”ができるのかが気になって仕方がないようであった。

そんな噂の正体についてよく知る(撃墜したこともある)アディは、何となく嬉しくなって足取りをさらに軽やかなものとする。通いなれた道を進む彼女は、まもなく目的地へと到着した。

「おはようございまーす。エルくーん、砦いきましょう!」

勝手知ったるエチェバルリア家、当たり前のように中に入り セレスティナ(ティナ) に挨拶しながら、奥へと声をかける。

さほど待つこともなく、家の奥から資料の詰まった愛用のトランクケースを転がしながら エルネスティ(エル) が現れた。

「では、いってきまーす」

見送るティナへと手をふり返し、彼らは意気揚々と出発する。

銀鳳騎士団の拠点であるオルヴェシウス砦は、ここライヒアラ学園街からほど近い場所にある。この街に実家を持つ彼らは、必要に応じて家から砦へと通っているのである。

そのための移動手段は、アディのツェンドリンブルだ。

街の外周部にある駐騎場へと彼らが向かっていると、上空からひときわ強い風の音が響き渡ってきた。はっとして頭上を見上げる周囲の学生たちにつられ、二人も視線を上げる。

気持ちよく晴れ渡る青空のなかを、両舷に備えた帆を力強く膨らませた一隻の船が進んでいた。

つい先日に 国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ) が開発建造し、実用化した 輸送飛空船(カーゴシップ) だ。

この船は開発されてから日が浅く、今はまだ十分な数が建造されていないために東部国境地帯への物資輸送くらいにしか使われていない。

しかし、誰もが期待していた。いずれは人を乗せての輸送――旅客が始まるであろうことを。それは、魔獣の影響により移動の制約が多いこの国に、計り知れない価値をもたらすであろう。

空飛ぶ船はまさしく、この国における最新の夢の形なのである。

「ふふ。僕らも負けてはいられませんね。さあアディ、僕たちの砦へ向かいましょう」

「はーい」

クシェペルカ王国における戦役が終結し、銀鳳騎士団がこの国に戻ってより二ヶ月の時が過ぎた。

その間も、フレメヴィーラ王国はめまぐるしく変化しているのである――。

一方、銀鳳騎士団が何をしていたのかといえば。

彼らは飛行型 幻晶騎士(シルエットナイト) の設計に先立って、製造に必要になるであろう基礎技術の研究を進めていた。空を飛ぶために必要な機能は、どれも高度な技術を要求するものばかりである。

「思いのほか、 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) の小型化はすんなりと終わりましたね。これならば幻晶騎士に用いることも可能です」

「なんせ、そこまででかいブツを浮かすわけじゃねぇからなぁ」

元々、飛空船に搭載されている源素浮揚器は幻晶騎士そのものと同じくらいの大きさを持っていた。それに比べれば、この最新型は劇的に小型化されている。

それを可能としたのは、源素浮揚器の駆動原理の単純さ故であった。この機器は、乱暴に言えば内部に一定量の高純度エーテルがあれば 浮揚力場(レビテートフィールド) を形成することができる。

飛空船用の源素浮揚器は、巨大な船体を支えるために大きな容積を必要としていた。そこで用途を幻晶騎士用に絞ることによって、必要なエーテル量も少なくてすみ、必然的に装置も小さくすることができたのである。

「次に、マギジェットスラスタはイカルガに積んでいたものをより発展させてみました。部分的にこれを組み込むことで重量を絞ります」

「うわぁ。もう術式に何が描かれているのかわかんない。詰め込んであるわね……」

イカルガにも採用されている、 蓄魔力式装甲(キャパシティブレーム) と 紋章術式(エンブレム・グラフ) を刻んだ銀板を組み合わせた、一体型のマギジェットスラスタ。

それを 魔法術式(スクリプト) から見直し、さらに構造配置の最適化とともに部品を切り詰め、多少の低出力化と引き換えに小型化を進めたものだ。出力が低下したといっても消費魔力に対する効率は改善されており、より空中機動に適したものとなっていた。

飛行型を作るためにはとにかく多くの機能を内部に詰め込まねばならないため、省けるものはできるだけ省かねばならないのである。

「残るは 魔力(マナ) の供給ですが……ここはさすがに厳しいですね。空で動こうと思えば推力を必要とし、さらに格闘戦もこなさなければならない。計算上、その消費を賄うには複数基で対応するしかないでしょう。機体の基本構造はイカルガを参考にして、二基を搭載する方向で考えています」

「ふうむ、まぁしかたねぇ。イカルガそのものを増やすのは無理だが、構造を参考にできただけ恩の字ってぇところだな」

こうして空に浮くための源素浮揚器、推進力を賄うマギジェットスラスタ、魔力を供給する 魔力転換炉(エーテルリアクタ) が出揃う。

「これらを組み合わせて、試作の図面をひいてみました」

「おう、まずは見せてもらおうじゃねぇか」

エルはトランクケースから図面を取り出すと、その場に貼り出してゆく。

素体として選ばれた幻晶騎士は、フレメヴィーラ王国制式量産機カルディトーレであった。高い基本能力と素直な構造を持つこの機体は、こういった場合の基として非常に優秀なのである。

「おい、こいつぁ……」

図面に描かれた機体。それはイカルガの構造を流用し、腹部と背部に二基の炉が配置されている。

そこに小型源素浮揚器がさらに背部に加えられていた。いくら小型化したからといっても、もとより幻晶騎士の内部に空いた空間などない。完全な内蔵式とするのは困難であった。さらにエーテルを供給するための 源素晶石(エーテライト) も積まねばならない。

加えて、源素浮揚器は内部のエーテルが漏れ出してしまうとその能力を失ってしまうため、厳重に守る必要があった。そのために重要機器群は極力一箇所に集中させ、その周囲を装甲で覆い保護している。

さらには、それらを包み込むようにしてマギジェットスラスタ一体型装甲が配置されていた。

格闘の自由度を確保し、さらに全方位への機動をおこなうことを考慮するとこのような配置になる。この接続には、 補助腕(サブアーム) を流用した可動式機構が用いられていた。

こうして最新鋭の技術を結集させ、完成した図面は――。

「なんだこのぶっといの」

「すっごく、可愛くない……」

重要部品を胴体から背部にかけて集中的に配置し、それをぐるりと十分な装甲で包む。さらにマギジェットスラスタ一体化装甲を追加したことで、この新型機の胴回りの形状はほぼ球体にまで達していた。

つまりはまん丸に膨れ上がった胴体から四肢がちょろりとのびているという、ありていに言って極めて不細工な姿となってしまったのであった。

「……おい 銀色坊主(エルネスティ) ? もしこれを作れってんなら、俺ぁ騎士団をおりるぜ」

「何もそこまで嫌がらなくとも……」

この図面をひいたエルにとっても、多少の自覚はあったのだろう。その様子はいつもに比べ自信を欠いている。

そこに、錆び付いた蝶番のようにぎこちない動きで 親方(ダーヴィド) が振り向いた。その表情には、怒りとも困惑ともつかないうねる何かが浮かび上がっている。

「確かに、話聞いた分にゃあこいつは必要な機能を、余すことなく組み込んであるのかも知れねぇがよ。こんなぶくぶくと格好悪ぃしろもん、作れるかってんだ!!」

親方の叫びは、鍛冶師たちの総意と言い換えてもよかった。腕を振り上げ賛同する、魂の慟哭が続く。

彼らの美意識はともかくとして、問題は単なる不恰好さに留まっていない。そのように胴体に集中した機器の配置は動きづらさを呼び、幻晶騎士の最大の利点である動きの自由度が損なわれている。

結果として、このまま空を飛んだとして果たして十分な格闘戦ができるのか疑問が残る出来栄えであった。

ある程度予想はしていたが、それを上回る反発を前にして、さしものエルも腕を組み考え込んでいた。

「ううむ困りましたね。おっしゃるとおり、見た目は少し悪いかも知れません」

「これが“少し”で済む話かよ」

「しかしながら、空をゆくためにはまだ多くの挑戦を必要とします。何ができて何ができないのか、改善するためにどこを変えることができるのか。僕たちはまだまだ無知です」

潮が引くように、ざわめきが静まってゆく。反対派として一致団結していた鍛冶師たちは、エルの言葉を受けて振り上げた拳を彷徨わせていた。

「発想のためには思索が必要で、識るためには実践が必要です。これはあくまでも試作騎。形状の問題も含めてどのような改善を施すことができるのか、動かして実際に確認しなければならないことがいっぱいあるのです。まずはそれを識るため、これを創り上げてもらえませんか?」

銀鳳騎士団は、エルと共に最新技術を生み出すために結成された組織である。極端な話、親方たちを説得する必要などはなく、命令してしまえばそれで済んでしまうことであった。

しかし、エルがそのような行動をとることはないだろう。親方たちは、彼とともに 幻晶騎士(ロボット) を作り上げてきた、いわば同志である。共に目指し、共に創り、共に楽しむ。周囲の思惑はともかくとして、エルにとってはそれこそが騎士団の存在意義であった。

ゆえにこそ、彼の言葉はひたすらにまっすぐに、彼らの理解を求めるものになる。

「……なんつうかよぅ。お前の悪魔の囁きはだいたい、どっか卑怯なんだよ。んなこと言われちゃあ、鍛冶師としてやらないわけにゃいかねぇだろ」

そしてどうにも、技術者の好奇心をくすぐるのである。親方は降参とばかりに両手を上げ、深く溜息をついた。

「飛空船をちいと飛ばしたくらいじゃあ、まだまだわからんことだらけか。フン、その通りだろうよ。ちいと……だいぶと……これでもかってばかりに不細工だが、こいつも挑戦には違いねぇ」

「まぁ、形はどうあれ幻晶騎士を飛ばすのには変わりないなー」

「こりゃ腕のみせどころだぁ」

それは周囲にも広まってゆき、鍛冶師たちも諦めのような呆れているような楽しみなような、微妙な様子ながら賛同の声を上げていった。

一度やると決めたら、彼らの行動は素早い。こうして、銀鳳騎士団は一意団結して飛行型幻晶騎士の建造に向けて邁進しはじめたのである。

「ただしだ。きっちり試して、二機目からは見た目を変えてもらうからな!」

そこだけは、しっかりと念を押す親方なのであった。

試作機の完成までは、それからおよそ半月ほどの期間がかかった。

特殊な機能を組み込んであるものの、構造自体はそこまで特異ではない。これまでに培ってきた技術や、 幻晶甲冑(シルエットギア) の活躍もあり新規建造としてはかなりの短期間で終わったといえる。

途中で様々な文句が飛び出したりはしたものの、鍛冶師たちも実際に作るとなれば手を抜くようなことはしない。見事な腕前をもって成し遂げたのであった。

完成した飛行型幻晶騎士、その試作第一号騎は“シルフィアーネ”という銘を受ける。

――その外観は、設計図どおりに寸胴で、まん丸かった。

胸部装甲を開いて操縦席を露出させたシルフィアーネを前に、げっそりとした様子で立ち尽くす人影が一人。

「うう、名前のわりにやっぱり可愛くないわね……。エルくーん、本当にこれ、私が乗るの?」

肩を落としたアディが、やる気なさげに指をさす。普段の溌剌さの欠片もないその仕草が、彼女の心情を如実に表していた。

シルフィアーネの実動試験において、鍛冶師の次に盛大な難色を示したのが 試験騎操士(テストランナー) に選ばれた彼女であった。理由は、いわずもがな。

胴体が大きすぎるために膝をついた駐機姿をとれず、シルフィアーネは足を投げ出してべったりと座っている。それがまた不恰好で、彼女のやる気をさらに削っていくのだった。

「はい。これはアディにしかお願いできないことなのです。空を飛ぶために使用するマギジェットスラスタ、これを扱うためにはある程度の空中機動の経験があることが望ましいのです。つまりは“ 大気圧縮推進(エアロスラスト) ”を使える、あなたたちが最適なのです」

「それって、キッドでもいいってことじゃない?」

「キッドは少し、別の用事があるので……。アディ、空への道を切り開くためにあなたの力が必要なのです。僕の願いを、手伝ってはもらえませんか?」

ずいと迫るエルの熱心なお願いに多少は怯んだものの、それでも了承しないあたり、アディはよっぽど嫌がっていたのであった。

しばらく説得を続けていたものの、一向に首を縦に振らない彼女に、エルは正面突破を諦め非常手段にうってでることを決める。

ついうっかりお願いに説得されてしまわないよう、明後日の方向を向いているアディに近づき、エルはそっと耳元に口を寄せ。

「……ご褒美を、用意しておきます」

「任せて、エル君! ギュバっと飛んで見せるわ!!」

一転してやる気全開でぶちきったアディは、飛ぶように軽やかな様子でシルフィアーネに乗り込んでゆく。

それを、何かを諦めた様子のエルが見送ったのであった。

結晶筋肉(クリスタルティシュー) の軋みと共に装甲が閉じ、異形の巨人が動き出す。

魔力転換炉の微かな唸りが響く操縦席、暗闇の中に正面の 幻像投影機(ホロモニター) が光を灯した。

「うん、乗り込んでしまえば、わりと気にならないかも」

アディは手早く炉の出力操作や、各種の準備を整える。それら基本的な部分の操作は、通常の幻晶騎士と変わらない。

次に機体を立ち上がらせようとして、そこでふと彼女は気づいた。

「……あ、そっか。それじゃあ皆、エーテル供給はじめるわ。源素浮揚器、起動!」

拡声器をつけて外へと告げるや、アディは源素浮揚器へのエーテル供給を開始した。

エーテルの流量を示す目盛りが、じりじりと動いていく。それがある程度を超えたところで、シルフィアーネの躯体が動き出した。

この機体は重心バランスの悪さのあまり、自力ではなかなか立ち上がることができないのだ。源素浮揚器が作り出す浮揚力場の力を借りて、ようやく動くことができるのである。

「浮揚力場、強めるわ! 比エーテル高度、さらに上げて……」

力場の力が自重を超え、シルフィアーネがついに空へと浮き上がってゆく。

周りで見守る面々は、それまでのあまりに不器用な動きに呆れを浮かべていたものの、いざそれが空へと向かうと感嘆の面持ちへと変化していった。

「う、浮いてる……なんだか変な気分ね」

空中にふよふよと浮かぶ、まん丸な形状の幻晶騎士。

手足をだらりと垂らし、何とはなしに空に浮くその珍妙な姿に、一時は盛り上がった鍛冶師たちも再び微妙な心境へと戻っていた。

そんな周囲をお構いなしに、エルだけが盛んにメモをとりまくっている。

「うんうん、やはり空中での浮遊状態は問題なしと。少々手足は持て余し気味ですね、なにか他の使い方はないかな。今日は風はあまり強くない、ある程度の重量があるからそうそう流されたりはしないでしょうけど……。よし、それではアディ、推進試験をお願いしますね!」

「りょーかーい。マギジェットスラスタ、いくわよ……」

アディは緊張の面持ちで、操縦桿の横に増設された仮設端末を操作する。

魔力の供給と術式の指示を受け、機体の周囲に装着されたマギジェットスラスタが推力を吐き出し始めた。

「慎重に……慎重に。吹っ飛ばないように、出力は小さく……」

いつかのエルのような暴走事故にならないよう、スラスタの出力は抑え気味にする。やや間の抜けた気流の音と共に、シルフィアーネが空中を滑るように進み始めた。

いまだに四肢をだらりと投げ出しながら進むその姿は、どこか不気味ですらある。

「おお……進むな。動いてるのをみると、これもなかなか馬鹿にできねぇな。いや、そうでもねぇか。ううむ……」

親方は顎鬚をなでさすりながら、果たして感心すべきかどうか悩んでいた。

ともあれ、見た目はどうあれこれで最低限の動作確認は行えたことになる。これは飛行型の完成へ向けて貴重な経験となるものであった。

――ここまでは。

しばらくの間ゆっくりと進んでいたシルフィアーネは、砦から大きく離れてしまう前に引き返そうとしていた。

「ええと、このままだと戻れないから、旋回しないといけないのよね。……こ、こうかな? あ、あれ?」

ただ進むだけならば、さほどの問題はなかった。だが向きを変えようとしたところで悲劇は起こる。

スラスタの向きが動き、回転方向の力を生み出す――と、そのまま推力を吐き出し続けたシルフィアーネは勢いあまって、空中で独楽のように回転し始めたのだ。

「ちょっ、止ま……きゃあああああうぅぅ」

それは、彼女が地上と同じ感覚で動こうとしたことに起因する。

空中では地上と異なり、抵抗を生み出すものが少ない。何よりも足が地面についていないのだ。支えるものがない代わりに、いざという時に踏ん張ることもできない。

そこでぐるりと振り向こうとした彼女は、つい力の加減を間違ってしまったのだった。

「お、おい。どうなってやがる坊主!」

「なるほど。スラスタによる方向転換には問題あり、と……」

さらに慌てて姿勢を戻そうとしたために、シルフィアーネは推力のバランスを完全に崩していた。動きは止まらず、でたらめな方向に飛び回りながら空中で不思議な踊りを披露する羽目になってしまっている。

「エル君、エルくーん! 助けて、止めてよー!!」

「坊主、いい加減なんとかしてやれ」

ついつい改善案を考え込みそうになる間もなく、エルは親方にどやされて慌ててイカルガへとむかう。

そうしてイカルガによる、文字通りの体当たり救助を受けて、ようやくシルフィアーネは動きを止めたのであった。

「もう、いくらエル君のお願いでも! ちゃんとしたのができるまで!! 絶対に、ぜっっっっっったいに乗らないから!!!」

助け出された後、今度ばかりはさすがのアディもおかんむりであった。

彼女は完全に拗ねてしまい、その後エルが多少の改良案を出したところで搭乗に同意することはなかったのである。

「ううむ。アディにも使いこなせないとなると、これは根本から見直さないといけないようですね」

アディは器用なことに、拗ねてそっぽを向きながらもしっかりとエルを抱きしめていた。

ご機嫌取りのために素直に抱きしめられながら、腕の中でエルは考え込む。彼の直弟子であり、銀鳳騎士団の騎士の中でも特殊なことへの適応性が高いアディでこの状態である。これを一般の 騎操士(ナイトランナー) に使わせるのは非常に困難であり、むしろ無理といっても差支えがない。

源素浮揚器による“浮遊飛行”は、極めて特殊な挙動を示す。その空中における挙動を安定させるためには、これまでとはまったく異なる新たなる条理が必要とされていたのであった。

空中独楽踊り事件の後、シルフィアーネを用いた実験の類は全て中止になった。

そもそもなんらかの改善案を施さない限り危なくて使えたものではない。誰もが乗りたがらないのも無理はなかった。飛行型の開発を進めるためには、根本からの再設計を必要としていたのだ。

再び図面と睨めっこを始めたエルは、アディの尊い犠牲を無駄にしないためにも精力的に作業に向かう。

「いきなり動きの自由度を高めすぎることは、むしろ操作の難易度を跳ね上げることになってしまう。ここは逆に動きを絞り、かつ安定させるための仕組みを優先して考え出さないと」

シルフィアーネは、周囲に装備したスラスタの力により全方位に進むことができる。それはつまり、逆に言えば“ありとあらゆる方向を向いてしまう”ということでもあった。

それは操縦の難易度を著しく上げ、さらに操作をしくじった際の復帰までも困難としてしまっている。

「必要なのは、簡単に向きを変えてしまわないよう機体を安定させつつも、機動の際には機敏な動きを可能とする仕組み……」

まるで矛盾する命題のように聞こえて、希望はあった。

ヒントは、 かつての世界(ちきゅう) の知識にある。地球において空を進む機械である“航空機”は、いかにして空中における安定性と機動性を得ていたのか。

それは推進器の力のみならず、周囲の空気の流れを利用してのものだ。気流をうけてある時は揚力を生み出し、ある時は抗力を生み出す装置――必要なのは“翼”だ。

幻晶騎士へと当てはめて考えてみる。格闘兵器である幻晶騎士で使用するには、要求される機動にあわせて自在に動く必要があるだろう。そのような翼を取りつけることのできる場所といえば。

「やはり素直に腕、でしょうか?」

エルの脳裏に、両腕を翼に変えたシルフィアーネの想像図が浮かぶ。ぶくりと膨らんだ胴体から両翼を広げ、さらに脚がだらりと垂れ下がったその姿。

「……なんという、デブハーピィ」

どうあがいても絶望的に美しさが足りなかった。

加えて、このような姿では戦闘能力、機動性ともにまともなものになるとは到底思えなかった。一体どのように格闘戦をするというのか。まさか騎操士に足で戦えなどというわけにもいかないだろう。

「……エル君? ねぇ、それっていったい何の遊び?」

いつの間にか荒ぶる鷹のごとき 体勢(ポーズ) をとって思考に耽っていたエルは、訝しげなアディの問いかけを受けて現実へと帰還した。

「シルフィアーネの再設計をしていたのですけど。どうにも良い感じにならないので、ちょっと悩んでしまいまして」

「ふーん? どれどれ……」

ごく当然のようにエルに抱きつくついでに図面を見てまわったアディは、デブハーピィを見て一言。

「なにこれ、すっごく可愛くない」

エルの考えとしては外見にも凝っておきたいのだが、それも必要な機能を十分に賄ってからの話だ。騎操士でもある彼は、設計の際には実用性を優先する向きがある。それは同時に、フレメヴィーラ王国全体における気風であるとも言えよう。

ともあれ、なにごとにも限度はある。可愛いかどうかという観点はアディ独自のものとして、そもそも実用性を満たさない形では意味はなかった。

「これはいちど、完全に白紙の状態から考え直さないといけませんね……」

そうしてエルは図面を全て押しやると、机に白紙の紙を並べて考える。

源素浮揚器、源素晶石、魔力転換炉、マギジェットスラスタ、さらに翼。まるでパズルのように様々な機器の組み合わせを試し、 金属内格(インナースケルトン) の形状を変えて工夫する。

「幻晶騎士に必要な格闘性能を維持し、空中を十分に動きながら安定性も確保する……。これは思ったよりも、難しいですね」

試行錯誤を続けてみるものの、どうにもしっくりとこない。

足りないものは、これらを貫く 設計思想(コンセプト) だ。このままでは、様々な機能が勝手ばらばらな方向を向いているに過ぎない。後一歩、もどかしい思いがそこにあった。

徐々に行き詰まりを感じだしたエルは気分転換のため、横であーでもないこーでもないと考え始めたアディへと問いかけてみる。

「アディなら、どうしますか」

「そうねー、もうくるくる回るのはごめんよ。ツェンちゃんみたく、もっと素直で可愛い子がいいわ!!」

ふむと考え込むエルに対し、アディは一枚の図面を拾って掲げる。

「ねぇ、エル君。こないだは失敗しちゃったけど、飛空船はどうしてちゃんと前に進むのよ?」

「そうですね、飛空船は幻晶騎士とは根本から違います。あれは巨大ゆえの安定性と、帆が抵抗になることによって……!」

不意に、言葉が途切れた。それを訝しんだアディが首をかしげる。

「エル君?」

目を見開いたエルが、ゆっくりと振り返った。

茫漠とした視線は彼女のほうを向いてはいても、見てはいない。その異様さに、驚いたアディが一歩後ずさる。

「……そうか。僕は少し、幻晶騎士の形にこだわりすぎていたようです。いいえ、正解は逆だ。せっかく成功例があるのですから、それを参考にすればいいのです。戦い方は、ツェンドリンブル……騎馬。翼、構造。その手があった……これなら、いけます!!」

闇を切り裂く雷鳴のように、発想が圧倒的な奔流となって押し寄せた。彼の中で、様々な要素が一本の線として収束してゆく。それは一息に到達点までの道筋を浮かび上がらせ、明確な形状をなした。

エルはいきなり立ち上がると、驚きに固まるアディへと飛びかかるように抱きつく。

「ありがとうございます、アディ! あなたのおかげで、なんとかなりそうですよ。期待して待っていてくださいね!!」

エルは彼女の頬に口づけすると、小躍りしながら机に向かい、すぐに凄まじい勢いでペンを走らせ始めた。

後には、真っ赤な顔で固まったままのアディだけが残される。

やがてしばらく経ってから、彼女は再起動するとゆっくりとエルに抱きついた。

「エル君、今のもう一回」

「今は忙しいので、後で」

「……けち」

翌日、オルヴェシウス砦へと集まった銀鳳騎士団は、朝っぱらから猛烈な速度で爆走してくるツェンドリンブルを目撃する。

何が起こったと慌てる鍛冶師たちを尻目に、暴走ツェンドリンブルは急ブレーキで砦へと滑り込んできた。驚き固まる彼らの前に、操縦席から飛び出したエルが降ってくる。

「親方はどこですが? それとすぐに皆を会議室に集めてください」

言い捨てると、彼は返事も待たずに駆け出してゆく。

そこでようやく驚きからさめた鍛冶師たちは、すぐに悟っていた。彼がああいう動きを見せるのは、きっとまた何かとんでもないことをしでかし始めたからであろう、と。

鍛冶師に騎操士、銀鳳騎士団の面々が会議室へと集まったとき、エルはすでに大量の図面を貼り並べて待ち構えていた。

勢い余り過ぎている騎士団長を前に、全員が微妙に引き気味になっている。

「それでは早速。飛行型幻晶騎士を、再設計しました。これまでとは着眼点を変えています。幻晶騎士を空に飛ばす、ですが幻晶騎士を基にしないことにしました」

まるで謎かけのような言葉に考え込むまもなく、親方は貼り出された図面を眺めて息を呑む。

「こいつは、まったくの別もんじゃねぇか」

「そうです。空を飛ぶ成功例は二つあります。イカルガと、飛空船。シルフィアーネはイカルガを基として失敗しました。なので、次は飛空船を基にしてみました……」

エルの描き上げた図面には、それまでとはまったく異なる幻晶騎士の姿があった。

ある意味で、それは確かに“飛空船の小型版”と表現してもよい。なぜならそこには、 騎士像(フィギュア・ヘッド) と呼ばれる幻晶騎士の上半身と、下半身に相当する“船体”があるからだ。

ただし、通常の飛空船が幻晶騎士の何倍もの大きさの船体を持っているのに対して、それはほぼ幻晶騎士と同じ大きさまで縮小されていた。

人型の上半身と、滑らかな流線型の下半身。しかもそれはただの飛空船ではなく、 飛竜戦艦(ヴィーヴィル) の技術までも応用されているらしく、下半身部分には可動部まで見て取れる。

つまり、その幻晶騎士の姿は――。

「超小型版の飛空船を基とした幻晶騎士。言うなれば“半人半魚”といったところでしょうか。空を泳ぐ魚、面白そうではありませんか?」

――“人魚”と呼ばれるものに近い。

かつて飛空船の生みの親、オラシオ・コジャーソは飛空船へと幻晶騎士の技術を取り入れることで飛竜戦艦を完成させた。今、エルはまったく逆の流れをもって、飛行型の幻晶騎士の姿を導き出したのだ。

その設計思想には、彼らが依って立つ場所の違いが明確に表れているといえよう。

そしてこの形状は、ただ飛空戦を模倣しただけではない。

銀鳳騎士団は、これに近い形状をした幻晶騎士に関してのノウハウを、既に有している。そう、 人馬の騎士(ツェンドリンブル) のことだ。“たかだか”下半身が魚に変わった程度、驚くには値しない。

そうして周囲の理解が追いつくころには、エルは嬉々として説明をはじめていた。

「飛空船も参考にしていますが、これは構造の多くの部分をツェンドリンブルから流用しています。さらに船体……下半身はある程度動くように設計しました。かなりの結晶筋肉を積みますから、 魔力貯蓄量(マナ・プール) も相応の量になるでしょう」

ツェンドリンブルのように、重要な機能は主に下半身に収められている。様々な機能を詰め込んだ下半身はやや巨大化したが、脚という機構がないことによってそこまで不釣合いなものにはならなかった。

そう、源素浮揚器の使用を前提とするこの機体は脚を必要としない。完全な空戦専用なのだ。

「ずいぶんと馴染みのある姿になったじゃねぇか。それで、こいつの扱い方はどうだ? 前みてぇに振り回されんのはごめんだぜ」

「操縦系もほぼツェンドリンブルに近いものになっています。以前のように機動までスラスタに依存しては扱いづらいことがわかったので、進路の変更は体全体を使って行う方法にしました。小回りに関しては、この 鰭翼(フィンスタビライザ) を使って補います」

シルフィアーネにおいて、空中における操作の自由度の高さは困難を招く結果となった。

そのために今度の操縦方法は前進を基本とする形式へと改められている。左右への動きは、全身の挙動と連動して動く、鰭翼と呼ばれる小翼によって行われる。これは前進時には機体を安定させる役割を持つと共に、機動時には動翼として機能するものだ。

これらを合わせての挙動はまさに空中を泳ぐ魚としてのそれであり、騎操士たちにとっての理解としては騎馬のそれに近いものとなった。

機構形状のみならず、運用方法からもツェンドルグに連なるものといえよう。

「うーん、つまりこの子はツェンちゃんの妹ってことね?」

すぽんと手を打ち付けたアディの言葉を聞いて、親方がついに笑い出した。

「別に弟でもいいですよ。ツェンドルグ系列の基幹技術を流用していますから、まぁ従妹くらいが正しいかも知れません」

「じゃあ、ツェンちゃんみたくもっと可愛らしくおめかししないと!」

「む。ではもっとピンピンに尖らせてみますか」

「あんまり可愛らしくなくない? それ」

幻晶騎士に、飛空船。この時代の最先端技術を惜しみなくつぎ込んだ結晶とも言うべき、飛行型幻晶騎士。

それを前にして、開発者たちはごくどうでもいい装飾について真剣に悩んでいた。この会話が外部に漏れれば、何名か卒倒するのは間違いないだろう。

その頃には、ようやく笑いのおさまった親方が帰ってくる。

「まぁ、前よりもずっと男前になってんじゃねぇか。かっはっは、やる気が出てきたぜ。んで? これまでとずいぶんと毛色の違うもんになりそうじゃねぇか。だったら、新しい区分ってもんが必要だろ」

エルは少しの間首をかしげ、ややあって呟く。

「これが飛行型幻晶騎士……その名を、 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル) と定めます」

余談ではあるが、この図面を用いた試作二号機は“シルフィアーネ(テイク2)”と名付けられたのであった。