軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#57 追跡者の影

クシェペルカ王都デルヴァンクール陥落と、それに続くクシェペルカ王国侵攻作戦の様子は間をおかずジャロウデク本国へと伝えられていた。

病に伏す国王“バルドメロ・ビルト・ジャロウデク”の代理を務める第一王子“カルリトス・エンデン・ジャロウデク”。彼は王宮の中枢にある“玉座”に座り、怜悧な風貌に喜色を滲ませながら居並ぶ貴族たちに告げていた。

「報告によれば、デルヴァンクールを制圧した後、クシェペルカ西部州の切り崩しも順調であるとのこと。時をおかず我らの支配はクシェペルカ全土に及ぶであろう。そうなれば 西方諸国(オクシデンツ) のほとんどをこの手中に収めたも同然。“ファダーアバーデン”の崩壊以来、最大の国家の誕生だ……残る国など羽虫のごとくであろう」

どよめきが諸侯の間を駆け巡る。

もとより西方諸国でも巨大な国家であったジャロウデク王国とクシェペルカ王国。この二国(と、おまけにロカール諸国連合)の領土を合わせれば、彼の言葉通り西方の多くを占める超巨大国家が誕生する。

古に 世界の父(ファダーアバーデン) が滅んで以来幾星霜、再び西方を一つのものとする。彼らはその大いなる野望の達成へと大きく近づいたのだ。

「クリストバルはよくやってくれている。クシェペルカは任せておいて問題あるまい……して、周辺の動きはどうか」

カルリトスの問いかけに応じ、いかにも武官といった男が進み出る。彼は国境警備のために国内に残った騎士団の長だ。

「は、我らが侵攻の隙をつこうと“ 孤独なる十一(イレブンフラッグス) ”の中に動きがありましたが、鉛骨騎士団がすべて排除しております。どうぞ後顧の憂いなく、存分にお進みください」

「大儀である。鉛骨騎士団には、後方の護りとしていっそう奮起するよう伝えておけ」

騎士団長は深く一礼するとそのまま下がってゆく。そうしてカルリトスはその後も様々な確認をおこない、それぞれに担当者を労っていった。

そのうちに順番は進み、謁見の間の片隅に仏頂面で立ち尽くす、一人の男へと声がかけられた。

「コジャーソ卿、貴公の生み出した“ 飛空船(レビテートシップ) ”は我らに勝利を運んできてくれた。実に大儀である」

「殿下と国家のお役に立てるとは、身に余る光栄に存じます。非才の身ながらこれからも心血を捧げてゆく所存にございます」

声をかけられても、恭しくはありながら仏頂面のまま頭を下げた男に、カルリトスは小さく鼻を鳴らしたがすぐに表情を笑みに戻していた。

「さすがよな。これからも我が黒騎士たちを支え、励むがよい」

「……御意。ならばいますぐにでも工房へ参り、黒騎士に与える新たなる力を生み出そうと存じます」

どこかぎこちない所作で一礼すると、男はそそくさと謁見の間を後にする。

それは言葉の内容はともかく、国王代理に対する態度としては褒められたものではない。事実、何人かの貴族が眉根を寄せていた。

「……殿下の御前でありながら、いささか無礼ではございませんか」

「良い、捨て置け。確かに所作は粗忽ものだが、あれの価値は礼儀など蹴り飛ばして余りある。あれには、これからも我が国のため存分に働いてもらわねばならん」

カルリトスはその整った面貌に深く笑みを刻む。さきほど立ち去った男、彼こそがこの戦争において大きな役割を果たしている、ある兵器の開発者であった。

謁見の間を辞した男は王宮の廊下を足早に進みながら乱暴に上着を脱ぎ捨て、首元を緩めてようやく一息ついていた。儀礼用の服は優美だが堅苦しく、彼は息苦しささえ覚えていた。

中肉中背の体つきは鍛えられているようにはみえず、彼が騎士でも鍛冶師でもないことがわかる。

「やれやれ、国王“代理”殿下は相変わらずおっかねぇなぁ。まぁその後ろ盾があればこそ、飛空船は空を飛んだわけなんだがな」

この男の名は“オラシオ・コジャーソ”、彼は若干三〇歳の若さでジャロウデク王国における技術開発の総本山である開発工房の長の地位についた、いわば出世頭だ。

それは彼が――正確には彼の一族が――提唱した独自の理論と、それを応用した革新的な兵器を開発したことを評価されての抜擢であった。

彼の一族が見出した理論、それは“純エーテル作用論”と呼ばれている。この世界を動かす力の基礎である 魔力(マナ) 、その前段階といえる“エーテル”の特性について切り込んだ理論体系だ。

そこから導き出された多くの技術は、ジャロウデク王国の本格的な支援を得たことで一つの決定的な成果を得た。“ 源素浮揚器(エーテリックレビテータ) ”、純エーテル作用論の精髄ともいえるこの機器の完成が、人類初の実用航空機“飛空船”をこの世に現出せしめたのである。

飛空船の登場が折からの新型幻晶騎士の完成と同時期となったのは、なにか大いなる意思の導きであるとしか思えない。

ジャロウデク王国の王族には元からくすぶる野心があった。かつて力により西方の全てを手中に収めた、伝説の大国の再来たらんとする野心が。全く新たな理論に従った世界で始めての飛行戦力と、旧世代とは隔絶した戦闘能力を持つ幻晶騎士は、それに油を注いだというわけである。

「やぁれやぁれ。いまごろ、俺の飛空船はどこの空を飛んでいるのやら」

彼の一族が秘匿に近い状態で細々と研究していた“純エーテル作用論”を外に持ち出したのは、彼の独断である。

彼には夢があった。その実現には国家規模の後ろ盾が必要であったのだ。その目論見はこれまでのところ達成されつつあるといえた。

「とっととこんなシケた戦争は終わりにして、俺も飛空船で自由に空を飛んでみたいものだ」

束の間廊下から空を見上げていた彼は、さえない風貌に気合を入れなおすと歩みを再開した。向かう先は勿論、彼の城ともいえる開発工房だ。

ごうごうと硝子窓のむこうを吹き抜ける風の音を聞きながら、ジャロウデク王国の騎士ドロテオ・マルドネスは深く船長席に腰掛けていた。彼と彼の部隊を乗せた飛空船は旧クシェペルカ国内を一路東へと向けて進んでいる。

空をゆく飛空船は地形による影響を受けないため、その進みは馬車や 幻晶騎士(シルエットナイト) といった既存の移動手段に比べて極めて速い。その代わりに天候の影響を強く受けるのだが、ここしばらくは穏やかな日が続いている。まさしく大いなる祝福を受けたかのごとき、淀みない旅路であった。

「さて、報告によれば逃げた王族と接触した地点はこのあたりとのことだが」

船長席の前には旧クシェペルカ王国の地図がはりだされている。急造のものではない、高い精度を持ったものだ。これはクシェペルカ王城より拝借してきたものである。

空の移動は利点が多いが、いくらかの厄介な点もあった。その際たるものは進路を読む方法の違いである。陸をゆくならば街道や街はそれ自体が進路であり目印となる。だがそれらを俯瞰から見た場合、全ての事情は異なってくる。

方位磁針と地図、それらを上から見た地形と照らし合わせる想像力――航海士をそのまま陸に置き換えたかのような、そんな能力が必要となるのだ。

そういった事情から、精度の高い地図の戦略的価値はこれまで以上に高まっていた。ジャロウデクのクシェペルカ王都強襲は、まさしく彼らに多大な収穫をもたらしたといえよう。

「……やはり、当初想定した進路からは大きくそれている。さすが奴らの庭というべきか……いや、向こうもそれだけ必死だったということ。しかし一度露見したからには必ずや最短距離をゆく」

隠行は見つからないからこそ価値がある。いったん存在と位置が知れれば、追っ手がかかるのは当然として逃げる先すら推測されるからだ。それだけにいかに素早く逃げ切るかが重要である。再び隠れたところで、逃げ込む先に先回りされては元も子もない。そして先回りにかけては言わずもがな、ジャロウデク王国には切り札がある。

「とりうる進路はここか、ここ。飛空船ならどちらを使われても追いつける。順風満帆、戦もこうありたいものだな」

起風装置(ブローエンジン) がひときわ強い風を巻き起こし、飛空船の帆が大きく膨らむ。速度を増す船体の軋みを耳に、ドロテオは来るべき時に向け静かにじっと牙を研いでいた。

「本当にでたらめね」

身も蓋もないイサドラの言葉に、“銀鳳商会”の若き跡取りという設定を持つエムリスは首をすくめて答えとした。

「 人馬の騎士(ツェンドリンブル) ……本当に、どうしてこんなへんてこりんな幻晶騎士ができあがったの。リース 兄(にい) の部下は、ちょっとおかしい」

「そうか? 馬は騎士の友だからな、いい考えだと思ったが。それより俺が最初に見たときはまず乗ってみたくて仕方がなかったな!」

「そんなことを考えるのは絶対、リース兄だけ」

彼らがいる場所は街道をひた走るツェンドリンブルの背後、 荷馬車(キャリッジ) にしつらえられた待機室である。本来は長距離移動時に 騎操士(ナイトランナー) を休めておくための設備であり、今はマルティナたちと 金獅子(ゴルドリーオ) を降りたエムリスが乗っている。

彼らの横で腕を組んでいたマルティナが吐息とともに首を振った。

「見た目の奇抜さはまぁ、いいんだけどね……それで馬よりも速くしかも長く走る幻晶騎士なんてものは、なんの冗談なんだい」

マルティナたちと合流した銀鳳商騎士団は、彼女たちを乗せて本来の目的地である“フェルナンド大公領”――通称、“東方領”を目指して走っていた。

元々彼女たちが使っていた馬車はジャロウデク軍の襲撃により大破しており、ツェンドリンブルと荷馬車を用いての移動となったのだが。

馬を模し、移動能力に特化した性能を持つツェンドリンブル。さらに 魔力転換炉(エーテルリアクタ) を二基搭載したことによるタフな持久力は、何よりも長距離の移動において力を発揮する。

常識外れの速度で走り続けるこれらの姿を目の当たりにして、マルティナたちは感心するより先に呆れ返っていたのだった。

「そのおかげで俺たちは間に合ったし、こうして皆を連れていくこともできる。いいこと尽くめじゃないか!」

マルティナとイサドラは顔を見合わせる。彼女たちもそれは十分に分かっているし、これ以上ないほど感謝している。ただ、それ以上に常識が疲労困憊しているだけである。

「そう“細かいこと”に拘っている場合でもないね。おかげで東方領も目前、追っ手がかかる前に辿り着くのも夢じゃないよ」

「ふん、追っ手がきたとしても任せろ! 俺の金獅子とあいつらが蹴散らしてみせるさ」

「…… エムリス(リース) 」

胸を張って請け負うエムリスに対し、マルティナは表情を引き締めて向き直る。

「よくお聞き。敵の主力はあの待ち伏せとは比較にならない、もっと精強よ。我が国を護ろうと死力を尽くした騎士たちがまったく力及ばなかったもの。お前たちが考えられないほど強いのはわかっている。だがそれと同じくらいに……」

その時突如、待機室に備え付けられていた鐘がカンカンカンと鳴り響いた。これは簡単な仕掛けでツェンドリンブルの操縦席とつながっており、連絡手段として用いられるものだ。

鐘を鳴らす調子によっていくらかの内容が決められおり、今の調子の意味は――。

「異常、警戒……おでましか!」

言うなり、エムリスは突風のごとく身を翻して待機室から飛び出していた。向かうのは金獅子の操縦席だ。

後に残されたマルティナたちは突然の事態に目を丸くしていたが、すぐにエムリスの呟きの意味を理解する。

「そんな、あと少しだというのに……いえ、まさか……人馬騎士の速度があって、しかもこの位置で追いついてくる敵だって……なんてこと!」

マルティナは待機室の窓に飛びつき、目を皿のようにして背後の風景を探る。広がる晴天の中、そこには染みのようにぽつりと黒い点が存在していた。それが何なのか、彼女が理解するまでにさほどの時間は必要なかった。

飛空船の左右にはられた帆はこれ以上ないほどふくらみ、帆柱を軋ませながら船体を前に、前にと導いている。移動途中で東向きの風をとらえた飛空船は、想定よりもなお早く東方領の端まで至っていた。

「風をとらえたときは、これも導きかと乗ってみたが……大当たりのようだな。見つけたぞ、クシェペルカの王族よ」

司令室の前方で伸縮式の遠望鏡を覗き込みながら、ドロテオは髭に覆われた口元に笑みを浮かべ、次に表情を怪訝なものへと変えた。

彼の持つ遠望鏡が切り取る光景には、街道を爆走する謎の集団がとらえられている。

「しかしなんだあれは……馬にあって馬にあらず。大きさからすると幻晶騎士なのか……奇っ怪な。なぁるほどな、あの兵士はこれを口ごもったのか。確かにこれは己が目で見ねば信じられん」

ドロテオは遠望鏡を部下に渡しながら司令室を横断する。その間にも飛空船は人馬騎士との距離を着々とつめていた。

「化け物め、もはやここは東方領に踏み込んでいる。これほど逃げ切るとは、こちらにも余裕はないな」

ドロテオは厳しい表情で振り向くと部下へといくらかの指示を飛ばし、最後に目標への攻撃を指示する。

「“ 飛礫の雨(カタパルト) ”を用意しろ。狙いは甘くてもいい、あの化け物の足を止めよ!」

伝令が伝声管へと命令を伝え、直後に飛空船の横っ腹に小さな窓が開いてゆく。内部から木製の台が現れ、街道を走る土煙へと狙いを定めた。

同時に起風装置が微調整をはじめ、飛空船が徐々に速度を緩め始めていた。その間にも飛空船はそれまでの勢いの余りでもって人馬騎士と並び、僅かな時間だけ並走する。

「打てぇーい!」

号令一下、鈍い音とともに窓から次々に石弾が飛び出した。“ 飛礫の雨(カタパルト) ”とは、飛空船に搭載された小型の投石器のことである。ばね仕掛けで石弾を飛ばす単純な装備であり、本来は幻晶騎士ならば容易に防げる程度の威力しか持たない。

しかし、それを飛空船が使ったとなれば話は別だ。なにしろ上空にある飛空船には他にない利点、位置エネルギーの優位をもつ。小型で非力な石弾であっても、大地に届くころには致命的な威力を持ちうるのだ。

それこそジャロウデク王国のティラントーに並ぶ防御能力があるならばまだしも、石弾は人馬騎士にとって十分に脅威となる威力をもって飛来していた。

「げぇっ! あの変なの、なんか飛ばしてきやがった!」

背後から信じられない速度で追いついてきた空飛ぶ船の姿に、ツェンドリンブルを操っていたアーキッドとアデルトルートは唖然としていたが、それが何かを打ち出したのを見てさらに仰天した。

荷馬車が絶叫と火花を撒き散らして急減速をかけ、ツェンドリンブルも全身の機能を総動員し制動をかける。街道の地面を抉り土煙を濃くしながら、二機の人馬騎士は急停止していた。

その周辺へと石弾が降り注ぎ、腹に響く音を立てて地面を抉る。狙いは大雑把であり、結果的に街道に当たったものすら数発あったかといった程度ではあるが、大地にめり込み木々を軽く貫く威力を見てキッドとアディは冷や汗をかいていた。

飛空船では着弾の結果報告が船内を駆け巡っていた。それらは見事目標の足を止めたのだ。

「そうか、狙いが成ったならば機に敏くあらねばならん。ようし皆、出るぞ」

“ 飛礫の雨(カタパルト) ”の成果を確認するより前に、ドロテオの身はティラントーの操縦席にあった。それとともに居並ぶ黒騎士六機全ての操縦席に、騎操士が収まっている。彼はすばやく次の手に移っており、そのための指令は既に下されていた。

騎士像(フィギュア・ヘッド) が起風装置を操り、飛空船はぐるりと回りこむような挙動を見せて人馬騎士の先へと回りこむ。さらに飛空船はドロテオの指示により、曲芸的な機動を披露していた。

渦巻く風の唸りとともに、巨大な船体が地表へと近づいてくる。まるで墜ちていると錯覚しそうになるほどの急激な機動。未だにこれほどの物体が飛ぶ原理すら知らぬ側からすれば、肝を潰すような光景が街道を掠めてゆく。

それまでは推進力として風を受けていた帆をエアブレーキとして使い減速、さらに木々に擦れるほど高度を下げながら、驚くべきことに飛空船の底面装甲が大きく開いた。そこからはクレーンで吊り下げられた黒騎士が次々に飛び出してくる。大重量を持つ鋼の鎧が地を削る、音と振動を撒き散らしながら黒騎士たちが街道へと降り立ってゆく。

一息に黒騎士をおろしながら、飛空船は動きを止めはしない。クレーンを収納しながら街道沿いの木々を掠める高さを進み、そして速度と高度を上げながら飛び去ってゆく。

ドロテオはこの謎の敵をかなり警戒していた。飛空船は確かに強力な兵器だが、あくまでもそれは空にある場合だ。特に幻晶騎士を降ろす瞬間は無防備となり危険である。

それゆえに減速と下降、さらに幻晶騎士の投下までを一息におこなうという曲芸のような行動に出たのだ。その無茶を実現してのけた飛空船の搭乗員の手腕も賞賛されるべきであろう。彼が率いる部隊は、鋼翼騎士団でも出色の手だれであった。

街道の上には黒騎士の巨体が並ぶ。瞬く間に、銀鳳商騎士団はその進路を完全にふさがれる形となってしまったのだ。

銀鳳商騎士団も突如現れた飛空船と石弾による攻撃、さらに黒騎士が現れるまでをただ漫然と見守っていたわけではない。彼らも敵を排除することを決め、それぞれが戦闘準備に入っていた。

ツェンドリンブルは荷馬車を切り離し身軽な状態へと、片方の荷馬車からは金獅子が、もう片方からは紅と白の幻晶騎士――グゥエラリンデとアルディラッドカンバーが立ち上がっていた。

「は! 奇襲にしては豪快だ、気に入ったぞ。お前らは俺が手ずから討ってやる!」

「エドガー、若旦那頼んだよ」

「仕方ないか。ディー、あの“黒いの”、どうみても硬いぞ。油断するなよ」

「ふん……確かにそうだろう。だがね」

早々と大剣を抜き放ち、猛獣さながら飛び掛る機会をうかがう金獅子の後ろに、アルディラッドカンバーがそっと位置どる。それとはやや距離を離したところで、グゥエラリンデも双剣を抜き放ち身構えていた。

「“陸の皇”ほどじゃあなかろうよ。ようし双子たち、こっちにきたまえ。木々が多い、近寄って“高さ”を使うんだ!」

「まっかせな!」

「りょーかーい」

二機のツェンドリンブルがグゥエラリンデと並ぶ。定石どおりの横列壁型陣形を組むティラントーと、銀鳳商騎士団が真っ向からにらみあった。

その時、銀鳳商騎士団の背後に庇われる形となる荷馬車、その待機室からマルティナの悲鳴のような叫びが飛んだ。

「リース! あれだよ! あの船と黒い騎士……あれが王都を……義兄上を……っ! 気をつけな、レスヴァントじゃまったく歯が立たなかった相手だよっ!!」

“五機の”ティラントーは逸ることなくゆっくりと距離をつめてくる。圧巻の出力を内包する体躯は巨大であり、五機も並べばその圧力はかなりのものであった。

「……ほう、ならば仇の一欠けにこの金獅子の力をとくとみせる、いい機会じゃねぇか!」

操縦席の中でエムリスは、歯を剥き出しに咆える。マルティナの警告は彼の戦意をあおっただけのようだ。

そうして準備を整えたツェンドリンブルに乗るキッドが、残る最後の戦力であるイカルガへと振り向く。

「おーいエル、敵が来たぞって……」

そんな緊迫する状況を一切合財完全に無視して、イカルガとそれに乗るエルネスティは飛空船が空を飛び去る様だけをガン見していた。間違いなく他の要素は彼の視界に入っていない。イカルガは荷馬車に片膝をついた状態のまま、動き出す気配すらないのだから。

「……ああ、そうだよな、あの空飛ぶ船だよな……だめだこりゃ、エル使い物になんねーし俺たちでやっちまおう」

戦闘行動に入る銀鳳商騎士団を横に、エルネスティはイカルガの操縦席で一人大はしゃぎしていた。

「あれが、あれが話に聞いた空飛ぶ船……すごい、本当にそのまま船体だけで浮いている!? “気球”や“飛行船”ではなく帆を張っていた……違う、わからない、 あの世界(ちきゅう) の法則では追いつけない。きっと、きっと何か僕の知らない、何かがあるはずです。何をしたのですか? 何があるのですか? ……何を見つけたのですか?」

船体が豆粒より小さくなるまで蒼色の瞳がその姿を追い続ける。それが大気のヴェールの向こうに霞み始めたところで、彼はぽつりと呟きを漏らした。

「……僕にも、教えてください、よ」

いまにも 幻像投影機(ホロモニター) に顔を貼り付けそうなほど身を乗り出し、愛らしくしかし決定的に強烈な意思をこめられた笑みを咲かせながら、彼はどこまでも未知の新兵器を眺めていた。

その時、木々の間に鋭く光が瞬く。ちかり、ちかりと何者かが光を反射させ、イカルガの視界に瞬かせているのだ。幻像投影機に写るそれを見つけたエルが、イカルガを振り向かせる。

光の反射には一定の調子があった。その調子から何かを読み取った彼はイカルガを立ち上がらせると、一人戦場とは逆の方向へと進んでゆくのだった。

ドロテオの部隊と対峙した銀鳳商騎士団のうち最初に動いたのはエムリスの駆る金獅子であった。横一列に並び、自慢の装甲でもって壁を作るティラントー部隊に対してそのまままっすぐ突っ込んでゆく。

「いわんこっちゃないね! まぁ予想はしていたさ!」

素早くグゥエラリンデが飛び出し、金獅子の横を並走する。

大剣を使う金獅子が全力を出すためにはそれなりの空間が必要となる、隣に味方がいては思う存分振り回せない。エムリスは隣を走る紅い影に僅かに顔をしかめると、大剣の間合いだけ進路をずらした。すぐさまグゥエラリンデも反対側へと進路を曲げる。結果として、金獅子とグゥエラリンデはティラントー部隊の左右へと攻撃を加える形となっていた。

獣じみた雄叫びをひいて、金獅子の渾身の一撃がティラントーへと襲いかかる。

「このティラントーに正面から挑むか!」

ティラントーはその突出した防御能力を生かし、攻撃を弾いてからのカウンターを狙っていた。腕につけられた装甲は一般機がもつ盾と同等の耐久力を誇る。まっすぐすぎる金獅子の一撃をまた正面から迎え撃ちにゆく。

金属塊が衝突する、鈍い音が響いた。次いで摩擦による叫び、火花。ティラントーの騎操士にとって想定外だったのは、金獅子も新型である上に出力に特化した機体であったことだろう。エムリスの願う“馬鹿力”はティラントーの装甲をひしゃげさせ、いくらか筋を断っていた。

「なっ、ティラントーの装甲を!? この金色、なんという出力だ!」

「クソッ、斬り飛ばすまでは無理か。見た目以上の装甲だな!」

双方とも予想外の結果に動揺する。エムリスにとってもティラントーの重装甲ぶりは想像を超えたものだ。完全に断ち切るつもりであったがゆえに、金獅子は無防備に動きを止めてしまっていた。大きな隙をさらす金獅子へと、攻撃を受けなかったティラントーが仕掛けてくる。

ティラントーの装甲を破壊する金獅子の出力に、彼らは脅威を感じていた。この一機の腕と引き換えにしてでも、ここで倒してしまうつもりであったのだ。前進し、 重棍(ヘビーメイス) を振り上げるティラントー。一撃必殺の破壊力を秘めるそれを前に、金獅子の回避は間に合わない。

エムリスが直撃を覚悟し身構えた瞬間、金獅子とティラントーの間に白い影が躍りこんだ。燦と輝く金色の影にひっそりと隠れていた、エドガーのアルディラッドカンバーだ。

「ッ! エドガー!?」

驚愕の叫びをあげるエムリス。彼の目の前で、ティラントーの重棍が純白の騎士めがけて振り下ろされてゆく。

猪突猛進の若旦那を誘導した後、ディートリヒもそのまま敵に向かって突撃をかけていた。

狙うのは正面に立ちはだかる二機のティラントー。重装甲の黒鉄の騎士を二機同時に相手取ろうというのだ。若旦那より自身のほうが無謀じゃないかと、ディートリヒは皮肉げな感想を抱いていた。

とはいえ、彼も無策無謀でそのような行動に出たわけではない。走りながら彼はグゥエラリンデに装備された“秘密兵器”をほんの少し起動させた。それは肩と腰の装甲に一体化して搭載された“マギジェットスラスタ”のことである。

グゥエラリンデのそれはイカルガのようなフルスペックではない機能限定版であり、前進の加速にしか使えないうえに出力も制限されたものだ。それでも彼にとっては強力な秘密兵器である。

鈍いくぐもった爆発音と噴射が、グゥエラリンデの位置を本来よりも“僅かに前へ”押し出す。それで仕込みは十分だ。

ティラントーの騎操士は迫り来る紅い騎士の速度を見極めて動いていたが、それが突然に加速したことで迎撃のタイミングを逸していた。

攻撃前に減速することはありうる。フェイントの一種であり彼らも警戒していたが、加速は予想外であった。二本の脚で動く存在がどうして自在に加速しようか。ティラントーの迎撃より前に、グゥエラリンデの双剣が走る。

初手で虚を突いたグゥエラリンデは、二機のティラントーの“頭部”めがけて剣を振るっていた。奇襲からの目潰し狙い、さしものティラントーも視界を奪われてはたまらず、彼らは防御に回らざるを得ない。

二機とも装甲に覆われた腕で斬撃を弾いたが、ディートリヒにとっては予想通りの対応だ。すぐさま、グゥエラリンデは背面武装である“ 風の刃(カマサ) ”を起動していた。そのままティラントーの腕をめがけて大気の断層を発射。至近距離で直撃してはいかなティラントーの重装甲であっても被害を免れず、腕の装甲がひしゃげるとともに 結晶筋肉(クリスタルティシュー) の破片が飛び散る。

なんとしてやられたことか、だがこのままにしてはなるまい、そう怒りを噛みしめながらティラントーの騎操士は崩れた態勢から無理矢理反撃にうつっていた。威力は落ちるだろうが、それでもティラントーの重棍をうけて無事な機体など存在しない。

だが、ディートリヒはその一枚上手をいった。グゥエラリンデは目の前でおこった大気の爆発を利用することで、本来以上の速度で間合いの外まで飛びのいていたのだ。ティラントーの操縦席に、騎操士の怒声が響く。

「そうら来るよ、覚悟したまえ」

さらにグゥエラリンデの一連の攻撃はすべて“囮”であった。ここでディートリヒの“本命”の攻撃が姿を現す。グゥエラリンデの左右を駆け抜ける、馬蹄の響き。破壊的な響きを伴って、二機のツェンドリンブルが躍り出る。

騎槍突撃(ランスチャージ) をかけるには少々物足りない距離。そこで双子はツェンドリンブルを“飛び上がらせた”。前脚を浮かせ、ティラントーすら越える高みより必殺の威力をこめて 騎槍(ランス) を振り下ろす。グゥエラリンデに散々振り回されたティラントーに、それを避ける術はなかった。

先に“ 風の刃(カマサ) ”で損傷を負っていたこともあり、黒鉄の鎧は騎槍の一撃に耐え切れなかった。槍が鎧を貫き、筋肉と骨格を破砕する。二機のティラントーは片腕と周辺をごっそりと失い、バランスを崩してよろよろと後退していた。

「やはり攻めるには“一番でかい攻撃”を使うに限るね、このまま決めさせてもらおうか!」

ツェンドリンブルとともに、グゥエラリンデが前進を再開する。目前の二機は戦闘能力を大きく失い、さらに後退の足取りは重い。そも機動性に優れた機体ではないのだ。たやすく追いついたグゥエラリンデが止めを刺さんと剣を構え。

「とっとと退きな! お前らじゃ無理。ここは“剣”の使い手、俺っちの出番だぜ!!」

振るう前に、溌剌とした若い男性の声が漆黒の騎士とともに割り込んでいた。ジャロウデク軍の戦力は六機あり、もう一機が黒鉄の壁の裏に潜んでいたのである。横槍を受けたグゥエラリンデはやむなく攻撃を中断し後ろへ下がる。

ティラントーとは異なる、しかし奇妙な機体がグゥエラリンデと相対していた。敵の体型や全高は標準的な幻晶騎士のそれと同等であり、どこかヴォラキーロの面影が見えるものだ。だがそれ以上にディートリヒは、その機体の余りにも突飛な特徴に目を剥いていた。

「な、なんだこれ? “剣”か? こんなに剣ばかりつけてどうするつもりだい」

そう、“剣”である。剣とは大半の幻晶騎士が標準装備として携行しているものであるが、目の前の機体はそれを踏まえても少々常軌を逸した装備をしていた。

頭に、胴体に何本も、肩にも何本も、腕に、腰周りにもずらりと、もちろん脚にも――全身くまなくといっていいほど、大小長短様々な剣を装備していたのだ。まさに“剣だらけ”という奇妙奇天烈な幻晶騎士がそこにいた。戦闘中にも拘らずディートリヒが思わず絶句したのを責めるわけにもいくまい。

「どうするだって……? そんなの決まってんじゃん。“剣”は強い、なら剣をいっぱいつけてるほうがもっと強い。当たり前だろ?」

「ああうん、馬鹿なんだねキミは」

「あんたも剣をもってるようだけど、ぜーんぜんたりてねぇーし! 俺っちと“ソードマン”の敵じゃねーさ!」

言うなり、大量の剣をつけた幻晶騎士――“ソードマン”がグゥエラリンデへと襲いかかる。

ディートリヒは正気に返ると、双剣をふるってこれを迎え撃った。

「なかなか、しびれる冗談のセンスだ! これは張り切って応えようかなっと!!」

双剣の紅の騎士と、連剣の黒の騎士が激突する。息つく間もなく斬撃の応酬を繰り広げながら二機の騎士は目まぐるしく走り回る。互いに相手より有利な位置を、より強力な一撃を狙い片時も足を止めることがない。

この二機の戦い方はある意味で似通っていた。共に極端に攻撃に偏重した型をもち、さらに研ぎ澄ました一撃よりも嵐のような連撃を好む。その勢いはツェンドリンブルに乗る双子も手出しを躊躇うほどだ。

「“剣だらけ”の! ちょっと暴れすぎだぜ!」

剣風吹きすさぶ空間を前に、アーキッドのツェンドリンブルが半ば無理やり横槍を入れんとする。

その前にソードマンは手品じみた素早さで長剣をしまい、短剣を引き抜くと相手を見もせずに投擲した。にも拘らず恐るべき精度で飛ぶ短剣がツェンドリンブルを襲う。

「おぅわたっ!」

「邪魔はいけないぜー馬っツラ。“剣”ももってねーのは、俺っちの敵じゃねーんだからよ」

一時、ソードマンが無手になった隙を見逃さずグゥエラリンデが“風の刃”を放つ。刃状の法弾をソードマンが掠めるようにしてかわし、そのまま相手の横へと回り込むと竜巻のような勢いで旋回、抜剣から一息にグゥエラリンデへと斬りかかる。

それを防いだグゥエラリンデの剣との間に火花が舞った。かと思えば、グゥエラリンデは既に逆の手で反撃に出ている。そこにソードマンの短剣が合わされた。のみならず短剣は円を描く動きでグゥエラリンデの長剣を巻き込み、そのまま弾き飛ばさんとする。

ディートリヒはとっさに機体を下がらせ、危ういところで剣が弾き飛ばされるのを防いだ。長短の剣を構えたソードマンは相手が下がった分だけ前進し、密着しての踊るような斬りあいが再開される。

「おっとこりゃあ謝るぜ。俺っちの“剣”とここまでやりあうたぁ、お前もなかなかいい“剣”をもってるなぁ紅いの!」

「厄介だなキミは! あまり喜ばれても困るね!」

戦場の真ん中を走り回り紅と黒の騎士が戦っているため、ツェンドリンブルも自由に動けずに攻撃が散漫になっていた。損傷を負ったティラントーはもとより牽制に終始している。南側の状況はだんだんと混沌としはじめつつあった。

戦場の北側では、ティラントーが金獅子を背後に庇うアルディラッドカンバーへと重棍を振り下ろさんとしていた。

直後、ティラントーの騎操士は己が目を疑っていた。アルディラッドカンバーの肩周りを覆っていた装甲、それが独自に動きだしたかと思えば鋭く飛び出し、振り下ろす途中だった重棍を受け止めたのだ。

さすがの 可動式追加装甲(フレキシブルコート) であっても、勢いのついた重棍を受け止めることはできない。ならば振り下ろす途中で止めてしまえばいいのである。もっとも、それを為しえるのは可動機構を備えた可動式追加装甲とエドガーという騎操士がそろえばこそなのだが。

攻撃を中途半端に止められたため、全身で勢いを生もうとしていたティラントーの体がわずかに泳いだ。それは純白の騎士の前では致命的なまでの隙であった。直後に音もなく雷光が閃く。いや、雷光と見紛う速度で長剣が振りぬかれたのだ。

ティラントーの騎操士が驚愕をかみ殺して後退に転じるころに、宙を舞っていた物体がどさりと地面に落ちた。それは重棍をつかんだままの巨大な腕。彼のティラントーは、肘のところで腕を両断されていた。

彼は声にならない悲鳴とともにさらに後退すると、残る左腕で慌てて予備の短柄の 戦棍(メイス) を引き抜いた。操縦桿を握る手に汗が滲み、彼の心臓は早鐘を撞くように激しく鼓動する。隙間なく厚い鎧に覆われたティラントーの腕をあれほど鮮やかに斬ってみせるなど、尋常の技量でできることではない。

「ホアキン、レアンドロの補佐につけ。常に二機であたるのだ、こいつらはまともな相手と思うな!」

北側で戦っていたティラントーのうち一機、ドロテオが操る機体がぐいと前に出て損傷をおった二機を背後にかばう。

「……偵察部隊が全滅した、それをもう少し重く聞くべきだった。わしも歳をくって 耄碌(もうろく) が始まったか」

ドロテオ機は強引に金と純白の騎士を牽制し、押し留める。その後ろでは手傷を負った部下が態勢を立て直していた。

「お、おいエドガー、なかなか無茶をやるな」

「若旦那に言われるとは光栄ですね。とにかく今は目の前の相手を。あと補佐はしますが突撃は控えてください」

「……ああ、了解だ」

体勢を立て直したティラントー部隊に対し、金獅子と純白の騎士も構えなおす。仕切り直しともいえる状況の中、ドロテオは空気の変化を感じていた。

「(……おかしいぞ。金色のほうにさっきのような甘い攻め気が見えない。“重くなった”……なるほど、相方が“魅せた”ことで自制がきいてきたといったところか。少々、考え直しが必要だな)」

金獅子は変わらず攻め手をうかがっているものの、さきほどのように突っ込んでくる様子は見えない。ドロテオは猪突気味に動いていた金獅子を相手の足枷とする作戦を捨てさった。

ならばと、ドロテオは自ら場の流れを変えることにした。ティラントーは重い機体だ。素早い攻撃は望めず、勢い得意な戦法は迎撃や制圧前進に偏ってくる。相手が攻めてきたところを装甲で弾き返し、手痛い反撃で葬るのが最上策であったのだが。

「今度はこちらから出向かねばな!」

ドロテオ機を筆頭にして黒騎士が一転、攻勢へと打ってでる。鈍重さがありながらも、勢いをつけたティラントーの突撃は怒涛のごとき迫力に満ちていた。並大抵の騎士ならば疎んでしまいそうな圧力を前に、純白の騎士は静かに可動式追加装甲を浮かせる。

その後ろでは金獅子が動きに迷いを見せていた。先ほどの失態は、自信に溢れたエムリスをしてかなり効いたようである。

「若旦那、無茶はいけませんが躊躇する必要はありません。隙あらばその大きな牙を突き立ててやればいいのです」

「わかっているさ、次は上手く振るうとも」

その間にティラントーが走りながら背面武装を起動し、さらに両肩の一部が展開をはじめていた。そこには魔導兵装が収められており、合計で四門の魔導兵装が口を開く。

「これは……若旦那、しっかりと防御してくださいよ!」

爆発的な勢いで、ティラントーが法弾を撃ち放った。ドロテオ機はそのまま格闘に、後ろの二機からは法撃による支援をおこなう構成だ。

濃密な法弾の雨が金獅子と純白の騎士の足を縫いとめる。二機は剣と装甲で法弾を弾きつつ、突っ込んできたドロテオ機と格闘にもつれこんでいた。

攻撃偏重の構成をとる金獅子は法弾から身を守るのに手をとられる。金獅子に搭載された機能の中には状況を打破しうるものもあるのだが、いまだエムリスの中には躊躇が残っているようだ。

動きあぐねる金獅子を背後に、アルディラッドカンバーとドロテオのティラントーが打ち合う。

大振りの隙を見せればティラントーの装甲をして危なく、ドロテオは純白の騎士を相手に極めて慎重な立ち回りを見せていた。それを踏まえても、彼は敵の“堅さ”に舌を巻く。

「この白いの、なんという敵か! このティラントーを相手にまったく怯まぬとは!!」

言うまでもなく、ティラントーの重棍は一撃必殺の武器だ。 三枚砦(シルダ・トライダ) 戦では数多くのレスヴァントを屠り、途中からは恐れをなしたクシェペルカ軍はまともに打ち合わなくなった。

威圧的なティラントーの巨体にこの攻撃力。荒れ狂う力の化身を目の前にしながら何の動揺もみせず、どころか隙あらば致命的な反撃を繰り出してくるとは! ドロテオは敵騎士の胆力と技量に空恐ろしいものを感じていた。

さらに敵は奇妙な動く装甲を巧みに操り、見た目以上に防御力が高い。戦闘の様子はティラントーにとって珍しいことに、細かく手数をかけたものとなっていった。

「むぅ、これはまずいな」

そういった戦い方はティラントーの目的に沿ったものではなく、どこかで無理が生じる。やがてドロテオは機体の動きに僅かな鈍りを感じはじめた。理由は明白、戦闘が長引くことにより 魔力貯蓄量(マナプール) が大きく減っていたのだ。

「魔力貯蓄量が危うくなるほど戦っていたとは……やむをえまい」

彼はしぶしぶ、機体に搭載された特殊な機能を起動させた。幻晶騎士の心臓部に寄り添うように設置された、とある装置が目を覚ます。その機器の名は“ 源素供給器(エーテルサプライヤ) ”。限りなく純粋なエーテルを魔力転換炉へと供給する装置である。

通常時に取り込むエーテルの希薄な大気ではなく、高純度のエーテルを注がれた魔力転換炉は過剰反応を引き起こし、瞬間的に膨大な魔力を生み出す。強大な出力を内包した巨躯を支えるため、燃費が良好とはいえないティラントーにとってこの機能は命綱ともいえよう。

だが実際には炉を暴走させているに等しく、かなりの負荷がかかるため多用は禁物である。ドロテオの記憶の限りでは、この機能を使わざるを得ないほどてこずったのはこの戦いが初めてだ。

そうして一時は勢いを盛り返したものの、ドロテオは状況が決め手に欠けると感じていた。このまま長期戦となれば再び彼らが不利となる。彼の脳裏では任務の重要性と“撤退”の二文字が天秤にかけられていた。

現状はドロテオ機とソードマンが奮戦することで支えているものの、それも限界が見えている。任務に失敗しなお敗北する、それは避けなくてはならなかった。

「……これは、飛空船を戻したのは失策だったな」

五機のティラントーとソードマン。少数ながら強力なこれらの部隊を率いてここまで追い詰められるとは、彼にとってまったくの予想外であった。

これまで蹂躙されるがままであったクシェペルカに、銀鳳商騎士団のような戦力を想定しろというのも酷な話ではあるのだが。

だが転機は思いのほか近くにあった。さてどうするかとドロテオが眉間の皺を深くした時、場に劇的な変化が訪れる。

時は多少前後する。

鋼翼騎士団と銀鳳商騎士団が激突ししばらく経ったころ、街道のまわりに広がる森の中を進む人影があった。

周囲の木々と比べるに全高一〇mほどになる巨人、つまりは幻晶騎士であろう。それにしてはその速さたるや尋常ではなく、並みの幻晶騎士の倍はあろうかというものだ。しかし奇妙なことに、それは走るときにほとんど音を立てていない。筋肉の駆動音はおろか魔力転換炉の吸排気音すらほとんど聞こえず、存在感がどこか希薄に感じられる。

素早さに長けているだけあってか、その体躯は幻晶騎士としてはずいぶんと細い。華奢ともいえる外観の中、妙なふくらみを持つ両肩と鋭い爪を備えた手が目立っていた。

さらに特徴的なのはその頭部であろう。頭部にはおよそ意匠といえるものがなく、視界を確保するための穴以外は滑らかな曲面があるだけだ。無貌――それは音のない動きと合わさり、その印象を亡霊じみたものとしていた。

亡霊の数はひとつではない。二機、三機――何機もの部隊が森の中を飛び跳ねるようにして進んでいる。それらの進路上には、いましも鋼翼騎士団と銀鳳商騎士団が戦っている場所がある。亡霊の目的は明白だ。

やがてそれらは爆発音や鋼を打ち合う音が聞こえてくる距離まで接近してきた。それらの速さをもってすれば、戦場まではあと一息といったところであろう。そこでそれらは手振りで何かを伝え合うと、散開しようとして。

前触れなく森の奥より飛来した、長大な炎の槍がそのうち一機を刺し貫いた。もとより装甲の薄い機体は一瞬で爆砕し残骸と化す。

亡霊の反応は素早かった。蜘蛛の子を散らすように四方八方へと走り出したのだ。直後に入れ替わるように飛び込んできたものがいる。鬼面六臂の姿、イカルガだ。

「増援ですか、先手を取れたのはいいですけど散らばられると厄介ですね。奇襲を受けるよりましとおもって、できるだけ数は減らしておきますか」

隠れる必要がなくなったため、エルネスティは 皇之心臓(ベヘモス・ハート) を起動し戦闘状態へと移行する。そのまま装甲から紅蓮の炎を噴き上げると、散らばった亡霊騎士を追って駆けだした。

ドロテオの部隊とは別個に動いていたこの亡霊の一団。エルが森に潜んでいたこれらを感知できたのは、藍鷹騎士団による監視網――“結界”のおかげである。奇襲を仕掛けんとした亡霊騎士は、逆に鬼神から手痛い奇襲を受けていた。

木々に紛れて疾走する亡霊は、咆哮と炎を噴き上げながら飛び回る鬼神の手により一機、また一機と屠られてゆく。亡霊の部隊が全滅していないのは、初手で迷わず散開したがゆえだ。そもそもこの亡霊騎士は正面きっての戦闘には向いていない。不意の接敵で逃げるのは定石であり、それが功を奏した形になる。

さすがのイカルガも全ては倒しきれなかった。生き残った亡霊騎士は森の中を複雑に走り、ついに街道の戦場までたどりついたのだ。

にらみ合いと剣戟による危うい均衡の上にあった戦場は、異物の投入により大きくかき乱された。

細身の歪な形状を持つ、亡霊のような幻晶騎士は現れるなり腕を振り上げ、そこから小さな何かを撒き散らした。発射された円筒状の物体が街道の上を数回跳ね、いきなり大爆発を起こす。

対応するまもなく、戦場にいた全員が爆発に巻き込まれていた。しかし爆発にはまったく威力がなく、その代わり周囲は数歩先も見えないほどの濃い煙に包まれていた。

「おおう!? 見えないぞ卑怯ものめ! どこいった!?」

「なんだこれは!? チッ、厄介な。若旦那、落ち着いてください」

「煙……目隠しか。二人とも下がりたまえ、仕掛けてくるよ」

突如視界を失った銀鳳商騎士団が混乱に陥る。彼らは煙に紛れての奇襲を警戒し、防御を強め後退していった。

彼らが煙の中でそれぞれに構えていると、遠くからひどく残念そうな声が響いてくる。

「けーっ、つまんねーがしかたねー。紅いの、あんたいいー剣の使い手だ。またいずれ 戦(や) るまで、死ぬんじゃねーぜ!」

ついで吹き抜ける突風が、戦場を覆っていた煙を吹き飛ばした。

「なっ、これは……空飛ぶ船が! 戻ってきたのか!?」

銀鳳商騎士団が警戒していた攻撃はなかった。その代わり、彼らの目の前にあったのは鋼翼騎士団の切り札たる飛空船の姿だ。

再び街道の木々を掠めるほどの低空へと現れた飛空船は、底面を開き中からクレーンを降ろしていた。煙幕を張っている間に後退していたティラントー部隊がクレーンに機体を引っ掛け、次々とその船体へと収納されてゆく。

機体の回収もそこそこに、起風装置が唸りを上げ巻き起こる風が帆を膨らませる。このまま離脱するつもりだ、そう気付いたエドガーはすぐさまアルディラッドカンバーを走らせていた。

「く、間に合ってくれよ!」

可動式追加装甲が展開され、内蔵されていた魔導兵装が炎弾を放つ。それは飛空船の横っ腹へと直撃するが、さすがに数発程度でどうにかなる相手ではなかった。

すぐさまツェンドリンブルが飛び出し、エドガーに続く。

「にぃーっがさないよー!!」

ツェンドリンブルには魔導兵装が搭載されておらず、長射程の武器がない。その代わりに彼らは猛然と飛び出すと、勢いをつけてその手にある物を振りかぶった。

騎槍である。彼らは重心が調整されているわけでもない重い騎槍を力任せに投げつけたのだ。まっとうに飛ぶものとも思えなかったが、ツェンドリンブルのパワーと勢いがそれを可能とした。的が大きいことが幸いしたのか槍が飛空船をとらえ、船体下面へと突き立つ。騎槍はティラントーを吊り下げていたクレーンの基部を破壊し、耐えかねた鎖が弾け飛び黒鉄の騎士が地に落ちる。ティラントーはその自重が災いし、地面に打ち付けられ鉄塊と成り果てた。

だが、そこまでだ。飛空船はいくらかの被害を出しながらも彼らの追撃を振りきり、速度を上げ空へと舞い上がっていったのである。

「まさか空飛ぶ船が戻ってくるなんてね……」

悔しげな様子で飛び去る飛空船を見送っていた銀鳳商騎士団の背後より、甲高い吸排気音が近づいてくる。

森の中の動くモノをあらかた殲滅し、イカルガが通常形態に戻りながら帰ってきたのだ。エルネスティは、そろって西の空を見守る面々の姿を見て首を傾げる。

「どうされたのですか、西の空に何が?」

「敵の空飛ぶ船が戻ってきて、それで逃げられたんだよ」

「なんですって……」

いきなりイカルガを振り返らせ、まだ見えないかと熱心に西の空を探し出すエル。キッドはふと疑問を抱く。

「そういや、いままでなにやってたんだ? エル」

「森の中に変なのが潜んでいたので倒していました。これがすばしっこくて、いくらか逃がしてしまったのですけどこちらには来ませんでしたか?」

「いんやきたってーか、ずいぶんとスッかましてくれたぜ」

事のあらましを聞いたエルはイカルガに腕組みをさせる。

「煙幕ですか……空飛ぶ船といい、ジャロウデク王国というのはなかなか多芸なようですね」

「感心してる場合か」

「なんにせよ、エルネスティが倒した分も合わせると投入された戦力は中隊以上。空飛ぶ船を使われるとしてもそう簡単に次がくるとは思えない。余裕のあるうちに移動すべきだろう」

「確かにまずはお姫様の保護を優先すべきだろうね。雇い主でもあるわけだし?」

飛空船は空の彼方へと消え、戦いの時は去ったと判断した彼らは移動の準備を開始していた。

ツェンドリンブルが荷馬車を接続し、ついで次々と機体を固定してゆく。全機が乗り込んだところで、甲高いいななきと共にツェンドリンブルが走り出した。

荷馬車に設置された待機室の中では、戦いをずっと見守っていたマルティナが、ようやく握り締めた拳を緩めていた。

彼女はこわばった全身から力を抜き、ゆっくりと息を吐き出す。

「……まさか、本当に空飛ぶ船と黒い騎士を押し返すだなんて。銀鳳商騎士団……? 彼らは一体何者なのか」

彼女は一人ごちると、ゆっくりと首を振る。隣に座るイサドラが、静かに彼女に手を重ねた。言葉はなくとも母娘の間に伝わるものがある。

「そうね、彼らはフレメヴィーラの騎士、それで十分だ。……私たちには力が足りない。騎士も、あの空飛ぶ船も。だから奴らに対抗できる彼らの力は、絶対に必要になる」

顔をあげたマルティナの視界に、見慣れた光景が飛び込んでくる。旧クシェペルカ王国東方領の入り口たる関所、彼女の夫が治める地だ。

西から侵略を進めるジャロウデクの手はまだここまでは届いていない。彼女は今ここから反撃の狼煙を上げる、そう強く決心を抱いていた。

銀鳳商騎士団との戦いから辛くも逃げ延びた鋼翼騎士団の飛空船。無事だった黒騎士の格納も終わり、十分に高度をとって巡航している。

操縦席から降りたドロテオは、破壊されたクレーンとティラントーのない場所を見て一時顔をゆがめたが、それを振り切るように足音荒く歩き出した。

格納庫から司令室へ。はしごを上ったドロテオの視界に司令室の光景が飛び込んでくる。彼はそのうち一箇所に目を留めていた。司令室の中央にしつらえられた船長席、来しなはドロテオが座っていたその場所には今、先客がいる。

「ケルヒルト、やはり貴公か」

彼は座席をゆうゆうと占拠する女性騎士の名を呼んだ。

そこに座っていたのはジャロウデク王国の騎士団のひとつ、銅牙騎士団を率いる騎士団長である“ケルヒルト・ヒエタカンナス”だ。

彼女はドロテオの姿を見ても表情も変えず、返す。

「そうだよ、なにか文句あるかい?」

「……いや。今回は恩にきよう……危ういところだった。それにしてもずいぶんと間がよく現れたが、どういうことだ」

「簡単な話さ、あんたが乗り捨てた飛空船を途中でとってかえさせたのよ。ちょっと“悪い知らせ”もあってね」

悪い知らせ、今回の任務失敗以上に悪い知らせなどあるものか、そう思いドロテオは髭面をいっそう険しくしながら傍らの座席へと腰を下ろす。

「どういうことだ」

「少し見覚えがあるんだよねぇ、あの“白いの”に“紅いの”。オマケで見たこともない妙な幻晶騎士を繰り出してくる。敵の正体に心当たりがあるってことさ」

それまでは憮然としたものだったドロテオの表情が、急速に鋭さを取り戻してゆく。

「なんだと……! 何者だ、わしら以外にあれほど強力な幻晶騎士を用いるものなどいるはずが……待てよ、わしら以外に?」

「そうさね、気づいたかい? あれは恐らく、あたしらの黒騎士の 原型(オリジナル) を作った連中」

ケルヒルトは口元の皺を深くすると、忌々しげに言い捨てる。

「 魔獣番(フレメヴィーラ) のやつらが出張ってきたのさ。これはまずいよ、王族と魔獣番がひとつところにいる。早いとこ手を打たないと酷く面白くないことになるだろうさ!」