軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#45 新入生を迎えよう

国立機操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ) 、通称“ 国機研(ラボ) ”――それは、フレメヴィーラ王国において唯一最大の 幻晶騎士(シルエットナイト) の研究機関である。

その使命は幻晶騎士に関する様々な技術を収集し、新たな機体を創り上げること。建国以来の長きにわたり、彼らはそれを続けてきた。

しかし幻晶騎士の開発スパンはおおまかに百年単位にも上る、気の長いものだ。そのため研究施設としてのみならず、平時は機体の製造施設として稼働している。

オービニエ山脈の山裾にはフレメヴィーラ王国の王都カンカネンを始めとして、ライヒアラ学園街などいくつかの街が存在している。

西フレメヴィーラ街道の始まり、この国の始まりの地。山地からなだらかに平地へとつながるこの地域には、国内でも大都市と呼ばれる街がいくつも集まっている。

そこから南へと馬車で数日の距離。賑わいとは切り離され、鬱蒼とした森の中にひっそりと存在しているのが国機研の拠点となる城塞都市“デュフォール”である。

カンカネンやライヒアラは城壁を持っている。魔獣のうろつくこの国では当然の備えであり、一定以上の街には大抵存在しているものだ。

デュフォールもその例に漏れず城壁に囲まれているが、組織の重要性を鑑みてかその規模は他をはるかに上回り、堅牢極まりないものだ。

街の形も独特だった。住居と思しき小さな建物はそこそこしかなく、街の過半を一つの施設が占拠している。その規模はフレメヴィーラ最大の学園施設、ライヒアラ騎操士学園すら凌ぐほどだ。

この施設こそが国機研の本体ともいえる、開発工房群なのであった。

外敵に備えた堅固な城壁、そして砦じみた巨大施設を中核とした街の構成。それらがデュフォールが城塞都市と呼ばれる由縁となっていた。

開発工房とよばれる巨大工房は、一つ一つが実に広大だ。内部には様々な設備と、試作と思しき機体が山のように存在する。

少々歴史を積み重ねすぎているが故に、積もりに積もった成果が雑然と並ぶ様はまさに混沌としか表現しようがない。それはそれでどこかのメカヲタクならば狂喜乱舞するかもしれないが。

そんな混沌の権化たる第一開発工房、その一角では今、大勢の鍛冶師が集まり何かしらの作業を行っている。

彼らの中心にあるのは4機の幻晶騎士。それはいささか無骨で、周囲の機体とは異なる意匠を有していた。

それは彼らが組み立てた機体なのだろうか。いや、彼らが熱中しているのはそれとは真逆の作業、その幻晶騎士を“解体”しているのだ。

「どうなってるんだ、これは……」「強度不足がおこるだと?」

「これは腕か……こんなものを増やして、動かそうなどと……」

彼らによってばらされている機体は解体される前から少なからず損傷を負っており、完全な形をした物はなかった。なかには大破と呼んで差し支えない状態のものすらある。

この機体の名は“テレスターレ”――カザドシュ砦の襲撃事件において賊の手に落ち、やむなく破壊するに至ったものだ。

本来ならばまずは修復されるべきなのであろうが、“製造元”である 銀鳳騎士団(ぎんおうきしだん) が新型機開発へと突入したため宙に浮いてしまっていた。そのまま放置するよりは、と国機研での研究資料として提供されることになったのだ。

「ううむ、これはまっとうな状態でばらしたかったものだな」

「おお、この筋肉は……変わった取り付けかたになっているな」

鍛冶師たちはまるで玩具を与えられた子供のような表情で、片時も休まずに作業に従事している。

一つばらすたびに新たな機構が発見され、既存の機体とはかけ離れた構造を持つテレスターレの謎についての議論が巻き起こる。もちろん、その間も手が止まることはない。

地球という異世界の知識と発想が混ざったテレスターレは、この世界における因果関係を持たない。突然振って湧いたように現れたテレスターレの謎は、彼らの興味を強烈に刺激していた。

彼らはまるで貪り尽くすかのように巨人を構成する部品の一つ一つを丁寧に外し、それを作る技術を己が物にしようとしている。飢えた獣にも似た貪欲さで、黙々と作業が続けられる。

だが、そんな鍛冶師たちの有り余るほどの熱意にも関わらず、巨人の解体は一筋縄ではいかなかった。

やはり“ものが違いすぎた”のだ。これまでに彼らが手がけてきた機体とはまったく異質な発想により作られているが故に理解は遅々として進まず、ただ議論に終始する日もあった。

機体と同時に持ち込まれた“設計書”がなければ、その作業は果てなく続いていたかもしれない。

そんな鍛治師の意地と熱意だけが支配する開発工房にまったく違う雰囲気をまとう人影が現れた。

背が低くどっしりとした体型、表情は多くの皺に埋もれ、自身の身長を越えんばかりに長く伸ばされた髪と髭は丁寧に編みこまれてある。特徴的なその姿は、彼が歳経たドワーフ族であることを示していた。

「……ガイスカ工房長」

彼を出迎えた鍛冶師の表情には、微かに苦いものが混じっている。

ガイスカ・ヨーハンソン工房長――彼はこの第一開発工房を取りまとめる立場にある、いわば鍛冶師たちの上司に当る人物だ。

「またずいぶんと、時間をかけているではないか……もちろん、すでに作業は終わっているのだろうな?」

錆び付いた道具が上げる、軋みのような奇妙な響きを持つ声が鍛冶師たちの背を寒からしめる。

彼らはびくりと動きを止めると、些かバツの悪そうな視線を交わしあい、躊躇いがちに口を開いた。

「いくつもの興味深い部分が判明しています、工房長。しかしなにぶんこの機体は既存のものには見られない機構が多く、調べ終わるまでにはまだ時間が必要となるかと。

これはさながら宝の地図ですよ、調べれば調べるほど新しい発見が現れる。しかし一体何を考えればこんなものを作り出せるのか、まったく不明で……一緒に設計書が渡されなければどれほど苦労したことか。例えば……」

熱中すると無駄な饒舌さを発揮する、部下の悪癖を察知したガイスカは手を振ってその台詞を遮った。

「それで、どれほどのことがわかったのだ。かつそれは使えそうなものなのか?」

途端にそれまでの饒舌さが嘘のように鍛冶師が黙り込む。

その反応から悪い結果を汲み取るのはさほど困難なことではない。ガイスカの、皺に覆われた細い眼がさらに細く絞られていった。

「……まずは説明しろ」

「その、先ほどもいった通り元々の発想が違いすぎまして……模倣は不可能ではありませんが、把握するにいま少しの時間がかかるものと……」

彼がそれ以上の弁明を重ねることはなかった。ガイスカの瞳に宿る怒気を捉えたからだ。

「……お前は、たかが学生が作ったものに対し、我が国機研が誇る技術者がてこずっているとでもいうつもりか?」

「そのようなことは決して……! 成果は上がっております。例えばこの 結晶筋肉(クリスタルティシュー) の使い方、それまでに増して力を発揮するこの仕組みは比較的容易に応用が可能でありましょう」

鍛冶師の返答はガイスカをまったく満足させるものではなかったと見え、彼の表情は厳しいままだった。

報告を続ける鍛治師はすでに十分に冷や汗をかいていたが、この後に告げるべき内容を考えると逃げ出したい気分でいっぱいだった。

「その、工房長……他にも、問題がありまして……」

恐る恐る言い出された言葉に、ガイスカの顔から表情が消える。

「機構はいくらかの時間があれば解決できますが……別の問題がありまして。

この機体、どうやら 魔導演算機(マギウスエンジン) まで大幅に手が加えられている様子。そちらは 構文技師(パーサー) たちが全力を尽くしてはいますが、未だ全容は把握できておらず……」

「なに……しかし仮に魔導演算機が書き換えられていたといえ、機能から術式を類推できるのではないか?」

「確かに設計書を受け取っていますが、そこに書かれているところから……その、この機能をどうやって動かすのかがまったく不明で……」

再び眦を上げ始めたガイスカの様子に、鍛冶師たちの顔色はすでに完全に蒼白となっている。

「よいかお前たち。我らは陛下より、完全新型の開発を仰せつかっている……。完全な新型! およそ100年ぶりの大業だ!! 完成の暁には我らの名は歴史に残るものとなる。それを、このような最初の段階でまごついてどうするつもりだ!!」

弁明しようにも、事実として十分な成果が上がっていないのである。怒れる上司と現実の板ばさみ状態となった鍛治師たちは冷や汗にまみれていたが、どうにも状況は好転しそうになかった。

進退窮まる彼らを救ったのは、その場に現れた第三者からの言葉だった。

「こらこらガイスカ君、そんなに怒鳴り散らしては彼らも萎縮して、逆に作業の手が遅くなってしまうだろう」

それに対する両者の反応は劇的なものだった。ガイスカは弾かれたかのように振り返り、鍛冶師たちは救いを見出し喜色を浮かべている。

「これはこれはオルヴァー所長……椅子に根をはり体がなまるとお嘆きの貴方がかようなところにやってくるなど、本日はどのような心境の変化ですかな」

オルヴァー・ブロムダール――国機研の長、所長を務める人物である。彼は随分と若い男だった。ドワーフ族であるガイスカとは対照的な長身痩躯をゆったりとしたローブで包み、糸のように細い目に穏やかな笑みを浮かべている。

彼の登場はガイスカも予想していなかったのであろう、彼の顔には一瞬だけ相当な驚きが過ぎったが、周囲に悟られる前に打ち消していた。

「もちろんその“新型”を見るためさ。新型丸々1機が持ち込まれるとは建国以来初となる珍事だからね。どうせなら解説を聞けたほうがいいと思って、少し時間を置いたのさ。

鍛冶師(キミ) たちも、これは陛下からの命ではあるが、だからといって焦ってもどうにもならないからね。ゆっくりでも確実に仕事をこなしてくれたまえ」

現金なもので、すぐさま了解を返すと鍛治師たちは横槍が入る前にそそくさと作業へと戻っていった。

すぐに、その場には苦々しさを残すガイスカとオルヴァーだけが残される。

「所長、困りますな。各工房、ないし鍛冶師の監督は我々工房長の領分。それを頭越しに指示を出されてはね」

「おっと、それもそうだね。でもあまり焦るのは良くないと思って、親切心からの忠告だよ」

「所長のお立場もお察しいたしますが、無用の心配かと……失礼します。他にも気になることはありますからな」

踵を返したガイスカが足早に去ってゆく。

オルヴァーはその姿を見ながら軽く肩をすくめた。

「まったく、ガイスカ君も頑固な男だ……有能ではあるが少し融通が利かなすぎていけないね、何事にも余裕は大事だというのに。特に今のように“我々が試されているとき”には、ね」

オルヴァーが現場を見に来た本当の理由。新型機に興味があったのも事実だが、真意は別のところにあった。

彼の耳に届いた新たな開発集団――銀鳳騎士団の噂。100年ぶりの新型機という鳴り物入りで現れた存在に、警戒を抱くなというほうが無理であろう。

「にわかには信じがたいが、陛下が我々以外の開発工房を開いたのは確か。それも、持ち込まれた新型の開発者たちを集めて、だ。対して、我々は明らかに後手にある」

解体作業のざわめきの中で、彼の呟きを聞くものはいない。

そもそも、彼も誰かに聞かせているつもりはないのだろう。

「我々は当て馬かな? それとも……荒療治のおつもりかな? 陛下も存外お人の悪い。

むしろ両方が目的かもしれないね。敢えて別の組織を作り、並べることで“競争”を促す……さて、考えすぎかな」

彼の独白は、喧騒の中にただ溶けて消えていった。

「“若造”めが……うまく陛下に取り入ったからとでかい面を……今に見ておれ」

足音も荒く進みながらガイスカは吐き捨てていた。鍛治師の報告を受けたときとはまた別の不快感が彼の神経を逆なでしている。

くぼんだ眼窩の奥で瞳に炎を滾らせながら、彼はテレスターレの残骸をにらみ殺さんとばかりに見つめている。

「次期制式量産機……そう、それさえ完成させれば私の名は歴史に残る。これ以上あの若造にでかい顔をさせることもない……!!」

昏い炎と共に決意を新たにした彼は口元に不吉な笑みを浮かべている。

そして悲願成就へ向け、不甲斐ない部下をたきつけるべく再び声を張り上げるのだった。

フレメヴィーラ王国を覆っていた冬は過ぎ、春の訪れと共にライヒアラ騎操士学園は旅立ちと出会いの季節を迎えていた。

今年も課程を修めた学生たちが卒業してゆき、入れ替わりに新入生が入ってくる。

新たな学年へと進級するものがいて、新たな段階へ進学するものもいる。

学生たちは新たに入れ替わった、または代わり映えのしない顔ぶれとともに新たな1年の歩みを始めていた。

学園のそこかしこを浮かれた空気が漂う中、高等部である騎操士学部も新たな学生を迎えていた。

騎操士(ナイトランナー) や鍛冶師を目指し、幻晶騎士に関わらんとする学生は騎操士学部を目指してくる。

希望と熱意に燃える彼らは知らなかった。今年度から、騎操士学部は常識の息絶えた魔界へと変貌を遂げているということを。

一歩ごとに微かな振動を地に与えながら、幻晶騎士・カルダトアが歩みを進める。

教官に案内され移動している途中だった新米騎操士と新米鍛冶師たちは、それを目にしてざわめきを抑えられないで居た。

カルダトアは長きにわたって制式量産機としてフレメヴィーラの地を護ってきた機体である。国内における知名度では他の機体をはるかに凌いでおり、ある意味代名詞とでもいうべきものだ。

彼らは「制式量産機を多数保有しているとは、さすがはライヒアラだ」と感心し、さらに自分たちがそれに触れることができるという喜びに体を震わせていた。

彼らが向かうのは先ほどのカルダトアが出てきた場所、工房だ。

内部は相変わらず鍛冶の熱気に包まれており、さらには整備台には数多くのカルダトアが座って並んでいるのが見える。

さらに奥にある鍛冶場では鍛冶師が今まさに鉄を打ち、部品を作っている最中だった。

自分たちがこれから学ぶ場所、しかし彼らはその様子を見て首をかしげ、疑問符を浮かべていた。

部品を作る鍛冶師。それ自体はなんら珍しいものではないし、鍛冶師学科の生徒ならば一度ならず身に覚えのある光景だ。

奇妙なのは鍛冶師が身に纏っているものだった。それはどうみても鎧なのである。

当たり前のことではあるが鎧とは防具であって鍛冶に必要なものではない、どころか邪魔ですらあるだろう。

そう、鍛冶師が使っているのは尋常の鎧ではなかった。それはエルネスティが考案した超小型幻晶騎士とでもいうべき代物、 幻晶甲冑(シルエットギア) だ。

最初期に作られた幻晶甲冑である“モートルビート”型は動作にあまりにも高い魔法演算能力を必要とし、普通の人間には扱えない失敗作だった。しかしその有用性に目をつけた学園上層部と戦闘能力を目の当たりにしたディクスゴード公爵の働きかけにより、量産の検討依頼と共に魔導演算機に関する技術が提供されることになる。

そうして新たに開発された小型の魔導演算機を搭載した普及型の幻晶甲冑、それがこの“モートリフト”型である。鍛冶師が使っているのはその先行試作機に当る。

モートルビートは大型の全身鎧という趣の形状をしているが、モートリフトはそうではない。

製造工程を簡素にするために手脚の構造は大胆に簡略化されている。顕著なのが胴体部分で、そこにはまったく装甲が存在しない。操縦者は腰に当る部分に軽く座るような格好で、背骨に当るメインフレームに革帯を使って体を固定して乗り込む。その周囲には事故対策として”鉄柵”と呼ばれるフレーム状の簡易防護があるのみだ。

限りなく作業用と割り切られた身を守る鎧としての能力はないに等しい構造だが、内部に熱がこもらないため特に鍛冶仕事では好評だったりする。

豪快な音を立てて槌を振るモートリフトを見て、新入生のうち何人かは去年の記憶を思い出していた。

モートルビートの製造時にエルやキッド、アディは学園内や街中を走り回っていたこともあり、それを覚えていた者もいたのだ。

それでもまさか、作業用として量産配備が始まろうとは思ってもみなかったようだが。

「おう、新入りどもがきたか」

工房の奥から響く槌の音にも負けない大きさの声が轟き、新入生たちは驚愕にびくりと震えてから振り向いた。

彼らの前に現れたのは一人の上級生だ。いや、正確には“元”上級生というべきか。

そこに居るのは、今や“銀鳳騎士団直属鍛冶師隊隊長”なる仰々しい肩書きを背負う、親方ことダーヴィド・ヘプケンその人である。

ドワーフ族の特徴でもある、背は低いが筋肉質で頑強な体躯。長い間鍛冶仕事のために振るわれ続けた彼の腕は、それ自体が鉄でできているのではないかと思うほど剛健な雰囲気を放っている。

彼はたった一人でありながら、その存在感だけで新入生全員を圧していた。

「おう、待ってたぜ。いや、最近はちょいとばかしやることが山積み過ぎて圧死しそうだったからな、おめぇらには期待してるぜ。これからはキリキリ働いてもらうから、そのつもりでな」

「親方、それじゃあ不親切を通り越して脅しているようにしか聞こえないぞ」

溜息と共に彼を諌めながら現れたのはエドガー・C・ブランシュ。彼は現在は2個中隊を抱える銀鳳騎士団において、“1番中隊隊長”という立場についていた。

金髪を短めに刈り込み、立派な体躯を使い古された革鎧で覆っている様は、まさに歴戦の兵といった趣である。実際には彼もまだ若いのだが、さらに若い新入生からすれば十分な貫禄が感じられるというものだ。

「ようこそ新入生の皆、騎操士学部、そして銀鳳騎士団へ。歓迎するよ。

色々とまだわからないこともあると思うから簡単に説明する。あの鍛冶師が使っているのは幻晶甲冑という……小型の幻晶騎士といったものだ。我々が開発した。

現在はまだ試作段階にあり、大々的な普及にはうつっていない。ひとまず自分たちでこうして試しているわけだが、鍛冶師の評判はなかなかのようだな」

新入生からは抑えたどよめきが上がった。だんだんと、彼らの聞き及んでいた騎操士学部とは様変わりしていることに気付き始めたのだ。

「いずれ諸君らにも幻晶騎士を動かしたり作ったりしてもらうが、その前にまずは幻晶甲冑に慣れてもらいたい。特にここにいる騎操士と鍛冶師には今後必須となると思ってもらって良い」

「それで慣れたところで、おめぇらにはまずカルダトアの改修をやってもらうつもりでいるからよ、覚悟しとけ」

あまりといえばあんまりな台詞に新入生は全員そろって呆けたような表情を晒していた。

ここにいるのは新入生なのだ。まず1年は先輩の手伝いという形で経験を積み、2年目から本格的に触り始めるのが通例だ。それが、いくらか訓練をした後はすぐさまカルダトアの改修に入るという。彼らにしてみればまさに急転直下の展開だ。

そして、混乱に陥っていた彼らの元へとさらなる災禍が現れる。

「あ、新入生の……先輩? がたがいらっしゃったのですね」

鉄と炎に満ちた空間には場違いな、小鳥の 囀(さえず) りのような声が彼らの思考に割り込んできた。ゆっくりと視線をめぐらせた彼らが見たのは、ふわふわと銀色の髪をはためかせながら現れた小柄な少年の姿だった。

銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリアである。

エルの姿を見た新入生たちは唖然とした表情から、さらに奇妙なゆがみを見せた。見知らぬ子供だから、ではない。むしろ彼らのほとんどがエルネスティを知っているがゆえに驚きと何故ここにいる、という疑問を感じているのだ。

それは昨年に起こった 陸皇亀(ベヘモス) 事件でのことだ。

森の中で孤立し、窮地に陥っていた中等部の騎士――現、騎操士学科1回生の大半――を援護するために飛び回ったのは他でもないエル、キッド、アディの3人である。

それでなくとも騎士学科の間ではエルは色々な意味で有名人だったりする。直接の面識はなくともすぐさま彼だと知れたのだ。

エルは戸惑いに硬直した場の空気を感じ、微妙な苦笑を浮かべるエドガーを見やるとなにやら納得を見せる。

「……もしかして段取りを間違えてしまいました?」

「もう少し説明してからと思っていたがまぁいいさ、遅かれ早かれだろう。授業に出ていると思って、伝えていなかった俺たちにも問題はある」

エドガーは新入生に多大な同情を覚えながらも、咳払いをしてから言い聞かせるようにゆっくりと話しだした。

「もうひとつ、非常に重要な連絡になるんだが……現在、騎操士学部の各施設は陛下直属の特設騎士団・銀鳳騎士団により徴発された状態にある。ついでに我々はみな、その団員ということになっている。

そして君達は騎操士学部の新入生であるが、同時に銀鳳騎士団付きの見習い騎士という身分になることを覚えておいてくれ。ああ、心配しなくとも教育内容をおろそかにすることはしないよ」

国王直属の騎士団というインパクト満開な肩書きに、彼らは驚愕を通り越して冷や汗をかき始めていた。進学前に想像していた普通の学生生活などここには微塵も存在せず、事態は彼らの想像の埒外へと爆走を始めている。

「それで、肝心なのはここからで……銀鳳騎士団とは幻晶騎士の製造、運用に特化した集団と思ってくれ。そしてその中心人物であり騎士団長でもあるのが……この、エルネスティ・エチェバルリアだ」

ぺこりと頭を下げるエルを前に、理解の追いつかない新入生たちが硬直している。

その様子にはさすがの親方も同情してしまうほどだった。

「あー、その、なんだ。色々と思うところはあると思うが、本格的には明日から始めようと思う。今日のところはここまでにしよう」

エドガーの締めくくりの言葉を受けつつ、新入生たちは自分の人生が大暴走を始めたことを、はっきりと悟っていた。

初日にして衝撃に打ちのめされた様子の騎操士学部の新入生たちが疲れた様子を隠せぬままぞろぞろと退出してゆく。

その中に一人、違う動きをしている者がいた。その人物は目立たぬように集団から離れていたが、全員が移動した隙を見計らって一人工房へと戻ってゆく。

「エチェバルリア騎士団長」

エルは、足元に伸びてきたすらりとした長身の影を見て振り向いた。

その人物は、騎操士学科の準騎操士が使用する革製の簡易防具を身につけている。まだ真新しいそれから察するに、新入生の一人なのだろう。

だがエルには、その人物に見覚えがあった。笑顔で頷くと先に歩き始めた親方とエドガーへ声をかける。

「すいません、二人とも先に戻っていてもらえますか? 僕は少し話がありますので」

親方とエドガーは顔を見合わせ、そのまま工房の奥へと戻ってゆく。

エルとその新入生は、誰も使用していない会議室へと向かっていった。

「意外ですね、“藍鷹騎士団”に所属する貴女が、騎操士学部の新入生になっているとは」

「もともと私は“連絡要員”として派遣されることになっていましたので。他にもいくらかの目的があり、こういった形になりました」

エルは身長差のある相手を見上げながら、何かに納得するような表情を見せる。

彼女の名は“ノーラ・フリュクバリ”、藍鷹騎士団に既に所属している騎士の一人だ。

“藍鷹騎士団”――その名前は一般には知られていない。そもそもどこの砦を調べたとしても、そのような名前の騎士団は存在しない。

実体なき騎士団、つまり彼女らは先日の銅牙騎士団と同じく、いわゆる“間者”の集団なのだ。その藍鷹騎士団が名前を出して動く理由は、彼女たちの任務に大いに関係があった。

「こうして報告に来たということは、何かしらの成果が上がったということですね?」

中途半端な長さの髪の毛をさっと払った彼女は無表情のまま頷いて肯定すると、そのまま抑揚の少ない口調で話し始めた。

「まずは先日の“調査”の結果について報告を。“銀鳳騎士団にいる者、及び学園に所属する者全員の素性の洗いなおし”については完了しました。

結果として経歴に不審な点のある者が数名、見つかっています」

銀鳳騎士団の結成と前後して国王アンブロシウスから彼女たちに下された命令、それがライヒアラ騎操士学園の徹底調査である。

藍鷹騎士団の存在を知る者は多くはない。全貌を知るものに至っては、アンブロシウス以外にはいないだろう。エルとしても“連絡員”として紹介された、目の前の人物以外についてはまったく知らない。

「……以上により先日のカザドシュでの事件は、事前に内部から情報が伝わったという可能性が高いと推測されます」

「他に経路は考えにくかったですが、やはりですか。しかしそうすると、 学園(ここ) には前々から他国の人間が混ざりこんでいるということになりますね」

やはりノーラはにこりともせず、淡々と肯定だけを返した。

「恐らくは定期的に異分子を混ぜ込んでいたのだと推測されます。いくらか確認したところ、毎年の卒業者の中に不自然に足取りのつかめない者がいることもわかっています」

毎年大勢の人間を受け入れている学園では身元調査などは最低限度のものになるし、就学態度がまっとうである限り放り出されることも無い。そして自動的に最新の知識が伝授されるのである。さぞ調査は捗ったろうと、エルは内心で苦笑していた。

彼女はそれ自体には特に感想を述べるでもなく報告を続ける。

「問題の人物は既に“処置”を終え、連絡経路も特定済みです。どうやら先日の一件で敵の力は相当に落ちた様子。私たちはこれを機に、国内より敵対勢力を排除すべく行動を起こしています。

同時に今後送り込まれる間者を防ぐべく手の者を学園、及び都市内に配置し“結界”を敷きました。今後、同様の事態を起こす心配はありません」

さすがのエルにも諜報戦は専門外であり、さしたる対抗策も持ってはいない。

防諜に関しては彼女たちにすべてを任せることになるだろう。

「それに関しては、専門である貴女がたに一任します。今後は定期的に状況だけは教えてください」

「承知いたしました。私は連絡の担当として、このまま騎操士学科の教科に参加しています。何かありましたら私を通じてお伝えいたします」

報告を終えたノーラは丁寧な一礼を残して立ち去っていった。

その背中を見ながら、エルは物憂げに目を細め、ただ口元には不穏な笑みを浮かべていた。

「(……新型機強奪にスパイかぁ、面白うなってきたとか思うのは、あかんかねぇ)」

彼の真意を知るものがいないことは、むしろ救いといえたかもしれない。

ノーラが立ち去ったあとも一人でにまにまとしていたエルだが、不意に誰かがやってくることに気づいた。

しかも彼の背後に回りこむような動きに警戒を覚えるが、直後にそれが馴染みのものであると気付いた。

後ろから現れた人物も気配を隠すようなことはせず、堂々とエルに近づき、そのまま抱きついてくる。

「エールー君」

エルの予想通り、現れたのはアディだった。

「今の女の人、誰?」

「騎操士学科の新入生ですよ」

「何を話してたの? なーんだか楽しそうだったね」

「そうでしょうか?」

楽しそうだったとすればスパイの存在についてであろうが、それはさすがにアディ相手であっても説明できないことに属する。

何も言わず笑みを浮かべて首を傾げるエルをアディは少し釈然としない風に見ていたが、ふと笑顔へ戻った。

「綺麗な人。それに背、高かったね」

「……ええ、ソウデスネ」

少しばかりエルの返答は堅かった。アディの腕の中にすっぽり入るサイズのエル、何がとはいわないがその差は年々開く一方である。人は努力だけでは報われないときもあるのだ。

「エル君、私もけっこう背が高いよ?」

「はい? もちろんわかっていますし、現在進行形で実感していますよ」

自身の頭上に存在するアディの顔を見上げながら、微妙に恨めしげな表情を浮かべるエル。

その後、何かに納得したのか「ならよろしい」と言い残して去って行くアディに、エルは本格的に首をひねることとなった。

「え? あれ? 結局なにも用事はなかったんですか?」

答えを持つものは既にその場には、いなかった。

釈然としない空気を抱えつつも、エルはとりあえず親方の元へと向かっていた。

現在製造中の新型機、その進捗を確かめるのがエルの日課である。

「おう坊主、新人に呼び出されたってぇが、ずいぶんと遅かったじゃねぇか。何かグズられたのか?」

「いいえ、特にそういうわけでも」

「そういやあんまり遅いから嬢ちゃんにおめぇを呼びにいかせたんだが、一緒じゃねぇのか?」

エルには、げっそりとした様子で曖昧に答える以外の選択肢がなかった。

結果的に目的は達成されているが、来なかったらどうするつもりだったのか。

「えぇ、まぁ。それで、なにでしょうか」

「今用があるといやぁ、こいつしかねぇだろ」

彼らがいるのは工房の最も奥まった場所。その手前には簡単ではあるが仕切りが設置され、入り口からは見えないようになっている。

そのため新入生たちもこの存在には気づいていなかっただろう。彼らにはあまり秘匿する気はないのだが、ここで作られているものを見せるにはまだ早いと考えていた。

工房の最奥、そこで広大な空間を占拠する組み上げ途中の機体。それは歴史の表舞台に躍り出る前の、いまだ胎内にある魔物である。

十分に余裕があるはずの工房の天井に届きそうなほど背の高い機体。あまりにも特殊な形状のそれは整備台を利用できず、天井を走るクレーンから多数の鎖を伸ばし機体をぶら下げるようにして固定している。

結晶筋肉を取り付けている途中の上半身は、興味深くはあるがごく普通のものだ。しかし順に視界を下げ、機体の下半身が見えるにつれてその姿は異形の度合いを増してゆく。

“4本の”脚を曲げ、座り込んだその機体。 金属内格(インナースケルトン) を剥き出しにしたそれの形状はどう見ても“ヒト”のものではない。

周囲にあるカルダトアより巨大で、恐るべき異形の存在。それは人馬幻晶騎士、正式な名を“ツェンドルグ”という、銀鳳騎士団の最新鋭機であった。

作業を続ける鍛治師をみながら、親方は腕を組んで唸る。

「実をいうとだ、前から少し気になったところがあったんだが……ここに来てそいつが発火しやがってな。大問題だ、こいつはこのままじゃ動けなくなる」

「……もしかして、巨大すぎますか」

「ああ、構造も結晶筋肉の量も普通のとは比較にならねぇ。今の 魔力転換炉(エーテルリアクタ) の出力じゃあこいつを支えきれねぇな」

ツェンドルグが直面している問題、それは幻晶騎士の基本的な機能に関するものだ。

幻晶騎士はあくまでも人力で製造されるものであり、人の手で扱える部品の大きさには限度がある。そういった小さな部品を組み合わせて作られた幻晶騎士は、自身に十分な強度を持たせるために魔力転換炉から発生する 魔力(マナ) のいくらかを常に消費し、強化魔法を適用し続けている。

仮にこの強化魔法が途絶すると、幻晶騎士は自らの重量に耐え切れなくなり容易に自壊してしまうことになる。

通常の幻晶騎士でそれが意識されることはない。多少大柄な機体を作ったところで影響が出るほどではなかったからだ。

しかしツェンドルグは違った。この機体は標準的な幻晶騎士よりもはるかに大きなおよそ15m程度の高さを持ち、さらに下半身は馬の形をしているのだ。

当然、“ただの人型”よりはるかに体積が大きく、重量も莫大だ。それは機体を維持するための強化魔法で消費する魔力の量が、およそ無視し得ないほど増大することを意味していた。

「実際に動かしながら試算してみたんだがよ、このままだと炉で生成した魔力のほとんどを筐体の強化接合だけで食い尽くしちまうことになる。

筐体のでかさに見合うだけの 魔力貯蓄量(マナ・プール) はあるけどよぅ、それだって回復しねぇんじゃ何の意味もねぇ。そもそも筋肉の量にしても普通とは比較にならねぇほど多いから、めちゃくちゃな魔力の大喰らいになってるしよ。貯蓄量が回復しねぇんじゃあ、ちょっと走ったら倒れることになるぜ」

親方は癖っけの強い髪をガリガリと掻きみだし、エルも腕を組んで悩み始めた。

「強化魔法による消費の増大ですか……なるほど、幻晶騎士の大きさがあまり変わらないのはそれが原因な訳ですね。今の姿が1基の魔力転換炉で支えられる、最適解なわけだ」

「馬鹿野郎、変な感心をしている場合かよ。面白い機体だったがしかたねぇ、失敗作だ。こいつはせめて普通の幻晶騎士と同じくらいまで小さくしねぇとダメだな」

「それでは……体積を普通の機体に合わせては、上半身なんて子供みたいな大きさになってしまうのでは? そこまで来ると格闘性能が落ちてしまいそうですし、それはそれで意味がない」

「他にどうしようってんだよ」

このままの大きさではまともに動かすことができない。だからといって魔力転換炉を出力が上がるように改造することはできない。

ならばどうすべきか。答えは簡単であり、エルはその解決方法に思い当たる節があるが、それでも彼の表情は晴れなかった。

そうしてしばらく悩んでいたものの、他に案はないと見たか彼はため息とともに顔を上げた。

「いたしかたありません……この方法だけは取るまいと思っていましたが……他に策はないようですね」

「おう? なんだよ、何かやりようがあるんじゃねぇか。この期に及んで何を躊躇するんだよ」

やけにあっさりと案が出てきたことに安堵した親方だったが、次の台詞を聞いてすぐさま顔色を変えることになる。

「筐体の大きさは変えません。炉だって変えません。ならば“炉の数を増やしましょう”。

魔力転換炉を2基搭載して供給量を倍にすれば、このままの大きさでも動けるでしょう」

軽く、仕方ないと嘆息気味に語られたその言葉に親方は凍てついたように動きを止め、しばしの時を置いてから呻くように言葉を搾り出した。

「おめぇ……この化け物に、さらに心臓をくっつけようってのか……ああいや、そうだな、こいつは“機械”だから、そんな考えは置いとけってことだったな……」

ドワーフ族であるが故に表情がわかり難いはずの親方が、珍しくわかりやすいほど目を見開いて愕然とし、ついで長く息を吐き出した。

肺腑の空気を吐ききったときには既に、親方の表情に動揺の影はなかった。

「あまりお勧めできる方法ではないのですけどね。さらに改善案を出すとしても、まず完成品を作ったほうがいいでしょう。それを元に構造や術式、消費を見直して1基の範疇に収まるように工夫しましょうか」

エルの言葉は親方を説得するよりも、自身に向けたものであるかのようだった。

「おめぇでも一応、躊躇はするんだな……珍しく、ずいぶん渋るじゃねぇか」

「だって、魔力転換炉は飛びぬけて高価なのですもの」

「いやそうなんだけどよ、問題はそこか? ここまで派手に常識に喧嘩売っておいて、今更値段を気にするのかよ!!」

「当たり前ではないですか、費用的な部分は重要なことですよ? 魔力転換炉を増やしてしまうと一気に費用が跳ね上がります。これ1機を完成させるだけならともかく、あまりに高額になってしまうと今後の量産など望めなくなっちゃうじゃないですか」

「なんだろうな、言っていることは正しいんだがよ、おめぇに言われるとそこはかとなく納得いかねぇな」

ぼやきつつも、親方はこのことをどうやって皆に説明するか、既に頭が痛くなってくる思いだった。

「ともあれ、やると決めたからには早速図面を直しましょう! 筐体に余裕があるとはいえ、大幅に配置や形状を見直さないといけませんね……うーん、それはそれで面白い事になってきましたね! 明日の授業中はなかなか熱くなりそうです」

「いや、授業は真面目にうけやがれ」

うきうきとし始めたエルに対し、親方のどこかずれたツッコミが空しく飛ぶのだった。

なんだかんだいって、エルは授業を犠牲にすることなく作業を進めていた。

エチェバルリア家のエルの私室、机に向かって首をひねるエルの他に、キッドとアディの姿もある。

エルはツェンドルグの図面を前にひたすらにペンを翻し、二人はのんびりと銀板に 紋章術式(エンブレム・グラフ) を刻み込んでいる。行われていることの狂気じみた内容に反して、その様子は子供がラクガキをして遊んでいるかのようだった。

「うん、そうしましょう」

そんな中、前触れなく立ち上がったエルを見てキッドとアディが顔を上げた。

「どうした? またなにかろくでもねーことでも思いついたのか?」

「近いですね。紋章術式作りを手伝ってもらっている上でなんですが、二人に別のお願いがあるのですけど」

「え、なになに? なーんでもこのアディさんに言ってみなさい!!」

「おーう? また色々作るんだな」

エルは二人を見回すと、意を決したように仁王立ちで宣告する。

「二人で、 幻晶騎士(ツェンドルグ) に乗ってくれませんか?」

笑顔のままのアディがくいと首をかしげ、腕を組み、しばらく宙を睨み、キッドと顔を見合わせて、二人で疑問符を浮かべるとエルへと振り返る。

「え? どうして?」

「おいアディ……。エル、面白そうだし乗れってのなら大歓迎だけどよ、なぜわざわざ俺たちなんだよ? エドガーさんとかディーさんとか、他にも慣れた人なんて大勢いるだろ?」

その疑問も当然です、とエルは頷いた後に机の上に広げた図面を持ち出して二人の前に広げた。それは開発中の人馬騎士・ツェンドルグのものだ。

「今作っているツェンドルグは極めて特殊な幻晶騎士です。上半身は人の形、下半身は馬の形をしている……当然、操縦感覚は従来とは全く違うものになるでしょうし、その難易度はテレスターレの比ではない」

二人は図面の内容までは理解できなかったが、“ケンタウロス型”をした幻晶騎士がいかに動かしづらいかは簡単に想像できた。

「そこでスッパリと発想を変えることにしました。2つの要素がある機体、ならば“動かすのも2人にしてしまえば良い”。

ちょうどツェンドルグは大改修を施している最中です、組み込むなら今でしょう。なにせ馬の部分は巨大ですからね。空間にも余裕がありますし、2人乗りの操縦席だって取り付けられますよ」

少なくともこの時点では、2人乗りの幻晶騎士など世界中どこを探しても存在しない。幻晶騎士とは人間一人の体と密接に対応した上で動かすものである以上、そんなことを思いつく人間は皆無であったし無意味なものであったからだ。

この場に親方あたりがいればまた盛大に頭を抱えてくれたのだろうが、あいにくとキッドもアディも幻晶騎士には詳しくなく、エルがいうならそうなのだろう、とすんなりと納得していた。

「当然、一つの筐体を二人で動かすのだから相当に息が合っていないといけません。だから双子であるキッドとアディが適しています。

それと、ある意味こちらのほうが本命なのですが……」

むしろ、彼らにとっては続いて放たれた言葉のほうが衝撃的であっただろう。

「動かしながら、二人にツェンドルグを動かすための 魔法術式(スクリプト) を組んで欲しいのです」

魔法術式を組む。これまでにエルからさまざまな術式を学んできた二人ではあるが、自力で組む所までは至っていない。

それがまさか、こんな大役が初の実践になろうとは予想外であり驚愕であった。

「最終的に騎操士は1人にして、馬に乗っている感覚で操らせたい。そのための動作制御を作るつもりでしたがこれが中々難しくて、今はまだ基礎の部分しか構築できていません。

そこで最初は人力で動かしながら術式を修正していくことにしました。だからこその二人です」

「それは……」

キッドが躊躇するのも当然のことだろう。エルならば能力があり、実績がある。だが彼らはそのどちらもが未知数なのだ。しかも関わるのは銀鳳騎士団の最新鋭機であり、皆で作った成果である。その仕上げともいうべき部分を担当するのは相当な緊張感を強いられる。

「大丈夫、任せてよ! でもエル君、その魔法術式の作り方って難しくない?」

「幻晶甲冑をそのまま動かせるのですから、基本は同じことですよ。基礎の部分は僕が作りますし、やり方はちゃんと教えますから」

悩むキッドをよそにあまりにも安請け合いをはじめたアディに、彼は思わずずっこけそうになっていた。もう少し考えてくれ、とアディを睨むと、彼女はにんまりとした笑みを浮かべてそれに答える。双子でありながらあまり性格の似ない二人だが通ずるところは多い。その笑みは、彼の悩みなどお見通しだといわんばかりだった。

キッドは降参したように手を上げ、賛成を示す。嫌がっていたわけではない、ただ彼は慎重なだけだ。幻晶騎士に乗れることも、製作に参加できることも、彼にとっては楽しみであり嬉しいことなのだ。

それから、彼らには楽しみなときが増えた。

エルの手伝いをしながら、いまだ見ぬ人馬の騎士の完成を心待ちにして勉強に、特訓に向かう日々が始まったのである。

それとは別に、後日修正の終わった図面を持ち込まれた親方たち鍛治師の面々はそろって奇声をあげることになる。

いつの間にかツェンドルグに二人乗りなどという仕様が追加されていたからだ。人馬型、双発動力、二人乗り。初物尽くしにも限度があろう。

それでも誰も止めようとしないあたり、彼らも相当に銀鳳騎士団に馴染んできているのであった。